IS-アンチテーゼ-   作:アンチテーゼ

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第十三話 優しい決着(トラストユー)

 ◇

 

 

 

虎光瞬脚(フーグァンシュンジャオ)――断链(ドゥァンリェン)ッ!!」

 

 美煌(メイファン)の叫びに呼応するかのように、金虎(ジンフー)の両手足がその形を変化させはじめた。

 ひじから先、ひざから先を覆う虎光瞬脚(フーグァンシュンジャオ)の装甲がいくつにもわかれ、内部から別のパーツがせり出す。スライドした装甲が逆立つ毛のように腕と脚を飾り、そのシルエットを刺々しく変貌(へんぼう)させる。

 

 〔金虎(ジンフー)の腕部、脚部に高エネルギー収束〕

 

 フェアリア・カタストロフィのハイパーセンサーがエリスに警告を送る。

 だがそんなことはエリスにだってわかっていた。

 虎光瞬脚(フーグァンシュンジャオ)の裂け目からはオレンジ色の光が煌々(こうこう)と漏れ出している。装甲に触れた雨粒は瞬時に蒸発し、その蒸気はまるで闘気のように噴きあがり夜の闇へと立ち昇る。

 異常な熱量が金虎(ジンフー)の手足に集中していることは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。

 

 ギシリ、と美煌(メイファン)が身をかがめた。

 

 ――来る!

 

 エリスが飛びのくように後退するのと同時に、美煌(メイファン)が襲い掛かった。

 当然のように瞬時加速(イグニッションブースト)だ。シールドエネルギーの残量など考えてもいない。あと一発でも食らえば終わりだというのに。いや、慎重さをかなぐり捨てたその攻勢は、もう一発も食らうことはない、という自信ゆえなのか。

 音速に近い速度。だというのに限りなくゼロに近い相対速度の中で、互いの視線が交差した。

 

 次の瞬間、フェアリア・カタストロフィの胸部装甲が轟音とともに砕け散った。

 

「がっ……ふ……!?」

 

 見えなかった。だが砕けた装甲と削られたシールドエネルギー、そして体をつらぬく鈍い痛みが金虎(ジンフー)の攻撃を証明している。

 何が起こったのかわからないままで、エリスは右脚を金虎(ジンフー)めがけ振りぬく。

 だがその蹴りを美煌(メイファン)は苦も無く受け止める。

 

「ずいぶんと軽い蹴りでありますな。蹴りというのは……」

 

 金虎(ジンフー)はフェアリア・カタストロフィを放り投げるように浮かし、全身のバネを収縮させるように腰をひねって構える。

 

「っ!!」

 

「こういうものでありますよっっ!!」

 

 怒号と同時にフェアリア・カタストロフィが真上に吹き飛んだ。

 シールドバリアでは到底軽減できないほどの衝撃に、エリスの口から大量の血が吐き出された。白い装甲の破片と真っ赤な血飛沫がまき散らされ、金虎(ジンフー)に降り注ぐ。

 飛びかける意識を気力で強引につなぎ止め、エリスは戦車の砲塔のようなユニットを展開すると一発の砲弾を撃ち出した。

 フレシェット弾頭弾『バーストレイン』。ドイツでオブディシアン・クローネから奪取した武器だ。

 撃ちだされた弾頭が空中で花のように開き、内部から無数の鋼鉄の矢が降り注ぐ。いや、『襲い注ぐ』と言った方がいいかもしれない。放出された矢はその一本一本が、電磁加速によって高速で射出され、自由落下とは比べ物にならない貫通力をもって対象を襲う。

 さばききれない物量での、かわしきれない広範囲攻撃。

 だが――

 

「子供騙しでありますな!」

 

 (てのひら)を前後にずらして向い合せるような構えをとる美煌(メイファン)

 刹那、虎光瞬脚(フーグァンシュンジャオ)から漏れるオレンジの光が夜暗(やあん)の中で帯状に伸び、残光が一瞬で幾何学的な模様を描く。そして数秒、矢がシールドに弾かれる軽い金属音が途切れることなく響いた。

 その音がやみ、光の帯が消えた時、広場は深々と刺さった鋼鉄の矢で埋め尽くされていた。

 しかし、その中心にたたずむ金虎(ジンフー)には、かすり傷ひとつ付いてはいなかった。

 足元には巨大な円を描くように矢が刺さっており、その内側には一本たりとも侵入を許していない。自分を狙い高速で飛来する数百本の矢を、そのすべてを、美煌(メイファン)は正確に弾き防いでいた。

 技術や反応速度だけでは説明のつかない異常な防御。

 しかしエリスは冷静だった。

 

 ――なるほど。やっぱりそういうこと……

 

 最初からバーストレインにダメージを期待してはいない。狙いは見極めること。直観的に感じたエリスの仮説を確かめるために放った攻撃だった。

 帯状の残光が示した動きの軌道とその速度。

 エリスは確信した。

 

 ――()()()()()()()()()()

 

 その確信は正答だった。

 形を変えた虎光瞬脚(フーグァンシュンジャオ)の特性は、『四肢そのものの超加速』。

 カスタムウイングとPICによって圧倒的な機動性を誇るISも、手足の動きは人間のそれを多少上回る程度。格闘戦においては機体の性能より個人の力量が勝敗の要因になりやすい、と言われているのもそのためだ。

 その制約を金虎(ジンフー)は極めて強引に突破した。

 虎光瞬脚(フーグァンシュンジャオ)の内部に仕込んだスラスターを展開し、カスタムウイングと直結させて無理矢理に超加速を行う。突きと蹴り足は音速を超え、瞬時加速(イグニッションブースト)によって不可視の強撃を叩きこむ。

 もはやその腕脚(わんきゃく)に『人間レベル』という『(かせ)』は存在しない。

 

 鎖を断つ(断链)

 それが金虎(ジンフー)の新装備

虎光瞬脚(フーグァンシュンジャオ) 断链(ドゥァンリェン)

 

「これでも……これでも自分は弱くなったでありますか!?」

 

「……」

 

 吠える美煌(メイファン)をエリスは無言で見つめていた。

 

「これが自分の手に入れた『強さ』であります! 誰にも負けない! 絶対に揺らがない!」

 

 ――違う

 

 不思議だった。

 たしかに金虎(ジンフー)は強い。むこうの攻撃は内臓をずたずたにするほど重いし、こっちの攻撃はもうさして効きそうにない。あきらかに今朝の戦いよりも強くなっている。

 だがなにかが違うのだ。

 どう違うのかはわからない。

 今までエリスにとって、操縦者なんてISの付属品でしかなかった。ISが強いのなら、それはただ強いというだけだった。

 なのに今、対峙(たいじ)する少女の口から聞く『強さ』は、なにかが違うと感じている。

 あの時エリスが感じ取った強さ。研ぎ澄まされた鋭い空気。それが今の美煌(メイファン)からは感じられない。

 あれは強さとは別のものだったのだろうか。

 

 ――きっとわたしにはわからない

 

 これは戦いには必要ない感情。だから考えても意味がない。

 エリスがそう判断して、再び思考を冷たい憎悪で塗りつぶそうとした、その時。

 

『それは強さとは言わないよ熊 美煌(シォン メイファン)

 

「―!」

 

 突然の通信に驚くエリス。

 ハイパーセンサーがとらえたのは、ビニール傘をさしてゆっくりとこちらに歩いてくる砕次郎の姿だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「イヤな予感がしたから様子を見に来てみたら。案の定、こうなっちゃってるんだもんなあ」

 

「……ごめん砕次郎」

 

「にしても手ひどくやられたもんだ。……まだやれるかい?」

 

「うん。でも、内臓(なか)がけっこう、痛い」

 

「ありゃあ、重症っぽいなぁ」

 

 開いた口からボタボタと血をこぼすエリス。

 その惨憺(さんたん)たる状態を目にしても、砕次郎は特に慌てるでもなく飄々(ひょうひょう)としていた。

 そんな砕次郎に美煌(メイファン)はいぶかしげな視線を向けた。

 

「なんでありますかあなたは? 巻き込まれても知らないでありますよ」

 

「なんでありますか、とはずいぶんだね。言うなればこの子の保護者だよ。ああ――」

 

 砕次郎が襟元(えりもと)のマイクに話しかける。

 

『こうすればわかりやすいでしょうか? (シォン)候補生?』

 

 通信越しに聞こえてきたのは(ヤン)の声だった。

 瞬間、美煌(メイファン)の視線が(にら)みつけるようなものへと変わる。

 

「っ! あの時の……」

 

「やあ今朝がたぶりだね。しかしながらなんだいその顔は。一日も経ってないのにずいぶんと雰囲気が変わってるじゃないか。(すさ)んじゃってまあ、()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 挑発するような砕次郎の言葉が美煌(メイファン)の神経を逆なでする。

 

「あなたにっ……何がっ……」

 

「わかるとも。キミと同じ目をした子を何度も見てきたからね。自分を失った虚ろな目だ。生まれたことを後悔して、生きていくことに絶望して、自身を呪う空虚な眼差しだ」

 

「っ……黙れ……!」

 

「いやだね。黙れって? 僕にはこう言ってるようにしか聞こえないな。『お願いだからもう私を傷つけないで』。甘えるんじゃない。自分勝手に何もかもを捨てた気になって、絶望を笠にして逃げるんじゃあない!」

 

「黙れと言っているのでありますっ!!」

 

 怒鳴り声とも泣き声ともつかない叫びをあげ、美煌(メイファン)が砕次郎めがけて拳を突き出す。

 砕次郎は避けるそぶりすら見せない。ただじっと美煌(メイファン)を見据えている。

 動いたのはエリスだった。砕次郎をかばうように割り込み、展開した盾で金虎(ジンフー)の拳を受け止める。

 

「……させない」

 

「くっ……」

 

 まっすぐに美煌(メイファン)を見つめる深い藍色の瞳。なぜかその瞳を直視できず、美煌(メイファン)はうつむき加減に吐き捨てる。

 

「なら……力づくで何も言えなくしてやるであります!」

 

「……それが、キミの望んだ強さなのかい?」

 

 静かな問いかけに顔をあげる美煌(メイファン)

 その顔は、怒りと、憎悪と、暗い悲しみでぐしゃぐしゃに歪んでいた。

 

「ええ、そうであります! 優しさも思い出もぜんぶうそ……これだけが……この強さだけがっ!!」

 

「それは強さじゃない。単なる力だ。くだらない。そんなものに意味なんてない」

 

「うるさい! うるさいうるさいっ!!」

 

「今から僕とエリスで、キミに本当の強さを教えよう。()()()()()()かかってこい」

 

「っ……! なら……ならやってみろでありますっ!!」

 

 激昂(げっこう)する獣のような咆哮に、濡れた大気がビリビリと震えた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 認識不可能な速度で飛んでくる突きや蹴りが、フェアリア・カタストロフィの展開するシールドを一瞬で砕いていく。

 量子変換(インストール)しているシールドは残り少ない。金虎(ジンフー)のスタミナ切れよりも盾が尽きる方が早いだろう。

 

「砕次郎、わたしは何をしたらいい?」

 

 攻撃の合間をぬって、エリスはプライベート・チャンネルで砕次郎に呼びかける。

 

「あんな挑発して、なにか考えついてる?」

 

『まあ奇策というか、愚策というか。たぶん成功するってレベルだけど』

 

「失敗したら?」

 

『まず間違いなく死ぬ』

 

 あっけらかんと言う砕次郎。

 それに対するエリスの返答も、また軽いものだった。

 

「わかった。やる」

 

『即答だね』

 

「信じてるから。砕次郎のことは」

 

『……ありがとうエリス。うん、僕も信じよう』

 

 伝えられた命令はたったひとつだけ。他の者が聞いていれば、間違いなく正気を疑われただろう内容だった。

 だがエリスはこくんとうなずき、了解と言って通信を切った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――なにかたくらんでいるでありますな

 

 防御を続けるエリスに対し、美煌(メイファン)はある種の動物的勘で、警戒をし続けていた。必ずなにかを仕掛けてくる。そう確信していた。

 しかし、同時に微かな焦りも感じ始めていた。

 

 ――こいつッ、いったいいくつ盾を持っているのでありますか!?

 

 砕いても砕いても、次々に展開される物理シールドが、フェアリア・カタストロフィへの決定打を許さない。

断链(ドゥァンリェン)』の解放によってシールドエネルギーの消費量は桁違いに上がっている。戦闘限界まで、もって2分といったところだろう。

 圧倒的な攻勢の中にあっても、まだ敵をしとめられていない、その事実。そして迫るタイムリミットが美煌(メイファン)を焦らせる。

 

 ――このままジリ貧になるくらいなら……!

 

 美煌(メイファン)は賭けに出ることを決めた。

 

 ――個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッションブースト)!!

 

 8基のスラスターすべてでチャージを行い、4連続で加速する、個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッションブースト)

 当然、消費するシールドエネルギーは膨大。そしてなによりチャージの間は瞬時加速(イグニッションブースト)での回避はできなくなる。

 無防備になる約3秒間、攻撃を(さば)ききれなければ負ける。

 だがその3秒をしのげば、金虎(ジンフー)の拳は防御など許さない。盾を砕きながらさらに加速し、超音速の一撃を必ず叩きこむ。

 勝てる。証明できる。自分の強さを、自分の価値を。

 

 ――決着をつけるであります!!

 

 覚悟を決め、美煌(メイファン)はチャージの体勢に入る。

 金虎(ジンフー)が攻撃を中断した、と瞬時に判断し、盾の展開を止めるフェアリア・カタストロフィ。

 残り2.8秒――

 

 ――さあ、なにをしてくるでありますか!?

 

 斬撃でも、銃撃でも、砲撃でも、爆撃でも、すべて打ち砕いてみせる。

 美煌(メイファン)の思考が研ぎ澄まされていく。余計なことは何も考えない。ただ目の前の敵を倒す。倒す。倒す。

 熱く冷めきった集中が、美煌(メイファン)から戦闘に不要な感覚をそぎ落とす。

 残り2.5秒――

 

 フェアリア・カタストロフィが左腕を大きく振り上げた。

 同時に鋭いモーター音が響く。

 

 ――この音は……!?

 

 その時、地面に刺さった無数の矢の下から、何かが金虎(ジンフー)の周囲を取り囲むように持ち上がった。金虎(ジンフー)のハイパーセンサーと美煌(メイファン)の動体視力が、同時にその正体をとらえる。

 それは20個を超える大型の手榴弾の群れだった。

 手榴弾はすべて輪になった硬質ワイヤーにくくりつけられている。モーター音はそのワイヤーを巻きとる音だった。左手の動きに合わせて浮き上がったそれらが金虎(ジンフー)をぐるりと取り囲んでいた。

 残り2.1秒――

 

 自分の攻撃を防ぎながらこんな小細工をしていたとは。それも刺さった矢をカモフラージュに利用して。

 その周到さに美煌(メイファン)は素直に驚いた。

 だがその驚きは彼女の思考を揺らしはしない。

 忘れろ。不要な反応はすべて。

 

 美煌(メイファン)が足を振り上げる。同時に両腕の装甲からオレンジ色に輝く一対の爪が展開された。

 片足立ちのまま、爪でワイヤーを切り裂き、間髪入れずにその場で強烈な回し蹴りを放つ。

 一閃。

 ゴォッと音をたてて発生した蹴りの風圧が、一拍の間をおいて手榴弾を吹き飛ばす。

 金虎(ジンフー)の周囲で数珠のように爆発が起きる。飛び散った金属片が装甲を傷つけるが、戦闘不能には程遠い。

 残り0.9秒――

 

 ――まだ、油断はしないであります!

 

 かつてないほど鋭敏(えいびん)になった彼女の五感が、まだ終わっていないと警告する。

 

『勝ちを確信した時、人はもっとも無防備になります。けして(おご)ってはいけません』

 

 そうだ。油断はしない。

 だけど……あれ? これは誰の言葉だっただろうか?

 

 ――しまった!

 

 一瞬だけ途切れた集中を無理矢理つなぎなおしたが、わずかに反応が遅れた。

 フェアリア・カタストロフィの右腕から射出されたワイヤーが、手の動きに合わせて金虎《ジンフー》に絡みつく。

 そして全身を縛り付けるように巻き付けられたワイヤーによって金虎(ジンフー)の動きが完全に封じられる。

 だが、それはどう考えても、攻撃ではなく拘束だった。

 

 ――なんてなまぬるい……この期に及んで、拘束などと! 動きを止めれば勝てると思っているのでありますか!?

 

「なめるなアアアアア!!」

 

 雄叫びとともに虎光瞬脚(フーグァンシュンジャオ)の排熱口からオレンジ色の炎が噴き出した。

 送り込まれたエネルギーを圧縮し、そのまま放出する荒業で、ワイヤーを溶断しようとする。

 だがそれは開発者からやってはいけないと言われていたことだった。

 本来、加速の後の余剰エネルギーを通す場所。そこに送られた過剰な熱量は、容赦なく美煌(メイファン)の両腕を焼いていく。

 

「ぐっ……ああああ!」

 

 被膜装甲(スキンバリア)を通してなお襲う、腕を直接火であぶられるような苦痛。

 だが、それがどウシタ。

 敵ヲ倒スタメナラ……タタカウタメナラ……

 

 白熱したワイヤーが溶け落ちる。そして――

 残り0秒。

 

 強襲、否、狂襲。

 獲物を前にした獣のように、牙をむきだして、瞳をぎらつかせて。

 限界まで蓄積されたエネルギーを解放し、美煌(メイファン)は襲い掛かった。

 回避? 不可能だ。

 防御? 無意味だ。

 

 敵に打つ手はない。自分の勝ちだ。

 

 美煌(メイファン)が勝利を確信したその時――

 

 フェアリア・カタストロフィが淡く輝き、()()()

 そして、そこにはただ、やわらかなワンピースをまとった、()()()()()()()()

 

 

 

 ◇

 

 

 

 刹那と呼ぶにも短すぎる時間。

 美煌(メイファン)の時がとまる。

 

 ――ナニヲシテイル……?

 

 超音速の拳がゆっくりと少女に向かっていく。

 

 ――アア、テオクレダ……

 

 瞬時加速(イグニッションブースト)の拳はもう止められない。

 このまま自分は目の前の少女を殺めてしまうのだろう。

 少女は原型も残さず消し飛ぶにちがいない。

 そして、きっとその時自分は、本当に人であることをやめてしまうのだろう。

 

 ――ソレデモ、イイジャナイカ……

 

 自分は戦うためだけに造られた存在なんだから。

 

 無表情でたたずむ白いワンピースの少女に、なぜか誰かの微笑みが重なって見えた。

 やさしく、あたたかく、そしてほんの少しさびしそうな笑顔。

 それはどこかで見たことのある微笑み。そう、これは、あの時の師父と同じ――

 

『あなたが自分の意志で決めることです。どんな選択をしても、私はあなたの味方でいますよ』

 

 ――!!

 

 はっきりと聞こえた(リュウ)の言葉。

 それに応えるように、美煌(メイファン)は叫んだ。

 

 ――いやだ!! いやだいやだいやだ!! 自分は……! 自分はあああ!!

 

 とまっていた美煌(メイファン)の時間が、再び動き始めた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「あああああああああああ!!!」

 

 絶叫にまかせて腕を無理矢理に引き戻す。

 進もうとする拳に引きずられ、筋繊維がブチブチとちぎれ、血が噴き出す。

 それでもやめない。やめるわけにはいかない。

 

 ――師父が言ってくれたでありますから! 自分で決めるんだって! だから自分は!

 

「止まれえええええ!!」

 

 ――ひとりの人間として! 熊 美煌(シォン メイファン)として、笑っていたいであります!!

 

 靭帯(じんたい)が裂け、骨が砕けてもなお、美煌(メイファン)は力をこめ続けた。

 それは長くても0.5秒、一瞬の出来事だったに違いない。それでも、美煌(メイファン)にはまるで永劫(えいごう)のように、長く、永く。

 そして――

 

「……はっ……はっ」

 

 血にまみれた鋼の拳は、そっとやさしく、少女の胸にふれた。

 

「…………は……ぁ」

 

 その場で崩れ落ちるように座り込む美煌(メイファン)

 

「ありがとう」

 

 ワンピースの少女が、美煌(メイファン)の耳元で静かにささやいた。そしてその右手に白銀の剣を展開し、ゆっくりとかかげる。

 

「……我才是(ウォツァィシィ)

 

 その剣が振り下ろされるとき、美煌(メイファン)は、自分でも驚くほどおだやかに微笑んでいた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「無茶なことをするでありますなぁ……」

 

 仰向けに寝転がった美煌(メイファン)がぽつりとつぶやいた。

 金虎(ジンフー)は展開したままだが、すでにシールドエネルギーの残量はゼロ。本人の重傷もあいまって、ピクリとも動かすことはできない。

 目が覚めた時には、雨はすっかり止んでいた。雨上がり特有のひんやりと湿った空気が心地いい。

 

「自分が拳を止めなかったらどうするつもりだったでありますか」

 

「その時はたぶん……死んでた」

 

 美煌(メイファン)のすぐ横で、彼女を見下ろすように、ひざを抱えしゃがんでいるエリスが答える。

 

「はぁ……めちゃくちゃでありますな」

 

「でも、信じてたから」

 

「信じてた、でありますか?」

 

「うん。わたしは砕次郎を信じてた。それで、たぶん、砕次郎はあなたを信じてた」

 

「……すごいでありますな。自分は、何も信じられなくなっていたでありますよ。自分が何なのか不安になって、大切な人を信じることができなくなって、自分を見失ってたであります」

 

「だけど、キミは最後にちゃあんと選べたじゃないか」

 

 砕次郎が歩み寄る。

 

「キミは兵器じゃなく、人として生きることを選んだ。だから拳を止めたんだ。力をどう使うか、自分がどう生きるべきなのか、自分自身で選びつかんだ。それがキミが師匠から教わった、本当の強さだろ?」

 

「その通りでありますなぁ。初対面の方にそこまで見抜かれて(さと)されるなんて、恥ずかしい限りであります」

 

「気にすることはないさ。大事なのはこれまでじゃない。これからだ」

 

 微笑み合う二人をエリスが不思議そうにながめる。

 

「ねえ、砕次郎」

 

「ん? どうした?」

 

「……もう、このISは壊してもいいの?」

 

 エリスの問いに砕次郎は一瞬キョトンとした顔になったが、すぐに思い出したように口を開いた。

 

「ああ、そうそう、その話をしないとね。美煌(メイファン)

 

「はい?」

 

 呼びかけられて、美煌(メイファン)は、イタタ、と右腕をかばいながらどうにか上半身を起こして砕次郎に視線を向けた。

 いつのまにそんなに時間が過ぎたのだろう、東の空はすでに白みはじめている。

 

「キミにはもうひとつだけ選択をしてほしい。」

 

「はあ」

 

「一つ目の選択肢は、平和な日常だ。金虎(ジンフー)は破壊させてもらうけど、キミは師匠の下でひとりの女の子として幸せに暮らせばいい。キミの生きる意味も、きっとそう遠くないうちに見つかるはずだ。政府のしがらみも今回の騒動も気にしなくていい。僕らがキレイにごまかしてあげよう」

 

 いい話だ。文句のつけようがない。

 後始末の話は信用できるだろう。研究所を脱走して一晩中暴れた美煌(メイファン)のところへ、いまだに特殊部隊が押し寄せて来ていないあたり、そういうごまかしには慣れているということだ。

 (リュウ)もきっと許してくれるだろう。以前と変わらず、二人で笑っていられる未来が待っている。

 だがそれでも、美煌(メイファン)は聞かずにはいられなかった。

 

「二つ目は、なんでありますか?」

 

 示されるもう一つの選択肢。彼女はそれを、ひそかに期待していたのかもしれない。

 

僕らと一緒(アンチテーゼ)に来ないかい? 熊 美煌(シォン メイファン)

 

 その言葉と同時に東の空が明るく輝く。

 ゆっくりと昇る朝日をバックにして、砕次郎は左手を差し出した。

 

 ――ふふっ、なんだかできすぎでありますなぁ

 

 まるでわざわざ演出したかのような光景に、美煌(メイファン)は心の中で苦笑する。

 そして――

 

 明日を象徴するようなその朝日に向かって、微笑みながら左手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回「師として、父として(ディア・マイ・リトル)
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