人の名前を間違う雪ノ下はまちがっている   作:生物産業

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5話 鬱陶しいから……

「はぁ~、あとひと月もすれば夏休みか~」

「俺としては早く来てほしいけど、受験生だと大変ですよね」

 

 日課となりつつある生徒会室での何気ないやり取り。めぐりが用意してくれたお弁当に感謝しながら、秋太は作業を進めている。

 

「私は推薦を狙ってるから、この夏が勝負なんだよねー」

「ねーって割に余裕そうですけどね」

「見えないところで努力してるんだよ」

 

 ハチマキをして必死に勉強するめぐりの姿が秋太には想像できなかった。

 

「秋太くんは?」

「俺ですか? まあ、勉強は苦手じゃないです。この前のテスト、学年総合2位。実はやればできる子なんです」

「秋太くん、見かけによらず頭いいんだね」

「先輩にだけは、見た目で頭どうこうは言われたくない」

「なんでっ!? もぅー怒った!」

 

 秋太が食べていた弁当をめぐりは奪い取る。

 

「ごちそうさまでした」

 

 しかし、すでに秋太は食べ終えており、弁当箱を返しただけになった。

 

「むぅー」

「先輩、そのあざとさ、大学行っても失わないでくださいね。俺は応援してます」

「あ、あざとくないからっ」

「ふぁいと」

「もうっ!」

 

 楽しく昼休みを終え、午後の授業も恙なく終了し、さて帰るかという時になって、長い黒髪の女性が近づいてきた。

 

「ちょっと良いかしら?」

 

 彼女が動けばクラスが騒ぐ。わさわさとクラスの至る所で会話が開始される。

 

「とりあえず、クラスを出よう」

 

 うるさくなったクラスから逃げるように、二人は奉仕部の部室にやってきた。

 

「で、話なのだけど……姉さんを襲ったって本当なのかしら? 昨日電話が来たのだけど」

 

 あんにゃろ~! と心の中のリトル秋太が怒りの声を上げる。

 

「オレアイツキライ。オッケー?」

「なぜ片言なのか分からいけど、姉さんの言ったことがウソなのは分かったわ。だ、だからその、笑い方止めてくれないかしら? 怖いわよ」

 

 どちらかと言えば、雪乃も人に冷たい印象を与えてしまう方であるが、今の秋太はその雪乃からしても怖いと思えるほど、冷たかった。

 

「妹、とりあえずあのバカ女の写真があったら貸してほしい。俺の持てるすべての技術を使って復讐してやる」

「……ちょっと返答に困るお願いね。それと私には雪ノ下雪乃という名前があるのだけれど?」

「それはごめん。雪ノ下……だとアレと被るから、ゆっきーで良い?」

「……許しましょう。私のことをあだ名で呼ぶなんて光栄なことなのだから、胸を張って生きなさい」

 

 顔を真っ赤に染めて、視線を右往左往する雪乃。無駄に張った意地の所為で、自分が恥ずかしくなるという自爆。

 

「照れるくらいなら言わなきゃいいのに。まあ、それはおいておいて、アレの写真を今度持ってきてね」

「照れてなんかいないわ……それで、姉さんの写真をどうする気かしら? ないとは思うけど……卑猥なことに使うのはダメよ?」

「俺を変態にする気か。違う、合成写真を作って、アレに送り付ける。今頭の中に思い浮かんだのは、ランドセルを背負った大学生。他にも色々と作って見せる」

「ぜひ、協力させてちょうだい」

 

 雪乃が珍しく満面の笑みを浮かべた。二人が手をがっちりと結び、奇妙な連帯感が生まれる。

 

「そう言えば、他のメンツは?」

「そ、その事なのだけど……少し話を聞いてもらえるかしら?」

 

 なんとなく雪乃が自分を呼び出した理由がこちらじゃないかと、秋太は思った。ダシに使われた陽乃が哀れにも思えなくなかったが、いや勘違いだと自分を律する。

 それから雪乃は語り始めた。

 

「由比ヶ浜さんが部活に来ない?」

「ええ。どうやら職場見学の時に比企谷君と何かがあったみたい。私はクラスが違うから状況はよく分からないのだけど」

「ふーん。でもそれは二人の問題じゃん?」

 

 二人の関係がこじれたからと言って、他の人間が介入しても状況は好転しないだろうと、暗に言葉に含めた。

 

「もし二人の仲互いの原因が第三者にあるとしたら、どうかしら?」

 

 そう尋ねた雪乃は少し思いつめたような表情をしていた。

 

「なに? ゆっきー争奪戦でも行われたの?」

「……なぜそんな話が出るのかしら?」

「今のタイミングで第三者なんて、ゆっきーでしょ。で二人が喧嘩するとしたら、ゆっきーを取り合うしかない。全く、悪女め」

「……はあ~。貴方って鋭いのか鈍いのかよく分からないわね」

 

 それから雪乃はしばらく無言だった。手を握ったり、視線を動かしてみたり、挙動不審以外の何ものでもないが、秋太はちょっと面白くなったのか、そんな雪乃を微笑ましく眺めていた。

 

「ちょっと良いかしら?」

 

 ちょうど5分。やっぱり姉と似てるなと先日の陽乃とのやり取りを思い出す。

 雪乃は秋太の近くに椅子を運び、そこに座る。少しだけ躊躇いがちだったが、「そういう乙女な感じいらないから」と割と酷い言葉を投げかけられ、ポツポツと話し出した。

 

「ふーん、比企谷くんは一年前に犬を助けて事故に遭っていると」

「そ、そうね」

「で、その犬の飼い主が由比ヶ浜さんで、比企谷――言いづらい、八幡を轢いた車に乗っていたのが、ゆっきーであると」

「…………」

「状況だけ聞けば、犬のリードを放した由比ヶ浜さんに原因があるし、ゆっきーは乗っていただけだから問題ないと言えばないけど」

 

 秋太の呆れた目に雪乃は耐えきれず、俯いてしまった。

 

「負い目を感じてるなら、謝れば? というかそんな事件の当事者たちがここに集まるってどんな偶然?」

「そ、それは私も驚いているわ。平塚先生が比企谷くんを連れてきたときには、動揺を隠すのに必死だったもの」

「いや、たぶん失礼極まりない対応をとっていたと思うけど?」

 

 雪乃と八幡の出会いがどんなものだったかは秋太には分からない。ただ、初めて奉仕部のメンバーと会った時のやり取りをみれば、罵倒で会話が展開されていたのは理解できた。

 

「一年前のことを今更言われても、八幡は困ると思う」

「うっ」

「どうせあれでしょ? 八幡の入院先に行ければ良かったんだけど、親に言われて行けなかったんでしょ?」

「秋田くんは私の家のことを知っているのかしら?」

「いや、良くは知らないけど、お金持ちでしょ? で、大抵の金持ちは面子を大切にする。事件の当事者だけど、乗っていただけだからお前に罪はないとかそれっぽいことを言って、親が勝手に話を進めた感じかな。騒いで事件を大きくすればゆっきーの学校での立場はなくなるし」

「……貴方、私の家に監視カメラでも付けているのかしら?」

 

 秋太の驚異的洞察力に驚く雪乃。そう言えば、初めて会った時もそうだったなとひと月以上前のことを思い出した。

 

「そんなもの付けなくても予想くらいできる。家の親も似たようなもんだし」

 

 秋太の家もそれなりに裕福であることは雪乃は知っている。だが、自分と秋太が似てないと思えてしまうのは、自分が親を避けながら、頼ってしまっているところ。そう思うと、自分が情けない。

 

「まあ、今更と言えば、今更だけど、ゆっきーはどうしたいの?」

「わ、私は……」

 

 言葉に詰まる雪乃。そんな雪乃を見て、秋太は彼女の核心を突く言葉を告げる。

 

「八幡に嫌われたくないの?」

 

 俯いていた顔をぱっと上げた雪乃。考えないようにして、でもどうしても考えてしまっていたことだ。

 最近までであれば、そうでもなかった。クラスが違うのだから二人が関わることは皆無と言っていい。

 でも二人は関わってしまった。そして、少しずつ過ごす時間を心地よいと思い始めたのも事実だ。

 もっと早くに謝るべきだったのかもしれない。そうすれば、こんなに思い悩むこともなかった。

 結衣が居て、八幡が居て、そこに自分がいる。今のこの場は、今までで一番心地よい場所なのだ。

 だから、それを失うことが怖かった。

 八幡に嫌われることで、この場がなくなるのが嫌だった。

 そして何より。ひどく利己的な考えをしてしまう自分が――とても嫌だった

 

「ゆっきーは、卑怯で臆病だね」

 

 ずしりと圧し掛かる言葉。呆れたのか哀れんだのか、それとも蔑んだのか。どれにしても今の雪乃には判断がつかない。

 

「そしてバカだ」

 

 胸が苦しくなる。酷く気分が悪くなる。自分が悪いということは分かっていても、それを口に出せなかった。親に反発して、八幡の病室まで行って、頭を下げるべきだった。

 それが出来なかったのは自分が弱くて、卑怯だったから。

 親を言い訳に、進んで楽をしてしまった。

 

「雪ノ下雪乃」

 

 初めて、しっかりと名前を呼ばれた気がした。ただ雪乃にはそれが終わりを告げる言葉にしか聞こえなかった。

 涙があふれ出るのを止められない。こんなにも胸が締め付けられるような想いは初めてだ。辛い、痛い、苦しい……逃げたい。

 雪乃はそう言った感情に支配されてしまった。

 

 ただ秋太はそんな雪乃を見て、「泣くなよ」と呆れ、隣に座る彼女の肩にそっと手を置いた。

 

「とりあえず、謝ってこい。全てはそれからだ」

「へ?」

「へ? じゃないよ。とりあえず鬱陶しいから謝ってこい」

「鬱陶しい……」

 

 雪乃のガラスハートががしゃんと砕ける音がする。

 

「それで八幡に嫌われようが、その所為で部が崩壊しようが、それはそん時考える」

「で、でも……」

 

 ここに来ても躊躇ってしまう雪乃。

 ただ秋太はそんな甘えは許さない。

 バシッと雪乃の頭に手刀をいれた。

 

「っ!」

「でもじゃない。ここで謝らないで、曖昧な関係で済ませたら、いつかは破たんする。遅いか早いかの差でしかない。だから選べ」

「…………」

「自分の人生だから、どう生きようが君の自由。でも、自分に嘘を吐きながら生きていくのは、楽しくないぞ? 情報源(ソース)は俺」

「自分に嘘をつかない……」

「もし、八幡が拒絶するようなら、その時は俺が奉仕部の存続に尽力しよう。俺、実はできる子なんです」

 

 壊れたのなら、直せばいい。秋太はそう言った。

 

「グダグダ悩むのは、悩める権利を得てからだ。今の君にはその権利すらない。権利を主張するなら義務を果たせ。君は最低限の義務すら果たしていない」

「私の義務……」

「あ、でもホントに壊れたら、そん時はごめんね」

「……どうして最後まで格好良くいられないのかしら? 最後の言葉で台無しよ」

 

 えーっと子供のような声を上げる秋太。雪乃はふふと小さく笑った。

 

「まあ、八幡も男だし、ゆっきーの初物でもあげてくれば?」

「……訴えるわよ。貴方はデリカシーという言葉をその緩んだ頭に入れておきなさい」

「初ってところは否定しないんだ」

「…………」

 

 絶対零度の視線が秋太を貫いた。

 

「貴方をセクハラで訴えるのはまた今度にしましょう。まずは私の義務を果たさないと」

「うんうん。あ、訴訟はなしの方向で」

「貴方、本当に変なところで気を遣うのね。小学生みたいなやり方だけど……」

 

 雪乃は八幡たちの元に歩き出す。そしてドアを閉める直前、

 

「でも、嫌いじゃないわ。自分で選択することができたから。ありがとう。あと、私が泣いたことは忘れなさい」

 

 雪乃はそう言って部室を出て行った。彼女の表情はいつものように凛とし、それでいて楽しそうに笑っていた。

 

「あれがツンデレ。ツンデレアプリでも作ってみるか?」

 

 ツンデレ測定メーターを開発できれば、自分の懐がかなり潤うのではないかと、しょうもないことを考えて秋太は奉仕部を出て行った。

 

 そしてその日の夜、秋太の携帯の着信音が鳴る。

 

【秋太、雪乃ちゃんを襲ったってホント? それにしては上機嫌だったんだけど……】

【……ねえ、雪ノ下姉妹って、なんで俺を犯罪者にしたがるの?】

 

 姉と同じ手法を使った妹に、やっぱり似ている姉妹だと納得した。ついでに雪ノ下姉妹は自分の感情をさらけ出されると、逆恨みしてくるとも分かった。

 

「雪ノ下家、許すまじ!」

 

 ◆

 

「ふふ、もう俺頑張っちゃうぞ♪」

「秋太くん、笑顔でパソコン打つのやめようか。怖いよ~。しかも指が速すぎるし」

 

 雪ノ下家に復讐を誓った秋太は、その日の夜から精力的に動いていた。徹夜したせいで、午前中の授業の記憶などないが、授業時間という名の仮眠時間を経て、今意識が覚醒している。

 

「俺の本気が雪ノ下に負けるとお思いで?」

「とりあえず、人の話を聞こうか」

 

 テンションがおかしくなった秋太を、めぐりは強制的に黙らせた。

 

 

 

「ふぅー。めぐり先輩の淹れてくれるお茶は最高です」

「あはは、それは嬉しいな。秋太くんが普通に戻ってくれてよかったよ」

「何を言ってるんですかー。休憩したら作業を再開しますよ。ええ、あのバカ姉妹に裁きの鉄槌を下してやります」

 

 笑顔でとんでもないことを言う秋太には、めぐりはもう諦めた。

 

「でも、具体的には何をするの?」

「今、画像編集のプログラムを組んでます。従来の編集ソフトではできなかった、あんなことやこんなことが可能になってしまう一品です」

「……秋太くん、それを製品化すれば、簡単にお金稼げるんじゃ」

「めぐり先輩はロマンってものを分かってない。俺は趣味でお金は稼がないんですよ」

 

 めぐりには秋太の仕事と今やっていることの違いがちっとも分からなかった。故に、秋太の言っていることなど全く分からない。

 

「ほどほどにね……」

「了解です」

 

 本日の生徒会室もいつもと変わらない。

 

 ◆

 

 それから放課後になって、秋太は素早く教室を出た。

 雪乃としては、昨日の背中を押してくれたお礼をしたかったのだが、本日は秋太が朝からずっと寝ていて、それでいて起きたらすぐに消えてしまうので、話しかけるタイミングがなかった。

 よし、放課後ならとタイミングを見計らっていたのだが、秋太が荷物をまとめて走り去ってしまったので、何もできなかった。

 

(初めてね、自分から異性を追いかけるのは)

 

 今までは、自分の容姿を目当てか、姉への取り次ぎ目当ての男たちが寄ってきたものだった。少し言葉を交わせば勝手に去っていく存在。自ら追いかけるなど一度もしたことがない。

 

 でも、今日は違った。

 

 少し前から気になっていた存在だった。自分と違い、自分というものをはっきり持っていて、そのために行動している。話してみれば、なるほど納得だと、今までいない異性だった。

 

(自分に自信を持っているところが、姉さんと似てる。だから彼が気になるのかしら?)

 

 雪乃にとって会話をするほどの異性など、そう多くはない。親類を除けば、この学校にすべて集まっていると言っても過言ではない。

 秋太はそのうちの一人で、とても気になる存在だ。別の意味で気になる存在である男は部活にいるのだが、秋太に対する”気になる”とは大きく違っているように感じる。

 

(……部活に行きましょう)

 

 初めて感じる感情に、戸惑いながら、雪乃は教室を出て行った。

 

 ◆

 

「比企谷くん、呼んでくれる?」

「比企谷? うちにそんな奴いたっけ?」

 

 二年F組に走ってやって来た秋太は、ドア近くにいた男子生徒に八幡を呼ぶようにお願いした。だが、おかしなことに、そんな奴はいないという。自分がクラスを勘違いしたのかと、別のクラスに行こうとすると、目的の人物が教室を出てきた。

 

「いるじゃん、比企谷くん」

「はぁ? ヒキタニだろ?」

「…………」

 

 なぜ秋太がここに居るのか分からない八幡は驚きのあまり、黙ってしまった。決して、自分の名前がクラスメイトに知られていないのを、秋太に知られて無言になったわけではない。

 

 男子生徒たちは「あいつ、友達居たんだな」と陰口を叩きながら、離れていった。

 

「悪いな、友達扱いされて」

「別にいいよ。むしろ俺たちは大親友さ」

「……壺なら買わんぞ。俺は人を信用していない」

 

 八幡が今までどんな友人関係を築いてきたのか、なんとなく察する秋太だった。

 

「俺、詐欺師ちゃう。今日は八幡にお願いがあって来たんだ」

「いきなり名前呼びかよ。ビックリして友達だと勘違いしちゃうだろうが」

「とりあえず友人うんぬんは置いておいて、おおっと」

 

 秋太は何かを発見すると、八幡を置いて走り去る。

 新手の苛めかと八幡が帰ろうとすると、「待ちなさい」とすぐに戻ってきた秋太によって捕まった。

 

「なになに? 私、なんで連れてこられたの?」

「由比ヶ浜を捕まえに行ったのか。斬新な苛めかと思ったぞ」

「二人にはYESか、はいの二つの選択肢がある」

「それ一択な」

「はい、由比ヶ浜さん、とりあえずはいと言いなさい」

「はい?」

 

 訳も分からず、結衣は返事をした。

 

「ということで、二人には俺に協力する義務が発生したわけだが」

「いや、由比ヶ浜はそうかもしれないけど、俺は何も言ってませんよね?」

「八幡、男は小さなことを気にしてはいけない義務があるんだ」

 

 勢いに任せた秋太によって、二人は連行された。

 

 

 訳も分からず生徒会室に連れてこられた八幡と結衣。

 

「めぐり先輩、ちょっと世間話しますんで、気にしないでください」

「う、うん」

 

 見知らぬ生徒が急に入ってきて驚いためぐりだったが、秋太の言う通り気にしないことにした。昼休みに行っていた作業の延長だろうとなんとなく理解したからだ。

 

「で、俺たちは何の用で連れてこられたの?」

「由比ヶ浜さんは、携帯を出しなさい。さあ、早く、疾く」

 

 携帯を出せと言われて素直に従う女子高校生がいるだろうか、いやいな――くなく、結衣は、戸惑いながらも差し出した。

 

「お前、将来絶対に悪い男に引っかかるぞ」

「え!? なんで!?」

「携帯は乙女の秘密でいっぱいだ。それを差し出すなんて、悪い男からすればカモだろ」

「ヒッキーまじキモい」

 

 二人のやり取りを聞き流し、秋太は結衣の携帯と自分のパソコンをつなぐ。

 そして目的の物を見つけると、パソコンにコピーし結衣に携帯を返却した。

 

「何したんだ?」

 

 八幡が警戒した目で、秋太を見る。この状況で結衣に不利益なことをするとは思わなかったが、何をしたかくらいは聞いておくべきだと、さり気ない優しさを見せた。

 

「ゆっきーの写真をコピーさせてもらった。これで俺の勝利は確定した。さすが由比ヶ――言いづらいからガハマちゃん。良くやったよ、ゆっきーとの写メを撮っていたね」

「なんか変なあだ名付いたしっ!」

「驚くところはそこじゃねぇよ。つうか秋田って雪ノ下と仲良かったんだな。あ、あだ名で呼ぶとか」

 

 顔を赤らめる八幡に、結衣が頬を膨らませる。

 

「ううん、そんなに良くないよ。あだ名で呼んでるのはゆっきーのお姉さんの名前を絶対に呼びたくないから。二人とも雪ノ下だと被る」

「そんな理由!?」

「むしろ、そんな理由であいつが認めたのがすげぇよ」

「誇りなさいとか言っていたけど、今はどうでも良い。ふふふ、ガハマちゃんはとりあえず帰っていいよ」

「なんか意味も分からず帰されるんですけど!?」

「なら俺も帰っていいですかね?」

「八幡には仕事がある。今から俺が作る画像をあのいけ好かない雪ノ下に見せつけてやるのだ。こう、恥辱を与える感じで」

「話がぶっ飛び過ぎてよく分かんないですけど」

 

 八幡の言葉を無視して、秋太はパソコンを超高速で打ち出した。自分専用にカスタマイズした画像編集ソフトを使い、結衣から奪った写真の加工を始める。

 驚くべきは、手だ。本来、画像編集にはペンタブレットを使うのが普通だが、そんなものでは生ぬるいと言わんばかりに、すべてキーボードで行っていた。それをするためのプログラミングを作るあたり、秋太の本気度が見える。

 八幡と結衣はその異様な光景に絶句し、しばし呆然としていた。

 

「はは、やっぱり驚くよね」

 

 生徒会の仕事をしていためぐりだったが、八幡と結衣が固まったのを見て二人に話しかけた。ちょんちょんと手招きをして、二人を自分の元に呼び寄せる。さりげにお茶を用意するあたりが彼女の素晴らしいところだ。

 

「あ、どうもありがとうございます」

「どうも」

 

 二人はめぐりにお礼の言葉を告げる。

 

「君たちは秋太くんのお友達なのかな?」

「えーっと」

 

 結衣が返答に困る。秋太と会ったのは今日を除けば一度しかなく、その時も自己紹介をした程度だ。少なくとも友達と言える関係を築いてはいない。

 

「違います。まあ、知り合いってところですかね」

「まあ、そうだろうね。そんな感じがしたし」

 

 少し言いづらそうにしていた結衣に代わって、八幡が答えた。

 その答えに納得した様子で、めぐりは小さく笑った。

 

「城廻先輩は」

「え、なんでヒッキー名前知ってんの、まじキモい」

「……城廻生徒会長は」

 

 八幡がそう言って、結衣は顔を真っ赤にしてめぐりに謝罪した。学生の代表であるめぐりは行事の度に人前にでるため、普通の生徒は彼女の名前ぐらい知っているのだが、結衣の乏しい記憶力ではその名前を覚えることを許さなかったようだ。

 

「秋田とどういう関係で? というか秋田は生徒会の一員なんですか?」

「違うよ。秋太くんはあの通りパソコンに強いから、記録とか生徒会関係のネットワークとかで協力してもらっているんだ。私と秋太くんは、友達……かな? だぶんそれが一番ピッタリだと思う」

「へぇー。あ、でも先輩と接点があったことが意外です」

 

 結衣が素直な感想を述べる。普通に考えれば、秋太とめぐりに接点などないからだ。

 

「平塚先生の紹介でね」

「なんなのあの人。ホントどんだけ色んなところに関わってんの?」

 

 自分を奉仕部に引き入れたり、生徒指導をしたり、ホント何でもやってるなと八幡は静の働きぶりに困惑した。

 

「できたぞっー!」

 

 秋太が非常に満足げな表情でガッツポーズを決める。

 結局何をしているのか分からなかった、八幡と結衣は秋太のパソコン画面をのぞき込んだ。

 

「か、かわいい」

「…………」

 

 結衣は素直な感想を、八幡は無言で頬を赤く染め上げた。あまりに集中しているのか、瞬きを一切せずに、画面の中にいる幼女を見つめ続ける。

 

「ヒッキー」

 

 結衣の冷たい声が、八幡に届いた。いつもの「まじキモい」ではなく、ただ名前を呼んだだけ。それなのに、ひたすら謝りたくなる威圧感に八幡は黙って頭を下げた。

 

 画面の中には幼女が居た。幼稚園服を着て、胸のあたりには「ゆきの」と可愛い字で書かれた名札をつけ、ニッコリと笑う幼女だ。

 現在高校生である雪乃をそのまま小さくしたような子で、非常によく似ていた。

 

「ふふふ、これが俺の実力です」

 

 不敵に笑う秋太は気持ち悪かった。

 秋太は結衣から奪った雪乃の写メを元に、データを登録。骨格の分析から始まり、成長曲線の計算まで緻密に仕上げ、幼き頃の雪乃を作り上げた。

 冷たい印象を与えてしまう雪乃であるが、画面の中ではとても可愛らしく笑っている。八幡の赤面がなかなか戻らないのが良い証拠である。

 

「ちなみにこんなのもあります」

 

 ぽちっとキーを押すと、魔法少女のコスプレをした雪乃が現れた。こちらは高校生版である。

 

「ぐはっ」

 

 八幡が多大なるダメージを負い、膝をつく。普段の雪乃では想像できないような可愛らしい笑顔を浮かべ、魔法ステッキを持ちながら、キラキラしているのだ。アニメプ○キュアを愛する八幡からすれば、もう天使が降臨したようにしか見えない。

 

「ゆきのん、超可愛い!」

 

 純粋な結衣はただただ雪乃の可愛さにやられていた。汚れている八幡とそうでない結衣の決定的な差がここにはあった。

 

「……秋田、お前、とんでもない奴だな」

「言っておくが、俺の実力はこんなものではない。変顔のゆっきーとかもできちゃうぞ」

「……すげぇ見たい」

「だろ?」

 

 秋太が可能性を提示すると、八幡の関心が膨れ上がった。普段、睨むか嘲笑するか、侮蔑の表情くらいしかない雪乃の表情が自由自在。年齢設定も自由自在。秋太という神に八幡は屈服することを選んだ。

 

「とりあえず、これをゆっきーに見せつけてきて。態度次第ではデータを消すことを約束しようとだけ言っておいて」

 

 八幡のアドレスに、秋太は画像を送り付ける。

 

「了解だ」

「ちなみに八幡の携帯に送ったそれは、五分経ったら勝手に消えるから」

「なにその凄い技術!?」

「キモい」

「由比ヶ浜さん、もう少しだけ感情を込めていただけませんか? 真顔でそんなこと言われちゃうと、八幡くん、現実世界から Run awayしちゃうよ」

「キモ」

 

 結衣の一言に八幡は再度膝をついた。八幡は結衣の侮蔑の視線に晒されながら、生徒会室を出て行った。

 

 二人が出て行ったあと、どんな画像なのか気になっていためぐりがパソコンをのぞき込んだ。

 

「わぁ~ホント、可愛いね。雪ノ下さんって綺麗ってイメージだけど、これは本当に可愛い」

「めぐり先輩もやります?」

「いやいやいやっ! ちょっとこれは恥ずかしいかな」

 

 照れるめぐりだったが、少し興味がありそうだった。

 それからしばらくめぐりと話していたのだが、タッタッタと駆けてくる足音が聞こえてすぐ、生徒会室のドアが勢いよく開いた。

 

「秋田くん、裁判の日付のことなのだけど?」

「俺の名誉毀損の件ですか?」

「私の名誉毀損の件よ」

 

 にらみ合う二人。多少疲れているのか、現れた人物は肩で息をしていた。

 

「あ、雪ノ下さん」

「こんにちは、城廻先輩。ただ今は用があるので、その男を貸してもらえないでしょうか?」

「あはは、今回は秋太くんの悪ノリが過ぎるみたいだしね」

「……城廻先輩、画像を見ましたか?」

「あはは……ごめんね」

 

 可愛く謝るめぐりに雪乃はそれ以上何も言えなかった。

 ぶつけようのない怒りは、こいつに向ければいいと秋太を睨みつける。

 

「データの消去を行えば、見逃してあげるけど?」

「ほほう、ネット社会の恐ろしさを知らないな? 学校のサイトに流せば、今までの雪ノ下雪乃のイメージがすべて吹き飛ぶぞ。コスプレイヤーとしてデビューしたいと?」

「……ぐっ、それは明確な脅し行為よ」

「脅しとは人類が最初にとった交渉手段だって、姉乃さんが言ってた」

 

 全く言っていないのだが、雪乃もめぐりも、陽乃ならありえると否定する気が全く起こらなかった。

 

「こ、交渉をしましょう」

「聞きましょう」

「姉さんの写真を渡すから、私の写真は消してくれないかしら?」

「ほほう、姉を売ると」

「むしろ喜んで売るわ」

 

 そもそも二人は陽乃に対抗することに関しては、すでに結託しており、これは交渉とも呼べないものだ。だが、めぐりは「これが心理戦」となぜかドラマのワンシーンを見ているかのように、固唾をのんで見守っている。心理もくそもないのだが。

 

「それと、冗談とはいえ、貴方を貶めたことは謝罪するわ。ごめんなさい」

「こっちもやり過ぎた。ごめんね。あと、八幡の携帯の画像はもう消えているころだから心配しないで。コピーとかもできないから」

「それを聞いて安心したわ。どうやって比企谷くんの携帯を壊そうか考えていたもの」

 

 本当に安心したのは八幡であることだろう。

 

「それで明日で良いかしら? 微力ながら、私も協力できると思うわ」

「あの世界は私を中心に回ってるとか勘違いしてそうなバカ女に目にもの見せてやる」

「ええ、全力を以て行いましょう」

 

 一部始終を見ていためぐりはこう語る。

 

「陽さん……強く生きてください」

 

 その後、陽乃が携帯に送り付けられた画像を見て、叫んだのは言うまでもない。

 

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