とある酒場で人さらい集団が騒いでいる。
この光景はシャボンディ諸島では珍しい光景ではない。人をうった金でのみ騒ぎうたう。非人道的ともいえるが、この世界、特にこの場所では当たり前の事だった。
そして、そのトップであるドヘムもまた宴を楽しんでいた。最近は、目立った賞金首がこの島には来ない。例え来たとしても小物程度だ。一昔、いや二年ほど前の事だが、憶越えの賞金首が複数来たときは心躍った。
早速、部下を派遣したが彼等は泣きながら帰ってきた。あまりの惨状に何があったのか聞くと何と彼等は、憶越え通しの喧嘩に巻き込まれたのだという。と言っても、一撃で地面が大きくえぐれ、さらにはその地面が塊となって飛び交う、という有り得ない光景だったらしいが…。その時、ドヘムは身分相応と言う言葉を知った。
完全敗北。
そう今日の様に。
ドヘムは未だに痛む頭をさすった。
そして、早く今日の事を忘れようと、ワインの栓を開けて口に運ぼうとした時だった。
ぷるるるる、ぷるるるる
おもむろに、彼の手元に置いていた電伝虫が鳴り始めた。
構わずワインを飲もうとするが、それでも鳴りやむことなく永遠となり続ける。一口飲みほした後、流石にわずらわしく思ったのか、ドヘムは受話器を取り耳に押し当てた。
「もしもし?」
『やぁ、ドヘムおれおれ』
どうやら、電話の向こうの人物は男の様だ。
しかし、少なくない数の顧客や知り合いがいるドヘムにとって、向こうが名乗らない限り特定の人物を判断することは難しい。
「誰だが知らねぇが、詐欺はお断りだぃ」
だから、そう言い返したのだが、向こうはどうやらそれがお気に召さなかったようだ。
『テメエ、また燃やすぞ!!』
「…すいやせん!!」
一瞬にして、ドヘムはワの国に伝わるという所謂土下座の体勢になった。
“燃やす”と言う単語にはドヘムは今若干敏感になっている。何せ、ついさっき燃えるような痛みを味わったばかりなのだ。
「で、どうかなさったのですかい、アオランドの旦那」
少し咳払いをした後、向こうの人物はゆっくりとしゃべり始めた。
「どうか、仲間を探すのを手伝ってほしいのれす!!」
「うん、いいよ」
「うんうん、そうですよね、僕もいきなりこんなことを言って、いきなり受け止めてもらえるとは思ってはいないのれす。でも、こうしている間にも仲間達が…えっ」
一仕事…いや、仕事にも満たないないい汗をかいて帰ってくるなり、ラクーンに彼の仲間の捜索を協力するように頼まれたから頷いてやった。どうして意外そうな目をしているのであろうか、ゲセヌ。
どうせ、コーティングが終わるまで少し暇だし、それにラクーンの願いを断る理由がないしな。小人君達を見つけて、奴隷商人から奪い返すだけの簡単なお仕事だ。決して小人がかわいいから尻尾をモフりたいとかそんなんではない…おい、そこツンデレ言うなし!!
「ほらね、やっぱり言ってみて正解だったでしょう?彼相当のお人好しでしょ?」
「まさかとは思ったのれすけど、ここまでだとは思わなかったのれす…」
ニコニコと笑うシャッキーの横でラクーンは何故か呆れたようにため息をついていた。
「おい、そこの二名、本人の前でよくそんな裏話できるな。さては、俺の運動中に何か作戦でも練ってやがっただろう」
「あら、何の事かしら?」
すっとぼけやがって、コンニャロー、マジでこの店経営面でに潰したろか!?
「しかし…お前達、一体どうして捕まってしまったんだィ?あんなにすばっしこいなら、普通の人間なんかにゃ、捕まらないのだろう」
実際、覇気を使わなければ俺の目にも捕えられなかったし。修業中の身とはいえ、俺もまだまだという事か…。
「おいしそうなにおいにつられて出てきたら、すぐに捕まってしまいました」
なるほど、見た目通り単純な生き物と言うわけなのだろうか。
「今、何か失礼な事を言われた気がするのれす!!」
「気のせいだ」
頭から蒸気をプシーとだして怒るラクーンを無視して、壁に貼られていたシャボンディ諸島の地図をシャッキーに許可を取って持ってくる。
「で、どうするんだ?お前ほどじゃないけれど、この島は普通の人間にとっても十分広い」
実際、シャボンディ諸島は巨大な樹木、ヤルキマンマングローブを中心に形成されたいくつもの島からなる。
それぞれのGRで多い建物は知っているが、それでもただ多いというだけで、そこにべつの建物がないわけじゃない。
「何の手がかりもなしに奴隷オークションハウスを手当たり次第ってのも、中々メンドうだぞ。それに、向こうが大人しくその日の商品を教えてくれるわけないしな」
さぁ?それは入ってからのお楽しみですよ、とかはぐらかされてオシマイだろう。ぶっちゃけ、手当たり次第にぶっ壊して、ここじゃない、次!!と言う強引突破的方法を取ってもいいのだが、そうすると、海軍本部さんがくるじゃないですかーヤダヤダ。
「うっ…」
「あー、もう泣くなよ。どうにかすっから」
涙目になるラクーンを何とかなだめていると、厨房で煙草をふかしていたシャッキーがおもむろに口を開いた。
「案外楽に見つかるかもしれないわよ?」
「え?」
ラクーンと同じ?が浮かんだ顔をしてシャッキーを見つめると、彼女は微笑みながら口を開いた。
「あたしも、この島に来てから長いわけじゃないけれど、昔からこの島でそう言う家業をしている連中なら、独自の情報網とかで商品の取引とかをしてるんじゃない?とか思って」
「え?それってつまり?」
そう聞き返すと、シャッキーは呆れたように首を振った。
そんな事されても分からないんだからしょうがないじゃないですか。鈍感とかいうなっ。
「鈍いわねぇ…。うまり、餅は餅屋ってわけ。分かる?そして私たちは…、いえ、正確に言うのなら、あなたはそういう連中を知ってるんじゃない?」
彼女は空いた手をヒラヒラとまるで回遊魚の様に揺らしながら俺の手を、いや正確に言えば、俺の手の中に握られているドヘムの電伝虫の電話番号が書かれた紙を指差した。
「えっ」
「うふふ、その通りよ」
「そんな昨日の今日どころか、さっき会ったばかりの奴に会いたいって一回電話する、とかそういう話じゃないですよね!?」
「いや、そうだけど?」
えっ、何それハズカシッ!!
「ヤダヤダ、そんな恥ずかしいことはしたくない、したくないよー!!」
「するの?しないの?」
「します」
KOE―!!
い、今本気の本気顔だったぞ!!あれはヤバイ、刈り取る者の目だった!!野生の本能に目覚めた動物園のライオン、的な!!
「ハぁ…まったく、もう…」
背後からヒシヒシと感じる圧力を感じながら、俺は受話器を取った。
「確かにおりゃあいつでも力になる、とは言ったぜ?でもなぁ、おれたちゃついさっき会ったばっかだよな?いくらなんでも少し早すぎやしませんか?」
『それをいうな恥ずかしい。こっちだって好きでやってるんじゃないやい』
電話向こうの声は微妙に震えていたような気がした。彼なりに羞恥心を感じているのだろう。ドヘムはこれ以上この話題に触れないことを決めた。
「で、アオランド旦那はあっし達に何をお望みで?」
電話をかけてきたのだから、おそらく自分達の力を借りに来たのだろう。頼ってもらえることによく感じるであろう、優越感にも似た何かと喜びを感じていた。
しかし、それと同時に向こうの呼吸のトーンが少し早まったことも感じた。
『端的に言えば仕事だ。最近、どこかのヒューマンオークションで珍しい種族、小人族が入荷したかどうか調べてほしい。なに、一応、礼はちゃんと(オークションハウスから奪ったお金で)払う』
「…今、何か含みを持たせませんでしたか?」
『気のせいだ』
それだけ聞いた後、ドヘムは酒場で騒ぐ部下達に視線を送った。その合図に気付いた一部の幹部たちが手を打ち鳴らすと、次第に酒場の中が静まりかえる。トップはやや便りがないが、一応激しいシャボンディ諸島を生き抜いてきたのだ。上からの命令に瞬時に判断し、理解する。彼等は一つの生き物として常に動いている。
「で、仕事はいつからはじめればいいのんで?」
ドヘムの言葉に、電話の向こう側にいる人間がほくそ笑んだような気がした。
『そりゃできることなら、今すぐにでも』
その言葉を言いたドヘムは、豊かなヒゲの中に隠した大きな口を、三日月の様にニヤリとひしゃげさせた。
「なら、2時間で十分ってわけだな」
『…そんな時間で大丈夫か?』
「あたりきよ、俺を誰だと思っているんでぃ」
『知らない』
「…」
少し悲しかったが、ドヘムは話を続けることにした。
「というわけで旦那、電伝虫を話さないようにしておくんなせい。すぐに情報を持ってくるからよ」
「そうか、じゃあよろしく頼む」
そこで電話は途切れた。
仕事を終えて眠りにつく電伝虫の背に受話器を置いた後固唾をのんで会話に耳を澄ましていた部下達に指示を放つ。
「野郎ども、仕事だ!!」
『ヘイ!!』
その言葉を合図に、ドヘムの部下達が動き始めたのだった。
取材です!!