復讐者と共に往く未来   作:センゾー

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我が往くは–––––––––––––





Come and Join Avenger's Side

「待て、しかして希望せよ」

 

 あの男はあの時、あの監獄の中で私に言った。楽しそうに、愉快そうに、悲しそうに、腹立たしげに。

 私にはあの時、『彼』が見えていなかった。「アヴェンジャー」そう呼んで、同時に心の中で彼をそう固定化した。だから、私には『彼』を理解なんてできていなかった。

 

 彼を『復讐者』だと見たがために、私は彼のことをジャンヌ・オルタや他のアヴェンジャーと同じように扱った。

 彼らは違うのに、復讐者達は皆違うのに、私はそれに少しだって気付いちゃいなかった。

 

 私は嘗て、あの男を理解していなかった。あぁ、そうだとも。理解していなかった。

 だけど、

 私は笑う。その時に漏れた吐息は冬の寒さに白く消えた。

 

「今は違う」

 

 部屋の外からドサドサと何かが倒れるような、重なり落ちるような音がいくつも聞こえた。コンコンというノックの後に、扉はゆっくりと

開く。見慣れた外套と白い髪が隙間から姿を覗かせた。

 もう日が変わろうかという、全てが暗闇に沈む時間、机のスタンドライトと外で光る雷の光に照らされて漸く見えるその姿はまるで亡霊のように思えた。嵐の夜の亡霊、そう、まるでワイルドハントだ。

 

「遅かったね、アヴェンジャー」

「あぁ、しかし待っただけの価値はあっただろう?」

 

 扉が開ききると、私の予想通りに彼、巌窟王がいた。いつものような笑みを浮かべ、私の元へズカズカと近づいてくる。

 

「まぁ、来ると思っていたし、別に今のところ何もされてないからね。別にいくら待っててもよかったよ」

「何もされなかったし、それに何もさせてもらえなかった。だろう?」

 

 私の前、1mのところで巌窟王は立ち止まった。たった、1mなのにそこには大きな差があるように思えた。

 そこで彼はまた、笑う。

 

「ここでの生活はさぞかし退屈だったろうさ。さぁ、行こうじゃないか、復讐者たる俺の手を取れ。人類史を救い、人類に裏切られた少女よ」

「うん、ありがとう。でも、少し待って欲しいかな」

「......何故だ」

 

 怪訝そうに彼は、私に差し伸べた手を下ろした。

 そうだよね、君はそういう顔をするんだろう。だって私は最後に会ったあの時まで、少しずつ君に近づいていたんだから。こんな反応をするはずがないと思うのも仕方がない。

 

「私は私を封印指定にした彼らを憎んでいるのかな? 私は何かを憎んでいるのかな?」

「......」

「ここに閉じ込められて考えたんだ。でも、何にもわからなかった」

「つまり、お前は自分が復讐を望んでいるのか、復讐者であれるのかがわからないと、そう言うわけだな」

「うん、まぁ、そういうこと」

 

 巌窟王は神妙な面持ちで私の問いを聞いた。だから、答えを聞かせて欲しい。貴方が私にとってのファリア神父であるならば、私を導いて欲しい。

 その瞳を私は見つめる。虎のように猛る心を秘め、地獄のような復讐の炎を燃え上がらせ、決して揺らがぬ鋼鉄の意志を宿す。彼の瞳は美しかった。だから、私は見ていられる。星を見上げるように、大海を見渡すように。

 

 無辜の人々とはいえ、英霊ではないただの復讐者はあまりにも醜い。多くの特異点を旅して、私はその醜悪さを目の当たりにした。それらは見ていられるような代物じゃなかった。だから、私はずっと目を背け続けていた。

 だけど、彼らは違う。ジャンヌ・オルタも、ヘシアンも、ロボも、ゴルゴーンも、アンリ・マユも、そして、巌窟王も。彼らは輝きに満ちていた。その復讐心に偽りなく、言い訳がましさなどなく、躊躇いなく、たとえその先に何もない事を知っていても進み続ける。

 ある種の狂気すら感じさせる、尊すぎる英霊の中に、あまりにもマトモな感情らしく、それでも尚美しい彼らはいた。

 その心が少しでも理解できるから、私の性質は彼らの中で確かに復讐者に近づいていたように思っていた。だけど、この復讐を望むべき状況になって、私は何とも思わなかったんだ。

 

 私は普通だった。きっと凡人だった。だから、復讐者達に染まっていくのだと思っていた。だけど、私はそうではない英霊達に染まっていたのかもしれない。そうであったなら、私に彼の手を取る資格はない。だって、尊い者達を彼らは嫌うのだから。

 私はここで待っていた。きっと君が来ると知っていたから。それは逃げ出すためではなく、私の真実を知るために。

 

「答えを聞かせて、巌窟王。シャトー・ディフより逃げ果せた男、エドモン・ダンテスの復讐心よ」

 

 

 

 

 笑い声が聞こえた。他の誰でもない目の前の男から、全てがおかしいかのような笑い声が聞こえた。戸惑いの中で、緑の外套が黒く見えた。雷が光る。世界を一瞬だけモノクロに変える光は、帽子の陰に隠れた男の顔を私の視界から消し去った。

 再びその顔が見えた時、彼は今までにも稀に見せていた、いつものより少し邪悪な笑みを浮かべていた。部屋にいくつか配置された蝋燭の火が揺れた。

 

「リツカ、お前は今まで自分の本質に気づいていなかったのか」

「......うん。全くわかっていなかったよ」

「そうか......そうか。お前はやはり、そうなのか」

「どういうこと? そう、って何? 私はおかしいの?」

 

 巌窟王は何かを確信したかのような顔をして、私の前に立っている。訳がわからない。何故彼があんなにも笑ったのか。彼は私の何を知っているのか。彼は私の何に納得したのか。私には何一つわからない。答えを、答えを。答えが欲しい。

 

「答えを頂戴、巌窟王」

「なに、言ってみれば、お前がこの艱難辛苦の待つ世界に平凡に生まれたにも関わらず、あまりにも非凡な結末を迎えたというだけの話だ」

「非凡な、結末?」

「お前は死んだ訳でもない、今を生きる人間なればこうして伝えるのは少々違うが、敢えてこう言おう。復讐者であり、復讐者でない者だ。我がマスター藤丸立香はな」

「復讐者であり、復讐者でない?」

 

 わけがわからない。そんな事が起こり得るのか。私は困惑する。だって、わからない。どうしたらそうなるのか。

 困惑を顔に出す私を見て、巌窟王は小さく笑い、

 

「では、お前の自覚なき真相を語ろうではないか」

 

全てを語り始めた。

 

「......」

「リツカ、お前は紛れもなく復讐者だ」

「じゃあ、じゃあ、私が復讐者であると言うのなら、私は誰を憎むの? 何を憎むの?」

「お前が絶望したものを知りたいか。ならば、教えてやろう。それは世界だ。お前はこの世界の在り方そのものを憎んでいる。悪や不条理に絶望し、善や尊さに絶望した」

「......善や......尊さに?」

 

 私は善い人であろうとしていた。尊い何かの為に前に前にと進んでいた。私に善を憎む理由はない。求めたものを憎んだことなんてない。

 

「お前は世界で最も哀れな人間だ。それは凡人でありながら最後のマスターとして世界を救ったからではない。お前は尊いとされる英霊達の中で、世界の最も尊い何かを感じていた。そして、人理修復という絶望的課題の中で世界で最も醜い何かを感じていた」

 

 ダンテスは淡々とした口調で語る。その顔はようやく何処かへ辿り着いたかのような、全てを見届けたかのようだった。

 

「お前は世界があまりにも不条理だと知った。それは善が虐げられ、悪が蔓延るなんということにではない。尊過ぎる善と醜過ぎる悪があって、この世界が善を犠牲に悪を隠匿して、善を示すために悪を現していたのだとお前は気づいてしまったのだろうよ。ある種の人類史の醜さをお前は誰よりも明確に認識した。その不安は復讐心へと姿を変え、やがて、その心は世界が必死に隠そうとしている『秘密』を見続けることを望んだ」

 

 巌窟王がゆっくりと語る『私』に心が軋む。

 

「正し過ぎる英霊達と醜過ぎる無辜の民、悍ましい反英霊と哀れな無辜の民。英霊達は民のために死んだ。だが、民は何をした? 反英霊達のせいで民は死んだ。民が何をした? お前は問うたのだろう。されど答えは見つからず。待てども世界は答えを見せず」

「待て、しかして希望せよ」

「あぁ、そうだとも。俺はお前にそう語った。だがな、リツカ。世界の中身は変わっても、世界そのものは変わりはしない」

「変わるよ、世界は変わるんだよ。私はそんな酷い事があって欲しくない」

「ふん、であれば、お前は世界への復讐を望まない、と?」

「うん、望まないよ......私は......望まない......」

 

 そんな事望むものか。私は絶対に望まない。世界は救われなきゃいけないんだ。ロマニが、ソロモンが、人が救ったこの世界がそんな、そんな、

 

「ならば、お前のこの瞳はなんだ!? この燃えるような、凍えるような瞳は! 藤丸立香! 俺達にそっくりな瞳はなんだ!?」

 

 巌窟王が私の眼を覗くようにして、私の頭を掴んで引き寄せる。勢いで私は蹌踉めき、彼にもたれかかるようになる。

 

「お前がこうなる事は必然だったのだろうよ。どこにでもいる凡人が世界を救う重圧に耐えられるものか。たった数十人を除いた世界全ての人間の命と、何千年にも渡って紡がれた人類史、その全てを救う使命に耐えるには人は狂うしかない。狂わねばならない」

「狂わねば、ならない」

「世界を救う大命、お前はそれを成し遂げた。お前が救世主なれば、それ故にお前は狂人なり。そして、凡人が世界を救うために英霊達の力を借りた。尊い者と醜い者の力を借りた。お前はこう狂う他なかった!」

 

 巌窟王の瞳は悲しみに満ちていた。この男は涙はきっと流さない。だけど、全てが終わってしまったかのような眼をしていた。

 

「あなたは、どうして、そんな瞳を」

 

 巌窟王は私の頭から手を離し、私の眼を真っ直ぐに見つめて、

 

「お前が生きるにはこうするしかなかったからだ。世界が滅ぶか、お前が狂うか。選択肢は他になく、故に俺は世界を救う手助けをした」

「ファリア神父のように、私を導いて」

「あぁ、そうだとも、世界を憎む復讐者よ。俺は導いた。結果としてお前はこうなった。お前は死ぬまでは未練に満ちるだろうよ。このあまりにも酷い世界の行く先を、気づいてしまった私は見届けたいと嘆くのだろうよ。だが、お前は、この世限りの復讐者だ」

「この世限りの、復讐者」

 

 巌窟王は頷く。そして、苦しげに言葉を続けた。

 

「お前はきっと死してなお憎むような者ではない。お前は死した後は何も思わないだろう。世界を憎んだのは生きて世界を見た人間『藤丸立香』であるとして、何も感じないのだろう。世界を見届けるのだろうから。お前は全てを諦めているのだから。そして、やがて、まるで裁定者のようになってしまう」

「私が裁定者になるのは、気分が悪い?」

「あぁ、悪いとも。良いものか。あれこそ、最も悍ましい者達だ。我欲などなく、その身はひたすらに人の為に。あんな者にお前がなってしまう事に怒りを覚えぬ復讐者などいない。だが、しかし、お前と世界が救われるにはこうするしかなかった」

「うん、うん」

 

 私は巌窟王の話を聞いている時は蒼ざめて、動悸が激しくなって、悪寒が走って、ダメになってしまいそうだったけど、全てを聞き届けると、どうしてだか落ち着いていた。

 『私』を理解した私の口から、微笑みと共に自然と言葉が漏れる。

 

「ありがとう、巌窟王。君はずっと私のために苦しんでくれていたんだね。ありがとう、私の大切な復讐心」

 

 巌窟王は私の言葉に驚いて、苦悶に満ちた顔で、

 

「お前は、それでいいのか。世界を救う偉業を成し遂げて得たものが、こんな、こんな末路でお前は納得するというのか!?」

「納得するよ。だから、私は世界を救えたんだし、ここにいるんだ」

 

 私は覚悟はできていた。こうなることを知っていた。私はそこで復讐者と成り果て、アヴェンジャーの助けを待つのだと思っていた。ただ、実際は何も感じなくて、今その答えを聞いた。ただそれだけ、少し手順が増えただけ。ならば、私はその手を取ろう。

 

「巌窟王、君は、私が生きているうちは復讐者としてあれるよう、助けに来てくれたんだね」

 

 私は手を差し伸べる。巌窟王はその手を徐に握った。

 

「嗚呼、お前は本当に、本当に、救えないな」

「救われてしまうようなら、それはもう復讐者じゃないよ」

 

 巌窟王は黙って、私を抱き寄せ、部屋の窓を開いた。雨が部屋の中に入ってくる。雷の光は一層眩く、嵐は私達の先行きを示しているようだった。彼はそのまま所謂お姫様抱っこをして、私を抱え上げる。そして、そのまま走り出し、窓から飛び上がった。

 私達の体が宙に浮いた時、巌窟王は笑った。

 

「クハハハハッ! それでは往こうではないか。リツカ! 我らが往くは恩讐の彼方なり!」

 

 私の世界を見る旅は、復讐の炎と共に始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数多の太陽の中にたった一つだけ在る地球、それがお前だった。地球はその熱に耐えられるはずもなく、故に月のような存在である俺がその熱を冷ますように、言葉を囁いた。

 これは懺悔だ。これは英霊としてお前に召喚された俺のたった一つの罪。

 お前は復讐者などではなかった。人理修復という重圧に狂いかけてはいたものの、俺達、復讐者と、あのシールダーの保護により、その心は正常に保たれていた。きっと、あまりにも綺麗な凡人たるお前は世界を憎んでなどいなかった。

 だが、お前はその純粋さ故に、きっと、俺の助けを拒んだことだろう。復讐者でないならば、復讐者の手を取る資格はないと、ただの凡人が語るには生意気な事を言って、俺の手を握らなかっただろう。なればこそ、俺はたった一度の罪を犯した。あれが正解だったのか、不正解だったのか、俺にはわからない。だが、俺は嘘をついた。人理修復という偉業の、その末路があんな残酷極まりないものである事が耐えられなかったために。

 お前を復讐者とした。何者でもないお前を復讐者と認識させた。

 俺はこの真実をお前に語り、白黒つけるのがあまりにも恐ろしい。お前はそれすらもまた、受け入れてしまいそうだから。これ以上、『残酷な真実』を伝えれば、今度こそお前は狂ってしまうだろう。

 人の生が長いといえども、この世界はあまりにも広い。きっと、お前の生では全てを見ることは叶わないだろう。だから、俺は語らない。

 自由を手にして、復讐者として生きる事が今のお前にとって幸せなのだろうよ。

 

 俺はこの秘密を、その最期まで守り続けるだろう。真っ白い息を吐くお前が、真っ黒い世界で黒く在ろうとするのを、何より黒い俺は導くのだろう。

 

 俺はまたお前に語るのだ。

 

『待て、しかして希望せよ』




––––––––絶望の彼方
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