人の名前を間違う雪ノ下はまちがっている   作:生物産業

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22話 最終回 後編

「雪乃ちゃん」

「ね、姉さん……」

 

 秋太に見ていろと言われた雪乃は、舞台が良く見渡せる二階ギャラリーに居た。

 そんな彼女をどこから見つけたのか、陽乃が近づいてきた。

 二人だけの空間が自然な形で出来上がった。

 

「アイツ、ダンスなんて出来たのね。しかも憎たらしいくらい上手い」

「彼曰く、打って守って走れる、なんなら踊りもできるスーパースターらしいわ、プログラマーって」

「全世界のプログラマーに謝らせたいわ」

 

 自分も同じことを言ったなと、姉妹の共通点がこんなところで分かる。

 

「謝っていたわ。とても軽く」

「ごめーんって?」

「さすがは似た者同士ね」

「それ褒めてないでしょ?」

 

 ムムっと陽乃が雪乃を睨む。

 

「それにしても、ホントに凄いわね」

 

 雪乃は目の前の光景に、感嘆の声を上げた。

 秋太が出てきた時は、特に盛り上がったような様子はなかった。

 結果発表や文化祭の終了挨拶が始まるのだと誰もが思っていたからだ。

 だが今は違う。

 音楽に合わせた秋太のダンスに、時には驚愕し、時には喝さいを上げる。

 文化祭の終盤にして、最高の盛り上がりを見せている。

 

「普段は、陰気な男子生徒なのに」

「まあ、パソコンがお友達な高校生ってイメージが良くないわよね」

「でも、今彼に皆が集中している。皆が彼を見てる」

 

 秋太と一緒に踊りながら、盛り上がりを見せる生徒たちがよく見える。

 楽しそうだ。

 これで最後だと、皆が全力で騒ぎまくる。

 

「同じ阿呆なら踊らにゃsing a song……さすが文化祭実行委員長。最後にスローガンを体現するなんてね」

 

 皆が阿呆になって踊る。

 これぞ総武高校文化祭。

 

「惹きつけられる。姉さんと同じね」

「あら、雪乃ちゃんにしては珍しい」

「私はいつだって正直者よ。過大評価も過小評価もしないわ」

「比企谷君が聞いたら文句言いそうね」

「…………」

 

 黙りなさいと雪乃が陽乃を睨んだ。

 

「アイツは、私とは違うわよ。全然……ね」

「姉さん?」

 

 陽乃は手すりに両手を置き、その上に自分の顎を乗せる。

 

「私、さっきアイツに告白したのよ」

 

 雪乃が分かりやすく反応する。

 またか。

 昔から、姉にすべて奪われてきた雪乃にとって、陽乃の告白はあまりにも衝撃的なものだった。

 無意識に胸に手を当てる。

 

「なんて言ったと思う?」

「……………」

「ふふ。そんな怖い顔しないで。あっさりフラれたから」

 

 何でもないように、陽乃が小さく笑う。

 ただ雪乃にはそれが悲しそうに見えた。

 たぶん、自分が同じように告白しても断られてしまうのだろう。

 あれほど仲が良く見えて、かつ容姿も完璧な姉がダメなのだ、自分なんて……そう雪乃は考えてしまう。

 過去の経験が、そうさせる。

 陽乃にできなかったことが、自分にできるわけがない。

 そう思い込んでしまう。

 

「なんでそこで暗くなるのかなー。やっぱり雪乃ちゃんは情けない」

「姉さん!」

「だってそうでしょう? 今、雪乃ちゃんの頭には自分も同じ、それが一番に思い浮かんだんでしょ?」

 

 図星だった。

 雪乃は、声を詰まらせる。

 

「昔から、なんでも私のことを真似てたもんね。私ができなかったこと……なんてあんまりないけど、雪乃ちゃんはすぐに諦めちゃうもんね。いや、むしろ安心する、かな?」

「そ、そんなことはないわ……少なくとも最近は……」

 

 頭に浮かんでくる憎たらしい顔。

 その人物を思い出すと、自然と雪乃の身体に力が入る。

 そうだ、自分は今まで違う。

 誰かの真似をする必要ない。

 自分が自分らしくあること、それを彼から学んだのだから。

 雪乃は強い気持ちで陽乃を見る。

 

「あは、それって秋太の影響? なんか顔つきが変わったわよ」

「……否定はしないわ。でも彼だけじゃない。由比ヶ浜さんや比企谷君だって――」

「でも、やっぱり秋太でしょ? 雪乃ちゃんを真っ向からねじ伏せてくるなんて、私かアイツくらいだもんね」

 

 陽乃が苦笑いをする。

 

「見て。皆楽しそう」

「姉さんの時の文化祭もこんな感じだったわ」

「ふふ、姉の偉大さを改めて感じ取った?」

「寝言は寝て言いなさい。姉さんの時よりも、私たちの文化祭の方が盛り上がっているわ。つまり私の勝ち」

「えー」

 

 今度はからからと笑いだした。

 陽乃が素直に楽しそうにしている。

 自分と二人でいる時に、こんな表情をするのはいつぶりだろうかと雪乃は思い返してみた。

 そして、思い返して、すぐに分かる。

 意外とごく最近だ。

 そして、その時、一緒に思い出される人物。

 

「秋田秋太」

「アイツも変な奴よね」

「姉さん程じゃないわ」

「雪乃ちゃんに言われたくなーい」

 

 二人が顔を見合わせて、声を上げて笑った。

 傍から見れば仲の良い姉妹だ。

 

「ねえ、雪乃ちゃん。久しぶりに姉らしいことするね」

 

 陽乃は雪乃の頬に手を伸ばし、優しく触れた。

 

「私はアイツのことが好きよ。フラれた今でもね」

「ええ」

 

 頬を伝わって感じる姉の温もり。

 そして、悔しさ。

 たぶん、陽乃にとって今が一番悔しい時なのかもしれないと雪乃は思った。

 

「頑張りなさい」

「姉さん……」

「雪乃ちゃんなら、大丈夫――なんてことは言わない。もしかしたらダメかもしれない」

 

 そう言いながらも、陽乃の目は優しさに溢れていた。

 

「アイツはバカでアホだから」

「ふふ、姉さんをふるくらいだものね」

「ホントよ。もう、絶世の美女じゃなければ認めてあげないんだから」

 

 陽乃が添えていた手の形をくいっと変えた。

 

「にゃにしゅるのよ?」

 

 陽乃に頬を引っ張られて、上手くしゃべれない雪乃。そんな雪乃の顔を見て満足したのか、陽乃は満面の笑みを浮かべて雪乃から離れる。

 

「よし、やることはやったから、私、帰るわね。それで今日の悔しさを思い出して、家で一人でえーんえーんて泣くの」

「動画撮影の許可をもらえるかしら?」

「生意気!」

 

 ぺしっと雪乃の頭を陽乃が叩く。

 こんなやり取りは、今までなかったのかもしれない。

 そう思うと、随分と影響されたなと雪乃は思った。

 

「もーう知らない! 雪乃ちゃんなんてフラれちゃえ!」

 

 ぷんぷん怒った陽乃は、そのまま帰って行った。

 最後の瞬間に、振り向きざまに親指を突き上げ、ウインクすることを忘れないあたり、陽乃らしい。

 

「全く、私は告白するなんて言ってないわ」

 

 姉の強引な流れで、そうなるようになってしまっているが、そこに嫌な感じは全くしない。

 告白する気はなくても、姉をふった人物に対する気持ちまでは否定する気にはなれなかった。

 

「今どきは、女の子から行くものかしら?」

 

 恋する乙女はダンスを踊り終え、全校生徒から拍手を浴びる男の子を見ながら、んーと頭を悩ませていた。

 

 ◆

 

「人が気合を入れて踊っている最中に姉妹喧嘩を始める雪ノ下家は間違っていると思う」

 

 文化祭は終わりを迎えた。

 近年最高の盛り上がりを見せて、文化祭は終わりを迎えたのだ。

 秋太的に一番盛り上がったのは、最後の結果発表である。

 全身が筋肉痛で動けなくなっているあーしと結衣が上位入賞者として壇上に上がってきた時が面白かったと八幡に語った。

 そして彼女たちが、東大の赤本を手渡された時、爆笑が抑えられなかったとも。

 

「別に喧嘩はしてないわ」

 

 そうして、文化祭の片づけを終えて、今秋太と雪乃は会議室で最後の報告書を作成している。

 ほかの面々は機材チェックや返却物の確認に出払っていて、この場には二人しかいない。

 

「なんか姉乃さんに叩かれていたように見えたけど?」

「よく踊りながら、そんな観察ができたわね。感心するわ」

「雪ノ下さん家のへっぽこ姉妹ってかなり有名だから。自然と目が行っちゃうよね」

「あら、その雪ノ下さんの次女の方は、どこかの秋田さんの長男に頭脳戦で圧勝するらしいわ。最強って有名よ?」

 

 嘘は言っていない。

 合宿の際、チェスのルールを理解していない秋太に雪乃は圧勝している。

 

「過去を振り返らないのは偉大な人間の第一歩」

「なら、貴方が頑張ったこれまでの功績も私は忘れることにするわ」

「く、ああ言えばこう言うようになって。一体、誰の影響を受けたのか」

「秋田家の長男よ。女の子を傷つけることに定評があるの」

「およ、ゆっきーは傷物にされたとか宣う気かい?」

「そうね、そうしておいた方が、何かと都合が良いわ」

 

 秋田の軽い挑発に、雪乃もカウンターで返す。

 陽乃との対戦を終えた後の雪乃は、心に余裕があるのだ。

 自分の本心を必死で隠すときのみ、彼女の頭は冴えわたる。

 ヘタレの特殊能力持ちである。

 

「何? 今日は随分とノリが良いじゃん。気持ち悪いよ」

「貴方、女性に面と向かって気持ち悪いってよく言えるわね?」

「ゆっきーやガハマちゃんが八幡によく言っているのを聞くけど? 男女平等を謳う日本で、自分が女性だからという理由で罵倒を受けないなんて間違っている。俺、今良いこと言った」

「貴方にそれを言う権利はないでしょうに。比企谷君ならまだしも」

「なんと! ゆっきーが八幡から罵りを受けたいときたか。よし、八幡にLINEしとこ」

「やめなさい」

 

 雪乃が素早く秋太のスマホを取り上げる。

 

「人の物を強奪するとか、ホント手癖が悪い」

「貴方の口の悪さには負けるわ」

「八幡ほどじゃない」

「そこは同意」

 

 その場に居なくても、八幡は罵られる。

 

「さて、今年のやり残しはあと一つだけ。それが終われば、晴れて学校とおさらば」

「え?」

「あれ、言ってなかった? 今年中に学校はやめる。普通は、来年の3月とかなんだろうけど、あいにく俺は普通じゃない」

「貴方が普通じゃないのはいつものことだけど……本当にやめるの?」

「まあね。この学校に通ったのも親への義理だし。最終学歴が中卒になるのはいただけないけど、それを気にしないくらい俺は企業様方から信頼を得ている。この学校に居る意味は正直ない」

 

 意味はない。

 雪乃はその言葉を聞いて、胸が痛くなった。

 自然と涙がこぼれる。

 

「ちょっと!」

「へ?」

 

 急に涙を流した雪乃に慌てる秋太。

 雪乃は自分が泣いていることに、秋太に渡されたハンカチでようやく気付いた。

 ああ、目の前の男子生徒は自分にとって、ただの男子生徒ではなかった。それを雪乃は改めて実感した。

 そしてそれを実感したからこそ、胸が苦しくなる。

 このバカで性悪な男の子が目の前からいなくなるのかと思えば、それはたまらなく嫌だった。

 

「泣くなよ」

「だって……」

 

 言葉にならない。

 こみ上げてくる感情を雪乃は整理できないでいる。

 でも、伝えたい言葉がある。

 それだけはぐちゃぐちゃになった気持ちの中ではっきりとしているものだった。

 

「私は貴方が――」

「おいーす。とりあえず機材の点検は……失礼しました」

 

 雪乃が叫ぼうとした瞬間、会議室のドアが開いた。

 ドアが開いた瞬間、中の状況を瞬時に理解する男。

 自称、空気の読める、なんなら存在が空気な彼は即座に撤退を試みた。

 泣いている女子生徒、困った顔を浮かべる男子生徒。何かを告げようと勢いよく立ち上がったであろう、その姿勢を見て、わからぬ八幡ではない。

 ああ、自分は殺されるだろうと本能が警笛を鳴らし、戦略的撤退を細胞レベルで実現した。

 

「ちょっとあの男を沈めてくるわ」

 

 どこへですか? と尋ねる気にはならない。

 樹の海と書いて樹海。日本が誇る日本一の山の麓に、可哀そうな少年が捧げられようとしている。

 

「ゆっきー」

 

 怒髪天状態の雪乃が睨みつけるように、振り返る。もうすでにドアに手をかけており、狩りの始まりが告げられようとしていた。

 

「俺は雪ノ下雪乃が好きだ。この人と一生一緒に居たいと思った。俺と付き合ってください」

 

 タイミング。

 それはどのような場面においても重要なファクターなのだ。

 

「…………」

「その目はやめて」

 

 お前はなぜそれをこのタイミングで言ったのか? 雪乃は言葉にせずとも目で語った。

 

「告白は男がするもの。これが大和魂」

「わけのわからないことを言わないで頂戴。貴方、相変わらず空気の読めない人よね」

 

 はあーと大きくため息を吐くと、雪乃は自分の座っていた席に戻った。

 

「貴方、学校をやめるんじゃないの?」

「やめるよ」

「私のこと好きなの?」

「好きだよ」

「ならなんでやめるのよ!」

 

 べしっと近くにあった報告書を投げつけたが、紙であるそれに力はなく、ひらひらと見当違いの方向に飛んで行ってしまう。

 

「別に、学校に通う必要なくない?」

「同じ学校なら、一緒に――」

 

 ご飯を食べたり、帰ったりできるじゃない。雪乃は恥ずかしくなってその言葉を必死に抑えた。

 

「俺とゆっきーだよ? 想像してみて。クラスで一緒に昼食」

「……ないわね」

 

 クラスメイトたちからの奇異と嫉妬の視線を浴びながらの食事。うん、ない。雪乃は即答する。

 

「仲睦まじく一緒に登下校。家は基本的に真逆」

「……ないわね」

 

 文化祭で帰りが遅くなったという例外がなければ、二人が一緒に下校することなどないだろう。

 つまり学校で行われるイベントのほとんどが二人では起こらないものであるため、秋太が学校に居る意味はないのである。

 

「ここで僕が学校をやめたとする。仕事はあるけど、基本在宅でやってるから、時間の管理は自分でできるわけだ」

「ちょっと食事でもって思ったら?」

「ワンコールでOK。まだ車の免許は取れないけど、取れればお迎えもやぶさかではない」

「私たちが一緒に行動するなんて部活動を除けば、放課後くらい」

「そういう事。まあ、部活動とか楽しかったのは認めるけど、学校でイチャイチャはできないでしょ? イメージ的に」

 

 結論、秋太が学校をやめるのは問題がない。

 

「なるほど」

「そういうこと」

 

 お互いが納得し、帰宅の準備を進める。

 雪乃が投げつけてしまったが、報告書は完成済みだ。

 

「そう言えば、この後打ち上げがあるらしいのだけど?」

「行くわけがない」

「由比ヶ浜さんあたりが騒ぎそうね」

「あの子は空気が読めるから」

 

 ニッと秋太が笑う。二人の状況を八幡が伝えているのは簡単に想像できる。

 秋太の笑顔に、雪乃はなんだか恥ずかしくなって髪で首元を隠した。

 

「二人っきりの打ち上げってのも良いんじゃない?」

「自分の言ったことを思い出しなさい」

「良いじゃん。今日は記念日。さすがの俺達でも記念日くらいはイチャイチャするでしょ?」

 

 もう! と雪乃は顔を赤くして秋太の肩を叩く。

 

「……今日だけよ」

「それだとフラれたみたいなんだけど」

「わ、私はまだ返事してないもの」

 

 確かにそうだ。

 

「ほーではその話は近くのファミレスで」

 

 秋太がカバンを持ち、会議室から出ようとしたとき、

 

「好きよ。私は秋田秋太(あきたあきと)が大好き」

 

 今度は名前を間違えられなかった。

 そんなしょうもないことを思いながら、秋太は手を差し出して雪乃を待つ。

 雪乃は恥ずかしくなって、足早に出て行ってしまった。

 

「全くツンデレめ」

 

 そんな雪乃の後を秋太が追う。

 秋太が追いつくと、雪乃が自然と速度を緩める。

 

「雪ノ下雪乃に恋するのは間違っているだろうか?」

 

 恥ずかしげもなく、そんな爆弾を投下してくる秋太。

 ただ、そんな言葉がなんだか非常に嬉しく、雪乃は自然と笑った。

 

「さあ、どうかしらね? 秋田秋太(あきたあきた)君?」

 

 俺の彼女メッチャ可愛いわ、ほほ笑む雪乃を見て秋太はそんなことを思った。

 

 

 

 人の名前を間違う雪乃(●●)は間違っているだろうか?

 

 おしまい

 




勢いで書き上げたので、誤字がたくさんある気がする……

今作はこれで終わりです。途中、色々忙しく一年近く更新してませんでしたが、無理やりでも完結させられてよかったです。
感想に返信はしていませんが、皆さんの感想でやる気になったのは確かです。ありがとうございました。

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