人の名前を間違う雪ノ下はまちがっている   作:生物産業

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17話 文化祭準備がちゃくちゃくと

「帰れ」

 

 秋太が会議室に戻ってきてすぐの一言である。予想通りというかお約束と言えば良いのか、その場には魔王様が降臨していた。

 

「あ、秋太、やっはろー」

 

 パタパタと手を振り、満面の笑みを浮かべる。

 

「帰れ」

「それでね、秋太。私、総武の卒業生を集めて管弦楽の演奏をしようと思っているんだけど、どうかな?」

「帰れ」

 

 帰れの一点張りである。

 しかし、それで素直に帰るほど、魔王は良い性格をしていない。まるで秋太を挑発するように、ニコニコと笑うばかりだ。

 

「あ、秋太くん。校外からの有志参加は学校側としても喜ばしいことだから」

「めぐり先輩。俺が危惧しているのは、表情と中身がまるで違う偽りの仮面を被った上に猫を剥いで被るような似非人類が、問題を起こさないかというその一点です。良いんですか? いつの間にか生徒会長の座に就いているかもしれませんよ」

「陽乃スマッシュ!」

 

 持っていた紙を素早く丸めて、秋太に襲いかかる。

 所詮は紙、避けるまでもないと油断した秋太は、頭部ではなく臀部に思いもよらない衝撃を受けた。

 

「それスマッシュじゃなくてキック」

「あら知らなかったの? 陽乃スマッシュの別名はキックなのよ」

 

 振りかぶった動作はおとりで、隙だらけの秋太は地味にダメージを受けた。ただ陽乃が本当に悪の化身なら秋太は泡を吹いて倒れていたかもしれない。もし蹴り上げでもされていたら、悶絶必至である。

 

「こらゆっきー! 姉の対応くらいちゃんとしろ!」

「くっ」

「くっじゃないよ。ゆっきーは本当に肝心なところで姉乃さんに負けるんだから! 情けない、本当に情けない。ポンコツここに極まれりだよ」

 

 秋太から隠れるように、八幡の背後に立っていた雪乃。だが、そんな程度では性悪たる秋太から逃げることなどできない。すぐに見つかり、非難されてしまった。

 

「秋田、一応皆見てるから」

「だからどうした? 頼んだ仕事を果たせない部下を叱りつけて何が悪い。八幡、甘やかすって行為は人を見て使いなさい。ゆっきーなんてポンコツ子と罵ってやるくらいがちょうど良いの」

「お前、その容赦のない感じ、ホント雪ノ下の姉さんそっくりなのな」

「なんて侮辱発言」

「こらこらこら」

 

 ぽこんと秋太の頭を陽乃が小突く。ただ秋太の発言を否定しなかったことから、彼女もまた甘やかしを許容する気はないようだ。

 

「まったく八幡は優しい奴だ」

「比企谷君はホントいい子だね」

「止めてくれませんかね? その、子の巣立ちを見るような親のような目は」

「なんと蔑んだ目がご所望とは……」

「比企谷君はとんでもない性癖を暴露したね」

 

 様子を見守っていた文実(女子)は八幡から少しだけ距離を開けた。

 

「人を変態にするのも止めてくれませんかね。というより、二人の息が合いすぎて気持ち悪いです」

「姉乃さん、気持ち悪いって」

「秋太に言ったのよ」

 

 バチバチと視線でやり合う二人。もうこの段階で、周りは見守るのを止めて仕事に戻った。勝手にやってろと。

 

「それで、学校からの許可も得てなおかつここの卒業生である私が、同じ卒業生たちに声を掛けて有志団体を結成したわけなのだけど、それについて委員長の方から何かあるかしら?」

「結成者が気に入りません。つまり即解散で」

「私情しか入ってないじゃない」

「何か問題でも?」

「開き直るな」

「正論には暴論でを信条にしているので」

「それが一般社会で許されると思わないことね」

 

 ちっと舌打ちをする。陽乃がここに現れた段階ですでに根回しは済んでいる。そして、実際問題、彼女側に問題など一つも存在していない。

 正論に反論ができないなのは、すでに撃沈した雪乃が証明している。

 

「結局、秋田も雪ノ下と同じなのな。会話の内容もほぼ一緒だし」

「…………」

「怖いよ、かなり怖い。お前、なんて物騒な笑顔を向けてくれてんの?」

「いや、最近八幡がぐいぐいくるから、海老名さんあたりにネタを提供しようかと。あー文化祭の日……楽しみだね」

「止めて、ホントに止めて! あの人、本気で危ない本を出版しかねない。うちのクラスの出し物だってギリギリアウトなのに」

 

 八幡が全力で頭を下げる。なんなら土下座するまである。

 

「さて問題発言が出たところで、仕事に取り掛かりましょう。姉乃さんは帰ってよし。申請の方はこちらで処理しておく。学校の施設を借りたいときは連絡をよろしく」

「……急に真面目になると、ビックリするわね」

 

 仕事モードに入った秋太は自分の席に戻り、パソコンを叩きだした。

 

「負け太くん?」

「くっ」

 

 隣に座る美少女のどこか勝ち誇った顔が、無性に腹立たしかった。

 

「負け乃」

「くっ」

 

 お互いに傷口を広げて、二人のしょうもない勝負は終わった。

 

 ◆

 

 委員会の仕事を終えると、秋太は八幡を誘った。文化祭期間中は奉仕部の活動が休止になるため、放課後が空いていることを知っている。

 

「八幡、どこに食べに行こうか?」

「え、なんで俺が行くことが前提になってるの?」

「俺と八幡はベストフレンド」

「お前、ベストフレンドってそんな使い勝手のいい言葉じゃ――いや待て、あれは確か中学の時、親友を語った大山が俺の宿題を勝手に持って行き、俺が怒られるという事件があった。あれが許されるなら、ベストフレンドも……」

「悲しい過去を暴露しない。どうせ、帰ってもテレビ見るとか、マンガ読むとかでしょ? 暇なんだから良いじゃん」

「ばっか。俺には小町の帰りを待つという大事な役目がだな」

「小町? 米?」

「妹だ。世界一のな」

「まあ、妹が一人しかいないならそりゃあ世界一の妹でしょ。ナンバーワン=オンリーワン」

「……」

 

 もっとツッコミが入ると思った八幡だったが、秋太は努めて冷静に返してきた。それによりどう反応したものかと考えてしまう。

 

「ほら、八幡行くよ。一応、仕事を増やしてしまった責任があるからね。ここらで胃袋を攻めて、俺の評価を上げておこうかと思う」

「本音を伝えるのは止めてくれません!?」

「サイゼでいいよね。安いし」

「話を聞いて!」

 

 八幡の悲痛な叫びは、秋太には届かなかった。八幡がしくしくと涙を流しながら歩いていくと、校門が見えた。そして嫌なものも見えた。

 

「……八幡、戦略的撤退。生け贄になれ」

「いや、ここはどう考えてもお前に用があるでしょ。俺のことは良い。だから俺を置いて先に行け」

「名台詞も状況が変わると、悪意しか感じないよね。んーなら、さっさと行け、俺の気が変わらんうちになとでも返そう」

 

 言っていることは格好良いのに、やろうとしていることは醜い。

 

「貴方たち、漫才ばかりしてないで早く来なさい」

「魔王ハルーノの四天王が一人、ユッキーノ」

「じゃあ、後ろに見えるのはガッハマか?」

「ユッキーノは四天王一の小物」

「四天王の時点で小物じゃないけどな。でもそうなるとあと二人ほど必要だぞ」

「……いい加減にしてくれるかしら? ただでさえ姉さんの相手をさせられて苛立っているというのに。貴方たちまで私を怒らせる気なのかしら?」

 

 普段から吊り上がっている目がより鋭くなった。睨んでいるのではない、睨みつけているのだ。

 

「八幡、お前がNO.1だ。つまりゴー。俺はゆっきーとラブラブデートするから」

「お断りだ」

「……お断りよ」

「雪ノ下さん、今の間はなんなんですかね?」

「うるさいわよ比企谷君。貴方は間も空気も読めないからダメなのよ」

 

 八幡に対する暴言という名の剛速球が襲いかかる。当然送りバント主義の八幡では、犠牲になるしかなかった。

 

「三人でしゃべってないで、早く来てよ。私が一人でボッチみたいじゃん」

「『文実 or not 文実』理論で行くと、ガハマちゃんはボッチ確定」

「酷いっ!?」

「由比ヶ浜さん、強く生きてね」

「ゆきのんまで!?」

「というかあの人笑顔で手を振り続けて怖いんですけど」

「ヒッキーはもっと構って!」

 

 かなり面白い子、由比ヶ浜結衣。

 

「さ、皆揃ったところで、一緒にお茶しましょう♪」

「姉乃さんの奢りで、超高級店なら」

「高校生の入れるお店で高級店ってどこかしらね?」

「こらこら私を破産させる気か」

「姉乃さんにとどめが!?」

「ちょっと待って。今、一番高い店を調べるから」

 

 秋太と雪乃が携帯で必死になって調べ始めた。「お前ら、仲良いな」と八幡はぼやき、結衣は苦笑する。

 

「近場のカフェに行きましょうか」

「逃げたな」

「逃げたわね」

「はーい、秋太と雪乃ちゃんは自腹で。比企谷君とガハマちゃんは何でも気軽に頼んでね」

「……ゆっきーデートしよっか。奢るよ」

「……そうね。なら奢られてあげるわ。では姉さん、由比ヶ浜さんたちと仲良くね」

 

 ナチュラルに帰ろうとする二人をがっしりと捕まえて、陽乃は歩き出した。

 

「なんか凄いね。普通にデートしようだってさ」

「あの二人だと本気で言ってる感じがしねぇよ」

「じゃあヒッキー、私とデートする?」

「…………しねぇ」

 

 微笑んだ結衣に対して、顔を真っ赤にした八幡はなるべく顔を見られないようにそっぽを向いた。

 

「冗談だし、べー」

 

 やべ、なにあの子、可愛い! 八幡は走り去っていく結衣の背中を見ながらそんなことを考えた。

 

「煩悩退散、煩悩退散」

 

 八幡は自分の煩悩を退散させるために、天使の写真を懐から取り出した。

 その姿があまりにも気味が悪く、周りの生徒たちが引いていたことを彼は知らない。

 

 ◆

 

「はむはむ」

 

 目の前に置かれたポテトの山から一つ、また一つと食べ進めていく。女性陣からの視線が非常に冷たい。

 

「ファーストフードってなんか無性に食べたくなる時があるよね」

「さすがにその量はどうかと思うのだけど?」

「うぇ~太りそう」

 

 陽乃の提案を無視して、5人は近くの喫茶店に向かった。『当店おすすめのポテトフライメガ盛り』の看板に秋太が誘惑されたのがこの店を選んだ理由である。

 そして注文したポテトフライは予想以上の量だった。女子陣が完全に引いている。

 

「女子の羨望を一心に浴びる俺」

「それは違う意味だろ。ダイエットに苦しんでいる世の女性たちに喧嘩売ってるぞ」

「だそうです。世の女性たち」

 

 秋太の言葉に反応を示したのは結衣だけだった。一人だけお腹に手をやっている。

 

「八幡がガハマちゃんを傷つけた。なんて酷い」

「い、いや別に由比ヶ浜は太ってないだろ。栄養とかちゃんとむ――無理なく摂取されているはずだ」

「セクハラだね」

「セクハラだわ」

「セクハラだよ、比企谷君」

「…………」

 

 非難の言葉が3人から飛び、結衣は自分の豊満な胸を隠すように身構えた。フォローに回って、評価を下げる男、それが比企谷八幡である。

 

「なんて誘導尋問。これがプログラマーの実力か」

「プログラム関係ないから。八幡が思春期なだけ」

 

 恥ずかしいと顔を伏せる八幡。

 

「そう言えば、ゆきのんのクラスって何するの?」

「喫茶店よ。うちは女子の方が多いから接客系に向いているし、例え残念な料理を出したとしても、ニッコリ笑えば許してもらえるってそう言っていたわ」

「あくどいよねー。女子の怖さを見た気がするよ」

「あーよくある。私の時もそういうクラスあった」

 

 陽乃が懐かしみながら、そう告げた。

 

「でもゆきのんの接客かー。なんかちょっと見てみたいかも」

「私はやらないわよ。当日は委員の仕事で忙しいだろうし」

 

 えー、と不満そうな声を上げる結衣と陽乃。結衣は純粋な思いからだが、陽乃は確実にからかえないことに対する不満だ。

 

「バカめ、俺が取り仕切っている時点で、ゆっきーのウェイトレスは決定なのだ」

「え?」

「クラスメイトを脅は――もとい説得しましてね、文化祭当日はゆっきーに接客してもらいます。衣装は決めかねているけど、メイド服みたいなあれな感じじゃないから大丈夫」

 

 裏で手を回されていることを初めて知る雪乃。

 

「もちろん、委員会のスケジュール管理もバッチリ。なんのために八幡を雑務の責任者にしたと思っているの? こういう時のため」

「お前、雪ノ下に嫌がらせをするのに、俺に嫌がらせをするとかどんだけだよ」

 

 うずくまっていた八幡が復活する。

 

「バカ、ボケカス、八幡」

「八幡は悪口じゃないだろ」

 

 雪ノ下姉妹がクスクスと笑い出す。笑いのツボは同じらしい。

 

「普段からさんざん罵倒されているゆっきーに合法的に命令ができるんだぞ? 頑張りたくなるよね? 頑張っちゃうよね? ニッコリと笑うゆっきーを見れちゃうんだぞ」

「…………」

 

 八幡の脳内パソコンに雪乃の微笑み画像が表示された。

 

「比企谷君?」

「えーここは俺なの? 悪いのは秋田じゃないの?」

「この男には必ず然るべき制裁を加えるから大丈夫よ。それより貴方は変な妄想をしてにやけるのは止めなさい。虫唾が走るわ」

 

 過去最大級の暴言である。

 

「ご、ごめんなさい」

「ヒッキーまじ最悪だし」

 

 顔を膨らまして、結衣がにらんでいた。

 

「でも秋太の言う通り、雪乃ちゃんに命令できるんだよね。あ~文化祭が楽しみ」

「あ、うちのクラス、雪ノ下陽乃はNGなんで」

「なんでよ!?」

「ゆっきーが穢されるのが見るに堪えない。当日は姉乃さんが演奏しているときにゆっきーの接客が入るようにするから」

「おーぼーだー」

 

 ぶーぶーと不満を言う陽乃。

 

「そもそも私はまだ了承してないのだけど?」

「俺を除く、クラス全員が土下座をする覚悟ができているよ。ゆっきーが頷くまで」

「……嫌な脅迫の仕方ね」

「数の暴力って怖いなー」

「さすが秋田、用意周到すぎる」

「俺に実行委員を押し付けた奴らには、俺の提案を拒否することは許されない。快く引き受けてくれたよ。若干名は、むしろ抵抗なく土下座して罵りを受けたいって言ってたし」

「貴方がどういう取引をしたのか、理解したわ」

「完全にアウトな若干名が混じってないか?」

 

 八幡の疑問には誰も触れなかった。

 

「あとは文化祭を盛り上げるだけ。秋田秋太の終身名誉委員長と殿堂入りを残すのみ」

「バカの殿堂入りね」

「姉さん、それは酷すぎるわ。せめて変人の殿堂入りよ」

「黙れアホ姉妹」

「でも、普通に委員長しただけじゃそんな御大層な称号は貰えないんじゃないのか?」

「もーう、八幡の八幡」

「いや、だから八幡は悪口じゃないから。あとそこの姉妹笑いだすな」

 

 陽乃と雪乃がお腹を押さえて机に突っ伏す。彼女たちの中で八幡という言葉は笑いのネタにしかならないようだ。

 

「俺が秋田秋太だってところをお見せするよ」

 

 ニッと笑う秋太に、「やば、格好いい」と誰かが心の中で声を上げた。その誰かは分からない。

 

 ◆

 

 カタカタカタと忙しくなくキーボードが打たれ続ける。隣で仕事をする雪乃は慣れたもので、打ち込む速さが異常なことには感心するも、自分の仕事を黙々と進めていた。

 

「秋太君、ちょっと良いかな?」

 

 作業をいったん止めて、申し訳なさそうな顔をするめぐりを見た。委員長の承認が必要な書類を持ってきたようだ。

 

「大丈夫ですよ」

 

 めぐりから書類を受け取ると、ささっと目を通し問題ないかを確認する。問題がないことが確認できると承認印を押してめぐりに返した。

 

「秋太君、頑張りすぎてない? 私たちにやれることなら手伝うよ」

「んー今のところはないですかね。まあ本番が近くなったらモニターとして生徒会に協力してもらうことにはなりそうです」

「モニター?」

「今作ってる奴の感想をお願いします。一週間前には終わらせるんで。で、問題点なんかが出てきたらその都度修正していく感じですかね」

「よくわからないけど、手伝いが必要なら遠慮なく言ってね」

 

 めぐりはそう言って、できた書類を関係各所に配りに行った。

 

「城廻先輩の言葉ではないけれど、少しは休んだら?」

「なんで?」

「貴方、ずっと働き詰めじゃない。倒れるわよ」

「ゆっきーはプログラマーを分かってないな。真のプログラマーの第一歩は休憩って概念を捨てることから始まるの」

「そんな境地に誰も達したくないわよ」

 

 はあーと呆れた雪乃は立ち上がると、そのままどこかに行ってしまった。

 

「八幡はほどほどにサボってるから、休みなしでいいよね?」

「お前、何言ってくれてんの? 俺、めっちゃ頑張ってるでしょ? 休みとか、休憩とか、休息とか必要だと思うんですけど。心の中の小さな八幡がそう言ってる」

「ふむふむ、つまりまだ行けると?」

「なんでだよ! 俺に何を求めてるの!?」

「限界突破」

「そんなアニメの主人公みたいなことできるかよ」

「八幡、自分を信じるんだ」

「もうやだ」

 

 秋太と口論しても勝てないことを八幡は知っている。

 

「しょうがないから10分だけだぞ?」

「え、なに、怖い」

「紅茶、午後的なやつをお願い。購買の自販機に行って戻って10分」

「パシリじゃねぇか」

 

 そう文句を垂れつつも、秋太からお金を受け取ると八幡は会議室を出て行った。

 二人がいなくなったことで、秋太は作業を再開する。

 

「あれ、ヒキオは?」

 

 秋太が仕事をしているとやたらと目立つ女子生徒が現れた。優美子だ。そしてその隣にはイケメンを代名詞とする隼人がさわやかに笑っている。

 

「八幡は雑用中。そしてあーしは帰れ」

「来て早々喧嘩売るとか、やっぱりあんた、あーしのこと嘗めてるでしょ」

「あーし、後学のために一つ教えてあげる。喧嘩っていうのは同レベルの相手としかできないから」

 

 言われた意味が一瞬分からなかった優美子だが、よくよく考えて理解する。つまり、自分はバカにされているのだとそう確信した。

 

「むっか!」

「優美子、落ち着けって。秋田も優美子を挑発するのを止めてくれ」

「女性を後ろから抱きかかえるとか、イケメンにしかできない行為……もげろ」

 

 秋太に襲い掛かろうとした優美子を羽交い絞めで止めた隼人。世の男性の大半はその行為を許されないだろう。それを平然とやってのける隼人に、秋太は男たちの代弁を伝えた。

 

「ごめんな、優美子。あのままだと問題になりそうだったから」

「……別にいいし」

 

 ハハっと笑う隼人とは対照的に、優美子は顔を赤くする。恥ずかしすぎるのか、優美子は秋太と目を合わせようとしなかった。

 

「で、用件は?」

「ああそうだった。ステージでの練習許可をもらいたくてね。やっぱりリハーサル前に一度はあの場所を体験しておきたくて」

「却下。ステージでの練習は外部優先だし、文化祭の準備期間中といっても部活をしているところはあるんだ。邪魔にしかならない。外部の人たちなら、俺たちの授業中に、体育とかち合わないところでやってもらえるから問題ない、ただ、校内の有志の練習を許すと、俺もって声を上げる奴が出てくる。そうなったら時間の調整は難しいし、体育館を使う部活動に迷惑だ」

 

 ひとグループだけを特別扱いというわけにはいかない。リハーサル自体は文化祭の前日に行えるのだから、それで我慢しろと秋太は告げる。

 

「そうか、なら仕方がないな」

 

 隼人も出来たらいいな程度の考えだったらしく、秋太に無用に迫ることはしなかった。

 そして隼人達が帰ろうとしたときである。

 悪女が一人、笑顔を振りまいてやってきた。

 

「あ、秋太、やっぱりここに居た♪ ちょっとステージの貸し出しで相談があって」

「さ、3人ともお帰りを」

 

 自然に隼人達+1名にお帰りを願う。

 

「こらこら、文化祭実行委員長――あれ、隼人じゃん。久しぶり」

「相変わらずですね、陽乃さん」

 

 陽乃を苦手としているのか、親し気な挨拶の割に隼人の顔には苦笑いが浮かんでいる。

 

「隼人」

 

 ちょんちょんと優美子が隼人の袖を引く。目の前の美人は誰なのかと尋ねているようだ。

 

「こちらは、雪ノ下陽乃さん。雪ノ下さんのお姉さんだよ。親同士が知り合いだからね、その関係上、小さい頃からよく世話になっているんだ」

 

 先ほどまで張り付いていた苦笑から、今度は完璧なまでのイケメン笑顔。切り替えの早い奴だなと、秋太は感心した。そして、それと同時に同情した。

 

「Don't mind 気にするな」

「いきなり何だい?」

「つーかそれ、同じ意味だし」

「あーしが英語を理解するだと? 驚愕」

「マジで驚いた顔するなし!」

 

 青天の霹靂とも言うべき優美子の英語力に秋太は動揺を隠せなかった。

 ただ優美子ばかり構っていられない。ニッコリと邪悪な笑みを浮かべた陽乃が秋太を真っすぐ見ている。

 

「さて秋太、さっきの言葉はどういう意味かな?」

「小さい頃から、貴女に迷惑を掛けられ続けた葉山苦労人に同情から出た言葉。本来なら発狂してもおかしくないのに、この爽やかフェイス。やばい、泣けてきた」

「丁寧な解説どうもありがとう……陽乃チョップ!」

 

 ぱちんと陽乃の手の甲を叩いて、秋太は攻撃を防いだ。

 

「生意気な奴。隼人からも言ってやってよ。いかに私に世話になったかを」

「止めておくんだ。自分の悪行を白日の下にさらすことになるんだぞ」

 

 キッと睨み合う二人。

 

「き、君は……」

 

 隼人は何を思ったのか、秋太を見て黙り込む。

 

「随分と賑やかね? 仕事をサボっている秋田くんは誰かしら?」

「誰だろうね? つーかゆっきーのセリフじゃなくね? どこでサボってたし」

 

 雪乃がどこからか戻ってきたことから、場の雰囲気が少しだけ変わった。




更新が遅くなってすみません。次の更新は早くできるように頑張りますが……出来たらいいな程度です。

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