IS-アンチテーゼ- 作:アンチテーゼ
◇
「
ひじから先、ひざから先を覆う
〔
フェアリア・カタストロフィのハイパーセンサーがエリスに警告を送る。
だがそんなことはエリスにだってわかっていた。
異常な熱量が
ギシリ、と
――来る!
エリスが飛びのくように後退するのと同時に、
当然のように
音速に近い速度。だというのに限りなくゼロに近い相対速度の中で、互いの視線が交差した。
次の瞬間、フェアリア・カタストロフィの胸部装甲が轟音とともに砕け散った。
「がっ……ふ……!?」
見えなかった。だが砕けた装甲と削られたシールドエネルギー、そして体をつらぬく鈍い痛みが
何が起こったのかわからないままで、エリスは右脚を
だがその蹴りを
「ずいぶんと軽い蹴りでありますな。蹴りというのは……」
「っ!!」
「こういうものでありますよっっ!!」
怒号と同時にフェアリア・カタストロフィが真上に吹き飛んだ。
シールドバリアでは到底軽減できないほどの衝撃に、エリスの口から大量の血が吐き出された。白い装甲の破片と真っ赤な血飛沫がまき散らされ、
飛びかける意識を気力で強引につなぎ止め、エリスは戦車の砲塔のようなユニットを展開すると一発の砲弾を撃ち出した。
フレシェット弾頭弾『バーストレイン』。ドイツでオブディシアン・クローネから奪取した武器だ。
撃ちだされた弾頭が空中で花のように開き、内部から無数の鋼鉄の矢が降り注ぐ。いや、『襲い注ぐ』と言った方がいいかもしれない。放出された矢はその一本一本が、電磁加速によって高速で射出され、自由落下とは比べ物にならない貫通力をもって対象を襲う。
さばききれない物量での、かわしきれない広範囲攻撃。
だが――
「子供騙しでありますな!」
刹那、
その音がやみ、光の帯が消えた時、広場は深々と刺さった鋼鉄の矢で埋め尽くされていた。
しかし、その中心にたたずむ
足元には巨大な円を描くように矢が刺さっており、その内側には一本たりとも侵入を許していない。自分を狙い高速で飛来する数百本の矢を、そのすべてを、
技術や反応速度だけでは説明のつかない異常な防御。
しかしエリスは冷静だった。
――なるほど。やっぱりそういうこと……
最初からバーストレインにダメージを期待してはいない。狙いは見極めること。直観的に感じたエリスの仮説を確かめるために放った攻撃だった。
帯状の残光が示した動きの軌道とその速度。
エリスは確信した。
――
その確信は正答だった。
形を変えた
カスタムウイングとPICによって圧倒的な機動性を誇るISも、手足の動きは人間のそれを多少上回る程度。格闘戦においては機体の性能より個人の力量が勝敗の要因になりやすい、と言われているのもそのためだ。
その制約を
もはやその
それが
『
「これでも……これでも自分は弱くなったでありますか!?」
「……」
吠える
「これが自分の手に入れた『強さ』であります! 誰にも負けない! 絶対に揺らがない!」
――違う
不思議だった。
たしかに
だがなにかが違うのだ。
どう違うのかはわからない。
今までエリスにとって、操縦者なんてISの付属品でしかなかった。ISが強いのなら、それはただ強いというだけだった。
なのに今、
あの時エリスが感じ取った強さ。研ぎ澄まされた鋭い空気。それが今の
あれは強さとは別のものだったのだろうか。
――きっとわたしにはわからない
これは戦いには必要ない感情。だから考えても意味がない。
エリスがそう判断して、再び思考を冷たい憎悪で塗りつぶそうとした、その時。
『それは強さとは言わないよ
「―!」
突然の通信に驚くエリス。
ハイパーセンサーがとらえたのは、ビニール傘をさしてゆっくりとこちらに歩いてくる砕次郎の姿だった。
◇
「イヤな予感がしたから様子を見に来てみたら。案の定、こうなっちゃってるんだもんなあ」
「……ごめん砕次郎」
「にしても手ひどくやられたもんだ。……まだやれるかい?」
「うん。でも、
「ありゃあ、重症っぽいなぁ」
開いた口からボタボタと血をこぼすエリス。
その
そんな砕次郎に
「なんでありますかあなたは? 巻き込まれても知らないでありますよ」
「なんでありますか、とはずいぶんだね。言うなればこの子の保護者だよ。ああ――」
砕次郎が
『こうすればわかりやすいでしょうか?
通信越しに聞こえてきたのは
瞬間、
「っ! あの時の……」
「やあ今朝がたぶりだね。しかしながらなんだいその顔は。一日も経ってないのにずいぶんと雰囲気が変わってるじゃないか。
挑発するような砕次郎の言葉が
「あなたにっ……何がっ……」
「わかるとも。キミと同じ目をした子を何度も見てきたからね。自分を失った虚ろな目だ。生まれたことを後悔して、生きていくことに絶望して、自身を呪う空虚な眼差しだ」
「っ……黙れ……!」
「いやだね。黙れって? 僕にはこう言ってるようにしか聞こえないな。『お願いだからもう私を傷つけないで』。甘えるんじゃない。自分勝手に何もかもを捨てた気になって、絶望を笠にして逃げるんじゃあない!」
「黙れと言っているのでありますっ!!」
怒鳴り声とも泣き声ともつかない叫びをあげ、
砕次郎は避けるそぶりすら見せない。ただじっと
動いたのはエリスだった。砕次郎をかばうように割り込み、展開した盾で
「……させない」
「くっ……」
まっすぐに
「なら……力づくで何も言えなくしてやるであります!」
「……それが、キミの望んだ強さなのかい?」
静かな問いかけに顔をあげる
その顔は、怒りと、憎悪と、暗い悲しみでぐしゃぐしゃに歪んでいた。
「ええ、そうであります! 優しさも思い出もぜんぶうそ……これだけが……この強さだけがっ!!」
「それは強さじゃない。単なる力だ。くだらない。そんなものに意味なんてない」
「うるさい! うるさいうるさいっ!!」
「今から僕とエリスで、キミに本当の強さを教えよう。
「っ……! なら……ならやってみろでありますっ!!」
◇
認識不可能な速度で飛んでくる突きや蹴りが、フェアリア・カタストロフィの展開するシールドを一瞬で砕いていく。
「砕次郎、わたしは何をしたらいい?」
攻撃の合間をぬって、エリスはプライベート・チャンネルで砕次郎に呼びかける。
「あんな挑発して、なにか考えついてる?」
『まあ奇策というか、愚策というか。たぶん成功するってレベルだけど』
「失敗したら?」
『まず間違いなく死ぬ』
あっけらかんと言う砕次郎。
それに対するエリスの返答も、また軽いものだった。
「わかった。やる」
『即答だね』
「信じてるから。砕次郎のことは」
『……ありがとうエリス。うん、僕も信じよう』
伝えられた命令はたったひとつだけ。他の者が聞いていれば、間違いなく正気を疑われただろう内容だった。
だがエリスはこくんとうなずき、了解と言って通信を切った。
◇
――なにかたくらんでいるでありますな
防御を続けるエリスに対し、
しかし、同時に微かな焦りも感じ始めていた。
――こいつッ、いったいいくつ盾を持っているのでありますか!?
砕いても砕いても、次々に展開される物理シールドが、フェアリア・カタストロフィへの決定打を許さない。
『
圧倒的な攻勢の中にあっても、まだ敵をしとめられていない、その事実。そして迫るタイムリミットが
――このままジリ貧になるくらいなら……!
――
8基のスラスターすべてでチャージを行い、4連続で加速する、
当然、消費するシールドエネルギーは膨大。そしてなによりチャージの間は
無防備になる約3秒間、攻撃を
だがその3秒をしのげば、
勝てる。証明できる。自分の強さを、自分の価値を。
――決着をつけるであります!!
覚悟を決め、
残り2.8秒――
――さあ、なにをしてくるでありますか!?
斬撃でも、銃撃でも、砲撃でも、爆撃でも、すべて打ち砕いてみせる。
熱く冷めきった集中が、
残り2.5秒――
フェアリア・カタストロフィが左腕を大きく振り上げた。
同時に鋭いモーター音が響く。
――この音は……!?
その時、地面に刺さった無数の矢の下から、何かが
それは20個を超える大型の手榴弾の群れだった。
手榴弾はすべて輪になった硬質ワイヤーにくくりつけられている。モーター音はそのワイヤーを巻きとる音だった。左手の動きに合わせて浮き上がったそれらが
残り2.1秒――
自分の攻撃を防ぎながらこんな小細工をしていたとは。それも刺さった矢をカモフラージュに利用して。
その周到さに
だがその驚きは彼女の思考を揺らしはしない。
忘れろ。不要な反応はすべて。
片足立ちのまま、爪でワイヤーを切り裂き、間髪入れずにその場で強烈な回し蹴りを放つ。
一閃。
ゴォッと音をたてて発生した蹴りの風圧が、一拍の間をおいて手榴弾を吹き飛ばす。
残り0.9秒――
――まだ、油断はしないであります!
かつてないほど
『勝ちを確信した時、人はもっとも無防備になります。けして
そうだ。油断はしない。
だけど……あれ? これは誰の言葉だっただろうか?
――しまった!
一瞬だけ途切れた集中を無理矢理つなぎなおしたが、わずかに反応が遅れた。
フェアリア・カタストロフィの右腕から射出されたワイヤーが、手の動きに合わせて金虎《ジンフー》に絡みつく。
そして全身を縛り付けるように巻き付けられたワイヤーによって
だが、それはどう考えても、攻撃ではなく拘束だった。
――なんてなまぬるい……この期に及んで、拘束などと! 動きを止めれば勝てると思っているのでありますか!?
「なめるなアアアアア!!」
雄叫びとともに
送り込まれたエネルギーを圧縮し、そのまま放出する荒業で、ワイヤーを溶断しようとする。
だがそれは開発者からやってはいけないと言われていたことだった。
本来、加速の後の余剰エネルギーを通す場所。そこに送られた過剰な熱量は、容赦なく
「ぐっ……ああああ!」
だが、それがどウシタ。
敵ヲ倒スタメナラ……タタカウタメナラ……
白熱したワイヤーが溶け落ちる。そして――
残り0秒。
強襲、否、狂襲。
獲物を前にした獣のように、牙をむきだして、瞳をぎらつかせて。
限界まで蓄積されたエネルギーを解放し、
回避? 不可能だ。
防御? 無意味だ。
敵に打つ手はない。自分の勝ちだ。
フェアリア・カタストロフィが淡く輝き、
そして、そこにはただ、やわらかなワンピースをまとった、
◇
刹那と呼ぶにも短すぎる時間。
――ナニヲシテイル……?
超音速の拳がゆっくりと少女に向かっていく。
――アア、テオクレダ……
このまま自分は目の前の少女を殺めてしまうのだろう。
少女は原型も残さず消し飛ぶにちがいない。
そして、きっとその時自分は、本当に人であることをやめてしまうのだろう。
――ソレデモ、イイジャナイカ……
自分は戦うためだけに造られた存在なんだから。
無表情でたたずむ白いワンピースの少女に、なぜか誰かの微笑みが重なって見えた。
やさしく、あたたかく、そしてほんの少しさびしそうな笑顔。
それはどこかで見たことのある微笑み。そう、これは、あの時の師父と同じ――
『あなたが自分の意志で決めることです。どんな選択をしても、私はあなたの味方でいますよ』
――!!
はっきりと聞こえた
それに応えるように、
――いやだ!! いやだいやだいやだ!! 自分は……! 自分はあああ!!
とまっていた
◇
「あああああああああああ!!!」
絶叫にまかせて腕を無理矢理に引き戻す。
進もうとする拳に引きずられ、筋繊維がブチブチとちぎれ、血が噴き出す。
それでもやめない。やめるわけにはいかない。
――師父が言ってくれたでありますから! 自分で決めるんだって! だから自分は!
「止まれえええええ!!」
――ひとりの人間として!
それは長くても0.5秒、一瞬の出来事だったに違いない。それでも、
そして――
「……はっ……はっ」
血にまみれた鋼の拳は、そっとやさしく、少女の胸にふれた。
「…………は……ぁ」
その場で崩れ落ちるように座り込む
「ありがとう」
ワンピースの少女が、
「……
その剣が振り下ろされるとき、
◇
「無茶なことをするでありますなぁ……」
仰向けに寝転がった
目が覚めた時には、雨はすっかり止んでいた。雨上がり特有のひんやりと湿った空気が心地いい。
「自分が拳を止めなかったらどうするつもりだったでありますか」
「その時はたぶん……死んでた」
「はぁ……めちゃくちゃでありますな」
「でも、信じてたから」
「信じてた、でありますか?」
「うん。わたしは砕次郎を信じてた。それで、たぶん、砕次郎はあなたを信じてた」
「……すごいでありますな。自分は、何も信じられなくなっていたでありますよ。自分が何なのか不安になって、大切な人を信じることができなくなって、自分を見失ってたであります」
「だけど、キミは最後にちゃあんと選べたじゃないか」
砕次郎が歩み寄る。
「キミは兵器じゃなく、人として生きることを選んだ。だから拳を止めたんだ。力をどう使うか、自分がどう生きるべきなのか、自分自身で選びつかんだ。それがキミが師匠から教わった、本当の強さだろ?」
「その通りでありますなぁ。初対面の方にそこまで見抜かれて
「気にすることはないさ。大事なのはこれまでじゃない。これからだ」
微笑み合う二人をエリスが不思議そうにながめる。
「ねえ、砕次郎」
「ん? どうした?」
「……もう、このISは壊してもいいの?」
エリスの問いに砕次郎は一瞬キョトンとした顔になったが、すぐに思い出したように口を開いた。
「ああ、そうそう、その話をしないとね。
「はい?」
呼びかけられて、
いつのまにそんなに時間が過ぎたのだろう、東の空はすでに白みはじめている。
「キミにはもうひとつだけ選択をしてほしい。」
「はあ」
「一つ目の選択肢は、平和な日常だ。
いい話だ。文句のつけようがない。
後始末の話は信用できるだろう。研究所を脱走して一晩中暴れた
だがそれでも、
「二つ目は、なんでありますか?」
示されるもう一つの選択肢。彼女はそれを、ひそかに期待していたのかもしれない。
「
その言葉と同時に東の空が明るく輝く。
ゆっくりと昇る朝日をバックにして、砕次郎は左手を差し出した。
――ふふっ、なんだかできすぎでありますなぁ
まるでわざわざ演出したかのような光景に、
そして――
明日を象徴するようなその朝日に向かって、微笑みながら左手を伸ばした。
次回「