2-3
昼休み、理科準備室。
「美咲さん、ミルココさん。ここですよ」
「ここが桃源郷っ!」
「違いますよ」
「?」
美咲さん、真剣に悩まないでください。
全くこの天使様は何を云っているんだか。
私は準備室に入る。
準備室は私がいない間、学校の鍵かけに置いておく事になっている。
だから勝手に開けられるようになっている。
しかし私が在任中は、私が管理していたのでここに立ち入ることは不可能になっている。
「あ」
「え」
「あれ」
「ん?」
さて、準備室というのは、基本的に窓を閉じている。
普通ならば開けるのだが、やはり物品の保全の意味でも開ける事はあまりない。
しかし開けなければ、埃や暑さで喉や服がやられる。
そう、普通ならば開けるんだが、目の前の彼女達は開けず……制服の一部を脱いだり短くしていた。
私はもう、盛大に溜息をつくしかない。
「せーんせ、見ちゃった?」
「なのはさん、だらしないですよ」
「一之先、私の身体は高くつくわよ?」
「高くつきません。大事な命なんですから、非売品です」
「先生、ノックなしで入ってくるなんて大胆ですね」
「申し訳ない。素で忘れてた」
「すげぇ、ありとあらゆるフラグを回避したぞ、この一級建築士!」
「ココアさんは黙ってください」
私は皆さんの頭が、熱にやられている事を認め窓を開ける。
あー、開けた瞬間、熱気と埃が外へでていくんじゃー。
「一之瀬先生、何でここにきたの?」
美咲さんが神様に見える。純粋ってすばらしいなぁ。
そんじゃ、閑話休題として本題へ入ろうか。
私は皆さんにギシギシなる、非常に軋み煩い襤褸の椅子を配布する。
丸椅子からネジがない木製の椅子、座り心地がわるいパイプ椅子。
この準備室なんでこんなに、椅子があるんだ?
「美咲さん、ありがとう。さ、本題行こうか。
早急に議題に挙げるとすれば、美咲エリさんは非現実的現象専用顧問の管理下に置く事を検討する」
この一言で、なのはさん・バニングスさん・月村さんは、真剣な表情になる。
空気が少々張り詰める。
この空気感に、ミルココさんも彼女達と私が、何故密接な関係になってしまったか分かるだろう。
美咲さんもさすがに、私達が異質な存在だと分かったろう。
「どういう非現実的現象なの?」
バニングスさんが聴いてくる。
「リンカーコア・ソウルジェム・魔力瘴気の中で、魔力瘴気の部類に入ります。
美咲さんの総合魔力瘴気は、1億5千万程です。これは魔導士ランクをSSS+を容易に超える数字です。
また美咲さんは、プリティ・ベルという魔法少女となり、リィン・ロッドという召喚器を用い、
神話生物・神話武器を召喚し攻防を行います。
現状美咲さんは、魔王クラスの一般人・レーダ天使・上級悪魔・北軍の兵士が護衛についています。
それでも十分とは言えないでしょう。
そして今回魔法少女は二人いますが、一人は美咲さんもう一人は高田厚志さんという男性です。
彼は魔王クラスなので、基本的に問題はいりません。しかし護衛対象の増加により、少々面倒な事になっている事は否めません」
私はミルココさんのレーダっぷりを紹介するが、だから何程度の認識だ。
何せ彼女達が分かるのは、瘴気魔力を転換する者にしか効かないからだ。
しかし私の『気』を読む力やなのはさん達が使う、調査魔法などの類の方が圧倒的に便利だ。
確かに敵意の有無やそのほかスペックが分かるのはいい。
だがその程度しかないという事。
これらを踏まえた場合、たった個人であり群体でしかない彼らに非現実的現象を受けた生徒を守らせるわけにはいかない。
こっちは既に国家や私達を支援する医療機関・一般企業が背後にいる。
既に情報量が違う。
ただの協力体制でなく、一蓮托生であるので関係は密接だ。
「というわけで、非現実的現象専用顧問にミルココさんを追加したいと思います」
「「あれ?」」
ミルココさんは剣呑な雰囲気を放っていたが、直ぐに露散した。
まあ自分らをこけにされたんじゃ、腹の虫が収まらんだろうしね。
それに彼女達の能力は、専門的であるからこそ協力体制を築いた方が良いのは明白だ。
「お二人が加われば、魔力瘴気に関して対策が95%磐石になります。
また加わっていただければ、此方の戦力や情報を共有してもらうことになります。
この中の一部は、他者に言えない物もありますが、此処にいる本人と情報収集者の耳には入れておいた方が良いでしょう」
という事で、ミルココさんを誘ってみると、反応は微妙だった。
まあ最初からどうこうしようという気は更々ない。
「残念だけど、実力すらわからない連中と組んでもいいことがないわ」
「それにどういう組織かわからないし」
つまり、非現実的現象に対して、現実がそれに対して対抗する組織である。
カウンセラー・医療機関。ここから飛躍して、国家の行政機関・自衛隊・軍需産業・他有名大企業と提携を結んでいる。
これ等の情報は宮本先生から、自宅への手紙でわかった事。
「残念ながら、限定軍事同盟や不可侵を結んでいるだけで、全面的な一体制を敷いていない貴方達こそ非常に不利なのは、
招致しているのでしょうか?」
「私達は魔族・天使の世界で生きてるの。一々他者からの介入なんていらないわ」
「仕方ありません。高田厚志さんを、国際指名手配しましょう」
「「!?」」
「今は厳重な体制になっておりますので、私達の匙加減でどうにかなります。
また人間とは違う物質構成の者を捕え、それらに対する兵器や異空間生成器も作られています。
申し訳ありませんが、この非現実的現象専用顧問として私達と戦線を張ってくれませんか?
最低でも、私やこちらの戦力をお貸しします」
私は朗らかに言い、右手を差し出す。
しかし強情なのか、全く反応を示さない。
寧ろはたかれて拒絶された。
「馬鹿にしないで」
「そうですか。では、美咲さんはどうです?この学校に通ってみませんか?」
「っ! そう来たか」
「ええ、個人には関係ありませんよね?それに美咲さん一人では、よく勉強できる環境が一つのみに定まります。
それでは数多の視線や感情を考えて行動できませんよね?
例えば学んだ通りに他者に対して自分の考えや価値感を押し付けてしまい、他者の意見にたいして寛容さを見出せないとか。
最近では経済に学んでいるようですけど、学んでいるのはその一つの部分です。
経済という全体を見るのはいいですが、一つの部分を追求しなければ問題点は浮上しません。
ですので、マクロという俯瞰視点の一環で、全体視するのは間違っているといえるでしょう」
「え、違うでしょ?経済はどんなものにも変わる不定形な生物だって」
「それは『マクロからみた経済のすべて』という、有名経済学者の著書ですね。
残念ながら、それは個人の価値観と知っているだけの知識と情報だけでもって、読み手の考えと同調しながら否定し、
自身の考えに浸るように思考誘導しているだけの書物です。
申し訳ありませんが、美咲さんはマクロの文字しかわかっておりません。
分かっても理解をするには、もっと細かい……ミクロの世界を見なければなりません。
そして何事にも、国民感情というものが付いてきます。
機械的な数字や言葉では、何も分からないことなんてたくさんあるんですよ?」
私は美咲さんの方を見て、真摯に話す。
実際私もこれらの本を見て、自分の考えが正しいとしたことで議論と言いながら討論になったことがある。
だから私はいろんな哲学系の本を見たり、同じことに関して語っている国内外の人物の論文を見た。
やはり感情は入ってしまうのが、この世の常らしい。
私の言葉も彼女を、此方へ誘導する言葉でいっぱいだ。
だから別に完全否定するわけでもない、曖昧な言葉で閉めた。
「……エリちゃん、先生との授業は楽しいよ?実験もたくさんあって、頭だけじゃわからないことも
実際にやってもらえるよ。
それに大半が先生の給料からによる、自由な資材で実験されるから皆楽しんでるよ?」
「そうなの?」
なのはさんは、美咲さんの言いくるめを始める。
私が指示したわけじゃない。きっと美咲さんの思考が、中々面白く有用性があるからと気づいたんだろう。
たぶん彼女を接収することで、私が副担をするクラスは凄い事になるだろう。
「だめよ、エリちゃん。お母さんたちをほっといて、こっちにくるの?」
「でも、先生の所に泊まればいいよね?ほら、ホームステイって」
「エリちゃん!自分の命と授業、どっちが大切か……」
ココアさんは美咲さんの心を揺さぶりにかかる。
「エリちゃん、一度しかない小学校生活を、そんなものの為に捧げていいの?」
バニングスさんも、美咲さんへゆさぶりをかける。
「エリちゃんっ、御願いだから断って……こっちは死ぬ可能性があるのよ?」
ミルクさんは美咲さんを引き留める。
「うーん……確かにすっごく難しい問題だよね。
世界滅亡か個人か。でも、結局一番かわいいのは、自分なんだよね」
美咲さんは当然という言葉を放つ。
そしてこれを聞いて、私はあきらめる事にした。
やはり、自分の命が大事なんだな、と思った。
仕方ない。これも人生だ。
美咲さんの言葉は、聴いている者にぶつかる。
遂に美咲さんの最終審判が入る。
「つまり、戦力を割いちゃうけど、こっちに着た方が良いってことね」
「エリちゃん、それはっ……」
「解ってる。危険が増えるし、戦力分散はまずい。
かといって、今後の為の協力体制っていう情報の共有化も図れる可能性を反故するのは、早計にすぎる。
だから半分住み込みっていうのは、悪くないと思う。ね、先生?」
なるほどね。
「部屋なんて腐るほど余っているよ」
「それじゃあ決定だね」
全てが決まった。
此れで上手く動けば、ソウルジェムの人物もどうにかすることができる。
「じゃあ、エリちゃんの歓迎パーティをしないといけないよね?」
月村さんが私の方を見てくる。
あの、財布が厳しいんですが?
「一之先、心配しなくていいのよ?主催はバニングス家がやるから!
先生は実験のために、資金を費やしてね」
「あ、はい」
あれだなぁ、そうと決まれば事がトントンと進んでいく。
ココアさんは向こうに電話をしているし、きっといけるだろう。
拒否はないはずだ。
「あー、一之瀬先生?」
「なんですか?高田さんからですか?」
「えー、まあ、そうなんですけど」
私はこの準備室にある固定器の受話器をココアさんから受け取る。
受け取り会話を始めると、なんか色々言ってきたね。
母親へのホームステイの事とか、異動の事とか。
後は非現実的現象専用顧問とか知らないが、実力を見せてほしいとのこと。
またか!?
あー、また死にそうな思いをしなければならないのか。
致し方あるまい。
魔王クラスに勝てるわけないんだけどなぁ。
それにボディービルダーだろ?あの筋肉でやられたら、死にそう……。
まあ新たな生徒を迎え入れるんだ。
これくらいへでもないね。
私はふと時計を見る。
時計は既に予鈴まで5分を切っていた。
色々話し込んだり、放課後の試験運用のための場所取りの為に、電話を長時間していた結果だ。
さ、後二時間で、皆の成果を見られる。
αテストまで一週間の月末に、βテストまで4ヶ月の夏休み前に行う予定だ。
今回は本当のストレステストとして使ってもらう。
他の生徒に差別的ではないかだって?
大丈夫だ、風洞実験を行わせているしその施設も、元日本軍の地下塹壕を使っているから。
「えーと、先生の所に潜り込むのは、エリちゃん・私・マッドです」
予鈴が鳴るかもしれない移動前に、ココアさんが伝えてきた。
それを用紙に書きなぐり、スケジュール帳に挟み込む。
後に美咲さんの所や高田さんの所に、あいさつ回りをしないといけない。
更に上からの現実からの事情を、本人たちに知っておいてもらおう。
何せ自分勝手に動かれちゃ困るからね。
「分かりました。ただ準備もあるので、来月ということになります」
「そうですか」
非常に悔やんでいる表情。
しかしこちらの世界なんだ。こちらのルールに従ってもらわないといけない。
もしも人間界で外れた行動をするのであれば、排除させてもらうに限る。
「ほらほら、皆教室へ戻りましょう」
皆椅子をほっといてそのまま出ていく。
ほったらかしなのは、此処を使う教員がいないからだ。
だからこうやって放置している。野放図ではない。
仲良し三人組は”またね”、と手を振り去っていく。
ミルココさんも教室へ、美咲さんと共に去る。
私は用意していたプリントと教科書を持って、教室へ早歩きで行く。
「では、これより反射炉を作って、刀を作ってみましょう」
あ、これ、数学の授業です。