文化祭まで最後の頑張りという時期になってきた。
「はい、分かりました、よろしくお願いします。はい、また今度お願いしますね。では」
スマホを切ると、秋太は小さくため息をついた。本日、何度目の電話か数えるのも億劫になるほどであった。
「お疲れさま」
雪乃がそっと紅茶を差し出す。雪乃にお礼を言って、秋太はティーカップに口を付けた。
「どうも。とりあえず機材の貸し出しは大丈夫そう」
「申し訳ないわね。私が代われれば良いのだけど」
「まあ、完全に俺のコネだからね。高校の文化祭という枠組みでやるのはどうかと思うけど、使えるものは使っておこうと思う」
秋太が微調整を終えると一息ついた。
今会議室にいるのは、秋太を除けば雪乃と八幡だけだ。生徒会や実行委員は秋太が文化祭用に作った出し物のために校内に散らばっている。
八幡は問題があった時の連絡用に残されており、先ほどから携帯で喋りっぱなしだ。
「実は八幡って何でも屋だよね。企業では絶対に欲しい人材」
「そうね。何でも屋であるから、一つ一つの事業への貢献が薄く、給料を安くできるからとても魅力的だわ」
「ゆっきーは将来、ブラック企業の社長になるね、絶対」
「私の職業は決まってるわ。お嫁さんよ」
八幡の電話の声がやたらと会議室内に響く。秋太が無言、それが雪乃の首から上を真っ赤に染め上げる要因の一つだ。
「……せめて何か言いなさいよ」
「……無理はしない方がいい。キャラに合わない。めぐり先輩あたりなら納得なんだけど」
「……素直に頷けるから困ったものね」
雪乃にもめぐりがにっこり、「お嫁さんになる♪」と言っている姿が容易に想像できてしまった。
「さて御ふざけはこの辺で。八幡が電話しながら、仕事しろって視線で訴えてきてるから」
「なんで自分が忙しくしてるのに、お前らは怠けているんだと言いたげね」
「俺たち、八幡検定1級取れるんじゃないかな?」
「要らないわよ、そんなもの」
雪乃はため息をつくと、手元に視線を移す。
「哀れ、八幡」
なんで俺が傷つくことになってるの!? と八幡は器用に視線で訴えるのだった。
「さて、俺の作ったアプリはどうなったかな」
「今、検証中なのでしょう?」
「アプリのシステムは問題ないと思うけど、校内限定イベントだから、何かしらの問題が出ちゃうかもしれないしね。文化祭である以上、安全面は考慮しないといけないし」
めぐり先輩に期待だ、そう言った秋太はぐて~と机に突っ伏した。
「じゃあ、私は各員からの報告をまとめてくるわね」
「よろしくー」
雪乃に手を振り、一息つく秋太。ようやく準備も終えられる段階になった。
「おい、俺がこんなに必死に労働してるのに、委員長のお前が休むなんてどういうことだ?」
「分かったよ、八幡。なら俺と仕事を交換しよう。軽く倍以上の仕事になるけど、八幡がそこまで言うなら仕方がない」
「委員長という大役お疲れさん」
「なんて変わり身の早さ。さすがの八幡」
「褒めるなよ」
「貶してるんだよ」
八幡の扱いはもう完璧な秋太であった。
秋太に二,三小言を言ってから、八幡は自分の仕事に戻る。
文化祭がやって来る。
奉仕部を含め、文化祭実行委員会は万全の準備を整えていくのだった。
†
文化祭当日。待ちに待った祭りが始まる。
「やっと、って感じかしら?」
「そうだね。今日が終われば職務から解放される」
「……貴方、頑張りすぎなのよ。資材発注やら、宣伝ポスターやらホームページやら、色々とやりすぎなのよ」
「外部との連携は、それが得意な人間がやるべきだし、他のだって他人に任せるより俺がやる方が早いからね。ただ内部との交渉とか、時間調整はゆっきーと八幡がやってくれたから楽だったよ」
「来年の文実の最低限のラインが上がったのは確かね」
「マニュアルとか全く残してないからね。これが独裁の弊害。下が育たない」
「分かっててやるんだから、質が悪いわ」
ニッと笑顔を見せる秋太に、「はぁ~」とため息を雪乃はもらした。
「苦労は買ってでもしろって言うじゃん」
「姉さんが好きな言葉のうちの一つね」
「……俺、二度と言わないことにする」
「……冗談よ。まあ、好きそうではありそうだけど」
「ゆっきーが姉乃さんの趣味趣向を知ってるわけないか。仲悪いもんね」
「予想はつくのだけどね」
考えることが似てるからかな、と秋太は思ったが、それを口にすれば物理的カウンターが返って来そうなので、言葉にはしなかった。
「ゆっきー」
「……何かしら?」
「警戒が半端ないんだけど」
「貴方が満面の笑みを浮かべると、怖いのよね」
「俺は期待に応える男。今日のクラス模擬店が楽しみだね」
「…………」
雪乃はいまだに、何を着せられるのかを知らされていない。
喫茶店をやることは分かっているのだが、衣装に関しての情報が一切入っていないのだ。
秋太の統制の下、一つの軍隊のような動きをみせたクラスメイト達から、何一つ有益な情報を得られなかった。
彼らは、秋太と雪乃が文化祭の仕事をしている時しか衣装作成を行わず、絶対に雪乃にはわからないようになっている。
一度、校内展示の視察名目で、見回りに向かった時ですら、それを予感した秋太によって雪乃襲来の警報が発令され、即座に作業を中止したクラスメイトにより、雪乃が目にすることはかなわなかった。
「いや、さすがに犯罪になるような衣装じゃないから」
「そこまで貴方を下種だと思ってないわ」
「ちょっとは思ってるってことだよね、それ?」
「姉さんと似てるから」
「人生最大侮辱だ。これは姉乃さんとゆっきーの満面笑ツーショットを作って、校内に飾らないと、精神が保てない」
「ごめんなさい。本当に申し訳ありませんでした」
雪乃は綺麗に45度の角度で頭を下げた。
「雪ノ下さんが頭を下げた!?」
「おいおい、弱みでも握ってるんじゃないか!?」
「そう言えば、委員長の親ってどこぞの……」
その光景を見ていて文実委員は、根も葉もない話を始める。
「……壇上挨拶してくる」
「……ええ、よろしく」
「この学校の生徒って想像力豊かだよね」
「一応進学校だから」
微妙な空気の中、文化祭が始まる。
†
「それでは、実行委員長からの挨拶をお願いします」
めぐりが生徒会長として場を盛り上げたのち、秋太に場を託した。
「委員長の秋田です。定型文みたいな挨拶は嫌いなんで、短く。今日は、楽しく文化してください」
白衣を着た女性職員が「あのバカ……」と頭を抱える。来賓のお偉いさまに後で頭を下げに行くのは自分なんだと、秋太に呪いの言葉を送る。
「文化を祭る。祭りだ。祭りなら出し物が必要でしょう? だから、今回の文化祭実行委員は面白いものを作ってみました。簡単なゲームです」
興味なさげに秋太を見ていた生徒たちが反応し始める。
「文化祭限定イベント。校内探索アプリを文実の方で製作しました。スマホは皆持っていると思うけど、持ってない人はこちらで貸し出すので言ってください」
秋太のコネを使って、機材は用意されている。本来なら多額の金がかかる行為だが、今回学校限定で使えるアプリを販売用に改修することを条件に、企業から機器を貸してもらっている。事前にアプリの説明は、営業に通してあるので、交渉は簡単に進んだ。企業側からすれば、試作アプリの検証をしてもらっているようなものだ。
「ざっくりと説明すると、○ケモンGOのオリエンテーション版ですね。キャラは文実生徒とか俺の知り合いの人とかをデフォルメして作ったので、モンスターとかじゃありませんが、携帯を持って歩いていると出現します。出現したキャラは保存できるようになっているので、場所を選んでゲームしてください」
舞台袖からめぐりがデフォルメされた八幡の絵をパネルに張り付けた皆に見せた。八幡から苦情が上がったが、通信機器に異常が発生したらしく、八幡のインカムだけ回線が切れた。
副委員長は、何事もなかったように進行を続けるようにと指令を文実メンバーに送る。
「アプリをインストールしたら、まず最初のタイプを選択して下さい。まあ、名門校とも呼ばれるうちの生徒であれば、学力に自信があると思うので、選択は一択だと思いますが、基本的に選べるタイプは頭脳タイプか体力タイプの二つです」
学力という言葉に過敏に反応した生徒が若干名居たが、頭を使わなくてもゲームに参加できるとほっと胸をなでおろす。
「頭脳タイプの問題はさまざまです。受験で使うような知識から、総武の豆知識とか、単純にIQを問うような問題もあります。優秀な皆さんからしてみれば問題ないでしょうが、自信のない人は体力タイプをおすすめします。と・く・に、挨拶にやっはろーとか、一人称が「あーし」とかな人は体力タイプ一択ですね。ま、そんな人はいないと思いますけど」
びくっと反応する二人の女生徒。全く隠されていない隠喩表現に抗議の声を上げようとしたが、周りに自分たちがバカだと気付かれてしまうので、自重した。金髪の少女は壇上にガンを飛ばしはじめたが……。
「体力タイプはアプリ内のカメラ機能を起動して、撮影してください。腕立て、腹筋、背筋、スクワットを選んでください。指定された回数を撮影すれば、終了となります。撮影は一人では難しいので、『友達』と協力してくださいね」
いねーよ、と専業主夫志望のボッチがポツリと呟く。
壊れていたはずのインカムが、なぜかこの時だけは正常に戻り、どこかのボッチの声が文実メンバーに届いた。
【比企谷君、悲しい発言はやめなさい。文化祭前に皆がかわいそうでしょう?】
【おい、ちょっと楽しそうな声が聞こえるぞ。くすくすと。それとかわいそうなのは俺だから】
【幻聴じゃないかしら? そして、かわいそうなのは、貴方の友達事情を聞かされる私たち】
ひでぇーという言葉を最後に、通信は切れた。
「当然、文化祭の出し物だから、各クラスにしか出てこないキャラとかもいるので、クラスの出し物にも参加してくださいね」
文化祭である以上、文実だけが評価されても面白くもないのだ。各クラスに人が集まるようにする配慮も、秋太は忘れない。
「ちなみに。キャラを倒していくとポイントが加算されていきます。当然、難易度によって加算されるポイントも違うし、レア度によっても違います、一発逆転を狙って、レア度の高いキャラを倒すというのもありです」
「すいませーん! それってポイントが高いと何か貰えるってことですか?」
生徒の一人から声が上がった。
「はい。学校としても奮発してくれました。上位10人に入った皆さんには、あの夢の国へのチケットが進呈されます。その他にも有名大学の赤本数冊等、実用性のある賞品も用意しているので、皆さん参加して下さい」
【平塚先生が崩れたぞ。秋田のやつ、学校に言ってないんじゃ……】
【あら比企谷君、繋がったのね? それと大丈夫よ。チケットは彼がなんとかしたからそれ以外の賞品に関しては学校が用意してくれた予算で間に合ったから問題ないわ】
【俺のインカムが壊れているような言い方やめてくれませんかね? インカムのオンオフは副委員長――】
またしても、通信が途切れた。電波障害がひどいらしい。
「では、QRコードを体育館入り口で受け取ってください。今日は、文化祭を楽しく盛り上げていきましょう!」
『おおーー!!』
文化祭がスタートだ。
†
「帰れ」
短すぎる言葉だった。
実行委員会の会議室で、本日のスケジュールを確認していた秋太が放った言葉だ。
当然、その対象は世界征服を目論むと、妹に噂される魔王だ。
「文化祭実行委員長に忙しい中、挨拶にやってきた偉大なる先輩に対してその態度……許せぬ」
「さっさとオケの準備始めてください。つまりは帰れ」
「いやいやいや、それオケしてないから!」
「おっと、つい本音が。すみま――」
「生意気!」
魔王の一撃。騎士Bは華麗に回避した。
「相変わらず、はるさんと秋太くんは仲が良いな~」
「めぐり先輩、眼科行ってください。もしくは精神科。きっと受験勉強で疲れているんです」
「こらこらこら。私たち、仲良いじゃない」
「俺の常識という名の辞書だと、罵倒から始める会話とか、仲が良いの定義に入らないんですよね」
「秋田と雪ノ下の会話ってだいたいそんな感じじゃね? ――な、なんだよ。やめろよ、無言で笑みを浮かべるの。怖えよ」
ぼっちの精神ポイントが30下がった。
「全く、八幡は全くだよ。そんな八幡を題材にした一部の女子に人気な画集でも展示しようかな。委員長特権で」
「おいやめろ! うちのクラスの眼鏡女子が暴走するだろうが! たださえクラスの出し物で、出血多量なのに」
「俺は文化を発展させる男。腐のつく女子に文化を提示して何が悪い」
「色々とアウトだろうが!」
会議室が賑やかになる。
文化祭が始まり、委員たちもまたテンションが上がっているようだ。
「貴方たち、漫才がしたいならどうぞ、体育館でやってきなさいな。失笑という言葉を実感できるわよ」
「その時は雪乃ちゃんもメンバー入りだね」
「……姉さんはこんなところで油売ってないで、早く自分の準備に取り掛かりなさい」
「怒られちゃった――じゃ、またあとでね」
可愛くウインクすると魔王は去っていった。
「三人で漫才か」
「ボケ担当はゆっきーで」
「ボケ二人が何を言っているのかしら?」
「八幡が二人分か」
「そこは現実見ろよ」
「それを言ったらゆっきーが一番ボケてるから」
「ああ、それなんとな――やめて! その人を凍らせるような冷たい目で見るのやめて。お前ら、俺に対して怖すぎるんですけど」
にらみつけるを発動した美少女の前に、ボッチは謝るしかできない。
「八幡は八幡だからね」
「比企谷君だから」
「俺ってなんなの?」
悩むボッチを残し、文実メンバーは各々のクラスに向かうのだった。
お久しぶりです。時間が取れた時に、更新します……たぶん