IS-アンチテーゼ- 作:アンチテーゼ
大好きです( ´∀` )
ちなみに元ネタでは夜のnightですが、この話では騎士のknightを考えてます。
◇
あらためて、
砕次郎と
しかし昼食時だからだろうか、今は同じ場所が過剰なレベルの活気にあふれていた。
どこからひっぱってきたのか、無数の屋台がところせましと並び、不安になるほど低価格のグルメをたたき売りしている。売り手も買い手も声を張り上げて会話をしているせいで、個々の会話はまったく聞き取れない。
いったい何を売っているのかと見てみれば、まんじゅうや焼き芋、麺類のような見慣れたものから、何の肉か明記していない串焼きや、どう見ても節足動物にしか見えない謎の揚げ物まで様々だ。
規律という言葉を蹴り飛ばすようなカオスな光景だったが、砕次郎はその喧騒に謎の感動を覚えた。
――さすがは美食と寄食の楽園。さしずめ、食の四千年帝国ってとこだね
こんがりきつね色のムカデをパリパリかじっている子供を見ながら、砕次郎はぼんやりとそんなことを考える。
――こういう熱気や活力は見習いたいもんだな
まわりの様子など気にすることもなく、騒ぎ、笑い、怒る人々。そんな彼らを、すこしうらやましい、と思ってしまった。
他人に無関心でいられる。それは砕次郎にとって、ある意味もっとも難しいことだったからだ。
どこに敵がいるかわからない、という理由だけではない。
そうなる前から、砕次郎という人間はあまりにも――
と、
「ふわあぁ……」
隣を歩く
大きく口を開けて目をこする姿が微笑ましく、砕次郎はフッと笑みをこぼす。
「お疲れの様子だね」
「あ、はい……。さすがにちょっと眠くなってきたであります」
無理もない。
いかにも健康優良児な
それが昨晩は一睡もしていないのだ。ことがことだっただけに、
今になってどっと疲れが出て眠くなるのも当然である。
――それに加えてかなり無茶な速度で体を治してるからな。その分、体力も消耗してるはずだ
砕次郎は
結局、腕をギプスで固定した以外、たいした治療はしなかった。必要なかったと言った方がいいだろう。もしかしたらギプスも2、3日でいらなくなるかもしれない。
その事実は
平気にふるまってはいるが、やはり少なからずショックを受けているようだった。
――それを考えれば、精神的にも休息が必要だろう
「ホテルに着いたらゆっくり休むといい。どんなに強くても、キミはまだ子供だ。よく寝てよく食べて、大きくならないとね」
「でありますな。……そういえばお腹も空いてきたであります」
「ああ、僕もだ。考えてみれば朝は何も食べなかったからな」
と、ここで砕次郎の思考は、ここにいないもうひとりの人物へと移った。
――あー、……ということはエリスもそうとう空腹だろうな
いつもの無表情で不機嫌オーラを出しまくるエリスの様子が目に浮かぶ。
「途中でなんか買っていこうか。ひとりで待機してるエリスの分も」
「了解であります! 何がいいでありましょうなあ?」
エリスへのおみやげをあれこれと考えながら、満面の笑みを咲かせる
つられるように砕次郎の表情も柔らかくなる。この子なら心配ない。あらためてそう思えた。
が――
「あ、あそこの屋台とかどうでありますか?」
にこにこ顔の
「……いや……看板に『
「前に道場の裏で捕まえたのを焼いて食べた時は美味しかったでありますよ? その時は師父に怒られたでありますが、店で売ってるのならきっとだいじょうぶであります!」
その自信に満ちた笑顔を見た瞬間、砕次郎の心はなんだかよくわからない不安でいっぱいになった。
◇
彼女は待っていた。
薄く広がる雲の下、じっと地上の標的を見すえ、攻撃のタイミングを計っていた。
そして、ついにその時は訪れる。
民間人――なし。
建造物――少数。
戦闘時の周辺被害――軽微と推測。
様々な条件が彼女の望む状況と合致する。
「作戦開始だ」
彼女の声に合わせて、背中の黒いカスタムウイングが大きく広がる。
一呼吸の後、背後の雲を吹き飛ばしながら、彼女は上空6000mからの急降下を開始した。
衝撃波を輪のようにまといながら超音速で真直ぐに降りてくる、それはまるで、昼空を切り裂く漆黒の流星のように見えた。
◇
最初に反応したのは
「っ!?」
「ん? どうし――」
振り返った砕次郎のえりくびを左手でつかみ、思いきり後ろに放り投げる。と同時に自分も地面を蹴って後ろに飛びのく。
「おわわわわ!」
悲鳴をあげながら砕次郎が3mほど地面を転がり、その横に
地を叩き割るような爆音と衝撃が2人を襲った。
砂煙が噴きあがり、吹き飛ばされた小石があたりにバラバラと降り注ぐ。
「ったたた……もう少し丁寧に助けてほしかったな……」
「ごめんなさいであります」
すり傷だらけで体を起こす砕次郎に、
その視線の先、砂煙の向こうで何者かの影が大きく翼をひらいた。一拍おいて風が吹き荒れ、視界をさえぎる砂煙を吹き飛ばす。
「……が、そうも言ってられない状況でありましたので」
クリアになった2人の視界に映ったのは、さっきまで自分たちがいた場所にできたクレーターと、その中心に突き刺さっている漆黒の大剣。そして、一対の巨大なカスタムウイングを広げ浮かぶ、黒い騎士甲冑のようなISの姿であった。
凛とした顔つきと、ブロンドのポニーテール。その操縦者は、砕次郎の知っている人物だった。
「何者でありますか!?」
襲撃者を知らない
黒いISは地面の大剣を引き抜くと、ガシャリと剣先を
「ドイツ空軍特務少尉フランツィスカ・リッターだ。
中華人民共和国、元代表候補生
悪いが、貴様らに対し殲滅しろとの命令が出ている。……覚悟してもらおう」
「っ……」
フランツィスカの鋭い視線に
そのかたわらで、砕次郎はゆっくりと立ち上がりながら考えを巡らせてていた。
――
慎重に言葉を選ぼうと頭をフル回転させる砕次郎。
だが、口を開いたのは砕次郎ではなく
「ぜ……」
砕次郎の心臓がはねる。
――お、おい、何を言うつもりだ!?
「ぜんぜん違うでありますっ!! ひ、人違いではっ!?」
ピシリと空気が凍りついた。
瞬間、砕次郎は「この子は空気感というものをぶちこわす天才なんじゃないか?」と直感する。
「自分はメイなんとかさんじゃないでありますし! こ、この人もアンなんとかさんじゃないであります! 人違いでありますよぉ、やだなぁ……」
必死でこの場をごまかそうとがんばる
実直という言葉をそのまま人型にしたような彼女のことだ。これまで嘘などほとんどついたことがなかったのだろう。
玉のような汗を浮かべ、くるくると目を泳がせるその様子は、
見つめるフランツィスカの目にさえ、
「……
砕次郎はできるだけ優しく声をかけた。
「あ、だ、ダメでありますよ! いま自分は
「あのね、
ハッという表情で固まる
「は……はあぁ……」
真っ赤な顔で湯気を噴く
この茶番としか言いようがない会話を、あきれたような顔をしながらも律義に待ってくれているのだ。それも殲滅せよとの指示が出ている相手に対して、である。
おそらく生まれつきであろう生真面目な性格。そのせいか、どこか人の良さを捨てきれてない。
砕次郎は心の中で謝罪した。せっかくの真面目な空気を壊してしまったこと。そして、
――ヒヤッとしたが結果オーライだ。よくやった
砕次郎は
「いや、なんかごめんね。ただ、確かにキミの言葉にはひとつ訂正すべき箇所がある」
「……まさか貴様も『別人だ』などと、とち狂ったことを言い出すんじゃないだろうな」
苦々しい顔のフランツィスカを馬鹿にするように、砕次郎がニヤリと笑った。
「まさか。訂正したいのはね……僕はアンチテーゼの構成員じゃなく、リーダーだってことだよ! ハッハァ、その後ごきげんいかがかな、少尉?」
フランツィスカのまとう空気が再び張りつめた。
競技場で言葉を交わしたアンチテーゼのリーダー。目の前にいる男がその本人だとは思っていなかったようだ。
「……情報提供を感謝する。おかげで――」
瞳に敵意が満ち、燃えるような殺気が空気を焦がす。
「――思ったより早くアンチテーゼを潰せそうだ!!」
言うが早いか、フランツィスカは構えなおした大剣を砕次郎めがけて振り下ろした。
だが次の瞬間、金属同士がすり合わされるような鋭い音が響き、剣の軌道が大きくずれた。そのまま大剣は地面をえぐり、はね飛ばされた土が宙を舞う。
攻撃の瞬間、割り込んだ
ISの展開が任意のものである以上、その展開速度は使用者の反応速度を超えることはない。その事実が、
そう。どんなに間の抜けた言動があっても、
それを再確認し、フランツィスカは素早くバックステップで距離をとった。
「……やっと真面目にやる気になったか」
「とんでもない! 空回りはあれど、自分はいつだって大真面目であります!」
だが、砕次郎はその構えにわずかな違和感を感じた。やはり無意識に右腕をかばっているように見える。
当然と言えば当然だが、まだ痛みがあるということだろう。ナノマシンの超速再生はだいぶ効果が落ちてきたらしい。
それでも
「自分、今は戦う理由を探す身であります。ですが、あなたが自分たちを殺す気でいるというのなら、黙ってやられはしないでありますよ!」
万全、という顔をして、砕次郎をかばうようにフランツィスカとの間に立ちはだかっている。
自分を救ってくれた砕次郎を必ず守ってみせる。そう宣言しているようだった。
――ならその気持ち、ありがたく受け取らせてもらおうか
砕次郎は頭の中で組み立てていたプランを少し変更した。
少しでも勝率が高くなるならば、偶然生まれた微妙な空気も、愚直な少女の献身も、使えるものは何でも使う。この世界からすべてのISを消し去るその日まで、
「
臨戦態勢の
おそらくフランツィスカの機体はシュヴァルツェア・メーヴェの改修機。大きな仕様変更がないとすれば、やはり
「相手が六角形の盾を出して来たら気をつけろ。
「な……反則レベルの武器でありますな! 了解、気をつけるであります!」
「オーケー。向こうも格闘戦特化の機体だ。キミとの相性は悪くない。ただし、どんな隠し玉があるかはわからないから、油断はするなよ」
「はい!」
「いいかげんにその悠長なおしゃべりをやめろ!」
しびれを切らしたフランツィスカが袈裟がけに斬りかかった。
「うぉっと!」
のけぞるようにして紙一重でそれをかわす
だが自分の攻撃をかわされた瞬間にスラスターウイングを前へと向けていたフランツィスカは、そのまま逆方向の加速で距離をとり、離れざまに今度は突き出された左腕を狙って剣を振り上げた。
「くっ!」
崩れたバランスをすばやく立て直し、フランツィスカは再度その黒い大剣を構えた。
右脚を下ろした
「やるでありますな! 敬意をもって、あらためて名乗らせてもらうであります。
そして専用IS
全力でやらせてもらうでありますよ、フランツィスカさん!」
そのあまりに堂々とした名乗りに、フランツィスカの顔にも小さく笑みが浮かんだ。
「ドイツ空軍、特別情報統制機関『
専用機の名はシュヴァルツェア・メーヴェ・フェアヴェッセルング。
君のような子は嫌いじゃないが、こちらも命令を受けている以上、手加減はできない。たとえ
「さすがにバレてたでありますか」
「ですが、もとより手加減など不要であります。これから自分が歩くのは間違いなく
奮い立つ獣がその毛を逆立てるように、
◇
少し離れた建物の中に身を隠して、砕次郎はフェアリア・カタストロフィのプライベート・チャンネルを呼び出した。すぐにエリスが通信に応じる。
『出番……?』
「いや、もう少し
『わかった』
「シンデレラグレイのチャージは?」
『とっくに終わってる』
「オッケー。じゃ、合図をしたらよろしく頼むよ」
『了解』
手はずを確認し終えると、砕次郎は静かに息を吐きだした。
プライベート・チャンネルは開いたまま、
――来るならドイツだろうと思っていたが、まさか彼女とはね
砕次郎には驚いていることが2つあった。
ひとつは襲撃者がフランツィスカであったことだ。
自分たちを取り逃がしたフランツィスカがまったくのおとがめなしだったはずがない。仮に謹慎ですんだとしても、一週間やそこらで解けるものとも思えないのだ。
そして、もうひとつ。
――いったいなにがあった……リッター少尉
モニター越しにとはいえ、ドイツですでにフランツィスカを
今、
わずかに見え隠れしていた迷いはすでになく、かわりにその瞳には揺るぎない『覚悟』が宿っていた。
――変わった……? いや、
砕次郎は考える。
フランツィスカが所属する
フランツィスカの背後にいる人物を想像した時、砕次郎は背筋を逆なでにされるようなゾワリとした感覚を覚えた。
だが、それは恐怖や不安ではなかった。むしろそれは、ある種の歓喜をはらんだ福音のようにも思えた。
――間違いない。僕と
「……フッ……ク……フフ……」
うつ向いた砕次郎の口から唐突に笑いがこぼれた。
『……砕次郎?』
「……いや、ごめん。気にしなくていいよ」
不信がるエリスを安心させるように、「なんでもない」と答えた砕次郎。
だが、その口元は三日月のように歪んだまま、まだ見ぬ怪物に笑いかけていた。
次回「