人の名前を間違う雪ノ下はまちがっている   作:生物産業

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20話 男同士のお話

「……」

 

 無言でたたずむ雪乃。

 そんな雪乃に満面の笑みを浮かべるクラスメイト。

 雪乃は思った。

 

(少しでも信じた私がバカだったわ)

 

 もしかしたらという可能性。

 たとえ、その可能性が低いとしても、一縷の望みにかけてしまうのが人の性というもの。

 それは雪乃も同様だった。

 心優しいクラスメイト達が、普通(・・)の接客着を作ってくれるものだと……。

 

「クラス渾身の力作♪」

 

 雪乃の目の前でハイタッチして喜ぶクラスメイト。

 秋太はうんうんと満足顔だ。

 

「着ないという選択権が欲しいのだけど」

「まさかまさか、一度着ると約束した雪ノ下雪乃さんが、この期に及んで逃げるなんて真似――しないよね?」

 

 秋太の笑顔にビンタを叩きこみたい衝動に駆られる。ああ、これが秋太に感じている憎たらしいという感情なのだろうと、変なところで姉を理解してしまった。

 飛び出しそうになる右手をぐっとこらえると、雪乃は観念し小さく頷いた。

 

「分かったわ」

 

 その言葉を最後に、雪乃は更衣室に連行される。姉が演奏でいないことがせめてもの救いだったと、少しだけ安堵し、そして小さくため息を吐いた。

 

 

「わあー! ゆきのん、超かわいい!!」

「……に、似合ってるぞ」

 

 純粋な感想を言ってくれる二人。

 結衣は写メ取って良い? と確認を取り、八幡は顔を赤らめながらも、ちらちらと雪乃を見ている。

 クラスの出し物の都合上、二人が空いている唯一の時間に、期待していた雪乃の接客を味わいに来たのだ。

 

「お客様、当店ではカメラの撮影はご遠慮願います。それとそちらのお客様は、気持ち悪いのでご退場を願います」

 

 凛々しい。少なくとも声だけは。

 ただし、その外見は凛々しさからは程遠いものだった。

 

「雪ノ下さん、かわいすぎ!」

「ぐはッ!」

「俺、このクラスで良かった」

 

 クラスメイトからの絶賛の嵐。

 その声が聞こえてくるたびに雪乃は耳を赤くしていく。

 唯一良かった点を挙げるなら、衣装に隠れて、真っ赤になった耳元が周囲に見られないということだ。

 

「いつか絶対に泣かす」

 

 雪乃は屈辱に塗れた自分を奮い立たせるように、深く心に誓いを立てた。

 

「秋田、やっぱあいつはスゲーな」

「ゆきのんが陽乃さんみたいになってるもんね」

 

 雪乃に会いに来た八幡と結衣はこの状況を作り出した男に尊敬と、そして同情の念を抱いた。

 

「比企谷君、さっさと食事を済ませて出て行ってほしいのだけど?」

「秋田が居ないからって、俺に当たるなよ。怖ぇよ」

 

 雪乃のにらみつける攻撃に八幡の防御力はがくんと落ちた。

 

「そう言えば、アッキーは? こんな状況ならめっちゃ楽しそうにしてそうなんだけど」

「あれでも文化祭の実行委員長だから色々と忙しいのよ」

 

 クラスに秋太はいなかった。

 

「お、噂をしていると秋田からメールだ」

「比企谷君……」

「ヒッキー……」

「おいやめろ。いくら俺がボッチだからって、メールを偽装したりしねぇよ。ホントにあいつからメールだから」

 

 そう言うと、八幡はスマホを見せる。

 

【敗者の惨めな姿を世間様に見せる俺――超鬼畜(笑)】

 

 雪乃が満面の笑みを浮かべる。

 それを見て、結衣と八幡は顔が引きつった。

 ヤバい、怒っているぞと。

 

「わざわざ比企谷君に送るあたり――私を挑発しているのね」

「ゆきのん、抑えて抑えて! あっきーもちょっとふざけてるだけだから!」

 

 結衣がかばった瞬間だった。

 八幡のスマホにメールが届く。

 

【パンさんになったゆっきー……天使(爆笑)】

 

 そう、雪乃が着せられた衣装。衣装とは名ばかりのものである。

 秋太的に言えば、夢を叶えてあげた、である。

 これが周囲に見られない、自室のような環境なら雪乃も喜んだかもしれない。

 ただ、やはり環境というのは大事だ。

 学校内ではクールビューティーと評価される雪乃である。秋太や陽乃に言わせれば、それは勘違いだと声を大にして言うが、少なくとも雪乃の学校での評価は、凛としたお嬢様で一致しているのだ。

 

 そんな彼女が、

 

「パンさんの着ぐるみを着せるとか、たぶん秋田にしかできないだろうな」

 

 そう、雪乃が愛してやまない某夢の国のマスコットキャラクターであるパンさんの着ぐるみを雪乃は着せられていた。

 著作権等の問題を秋太が全力のコネを使って、この学園祭でのみ可能としたのだ。

 

「く、屈辱だわ」

「でも、ゆきのん可愛いよ?」

 

 結衣の素直な言葉に、ぐっと唇を噛みしめる。さすがに雪乃であっても嫌味一つない結衣の言葉を否定する気にはなれないのだ。

 

「不幸中の幸いは姉さんが、演奏中でこの場に来ない事ね」

 

 これが唯一の救い。秋太も陽乃に弄られる雪乃を見たくなかったのか、わざわざ陽乃が外部協力の一員として体育館で管弦楽の演奏中に雪乃の接客時間を当てたのだ。

 

「…………」

「どうしたの、ヒッキー?」

 

 雪乃がほっとした表情を浮かべたのと対照的に、ぐっと何かを堪える八幡。

 その様子を心配した結衣が声をかけると、八幡は絞り出すような声で、こう言った。

 

「す、すまん雪ノ下。俺も命は惜しいんだ」

 

 心からの謝罪。そして罪人は自分の罪を認め、昨日送られてきたメールを雪乃たちに見せる。

 

【比企谷君、お姉さんからのお・ね・が・い♪ 雪乃ちゃんの衣装を撮影して、私に送ってくれるかな? 送ってくれるよね? くれなかったら――ふふ、楽しみにしてるね♪】

 

 有り体に言えば脅迫文。オブラートに包んでも脅迫文である。

 下手人は、既に仕事をこなしてしまったと、雪乃にとって残酷な事実を告げた。

 

「変態。盗撮魔」

「ヒッキー最低」

 

 二人の美少女から絶対零度の視線と罵倒が送られる。

 この二人の視線を逃れるために魔王を裏切るような真似をすれば、次の日には九十九里浜に埋められている可能性だってあったんだと八幡は強く熱弁したが、それが二人に受け入れられることはなかった。

 

「やはり一番楽なところを落としにかかったわね。さすがは姉さんだわ。変態君が変態であることを見抜いての行動だなんて、防ぎようがない」

「ごめんなさい。せめて名前を呼んでもらっていいですか?」

「なに変態君? 私のパンさん姿を貴方が愛用しているカメラに収めたのでしょう?」

「ヒッキー、本気で最低」

 

 言い方の問題である。スマホは誰だって愛用しているのだ。

 

「俺にどうしろと」

 

 八幡の心から叫びは、誰にも届くことはなかった。

 哀れすぎる少年である。

 

 ◆

 

 八幡が四面楚歌状態になっている時、秋太は屋上にいた。

 校内の見回りに疲れて、少し休憩するためにやってきたのだ。

 委員長という立場を使って、普段使われない屋上のカギを入手している。誰にも気づかれずにサボれる場所はここしかない。

 

「……は~疲れた」

 

 腰を落ち着けると、全身の力を抜いた。文化祭が始まるまで、一切疲れを見せてこなかった秋太。人が誰もいないこの状況で、自分を縛っていた糸を緩ませた。

 だからだろう、背後に人が近づいていることに気づかなかったのだ。

 

「やっぱり君はあの人に似てるんだな」

 

 聞こえてきたイケメンボイス。

 なぜという気持ちが真っ先に浮かんできたが、秋太は億劫そうに背後にいるであろう人物に振り返らずに話しかける。

 

「なんか用?」

「君が屋上に行くのが見えたんでね。ちょうど、休憩のタイミングだったし」

「答えになってないんだけど」

 

 これだからイケメンは、そう秋太は嘆いた。

 

「悩み相談かな」

「それなら、友達にしなよ。たくさんいるでしょ? わざわざ大して親しくもない俺に話すことなんてないんじゃない?」

「そうだな。だけど、悩み事っていうのは友達よりも見知らぬ他人に打ち明けたい時があると、僕は思うよ」

 

 ならそうしてくれと秋太は短く告げる。

 ならそうするさと、隼人は答えた。

 そう、この場にやってきたのは秋太からすれば、ほぼ他人である葉山隼人だった。

 

「まあ、会議室で会った時に何か言いたそうだったからね。実行委員長として、生徒の悩みを聞くのも仕事」

「仕事なら仕方ないね。よろしく頼むよ――君は、自分というものを考えたことがあるかい?」

「哲学? まあ、なんでも良いけど、普通の人はあるんじゃない?」

 

 可もなく不可もない返答。

 

「俺はあるよ。自分が何なのかいつも考えている」

「皆の葉山隼人なんでしょ? 八幡がそう言っていた気がするよ。俺の抱いた印象もそんな感じかな」

 

 何度かしか会ったことがない秋太でさえ、隼人の人気は感じ取れた。周りに人がいるのが当たり前。そういう印象を与える雰囲気が隼人にはあった。

 

「皆の……か。俺はいつからそれを望むようになったのかな」

「知るか。つーか望んでリア充になれるとか、どこぞの八幡が聞いていたら発狂しているぞ」

「それ、ものすごく限定的だな」

 

 小さく隼人が笑う。

 

「俺は、君が陽乃さんと話しているのを見て、あ、これかって思ったんだ」

「よく分からん。何? もしかしてあの魔王のこと好きなの? だとしたら、ちょっと仲良くなれそうにないんだけど」

「小さい頃は好きだったのかもしれない。でも、どちらかと言えば憧れに近い感情だったと思う。ほら、小さい時って色んな感情があるから」

「恋多きお年頃ですか。自慢ですか。へぇー」

「その適当な感じ、比企谷を思い出すな」

「なんて侮辱。俺は八幡みたいに目も性根も腐ってないぞ」

「いや、君の方が比企谷を侮辱してるから」

「俺と八幡はベストフレンドだから無問題」

 

 俺の知る友達とは違うなと隼人は返す。

 

「小さい頃から陽乃さんには世話になっていたから、憧れと好きの感情が分からなかったんだと思う」

「正気の沙汰とは思えない。あの悪の根源にお世話になるとか。ゆっきーの方が数百倍良いでしょ」

「雪乃ちゃん、あ、雪ノ下さんも好きだったときはあるよ」

 

 隼人はなんでもないように答えた。

 普段の自分なら絶対にこんなことは言わないのに、どうしてか秋太には伝えてみようと思った。

 

「雪乃ちゃんで良いんじゃない? 本人が居ないわけだし、幼馴染なんでしょ? 小さい頃から姉乃さんと一緒に居たら、セットでゆっきーとも遊んだりしてただろうから」

「好きだったってところには反応しないんだな」

「ゆっきーだよ? それこそ、小学生くらいの時はクラス中の男子を虜にしてたんじゃない? 小学生の頃なんて、お盛んなお年頃なわけだし」

 

 隼人は少し思い出しながら、「確かに毎日のように告白されていたな」と呟いた。

 

「ゆっきーは見てくれは良いから」

「それ以外はダメみたいな言い方だな」

「ポンコツだからね」

「雪乃ちゃんをポンコツ呼ばわりできるなんて、陽乃さんくらいしか思い当たらないな」

「幻想を見すぎ」

「俺からみたら強い女の子だったよ」

「だから、苛められていた時も助けなかったと」

 

 びくっと隼人が反応する。

 そして、顔から笑みが消え申し訳なさそうに、肩を落とした。

 

「凄いな。雪乃ちゃんから聞いたのかい?」

「それはない。ゆっきーだよ? 無駄にプライドが高いあの子が、自分を助けてくれなかったなんて泣き言を言うわけがない。話の流れから分かるでしょ」

 

 隼人が秋太に相談した理由。

 

 ――今の雪乃と楽しそうにしているから。

 

 そんなくだらない理由だ。

 隼人は自分が情けないと思いながらも、秋太が一人で屋上に行ったの見て、後を追わずには居られなかった。

 自分とは違って、雪乃と上手くやれている秋太から何かを知りたかったのかもしれない。

 

「どうせあれでしょ? 姉乃さんに憧れて、皆の葉山隼人になろうとした。そして幸か不幸か、それができてしまった。でも、皆の(・・)って言うのが大きな枷になる。ゆっきーみたいにモテまくるいけ好かない美少女が小学生という残酷なコミュニティーで迫害されないわけがない」

「雪乃ちゃんを褒めてるのか貶しているのか分からないな。それにしても凄い洞察力だよ」

 

 呆れを通り越して感心する隼人。

 秋太の言ったことはすべて事実だった。

 

「小学生なんて、大人より残酷だよ。そして何より傷つきやすい」

「俺はそんな中で彼女を守れなかった裏切り者だ」

「それは仕方ないんじゃない? 小学生だったら何もできないのが普通だろうし。下手に手を出せばいじめの対象が自分に回って来る」

「それでも俺はやらなきゃいけなかったんだ。少なくとも、陽乃さんならうまくやれていたと思う」

 

 ぐっと拳を握る隼人。

 

「陽乃、陽乃って、どこかの宗教みたい。そんなにあの雪ノ下陽乃は完璧に見えるのかな?」

「君には見えなかったのかい? 昔から、陽乃さんは皆の中心で――」

「葉山はさ、姉乃さんみたいになれなかったから後悔してるの? それともゆっきーを守れなかったことを後悔してるの?」

 

 隼人の言葉を遮って秋太が尋ねる。

 

「俺は雪乃ちゃんを――」

 

 がちゃり。

 隼人が何かを告げようとしたとき、屋上の扉のドアが開いた。

 

「やっはろー♪ なーに男同士で語りあっちゃってんのよ。もー青春してるわね~」

 

 暢気な魔王様の降臨に、秋太は呆れ、隼人は唇を噛みしめた。




ちょっと急な展開なのは自覚してます。ただ後2,3話で終わらせようとすると、ここら辺かなと思いました。ラストに向けてなんとか頑張ります。
皆さんからの感想をお待ちしています。
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