──エンケラドゥス上空──
採掘と船積作業の間、護衛艦群は艦の修理と並行して警戒体制についていたが、『ユウガオ』はコスモナイト第2採掘場の上空警戒にあたった。
「········」
大村から休息をとるよう意見具申された嶋津はしばし艦長室にこもり、個人端末の画面に、ここから100キロほど西に不時着している『ユキカゼ』の画像を映し出していた。
「········」
──嶋津が最後に見た『ユキカゼ』は、十字砲火を浴びて炎上し、コントロールを失って虚空に消えていく姿だった。
あの後爆沈するどころか土星圏まで飛んで行き、エンケラドゥスに不時着擱座するとは予想外だった。
それも原型を留めた姿で。
M21881式突撃駆逐艦は操縦安定性が良い艦型だからそれも頷けるが、艦橋が文字通りもぬけの殻だったというのは首を捻らざるを得なかった。
ひょっとしたら、ガミラスは古代らブリッジクルーを、捕虜として連れ出したのではあるまいか、とまで思ってしまう。
「····古代、ホントはどっかの星か船で生きてんじゃないのか?
“昔のアニメみたいに、宇宙海賊になって太陽系に舞い戻ったりしてな。
····そしたら私がとっ捕まえてやるよ」
益体もない空想に失笑してしまったが、悲哀の成分は含まれなかった。
──その空想が空想でなかったと知るのは、約4ヶ月の後だった。
──約55時間後──
「発進、微速前進。取り舵25!」
「微速前進、取り舵25、宜候!」
懸念されていた敵残党による報復襲撃もなく、到着から75時間後、第2次トムとジェリ○船団は地球に向けて発進した。
輸送船の船倉はもとより、駆逐艦に牽引させたコンテナにもコスモナイト等の資源鉱物を満載していた。
『ケンギュウ』以下のTF11は2隻ずつ船団の上下に分かれて護衛につく。
駆逐艦の半数もコンテナを牽いているため、護衛の主力はTF11だ。
往路とは違い、タキオンレーダーは最大化出力で作動させていたが、安全圏である小惑星帯を越えるまでガミラス艦は感知されなかった。
やがて、船団は先日の戦闘宙域にさしかかる。
──『ユウガオ』──
「艦長、土方司令名で通達が来ました!」
「内容は?」
「10分後に砲撃訓練を行うので準備せよとの事です」
「了解した。全員に通達」
「はいっ!」
各艦とも戦闘態勢を維持しているため、改めて総員配置を指示する必要はない。
──きっかり10分後──
「訓練開始。撃ち方始め!」
「擊(て)ーっ!!」
土方が乗る『ケンギュウ』を皮切りに、TF11のフリゲートはもとより、コンテナを牽く駆逐艦からも火線が放たれたが、少し遅れて輸送船からも火線が放たれる。
気休めとはいえ、輸送船にも20~40ミリ各輸送船にもフェーザー砲とパルスレーザー砲が各1~2門搭載されており、それらの運用と整備のため、各船の所属国または運航管理会社がある国の宇宙軍が、下士官又は准士官を長とする人員を派遣し乗り組んでいたが、それらの特設砲も同様に火線を放っていた。
その宙域はつい数日前、土星圏に向かう地球の船団とそれを阻まんと立ちはだかったガミラスの小艦隊が正面からぶつかった、後に第四次木星沖会戦と称されることになる戦闘が起きた宙域だった。
これまでの会戦ならばガミラスの勝利に終わるケースが多かったが、『ヤマト』の就役以降は地球側の勝利が続き、『ヤマト』以外の地球艦も大幅に強化されたため、今回も地球側の勝利に終わった。
ただ、今回は地球側にも喪失艦が出ており、完全勝利とはいかなかったが──。
船団全ての艦船から次々と放たれる艦砲の眩い煌めき。戦闘艦艇だけでなく、守られるべき存在である輸送船もですら特設のパルスレーザー砲を撃ち放った。
場所が場所ゆえ、戦い斃れた敵味方を弔うための礼砲──要は弔砲──にも思えたが、土方からの命令はあくまでも“訓練”であった。
だが──。
「········」
「········」
『ユウガオ』では艦長の嶋津が挙手礼をし、それ以外のブリッジクルーも粛然としていたが、それは船団全艦船に共通しており、ブリッジクルーの中には起立·敬礼する者が1~2名いた。
敬礼の対象は二つ。
一つは当然ながら駆逐艦『ホワイト·ジンジャー·リリィ』。
剛毅を以て尊しとする駆逐艦乗りの中でも、ファルコン艦長以下の乗組員は「一味」等と海賊めいた別称を奉られたほど連携力が高く、絶望的な戦闘にも全く怯んだ様子を見せず、生還を重ねてきた。
今回は遂に乗組員ともども失われてしまったが、それを悼むのは船団が無事帰還してからだ。
この時点で追悼しても彼らは喜ばないし、仮に自分達が斃れたとしても同じ。
これはその場にいた宇宙戦士全てに共通する思いだった。
二つ目の対象は、もちろんここで全艦が沈んだガミラスの残存艦隊6隻と勇敢なる乗組員に。
諦めの悪さにおいては、ガミラスの太陽系残存艦隊は地球防衛艦隊に何ら劣るところはなかった。
増援や補給が絶望的な状況だったにも関わらず、彼らは最後の1隻が撃沈されるその瞬間まで、決して
1発でも喰らえば轟沈必至と理解しながらも突撃の先頭に立った軽巡洋艦。
46サンチショックカノンの青い業火に砕かれ、抉られ、焼かれながらも主砲を放った重巡洋艦。
自艦に残された火器では有効打足りえないことを既に理解しつつ、それでも絶妙かつ執拗な襲撃運動を繰り返し続けた2隻の駆逐艦。
特に、駆逐艦には撤退するという選択肢もあった。
しかし、TF11から距離を取れば、あの強烈極まりない
(実際は、TF11による艦首46サンチショックカノンによるこれ以上の砲撃は蓄熱容量的に困難だったのだが)
むしろ、自らの生存確率を上げるためには、目前の敵を殲滅する方が高い。
たとえそれがどれほど困難で、数パーセントに過ぎぬ低確率であったとしても、だ。
そうしたガミラス艦隊の姿から汲み取れるのは、どこまでも高く熱く純粋な戦意と、緻密で冷徹な戦術判断だけ。
所属本隊も根拠地を失い、敵勢力内に孤立した彼らに恐怖や絶望がないわけがなかっただろう。
あるいは狂気すら忍ばせていたかも知れないが、ガミラス将兵たちは最後の最後まで、決してそれを地球人たちに窺わせなかった。
侵略者にかける情けは一片たりともない。
それは確かだが、それでも土方以下の護衛艦隊の乗組員たちは、自ら斃したガミラス艦隊にも敬意を払った。
喪われた『ホワイト·ジンジャー·リリィ』乗組員たちに手向けたものと同等の敬意を。
後年、太陽系に派遣されたガミラス軍将兵の主力が、ガミラスでは二等国民としてランキングされ、かつ容姿が地球人と酷似したザルツ人と知った時、当時を知る宇宙戦士たちは、皆無言で深く頷いたという。
隊列を組み直した“第2次トムとジ○リー”船団が船脚を上げた。目指すはエンケラドゥス。そして母なる地球に戻るため。
先を急ぎながらも、船団の全艦船から次々に放たれる艦砲の眩い煌めき。
それも戦闘艦艇に留まらず、守られるべき存在であるはずの輸送船も急誂えの特設砲を撃ち放つ。
しかし、それは決して弔砲ではない。あくまでも訓練射であった。
この訓練に際し、『ユウガオ』から“艦内持込禁品”の艦外廃棄が艦長命令で実行されていた。
『ああ、もったいない····』と、一部の乗組員から向けられた、あからさまに残念だという視線を受けながら。
その禁制品とは、
【ガミラス艦を沈めるよりこいつを入手する方が困難】
──と、地球防衛艦隊内の
世界中で五指に数えられる名醸造所の傑作と称賛されたが、直後の内惑星戦争でスタッフもろとも醸造元が失われたのに加え、ガミラス戦役で残存個体がほぼ失われるか行方不明になったため、幻の逸品と化しているこのウィスキーを艦内に持ち込んでいたのは、言うまでもなく嶋津だった。
戦没した駆逐艦『ホワイト·ジンジャー·リリィ』以外の輸送船と護衛艦は無事地球に帰還を果たした。
船団の帰還に合わせて、国連宇宙軍は『ケンギュウ』ら新型フリゲート4隻の実戦投入と戦果を公表。
新型艦が期待どおりの実力を発揮し、砲撃戦においてガミラス艦を圧倒したと宣言した。(実際には必ずしもワンサイドではなかったのだが)
同時に同型艦4隻が建造中である事も公表したのに加え、大幅な拡大強化型である“戦闘巡洋艦”の1番艦『インディアナポリス』と2番艦『開聞』が、アメリカと日本で建造が始まった事も発表された。
特に戦闘巡洋艦は、巡洋艦という種別とは裏腹に、総合的な戦闘力は既存の巡洋艦はおろかM21741式戦艦をも凌ぐという触れ込みだった。
もちろん、既存の艦船に対する強化改装も並行して進められるが、各国の宇宙軍はより戦闘力が高いフリゲートの早期配備を望み、主要国の宇宙軍は新型巡洋艦に着目するのは当然の流れだった。
なお、波動砲の存在は、核兵器をも軽く凌ぐ大規模殲滅兵器である事が実証されたため、この時点での発表は見送られていた。
ちなみに『ヤマト』の波動砲“試射”の結果生じた木星表面の雲層の乱れは、ガミラス浮遊大陸基地のエネルギープラントが『ヤマト』からの攻撃で制御不能→臨界→崩壊に至ったためとした──。(事実発表は2201年4月)