今回も閲覧してくださりありがとうございます。
相も変わらず拙い文ではありますが楽しんでいただければ幸いです。
少女、霞が目を覚ます少し前。
新しい入れ物を手に入れ上機嫌の彼女は廃屋に戻ってきていた。
どこに置こうか、あの辺りがいいだろうか、なんて新品のインテリアを買ってきた奥様よろしく、配置する場所に迷ってせわしなくうろつく様は非常に楽しそうだ。
尤もワンルームは屋根が崩れ落ちたボロ小屋で、インテリアは海に流され野晒しにされた木箱で、彼女は相も変わらず無表情ではあるのだが。
少しのにわかデザイナーごっこの後、どうやら配置する場所は決まったようで、うんうんと満足そうに頷いていた。
早速新しい木箱に今朝拾ってきたばかりの弾薬を詰め込んでいく。
一本一本を丁寧に並べて隙間なく置き無駄な空間を作らないようにしている。
それだけで既に本来の深海棲艦から逸脱した『こだわり』を感じさせる。
時に弾薬の先端を指でなぞり、手触りを確かめ、手の上で転がし、優しく握りしめる。
手のひらから伝わる冷たく硬い感触に少しの幸福感が沸き上がり、それに満足するとそっと箱の中へと詰めていく。
生き甲斐と言うだけあって愛情はとても強いようだ。
こうして彼女の日課は時間をかけて消化された。
ふと、砂浜に置いてきた少女のことを思い出す。
見た目に派手な怪我などは無かったが無事起きられただろうか。
そも何故寝ていたのだろうか。
箱の中には少女と背中に背負われた鉄塊以外に何もなかった。
それはきっと、とてもサミシイことなのではないか。
……はて、サミシイというのがどういうものかは分からないが、少女が起きたときにあの殺風景な砂浜しか目に入らないのは、ちょっと可哀想な気もする。
そう考えて、彼女は思案する。
この島は、言わば彼女に生き甲斐と幸福を与えてくれた深い恩のある島だ。
今でもこうして集めて、しまって、眺める毎日を気に入っている。
だからこそ、彼女はこう考える。
何か自分に、出来ることはないだろうか。
特別仲良くなりたいわけではない。
過大な評価を受けたいわけではない。
ただ、気に入ってほしいだけだ。
自分の気に入っているこの島を、気に入ってほしい。
それに、無承諾ではあるが箱を貰った件もある。
あの少女もこの島で何かを見つけられたら、きっとサミシイは無くなる。
それはとても『
なればこそ、彼女は自分に出来ることを考えていた。
「戻らなきゃ、早く、早くしないと、みんなが」
少女、霞は気が狂うほどの焦燥感と恐怖に見舞われていた。
いつから自分はこうしているのか。
あの襲撃からどれくらいの時が流れたのか。
仲間は、守るべき人達は無事なのか。
もし全てが手遅れだったとしたら。
それはまだ心の幼い彼女には受け止めきれない恐怖だった。
自分の支えの全てが、あの一夜だけであっさり崩れ去ったなんて悪夢、認められるわけがない。
体の震えも、思考の整理も、落ち着かない。
「戻らなきゃ……戻らなきゃ……!」
その小さな口からは同じ言葉しか紡がれない。
現状を受け入れきれない少女の精一杯の現実への抵抗。
どれほど酷い結末が待っていようと、今こうして動かなければ本当に心が壊れてしまいそうで。
だからこそ少女は、海に出ようと足を進めようとしていた。
だがどれほど急ごうとしても、走ることはおろか歩くのがやっとだった。
それに。
「あ、れ……ぎ、艤装が……」
海に立てども前には進めない。
彼女の背負う鉄の塊、駆逐艦「霞」の艤装は動くことなく沈黙していた。
「そんな、もう燃料が」
そう、もう艤装の中にはそれを動かすだけの燃料が残っていなかった。
本来は遠征での不測の事態を考慮して必要な分に少しばかり上乗せした量の燃料が積まれている。
だがそれすらも、あの襲撃の際に使いきってしまった。
つまり今の彼女には帰る手段がない。
少女、霞は閉じ込められたのだ。
「うそ、うそよ、なんで、どうしろってのよ!」
目に涙を溜めながら、半狂乱に叫ぶ。
あまりにも残酷な真実は、彼女から希望を奪い去っていく。
「どうして……どうしてこんなことに……」
本当に。
彼女が何をしたというのか。
生まれ故郷を焼かれ、かけがえのない仲間たちは苦しめられ、守るべき人類を守ることが出来なかった。
これが悪い夢なら、醒めてほしいほどに。
失意の中、少女はふらつきながら自分が元いた木の影に戻ってきていた。
海にも出れず、帰る力のない彼女が出来ることは何もない。
諦めてここで暮らすにしても、生きていく理由がない。
もう、考えるのも止めようかと思った時。
何気なく向けた視線の先に割れた木の板を見つけた。
流れ着いたものだろうかとぼうっと考えていたがよくよく見れば随分と真新しい。
それに流れ着いたにしては打ち捨てられている所の砂浜は濡れていない。
見れば見るほど妙な違和感がある。
その板には見覚えがあった。
あの夜、襲撃を受け全てを失ったあの夜に、輸送船内で見た、船長と呼ばれた男が開けようとしていた箱とよく似ている。
その板を手に取りまじまじと観察すれば、見間違うこともなく確信できた。
「でもこれって、箱の蓋じゃない」
そう、記憶違いでなければその板は『板ではなく蓋』なのだ。
(…………ちがう、これ、経年劣化じゃない。明らかにここ最近で壊された形跡がある)
霞は自身の表情が険しくなるのを自覚した。
同時に乱れていた思考がすっと冷めていく。
この板は流れ着くまでに壊れたものではなく、流れ着いてから壊されたものだということに気づいたからだ。
それは、暗にこの島に何者かがいることを示していた。
(人間?艦娘?分からないけど蓋が壊される理由なんてそう多くない。)
それは『木箱そのものが流れ着いていた場合』。
箱の中身を取り出すために無理矢理蓋を外そうとしたなら。
(そうすれば納得がいく。人がいて、中身を持っていったとしたら、この不自然な位置にも…………あれ?)
不自然な位置。
その言葉に新たな引っ掛かりを覚える。
木の蓋は、人為的に砂浜に放置されていた。
本来であれば、波打ち際で打ち上げられているのが普通。
(そうだ、普通は流れ着いたものっていうのは波打ち際にあるものなんだ、どんなものでも、どんな、ものでも……)
そこで気付く。
ようやっと気付く。
明らかな不自然。
ショックが強すぎて今まで気にもしていなかった。
(私は起きたとき、どこにいた?)
自分が最初に目覚めた場所に目を向ける。
波打ち際から離れた木の影。
そこは流れ着いただけではあり得ない不自然な場所。
(ここに住んでいる何者かは私に気づいている、気づいた上で木陰に移動させたんだ)
それが気遣いなのは分からない。
だがどのような理由であれその人物は『木箱の中身を持っていった可能性』がある。
(遠征の内容からして燃料は積まれてなかった、でも船長は私を逃がすためにあの箱を開けようとしていた。なら私がやるべきことは。)
箱およびその中身を取り返すこと。
そうすれば、もしかしたら帰る手段があるかもしれない。
(……諦めたくない、まだ私はここにいるんだ、泣いてる場合じゃないんだから!)
あの子はまだ浜辺にいるだろうか。
喜んでくれるといいのだけれど。
【素敵】すてき
誰もが羨み、憧れるさま。
女性がよく使う皮肉の言葉。
一説では女の子を構成する一部だとか。