イロジカル・ゲーム-The girl of match merchant-   作:職員M

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初めての投稿なので緊張しかしていないのです


第一話 大晦日スタート

「……本当にやるの?」

 

「いいや? 正直こんな場面でもなきゃ即座に逃げ出したいところだ。……が、こんな成りでもメンツってもんはあるからな」

 

「無駄だって分かってても?」

 

 少女は目の前に佇む黒髪金眼の悪魔を見つめる。髪と瞳以外は自分と瓜二つの容姿を持ちながらも、その中身はまるで別物。いつ見掛けても奇妙な鏡を見ているような感覚に陥る。すると恐怖からか興奮からか、自身の身体は独りでに震え始めるがそんなことに気を向けている余裕などない。 

 冷や汗は額に留まることができずに頬を伝い顎から滴り落ちる。これまでにいやというほど身体に刻み込まれた絶望感が蘇るからだろうか。完全に血の気が引いた顔をしていると自覚していながらも精一杯の強がりを口から放つ。

 

「ハッ! 今まで一回も負けたことが無いって本っっっ当に損だよねぇ! 自分がこれから負ける姿が想像すらつかないんだからさぁ」

 

「減らず口は相変わらずなのね。……それじゃ、精々楽しませてよね」

 

「……そいつはこっちの台詞だバカ姉」

 

 一見すると真逆のような特性を持つ姉妹はその瞬間を機にお互いに背を向けた。

 

 

 時に20世紀初頭……これは後に"史上最悪の姉妹喧嘩"と呼ばれる大激闘を演じることになる。

 

―――――――――――

 

 

「弱ったもんだ……」

 

 

 少女は広大に広がる市場を目にしてただ、途方に暮れた。

 

 

 

 大晦日の夜、限界にまで冷えきった気温の中、それとは反比例するように活気溢れる市場へと繰り出されたが、持つ武器は文明としては明らかに退化している「マッチ」を売ってこいとの命令を仕った。しかも売れるまで戻ってきてはならない。

 言ってみればただこれだけの事ではあったが、これがどれほど理不尽かつ労働基準法に反しているかは説明するまでもあるまい。コンプライアンスという言葉を発することすら憚られる程の暴挙である。

 

 

 ……仮にこれが一企業一部所の指令ならば労基に駆け込む猶予もあっただろうが、残念ながら命令の主は我が親。適用する法が変わってくる方だ。しかも民事不介入を前提とする警察諸君は我が身が滅んだ後にようやく始動するという後手徹底を発揮する。少女に法を基に生き残る方は既に絶たれているという状況に追い込まれていた。

 

 

「あのクソ親父め……」

 

 

 少女は小声で毒を飛ばすが、この声は誰にも届いてはいない。見た目の歳は15、16歳といったところだろうか。身長や顔つきはまだ幼さを残しているが、男勝りな口調と赤い眼光だけは実に大人びている。そして今もなおしんしんと降り積もる雪と同化しそうな銀髪と赤眼を持つ少女は、その眼と同じく血のような赤いフード付きの外套を深く被ってはいるものの、その他に十分な防寒が出来ているとは言い難い。少女にとって、唯一の武器たるマッチをどう売るかだけが行く末を決めるのだ。

 

 

 

「市場における潜在顧客は十分。が、大晦日であることから鑑みるに日付が変わる頃には閑散とすることは間違いない。……となると、体力も考慮すれば少なくともその2時間前、午後10時には完売しておく必要がある……か」

 

 

 遠目から見つつ少女は冷静に状況を分析する。広場の時計は午後4時を指している。街はまだまだ買い込み客で溢れかえっていた。

 

 

「しかもガスストーブが隅々にまで行き渡ったこの街で売るのがよりによってマッチってわけだが……。これが詰みゲーでないなら何なのか教えて欲しいところだな。……神にでも祈るか?」

 

 

 そう言いながらも、何故か少女は口の端を上げる。そして自分の言葉を否定するような言葉を繋げた。

 

 

 

 

 

 

「まぁ得てして神ってのは祈った者の足を片っ端から掬っていくのが定石なんだ。……道は、自分で切り開くしかない」

 

 

この市場も、ここにいる誰も、そしてここに寄越した父親すら今は知らない。

 

 

 

この少女が後に、市場の女神と呼ばれる大商人になる事を。

 

 

 

 

 

 まずは市場の感覚を肌に身に付けべく、少女は市場を一周することに決めた。

活気溢れると言っても業種は多種多様。日用品も食料品も服飾もはたまた金融までこの大晦日景気にあやかろうと必死の様子だった。

 無論客側も満更ではない。大晦日用に用意されたセールや限定キャンペーンといった文字に直ぐ様釣られる。年に一度の一大イベントはどうしても財布の紐を緩ませる。

 

 

 少女は幾度となく身体をぶつけた。……と言っても決して少女の図体が大きいというわけではなく、――むしろ同年代から言えば平均より小柄な身体を持つ身であるが――その人混みの凝縮さ故に、だ。

 

 

「……マッチで火起すよりこっちにいた方が暖まりそうだ」

 

 

 少女はまたも独りごちる。この声もまた、市場の出店や客の注文の声によってかき消されたわけではあったのだが。

 様子見を一通り終えた少女は、出店が取り囲むようにした中央の広場から少し外れ、住宅街へと続く道半ばでようやく腰を落ち着けよう…

 

 

と思ったらそこに先客が居ることに気が付いた。

 

 

 銀髪赤眼の少女に輪をかけて装備が軽薄。かつ世の理不尽を受けた少女の姿は、藁でできたゴザの上でお椀を前に頭を下げ続けていた。

 

 

「明日は我が身かもしれない……か」

 

 一瞬目を閉じて自分の身を案じる少女は、次に目を開いた瞬間その先客と目があった。

 

 

 綺麗な眼をしている。咄嗟にそう思った。

少女とは対極のような潤んだ金髪碧眼と寒さのせいか赤く染まった頬。見た目は少女より3歳ほど年下に思えた。この寒い中裸の上にボロ布を纏い頭に雪を積もらせたみすぼらしい格好はあまりにも同情を誘う。思わず目を逸らせず見つめ続けていると、

 

「あの…っ!」

 

 向こうから声を掛けてきた。その声も透き通るように綺麗で……。しまった。見た目や声に関する感想を述べている場合ではなかった。目があったが最後、彼女に比べれば幾分か恵まれている自分は何かしらの施しをしなければならない。小さく舌打ちをしたものの、それでも少女は物乞いへと近づいていった。

 

「金が欲しいのか?」

 

 少女が問いかけると、真っ直ぐ見つめ物乞いはこくりと頷く。無論だ。少女だって今置かれた状況では喉から手が出るほど欲しい。だが、その姿は少女には気に食わなかった。

 

「金ってのは信用を形にしたもんだ。あんたがやってるのは何の価値も生み出さない、人間の尊厳そのものを売りに出している最低の商売だ。 ……稼ぎ方を教えてやるから私に付いてこい。」

 

 

 

少女には生まれつきといって差し支えない先見性があった。……少なくとも、自分が見つけた哀れな物乞いだけで終わって良い人材でないことを一瞬で見抜く程度には。

 

 

「こいつは前金だ。成功すれば更に報酬を支払う。だから……」

 

 

そう言いながら少女は物乞いの少女にひと箱のマッチを渡した。文字通り命の一部である資本である。

 

「ま、今は火を起こす以外に何の役にもたたねぇけどとりあえず受け取っておいてくれ。……それから村の外れにある廃材置き場にある枯れ木を出来るだけ沢山拾ってきてくれるか? 君に頼みたい」

 

物乞いの少女は頷くと早速行こうとする。それを少女は呼び止めた。

 

「分からなきゃ不便だ。名前を教えてくれ。」

 

「……ハル、です。」

 

「了解だハル、頼んだ。」

 

「あの……。あなたのお名前は?」

 

「こっちも名乗らないと失礼だったな。悪い。本名ってのは持ち合わせてないんだが、幼少期に母親にこう呼ばれてたから勝手だが合わせて欲しい。……リンゴだ」

 

「リンゴ、さん……。助けていただいてありがとうございます……」

 

「早とちりすんなよ? 稼ぎ方を教えるとは言ったがこいつが成功する保証なんて無いんだから。今や私と君は運命共同体かつ貴重なビジネスパートナーだ」

 

再びハルは頷き、そして口を開く。

 

「ぜ、贅沢なお願いかもしれませんけど…! 出来れば名前で呼んでください」

 

その反応にリンゴは少し目を見開いたものの、すぐに笑みを浮かべた。

 

「それもそうだハル、よろしく頼む」

 

そうして右手をハルに差し出し、ハルもそれに従うようにリンゴの右手を取った。

パートナー取引完了の合図だ。

 

ハルも笑みを浮かべると、自分の使命を果たすべく廃材置き場へと走った。

 

 

「さてと。私もする事がある」

 

リンゴはハルの後ろ姿を見送ると、先程の観察から得られた仮説を実証するべく、再び市場の渦の中へと入っていったのだった。

 

―――――――――――

 

リンゴが向かったのは出店から外れた広場の一角であった。

 

そこには一人の背の高い男性パフォーマーが冴えない顔つきをしながら突っ立っていた。タキシードに身を包みシルクハットを被ったその格好が格好なだけに、余計にシュールであった。

 

「お兄さん。ちょっと良い?」

 

リンゴは気さくに話しかける。だが、パフォーマーは今日の市場とは裏腹の不景気極まりない顔を隠そうともせずに返してきた。

 

「なんだ? また冷やかしかい?」

 

「そう腐りなさんなって。私もちょうど困ってたところなんだ。商売がしたくても出来なくてさ」

 

「君みたいなちっこいのが商売って? ……まぁ大晦日だし色んな人が集まるよな。頑張って」

 

「お兄さんと組みたい。一緒にやらない?」

 

その申し出はパフォーマーにとっても意表を突いたらしく、軽くいきり立つ。

 

「そいつは願ってもない申し出だな! お前に一体何ができるってんだ! ……俺にだって10クローネ※すら稼げないってのに!」

 

「メインなのはハットとトランプを使った手品。観客のうち金銭を入れてくれた人間にだけお菓子と風船を配る。主要顧客層は10代以下つまり子供、ここにいる大部分の大人は対象外ってわけ。それじゃあ売上から仕入代を差し引いたら目標の10クローネどころか5クローネすらも厳しいね。相手が50オーレすら持ってないこともままあったんじゃない? そのくせサービス精神だけが先行して風船渡しちゃったりして。子供が大人になるまでそういう恩を覚えてると思ったら大甘だからねぇ?」

 

 

 

 

「…………は?」

 

たっぷり10秒ほど時間を空けてからパフォーマーもといマジシャンは情けない声を上げた。

 

「お兄さんをさっき見かけてね。どんな商売してるのかなーってしばらく見させてもらったんだ」

 

「そ、それが分かったところで何だってんだ」

 

明らかに狼狽しながら、マジシャンはリンゴに問いかける。

 

「その弱点は克服し得る。私と組めば10クローネどころじゃない利益を約束するよ? どう?」

 

マジシャンは正に狐につままれたといったような表情で一回り以上年下と思われるリンゴを見、

 

「あんたは、何者なんだ?」

 

と再度問うた。

 

 

 

※クローネ:デンマーククローネ(DKK)というデンマークの通貨。100オーレで1クローネ。日本円にして1クローネは平均20円前後と言われる。2017年3月現在では1クローネ16.161円

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