『牛歩』
暗黒の虚空を行く一団の移動速度は、まさにその表現以外に考えられなかった。
一団は2隻の特設輸送艦(徴用された民間籍ばら積み貨物船)と1隻の宇宙巡洋艦、6隻の宇宙駆逐艦からなる小船団で、内訳は以下のとおりだ。
特設輸送艦『オーテアロア』『キヨカワマル(清川丸)』
巡洋艦『スラヴァ』
駆逐艦『カミカゼ』『J・G・エバーツ』『ニウエ』『バシリスク』『スルタン・イスカンダル・ムダ』『シロッコ』
船団のうち、戦闘艦は全て艦体後部の形状が変わり、メインノズルや各部のバーニアが大型化されていた。
また、輸送艦『オーテアロア』には大型のレーダーアンテナや各種アンテナが増設され、もう1隻の『キヨカワマル』にも大型レーダーアンテナが付いていた。
これらは全て後付け。特に戦闘艦は主機関を在来のレーザー核融合系機関からイスカンダルからの技術供与による
一方、輸送艦は在来型機関だが、2隻ともレーダー·センサーを強化されていた。
これは今回の作戦に際し、『オーテアロア』を臨時旗艦にしたためだ。
本来ならば戦艦『フソウ』あたりが旗艦を担うのだが、同艦の在来機関は不調で、波動機関も資材不足で改装工事がストップ。
さりとて『フソウ』を不調な在来機関のまま出撃させるわけにもいかず、思い切って『オーテアロア』を臨時旗艦とし、必要な設備を取り付けた次第。
しかも、本作戦は第二艦隊司令官たる土方 竜直率のため、土方は『オーテアロア』から指揮をとる事になったが、問題は、巡洋艦·駆逐艦と輸送艦の速度差があり過ぎる事だった。
当然ながら、輸送船団は船脚を一番遅い船に合わせなければならず、今回の船団中で最も低速の『キヨカワマル』に合わせざるを得なかった。
『オーテアロア』は、ガミラスとの戦争が始まる直前に竣工した平時仕様の高速貨物船だが、『キヨカワマル』は3年前に竣工した第二次戦時標準型船で、資材·工数を節約した結果、低出力の機関を載せざるを得なかったため速力が低く、船団はこの船の巡航速力に合わせた10宇宙ノット(『アオテア·ロア』は巡航17宇宙ノット)を標準速度とせざるを得なかった。
本来なら、少しでも早く目的地に着きたいが故にか、乗組員に焦慮や苛立ちが生じるものだが、意外にも各艦乗組員は緊張こそすれ、焦りの色は薄かった。
特に船団の先頭を進む駆逐艦『カミカゼ(神風)』の艦橋には、焦りや不安·悲嘆とは凡そ対象的な空気が漂っていた。
「~····~♪」
駆逐艦の狭い艦橋に、ソプラノのハミングが流れる。
「········」
「········」
それは音程、リズムもしっかりしており、本来なら良きBGMになり得るものなのだが、本人を除くその場にいる者は、一様に微妙な表情を浮かべていた。
ハミングの主はブルネットの髪に透き通るような白い肌の女性で、左腕は義手·義腕だった。
その女性はハミングしながら、自席──砲雷撃指揮官席──のコンソールを磨いている。
その手に握られているのは拭き取りシートではなく、カメラのレンズ清掃用のシート。
それで、既に延べ4時間、断続的ではあるが、女性は砲雷撃指揮席のコンソールを磨き続けており、その様を、一緒に当直についている航海士と観測士が呆れた表情で見ていた。
そこへ
「交替時間です」
次の当直担当者たちが艦橋に入ってきた。
それぞれ引き継ぎを済ませ、当直明けの者は引き上げていく。
最後に引き継ぐのが最先任の士官だが、当直明けになるのが件の女性なら、引き継ぎを受ける側も女性。しかも艦長制帽を被っていた。
「はい、艦長」
「OK」
引き継ぎ事項を入力したタブレットを引き継ぎ者に手渡して、先任士官の引き継ぎは終わる。
件の女性士官が艦橋から退出するのを確認し、女性艦長──国連宇宙軍少佐·嶋津冴子──は、一堂を見渡し、告げる。
「じゃ、二直よろしく!」
「「はいっ!」」
艦長席に座りかけた嶋津だが、先ほどまで一直の女性士官がいた砲雷長席にしばし目をやり、軽く溜め息をついた。
そこは、他の席に比べ、心なしかテカテカしているように見える。
(あの
嶋津が砲撃魔と言ったのは、先ほど当直の引き継ぎ相手だった砲雷長のフランベルク·シルヴィア夏美·国連宇宙軍大尉の事だ。
彼女は砲雷撃指揮、特に砲術においては天才というより鬼才的な冴えを見せ、同航するガミラス巡洋艦の艦橋窓にピンポイントで光線砲を命中させて艦列から離脱させた実績を持つが、前年の冥王星沖会戦で乗艦『キリシマ』が被弾した際に左腕に重傷を負い、結局切断→義手義腕化となった。
(そのため、内定していた『ヤマト』砲雷長のポストを棒に振った)
退院し復帰するや、艦隊勤務復帰を猛烈アピールしたが、乗り組める艦がなくむくれていた。
しかし、駆逐艦『カミカゼ』の砲雷長が市民の暴動に巻き込まれて重傷を負ったのを知るや、極東管区の人事部に自分を乗せろとねじ込んだ。
当然人事部は渋い顔をしたが、彼女の手腕は超がつく一流。遊ばせておくには惜しい人材だ。
やむなく『カミカゼ』艦長の嶋津に諮ったところ、臨時扱いで『カミカゼ』乗り組みが決まった次第。
アルビノ特有の透き通るような白い肌に少女のような容貌ゆえ、
『人類が二足歩行を始めてから進歩と言えるのは、大砲の発明と実用化に他ならない!』
と公言してはばからないなど、日頃の言動と性格に難ありとみなされ、部内では
『残念エルフ』
と評されていた。
もっとも、当の本人には蚊に刺された痒みほどのダメージもなかったのだが。
(ありゃ、相当撃ちたい欲求が溜まってるな····)
嶋津は内心で苦笑しながら、出撃直前に交わした会話を思い出した。
『お前さん、ショックカノンをぶっ放したいんじゃないのか?シルヴィア』
嶋津の問いに、撃ちたいオーラを纏うシルヴィアは、いつもののんびりした口調で返す。
『無い物ねだりをしても仕方ありませんよ~。
それに駆逐艦のフェザー砲も、目眩ましから目潰しくらいにはなったんですよね~?』
『ああ、そうだが····』
彼女の言った事は事実だ。
超大出力の波動機関を採用した事で、豊富なエネルギー供給を連続して受けられることになった地球艦のフェザー砲は射程·連射速度·貫徹力が大幅に増し、命中すればガミラス艦の装甲を穿つか傷を負わせるだけの威力を持っていたし、戦艦·巡洋艦の艦首軸線に固定装備された
もっとも、今次作戦の参加艦でショックカノンを持つのは巡洋艦『スラヴァ』だけだが──。
『ご心配なく。ちゃんと敵ちゃんの艦橋窓に当ててみせますから~♪』
のんびりした口調で自信過剰と受け取られかねない事をさらりと宣(のたま)った2歳下の臨時砲雷長に苦笑した時、
「お待たせしました、昼食です!」
まだ十代とおぼしき船務部員が、ボックスランチと人数分の水筒を持って艦橋に入ってきた。
「お、ありがとう」
嶋津は礼を言ってボックスと水筒を受け取る。
他のクルーも同様に受け取った。
(波動エンジン様々····か)
波動機関導入により、旧来の核融合機関に必要な艦内
このため、空いたスペースは糧食庫や清水·汚水タンク等に転用され、各艦の行動可能期間が生若干改善されたが、目に見えた改善としては、
嶋津は配食の船務員に尋ねる。
「お前さんは食べたか?」
「これを配り終えたらいただきます」
「そうか····。明日の今頃は戦闘配備になるだろうから、ちゃんと食べておけよ」
「はい」
──1週間かけてきた行路もいよいよクライマックス。早ければ明日にはガミラスとの接触→衝突が予想される。
留守番たちの力量が試される時が近づきつつあった。