人の名前を間違う雪ノ下はまちがっている   作:生物産業

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11話 私、可愛いもの

「なんで俺の部屋にいるのかにゃん?」

 

 美女二人が秋太が宛がわれた部屋に鎮座していた。その半端ない存在感に、秋太が扉を閉めかけた。

 

「ぶーぶー。秋太は傷心中の美女に、優しさが足りないぞー」

「あはは、ごめんねー。陽さんが秋太くんの部屋に行くって聞かなくて」

 

 めぐりが申し訳ないと謝るが、本当に謝るべき人間は、「うりゃー」と秋太のベットにダイブしていた。

 

「私の匂いを染み込ませてやる。秋太が夜な夜な発電を開始するように」

「…………」

「秋太くん? あのー、せめて反論なりなんなりして欲しいんですけどー。お姉さん、割と恥ずかしいかなー」

「めぐり先輩。発電の意味を考えなくていいので、とりあえず部屋を出ましょう。変態はここに閉じ込めるべきです」

 

 陽乃の言った意味がよく分からなかった純粋なめぐりは「秋太くん、自転車でもこぐの?」ときょろきょろと発電機を探していた。

 そんなめぐりを穢すまいと秋太は、彼女を連れてこの部屋を脱出しようとする。

 簡単に、陽乃によって防がれてしまうが。

 

「アンタはそこに座ってなさい」

 

 ベッドに腰かけた陽乃が床を指さす。カーペットが敷かれているため、めぐりもその場に腰を下ろしているのだが、借りているとはいえ、部屋の主である自分が床に座らされるのはいかがなものかと、視線を陽乃の方に送るが、効果はなかった。

 

「私、秋太に泣かされた」

 

 秋太が不満そうに腰を下ろすと、陽乃がポツリと呟く。

 女性を泣かせたという事実は、秋太も認識しているので、居心地悪そうに視線を逸らす。

 

「はるさん、泣かした張本人の部屋で寛いでいるのに、それを言ってもー」

「めぐりの正論が辛い」

「めぐり先輩に泣かしたとか責められると、ちょっと心が痛い」

 

 天使めぐりの攻撃で悪魔二人はダメージを負う。

 

「ふぅー、やっぱめぐりは強力ね」

「はるさーん、私を武器みたいに言わないでくださいよ~」

「あはー、ごめん、ごめん」

「それで、お二人……というか姉乃さんはなぜここに? リベンジマッチですか? やりませんよ」

「即答すぎるでしょ。そうじゃないわよ。ちょっとお話にね」

 

 弱々しく笑う陽乃。普段の彼女とはまるで違う。めぐりが秋太に目配せをする。どうにかしてくれないかと。そんなめぐりの意図を含んだ視線を理解した秋太はこくりと頷き、そして、

 

「邪魔。部屋に帰って」

 

 あっさりと切り捨てた。

 

「秋太くんっ!」

「え、いやだって。俺が姉乃さんを励ます意味が分からないですもん」

「そ、そこは、珍しく弱ってるはるさんを気遣って……」

「めぐり先輩。いくら相手が弱ってるからって止めをさせとかやりすぎですよ」

「ち、違うからっ! どうしてそんな話にっ!?」

 

 ぷんすか怒っためぐりは、秋太をポコポコ殴る。やはり見た目によらない威力だったため、秋太は後ろからめぐりを羽交い絞めにし、なんとか攻撃を止めさせた。

 

「アンタら仲良いわね」

 

 そのやり取りを見ていた陽乃は呆れている。ただそれでもどこか羨ましそうな顔をしていた。

 

「秋太は兄弟っている?」

「いるように見えます?」

「全然」

「正解」

「秋太くん、そろそろ離して欲しいな。なんか耳元で会話されるとこそばゆい」

 

 暴れないでくださいと秋太は念を押してからめぐりを解放する。雪乃や結衣辺りなら、異性とこれだけ密着すれば顔を赤く染め上げるのだが、そこは天然城廻めぐり。「秋太くんに抱きしめられちゃったー」と嬉しそうに笑うだけだった。

 

「なんて眩しいのかしら?」

「姉乃さんの心が汚れているからでは?」

「若干、アンタも顔を赤くしてるわよ。エロガキ」

「めぐり先輩がいけないんです」

「なんでっ!?」

 

 ぶー垂れるめぐりを秋太が宥めていると、陽乃が先ほどの会話に戻した。

 

「自分を真似する妹ってどう思う?」

「ゆっきーのこと? うーん、まあどうだろう? 人間は模倣することから始めるって言うし。良いんじゃない?」

「何をやっても一緒なのよ?」

「て言っても、すべてが全く同じってわけじゃないじゃん。別人なんだから。ゆっきーと姉乃さんじゃまず友人関係の時点で完全な別物。それでも姉乃さんが一緒だと思うのは、姉乃さんがしょぼいだけ」

「どういう意味?」

 

 秋太の言い方に陽乃が少しだけムッとする。

 

「ゆっきーの越えられない壁を意図してか、そうでないのかはわからないけど実践してきたわけでしょ? 圧倒的上位者の立場であれば、向かってくる下位者をよしよしと撫でてやることはできる。だけど、実力が拮抗してしまえばそれもできない。姉乃さんの姉としての立場も危ぶまれるわけだ」

 

 雪乃が陽乃を評価しているように、陽乃も雪乃を評価していた。雪乃は姉を越えられない壁として妬み、陽乃は自分の領域まで自分と同じように進んできた雪乃に無意識に焦りを感じている。

 

「さっき負けて半泣きしたのも、姉の負ける姿を見せたくなかったからじゃない? 素な感じだったから、無意識だろうけど」

「……私が泣いた理由」

 

 よくよく考えれば、先ほどなぜ泣いたのか。陽乃は分からなかった。だが、秋太の言葉を聞いてその理由が分かった。

 

「はるさんは、雪ノ下さんの目標であり続けたいんですね」

 

 めぐりがニッコリ笑うと、陽乃がうっと枕に顔をうずめる。止めろと、秋太が言うが、陽乃は自分でも気づかなかった内心を見透かされて恥ずかしくて堪らないのだ。

 

「シスコン」

「うっさいわよ。アンタも弟とか妹ができれば分かるわよ」

「無茶言うな」

 

 キッと睨みつける陽乃を見て、「はるさん可愛い」とめぐりは陽乃をさらに真っ赤にさせていた。陽乃の頼れるお姉さんの立場はここで完全に失われている。

 

「でも、意外だね。姉乃さんはゆっきーを苛めて楽しんでいるだけの人だと思ってた」

「アンタ、本気で殴るわよ? 妹を大切にしない姉はいません。雪乃ちゃんは優柔不断なところがあったから、私が退路を断ってあげてただけなの」

「なのとか言ってますよ。めぐり先輩、あれどう思います?」

「逃げ道を失くして、自分のしたい方向に誘導。これが上に立つ人の力なんだね。うー私には無理かなー」

 

 あくまで純粋にめぐりは陽乃を上に立つ者として褒めているのだが、秋太と陽乃は戦慄した。この人、相手を追い込む才能が有り過ぎる、と二人の意見が珍しく一致したのだ。

 

「ん?」

「……めぐり先輩。なんか、すみません」

「……ごめん、めぐり。なんか、ごめん」

「なんでっ!?」

 

 二人して頭を下げだしたことにめぐりが慌てる。結局、この三人が揃えば碌な話し合いにならないのだった。

 

 その後、メッキが完全に剥がれた陽乃は持ってきたワインで自棄酒を開始。仕事をする秋太に絡みまくった挙句、ブチ切れられて部屋を追い出された。めぐりだけは丁重に扱われていたが。

 

「ね、姉さん……」

 

 酒による紅潮。秋太と激しく争ったせいで乱れた衣服。その現場を目撃する妹。

 

「……お盛んね」

「ちょっとっ!!」

 

 最愛の妹に侮蔑の目で見られた陽乃は、夜な夜な枕もとを濡らす羽目になるのだった。

 

 ◆

 

「今日は……水遊びをしたいと思います」

 

 やけにテンションの低い陽乃に、八幡と結衣が本気で心配する。

 

「二日酔い。川にリバースとか勘弁してほしい」

「私は立派な乙女。そんなはしたないことはしません」

 

 秋太の言葉で少し元気を取り戻した陽乃は、女子勢を引きつれ、自分の部屋に戻る。水着に着替えるのだと、男勢を挑発するように言って去っていた。

 

「八幡、今部屋に飛び込めば。君は勇者だ。ラノベの主人公なら絶対に持っているラッキースケベ。発動するときは今だよ」

「バカか。そんなことしたら、俺は真っ先に豚箱行きだ。俺に主人公属性はない」

「目が腐ってる主人公とかそういないもんね。あと性根も」

「秋田くん、言葉の暴力には気をつけなさい。八幡くんがわんわん泣き出しちゃうから」

「ヒッキーまじキモ」

 

 結衣の声で八幡を沈める秋太だった。

 それからしばらくすると、女性陣が着替えを終えてやって来た。

 

「秋太~、鼻血出していいよ♪」

「指を鼻に突っ込めと? なかなか斬新なお願いですね。俺としては拳をその無駄に整った鼻にぶち込みたいのですが」

「どんな解釈してんのよっ!? 普通、ここは悩殺されるところでしょ?」

 

 陽乃は黒のビキニ。惜しげもなく晒された肌は白く美しい。そして引き締まった腰に豊満なバスト。普通の男なら前かがみになってしまうところだ。陽乃が胸を張って揺らした二つの物体が原因で、八幡が前のめりになったのが良い証拠である。

 

「比企谷くん、地面に感謝を捧げるなら、まずその顔を埋めるところから始めなさい」

「そんなことしたら死んじゃうだろっ」

「あら、社会のゴミが一つなくなれば地球環境には良いと思うのだけど?」

 

 雪乃の冷徹な目が、八幡の八幡くんから元気を奪った。

 

「ゆっきー、don't mind」

「人の肩に手を置くのは止めなさい。そして、その少し涙ぐむのはもっと止めなさい」

 

 雪乃は陽乃とは対照的な白のビキニ。清楚な感じが前面に出ているが、女性の象徴ともう言うべき部分が鳴りを潜めてしまっている。

 引っ込み思案なのだろう。

 雪乃の後ろから現れた二人はピンクと黄色。結衣とめぐりの水着はフリルの付いた可愛い系であるが、いかんせん、雪乃と比べると自己主張の激しい部分が凶暴さを生み出している。「お~」と秋太は簡単な声を上げた。

 

「秋太、私と反応が違うのだけど?」

「秋田くん、女性を一部で判断するのは間違っていると思うのだけど?」

 

 雪ノ下姉妹が、ニッコリと笑って秋太に詰め寄った。

 秋太はぐっとめぐり達に親指を立てると、逃走を開始。八幡を連れて、ロッジから猛ダッシュで退避した。

 

 ◆

 

「おーかーし~い!」

 

 あっけなく捕まった秋太は腕を縛られ、川に放り込まれている。川の縁に丸太が刺さっており、そこに秋太を縛っている縄が括り付けられていた。底の浅い川でおぼれるような心配はないが、なぜ自分がこんな目に合わなければいけないのかと、さきほどから無駄に叫んでいた。

 

「沈めるわよ?」

 

 監視のつもりか、はたまた秋太の安全を考慮した上なのか、雪乃が秋太の隣で腰を下ろしている。普段と違い、肌が惜しげもなく晒されているため、秋太としても目のやり場に困ってしまう。

 

「俺がなんの罪を? というか八幡も同罪だ」

「貴方の罪は、女性を辱めたこと。それと比企谷くんなら由比ヶ浜さんが面倒を見ているから」

 

 ぐふぁっー! と溺れた人間が叫ぶ声が聞こえたが、雪乃が邪魔で先が見えない。

 

「八幡の悲痛な叫びが聞こえてきたんだけど?」

「由比ヶ浜さんったらはしゃいじゃって。子供なんだから」

「そんな子を見るような親のような目で言わないで。それとは対照的な八幡の悲鳴が凄く怖いから」

「大丈夫。ちょっと遊んでいるだけよ。死ぬようなことはないわ」

「川遊びって、こんな怖いものだったっけ?」

 

 自分がそんな目に合わないように、秋太は静かに釈放を待つことにした。

 

 それから30分ほどして、秋太達は解放された。八幡はやたらとグロッキーだが、「乳引力は凄かった」とどこか満足した様子だったので、触れないことにした。

 

「さて、川で遊ぶと言ったら、やっぱりこれでしょっ!」

 

 陽乃がじゃじゃーんと出してきたのは、ビーチボールだった。

 

「ビーチって名前が付くもので川遊びとは、これはいかに?」

「細かいことは気にしないの。バレーは動きが激しいから、ポロリもあるかもね♪」

「めぐり先輩、気を付けてくださいね」

「ふんっ」

「ぶはっ!」

「ひ、ヒッキーっ!」

 

 陽乃はボールを投げつけるが、秋太はなんなく躱す。それが八幡に当たってしまったのは、日頃の行い。

 

「全く、失礼しちゃうわ。ね、雪乃ちゃん?」

「なぜ私に言うのかしら?」

 

 姉妹において、絶対的に越えられない壁がそこにはあった。零れるほど、ないのである。

 二子山の大きさが戦力の決定的差であることは世の常なのだ。

 

 それから『ドキっ、ポロリもあるよ、水中バレー大会』が開催される。ただボールをつなぐシンプルな遊びだが、それゆえに奥が深い。

 

 ぷるん、ぷるるん、ぷるりん

 

「俺はこれを見るために、ここに来たんだって実感できる」

「激しく同意だ」

 

 揺れる乙女パラダイス。美少女たちの過激な運動に、秋太も八幡もしきりに頷いていた。

 

「…………」

 

 一人の少女からの凍るような視線で身震いしても、彼らは夢を見ているのだと、目の前に広がる楽園から目を離さない。

 決して、やや側方の木陰で読書しながら、こちらを睨みつけている少女に視線が合わせられない訳ではなかった。

 

「八幡、あの岩まで競争だっ」

「お、おう」

 

 少女のにらみつける攻撃により、防御力が低下した二人は、逃げるようにしてその場から立ち去った。

 

 ◆

 

「…………」

「無言で睨むの止めない?」

「何のことかしら? 私は不快な男が隣に座っているのが我慢ならないだけよ」

「胸の大きさで、その人の価値は決まらない」

「とりあえず、五分くらい潜水してきてもらえるかしら?」

「それ、死ぬから」

 

 ふんっと雪乃は秋太から本に視線を向ける。秋太もごろりと、完全に横になった。

 

「意外ね」

「何が?」

 

 雪乃が本を読みながら秋太に話しかける。ちらりと視線は秋太の身体の方に向いていた。

 

「身体を鍛えているとは思わなかったわ」

 

 秋太の腹筋は程よく割れており、腕や足の筋肉もなかなかのものだ。陽乃にボールをぶつけられて、吹っ飛ぶ八幡と比べれば、その肉体の差は顕著だった。

 

「プログラマーは身体が資本。打って走って守って、なんならダンスだって踊っちゃうスーパースター」

「全世界にいるプログラマーの皆さんに謝りなさい」

「ごめーん」

「軽すぎるわよ」

 

 雪乃が本に視線を戻す。

 

「ねぇ、昨日は言わなかったけど、八幡と俺の会話盗み聞きしてたよね?」

「……何のことかしら?」

 

 雪乃の視線は本に留まっている。ただ、明らかに一点を見つめるばかりで、本を読んでいる様子ではなかった。

 

「顔に出すぎ。あの時、俺と八幡とゆっきー以外は外に居たんだから、扉の外で物音を立てれば誰かいるってことくらい分かるでしょ。で、居たのはゆっきー」

「たまたま通りかかっただけよ」

「なんでちょっと偉そうなの?」

「だって私可愛いもの」

 

 ふふっと雪乃が笑う。

 

「関係ないし」

「可愛ければすべてが許されるもの」

「なんて痛々しい。でも否定できないのがちょっとムカつく。まさか昨日の話を実践してくるなんて」

 

 雪ノ下雪乃が可愛いのは紛れもない事実。秋太もそこを否定する気はない。

 だが、やはり納得できるかどうかは別の問題である。

 

「貴方からすれば私は簡単に言うことを聞かせられるちょろい女ということになるのかしら?」

「もう開き直り過ぎだから。全部聞いてるじゃん」

「すべてではないわ。ちょうど、私のことを比企谷くんが話し出したところからよ」

「それをすべてと言うんじゃないの?」

「さあ、どうかしら?」

 

 小悪魔的に笑う雪乃。こいつ、ちょっと面倒になったと秋太が少しだけため息を吐いた。

 

「そう言えば、告白の返事は保留にしておいてあげる。希望があった方が、貴方も人生を謳歌できるでしょう?」

「はい? とうとう頭壊れた?」

「だって、「負けず嫌いなところは好きだよ」って言っていたじゃない」

「ゆっきー、都合の良い耳してるんじゃないよ。その前にうじうじしているところは嫌いって言ってるから。それに告白してないでしょそれ?」

「今の私はうじうじしてないもの。つまり貴方の好きな私だけが存在しているわけ。そして、異性に好きだというのは告白ととられてもおかしくはない。結論、貴方は私に告白をした」

「なんて暴論。理論の神様に謝ってほしい」

「ごめんなさいね」

「謝っちゃうんだ」

 

 なんともやり辛くなったものだと、秋太は少しばかり後悔する。ただ、こっちの方が面白いとも思える自分がいるのだから、世の中不思議であると思ってしまう。

 

「だから保留にしてあげるの」

「一生、そうしておいて」

「さあ、どうかしら?」

 

 そのフレーズ気に入ったんですかと、秋太はふて寝するように雪乃から顔を背け、眠りについた。

 

 その後無防備になった秋太が、陽乃に悪戯されたのは言うまでもなかった。小旅行は陽乃に弱みを、雪乃に自信を持たせるという秋太にとって最悪の結果で幕を閉じることになる。

 

「俺の顔に落書きした陽乃はどこだっー!!」

 

 犯人はすでに確定していた。

 


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