―― 横須賀市、自衛隊関東中央病院 ――
「はい、終わりですよ、嶋津三佐」
「ありがとう。そこそこ昼寝できたよ~‥‥」
処置室で、女性看護師が無針点滴器のリストバンドを外すと、嶋津冴子は大欠伸しながら伸びをする。
女の癖に行儀悪いという陰口が聞こえてきそうだし、事実そういう陰口もあるのだが、当の嶋津に改める気配はない。
駆逐艦は装甲が皆無に等しく、艦の損耗率や乗組員の戦死傷率も、戦艦や巡洋艦と比べて高い。
ゆえに、駆逐艦乗りはバンカラを以て尊しとする気風があり、嶋津もその例に漏れなかった。
もっとも、嶋津の“前職”は、戦没率では一時期駆逐艦をも上回った戦闘機パイロットで、彼らは
『行儀良くする暇があるなら、1機でも多くガミ公を墜とす!』
というのが共通認識で、駆逐艦乗りも大同小異だったから、行儀悪いと言われた位では、彼らは痒み程度のダメージも受けなかった。
因みに、パイロット嶋津冴子最後(?)の出撃はかの第二次火星沖会戦で、ガミラス機7機を単独撃墜したが、これは生還したパイロットでは最多撃墜数だった。
彼女は一連の戦闘で3機の戦闘機を駆って無傷で生還した一方、機体は3機とも全壊した。
直後、嶋津は駆逐艦に転じたため、この一件が彼女を戦闘機から降ろしたと言われている。
もっとも、当の本人は
「ん?今も現役だよ。私は」
と言い続けているが。
艦長ジャケットを着て腰を上げようとした時、カーテンの向こうで男女が揉める声がする。
「治療中は入室禁止です!」
「沖田司令!‥‥司令に伺いたい事があります!」
女性の方はここの看護師だとわかったが、男の声にも聞き覚えがあった。
「オヤジ(沖田)に食い付きに来たのかよ、あいつ(進)は‥‥」
思わずあちゃー、と頭を抱える。
心情は理解するが、ヤツも今は“こちら側”の人間だ。
暴走する前に止めなくては。
古代進の“熱弁”は続く。
「今回の作戦が、地球脱出船出発のための時間稼ぎと言うのは本当なんですか!!?」
(あ~‥‥)
そういう噂は嶋津も聞き及んでいたが、それを理由に出撃を忌避する気は毛頭ない。
しかし、彼をあそこまで熱くした原因の一端は自分にもある。
ともあれ、古代を止めようと、処置室のカーテンを勢いよくシャーと開き、やめないか、と口を開きかけた刹那、
「やめないか、古代!」
沖田とは別の壮年男性の叱声が響いた。
(うあちゃ~‥‥)
思わず頭を抱えそうになるが、寸前で思い留まった。
何しろ、この声の主もよーーーーーーーく知っている。というより、沖田共々、嶋津にとっては数少ない頭が上がらない男だから。
(よりによって鬼竜が付き添いかよ!)
鬼竜。
本名を土方 竜といい、沖田とは同期で親友同士。
ひと月前に宇宙戦士訓練校の校長から空間護衛総隊司令官に転じたばかりだが、嶋津や古代 守が訓練生時代は担任教官兼寮長だった。
出身が東京の多摩地区ゆえ、一族にはあの“鬼の副長”がいたとの噂だが、その噂に違わず、彼も厳格かつ手加減無用の鬼教官という雷名を馳せ、嶋津や古代守は彼の苛烈な教練を受けてきたのだ。
ゆえに、鬼の竜こと鬼竜という渾名がつけられたのだが、最初に呼び始めたのは当の嶋津だ。
その土方が、腕を組んで古代を睨みつけていたが、ついでに『何をやっとるんだお前は』と言わんばかりの冷たい一瞥を嶋津にくれた。
「土方校長‥‥」
古代も頭が冷えたようだ。後ろで島が頭を抱えている。
(そうか、こいつらも鬼竜の教え子か‥‥)
「すまん、この古代は俺の教え子だ」
「古代?‥‥では、君が‥‥?」
「古代 進。〈ユキカゼ〉艦長の古代 守は自分の兄です」
土方の謝罪を受け、驚きの表情を浮かべる沖田に、古代は改めて名乗る。
「そうだったか‥‥」
呻くように呟いた沖田はしばし瞑目していたが、改めて古代を見ると口を開いた。
「‥‥お兄さんは漢だった。そんな彼を死なせてしまった全責任は私にある」
そこまで言うや沖田は立ち上がり、古代に向かって頭を垂れた。
「すまない‥‥」
「‥‥‥‥」
「沖田‥‥」
(‥‥‥‥)
将官である沖田が頭を下げた事に、古代もすっかり毒気が抜かれた様子だ。
それで話はおしまい‥‥になるわけがなかった。
黙って様子を見守っていた土方は古代の制服の襟を掴むや、島と嶋津にも鋭い視線を向け、
「嶋津と島、お前達も来い」
ニヤリとするや、有無を言わさぬ口調で言い渡す。
‥‥この先の展開が完璧に読めてしまった。
(理不尽だーーーーーーーー!!(×2))
完全にとばっちりを食った2人には、死刑宣告以外の何物でもなかった――。
こちらでの土方さんの声は、旧シリーズの故・木村 幌氏です。