人の名前を間違う雪ノ下はまちがっている   作:生物産業

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7話 あのダンベル……良い!

 ――明日は予定があるかしら?

 

 秋太のスマホにそんなメールが送られてきた。差出人は雪乃。

 陽乃に対する共闘の一件で、二人が連絡先を交換したのは少し前の話。

 それからちょくちょく連絡を取っているのだが、雪乃から暇かどうかを聞かれたのは、これが初めてのことだった。

 雪乃は自他共に認める美人だ。そんな女性から予定を聞かれるのだから、男として気持ちが高揚するのは仕方がない。当然、秋太もテンションを上げている……はずである。それはメールの返信にも見て取れる。

 

 ――睡眠で忙しい。

 

 気持ちが高ぶりすぎてしまった結果の返信だ。

 

 ――セクハラの訴訟の相談があるのだけど。

 ――それに関してはお互いに納得したはず。

 ――何を言っているのかしら? 私が言っているのは、貴方が私を叱りつけたときの話よ。写真のこととは別問題だわ。

 ――はい、わかりました。暇です、ちょー暇です。だからこれでチャラにしてね。

 ――それなら、明日私に付きあってくれないかしら? 考えておくわ。

 

 デートのお誘いですかと返信したら、そのまま返ってくることはなかった。

 

 翌朝、秋太が目を覚ますと集合場所と時間がメールで送られていた。

 いそいそと身支度を整え、集合場所に秋太は向かった。指定された時間の5分前のことである。

 

 ◆

 

「遅いわ」

「俺に罪はない。返信のタイミングを間違えたゆっきーが悪い」

「あ、貴方が変なメールを返すから……」

 

 耳を赤くする雪乃。

 

「お前は中学生か。もっと大人な対応を身に付けた方がいい。将来、チャラ男に絡まれるよ?」

「現在進行形で絡まれている場合はどうすれば良いのかしら?」

「これは手厳しい」

 

 雪乃の雰囲気は普段のそれと大きく違っていた。白を基調とした可愛い目のワンピース。その上から薄い青色のカーディガンを羽織っている。足元はヒール付きのサンダルで、シンプルな装いだ。休日用なのか、髪型は少し高めのツインテールだ。

 

「なんか、今日のゆっきーはふわって感じだね」

「擬音語で伝えるのは止めてくれないかしら。由比ヶ浜さんみたいよ」

「あんなに酷くはない。失礼な」

「そうかしら?」

 

 くすくすと笑う雪乃はとても魅力のある女の子だった。周りで雪乃に声をかけようと狙っていた男たちが「ほわぁ~」と骨抜きにされている。

 

「でも意外ね。貴方もまともな格好ができたのね」

「本当に失礼。身なりくらいは整えるのはマナーの問題だから」

 

 オシャレな青のシャツの上に、黒のジャケット。全体的に清潔感のある服装だが、首元から見えるリングだけは、少し気取っている感じを与える。ただ雪乃個人の感想としては自分よりも頭一つは大きい秋太にはよく似合っていると思えた。

 

「普段が子供っぽいからもっと、あれな感じかとも思ったけど」

「素直に褒める優しさはないの? これならもっとダボダボで不清潔な感じで来ればよかった」

「それは止めて……まぁ、格好良いんじゃないかしら。服は」

「そんな倒置法いらないから。服なんて「あれはないわー」とか言われるレベルじゃなければなんでもいいと思う。格好悪くないことが大切」

「それもそうね」

 

 雪乃はそう納得して、てくてくと歩き出す。まだ何をするのか、目的すら告げられていない秋太は、そんな彼女に呆れながら、隣を歩いた。

 

「今日は、由比ヶ浜さんの誕生日プレゼントを買いに来たのよ。6月18日が誕生日だって言っていたから」

「それでなぜ俺が召喚されるんですか?」

「自慢ではないけれど、私は普通の高校生とは離れた価値基準を持っているの。だからアドバイスをと思って」

「人選ミスでしょ。俺も普通とは違うと自覚してるんだけど」

「……確かに」

「そこは否定するところ。まあ、ここなら人も多いし参考にしたら良いんじゃない? もしくは服じゃないものを贈るとか」

 

 二人がいるのは県内でも屈指のショッピングモール。休日であれば、若い男女であふれている。当然、秋太と雪乃もその内の一人なのだが、一般的な高校生と離れた価値観を持っている二人では周りが少しおかしく見えた。

 

「とりあえず、品物を見て回りましょう」

「ほーい。あ、そう言えば、八幡は誘わなかったの?」

「一応、声を掛けようとは思ったのだけど、彼の連絡先を知らなかったのよ」

「部員の連絡先を管理してない部長……ね~?」

「最近は、色々あったから」

「ガハマちゃんの連絡先は知ってるんでしょ? 八幡ちょー可哀想。一人だけ省かれて」

「こ、今度聞いておくわっ」

 

 秋太の非難の目に耐えられなくなった雪乃はスタスタと店内に入っていった。「たぶん、八幡はその時でも罵られるんだろうな」と可哀想な未来予測をする秋太だった。

 

 二人は開始早々に服を買うことを諦めた。通行人を見ても、これというのが無く、皆同じように見えてしまった。一部、なぜその服を選んだのかと問い詰めたくなる輩も発見したが、個性の一つだと割り切り、視界から消した。

 服はハードルが高いと開始10分で分かってしまったため、結衣をイメージして、ファンシーショップにやって来た。可愛いものが列をなす姿は壮観で、秋太はかなり気後れした。

 雪乃は、パンダのパンさんに異様なまでの興味を示したが、秋太の手前、自分の個人的趣味は封印し、ちらちら見るだけで済ませた。

 

「欲しいなら買えば?」

「べ、別に欲しくなんてないわっ」

「なんで慌てるのさ。女の子がああいうのに、興味を示すのは普通でしょ? 「あのダンベル……良い!」とか言わない限りは、別に気にしないよ」

「貴方の中の私は一体どんな女の子なのかしら?」

 

 笑っている。これ以上なく笑っている。でも、目だけは笑っていない。うわぁ~と秋太が引くほどの魅力的な笑みを浮かべた雪乃。それを遠巻きで見ていたカップル集団はそそくさとその店を後にする。

 これ以上、ここに居ては、店の不利益になってしまうため、秋太は雪乃を連れて退散した。

 

「誕生日プレゼントを選ぶことがこんなに大変だとは思わなかったわ」

 

 ベンチでふぅーと息をつく雪乃の表情には疲労の色が見て取れる。

 

「ほい」

 

 秋太は近くの自販機で買ってきた水を雪乃に渡した。雪乃はお金を払うと言ったのだが、ただの水だからと雪乃の申し出を断った。

 

「やはりここは八幡愛飲のMAXコーヒーを選ぶべきだったか? 逃げの一手で水をチョイスした自分が情けない」

「どこに後悔をしているのかしら?」

「いや、コーヒーを飲んだゆっきーがその甘さに噴出したところを激写。それをガハマちゃんの誕生日プレゼントになるように編集して渡そうかと」

「変なところに才能を使うのは止めなさい。それに私は吐き出したりしないもの」

「いや、出さなかったら出さなかったで、横腹辺りを突いて、強制的に出させようかと」

「それは完全なセクハラよ」

「俺とゆっきーの仲じゃん?」

「どういう仲なの?」

 

 改めて考えてみると、雪乃は秋太と自分がどういう関係なのかが分からなかった。クラスメイトと言えばそうであるが、他のクラスメイトとは明らかに違うというのは雪乃にも分かる。結衣との距離感は友人と言って問題ないものだが、隣に座る男はどうだろうか? 雪乃は明確な答えが出なかった。

 

「友達?」

「そうなの……かしら?」

「いや、首を傾げられると困るけど。休日に買い物を一緒にするくらいだし、友達と言ってもいいと思う。定義があいまいだから分からないけど」

「そ、そうかもしれないわね……友達」

 

 友達と言われたことに素直に雪乃は嬉しい思いがあった。ただ、微妙な違和感も感じている。それが彼女には何なのかが分からなかったが、特に気にするようなことではないと頭の片隅に追いやった。

 

「そう言えば、貴方も由比ヶ浜さんへの誕生日プレゼントを用意するのね。あまり接点がないから、気にしないと思っていたのだけど」

「一応、この前は協力してもらったしね。そのお礼」

「何を贈る気なのかしら?」

「俺の持てる技術のすべてを総動員した八幡画像集」

「……それは何の嫌がらせかしら?」

「……ゆっきーって鈍いって言われない?」

「……鈍いって言われるほどの友人関係をこれまで築いてこなかったから、言われたことがないわね」

「……なんか、ごめん」

「止めて、なんだか比企谷君みたいで悲しくなるから」

 

 雪乃は自爆し、落ち込んだ。完璧そうに見える隣の少女が、実はかなりのポンコツなのだと、改めて確認すると、秋太はくすくすと笑った。

 

「あれ、雪乃ちゃん?」

 

 とんでもない美人が二人の前で足を止めた。一見すると腕や肩の露出度が高く、白い柔肌を惜しげもなく晒しているが、決して下品というわけではない。

 総じて、凄い綺麗な人という感想だが、秋太の眼は彼女の白さに反比例して闇に染まっていく。

 

 友人たちとこの場を訪れていたようで、彼女の後ろに男女が数人見える。「先に行ってて」と友人たちを送り出し、二人のもとに近づいてきた。

 

「……ね、姉さん」

 

 姉の登場に、どこか顔をしかめる雪乃。それを見て、「ひどーい」と甘えるような声を上げて、雪乃の元までやって来た。

 

「ん? あれ、もしかしてデート? やだ、雪乃ちゃん、このこの~……って、秋太じゃない!?」

「気づくの遅い。ということで帰れ」

「この生意気な態度、やっぱり秋太ね。幻覚かと思ったわ」

「ゆっきー帰れコールを」

「え? えぇ?」

 

 秋太と姉の陽乃が知り合いなのは二人から聞いて、雪乃は知っている。

 ただ二人の正確な仲を理解していなかった雪乃は困惑した。

 

「初対面らしく、自己紹介しようか? 私は雪乃ちゃんの姉の陽乃です♪ どうぞよろしく~」

 

 からかう気満々といった感じで、陽乃は秋太に絡みだした。その際、雪乃とは違う豊満な胸を秋太に押し付ける。純情な男子ならこれで骨抜きだ。

 

「佐藤一郎です。初めまして。そして永遠にさようなら」

 

 陽乃のはるのさんに特に反応することもなく、平気でうそをつき、端的に自分の心の内を告げた。

 

「酷いな~。普通、偽名とか使う? あ、もしかしてデートだから? 二人とも付き合っていたの?」

 

 弄るぞーというのが陽乃の顔には全面に出ていた。

 それに対し、秋太は笑顔でカウンターを放つ。

 

「今日が初デートなんですよ。でも、どこかの誰かさんの所為で邪魔されているんです。姉乃さん、どうにかしてくれませんか? これでは初デートが台無しです」

 

 おどけながら秋太はそう言った。雪乃は待ってと動きそうになったが、秋太が視線で止める。

 

「ふーん、そう来るか。やっぱり秋太は面白いね」

「よく言われます。クラスではアイドルです」

「ぷはっ。あははは! 秋太、それ冗談にしては笑えないから」

「うっせ! さっさと帰れ。邪魔」

 

 手をお腹にあてながら、くくくと笑う陽乃。こんな姉を見るのは初めてなのか、雪乃は困惑気味だ。

 

「ひぃー、ひぃー」

「気持ち悪いわ。笑い過ぎだ」

「だって秋太がアイドルとか……ぷぷ」

「これは殴っても許されるんじゃないだろうか?」

「別に構わないけど、私やられたら倍返しじゃきかないから」

「ちっ」

 

 秋太は露骨に舌打ちをし、さっさと帰るように陽乃を手で払った。

 

「全く、こんな綺麗なお姉さんに向かって、邪魔だから帰れとか失礼しちゃうわ」

「そんな酷いことを誰が言ったんでしょうね」

「ここのこいつ」

 

 ぐにっと秋太の頬を引っ張る陽乃。

 

「ちょっと生意気だけど、雪乃ちゃんにはピッタリかもね。じゃ、私は二人の恋路を邪魔しちゃう悪者だから、退散するね」

 

 よっと飛ぶようにして、ベンチから立ちあがると、陽乃は手をひらひらさせて立ち去ろうとする。

 

「あ、そうだ。秋太?」

「何ですか?」

「雪乃ちゃんを泣かせたら、許さないぞ。あともう少しちゃんと偽名を考えなさい。安易すぎ」

「全国の佐藤一郎さんに謝れ」

 

 じゃーねとウインクしてから、陽乃は去っていった。

 

「台風みたいな人だ」

「あ、秋田君?」

「どうしたの?」

 

 顔を真っ赤にした雪乃が震えながら声を絞り出す。

 

「ね、姉さんとの会話で、つ、付き合って――」

「とは言ってない。デートって言っただけ」

「ね、姉さんに誤解を」

「大丈夫、気づいていたよ。だから、ゆっきーが揶揄われるだけ」

「……それを大丈夫とは言わないわよ」

「俺に被害はないし」

 

 知らんぷりを決め込む秋太に雪乃がぐっと睨みつける。それも少しの間のことで、すぐに肩の力を抜いた。

 

「外であんな姉さんを見るのは久しぶりね」

「俺の知る姉乃さんはいつもあんなのだけど?」

「姉さんは雪ノ下陽乃であることを求められているから。あまり自分を表に出さないの」

「いやいや、あの底意地の悪さは完全に素だから」

「だからよ。いつも楽しそうにしているだけの姉さんが、さっきは本当に楽しんでた」

「違いが、よく分からないけど、さすがは姉妹ってところなのかな?」

「付き合いが長ければ、分かることよ。だからたぶん貴方もそのうち分かるようになるわ」

「嫌な断定なんですけど。さっき断交したはずなのに」

「姉さんはしつこいから」

 

 そう言った雪乃は自然に笑った。飾ることなく、本当に自然な笑顔だ。

 

「あー分かる。雪ノ下の人間だもんね」

「……私の顔を見て納得したのはなぜかしら?」

 

 笑ったままなのに強烈なプレッシャー。あ、これ見たことある奴だと秋太は、陽乃を思い出しながら無言で頭を下げた。

 

 ◆

 

 陽乃と遭遇してから1時間ほどして、二人はモール内にある飲食店に入った。

 

「ガハマちゃんへの誕生日プレゼントにエプロンを選ぶあたり、ゆっきーの鬼っぷりがうかがえる。あの子、絶対に料理とかできない感じでしょ」

「失礼なこと言わないでちょうだい。由比ヶ浜さん、料理に興味を持つようになったみたいだから」

「そして、八幡が病院行きか。八幡を2度も病院送りにするなんて、ゆっきーは鬼」

「貴方の由比ヶ浜さんへの評価の方が鬼じゃないかしら。まあ、否定はしないけど」

 

 どっちもどっちだった。結衣が聞いていれば、確実に涙を流すことになっただろう。

 

「はい」

 

 注文した軽食を口に運んでいた秋太の手が止まる。なにげなく雪乃から差し出されたのはラッピングされた箱だった。

 

「……ちょっと、早いというか。あ、気持ちは嬉しいんだけど、まだお互いに分からないことがたくさんあるから」

「……何を勘違いしているのかしら? この大きさで、貴方の勘違いするようなものではないことは分かるでしょう? それにあれは男性が女性に贈るものよ。そんなことも知らないのかしら? 非常識ね。そもそも――」

「あーはいはい、悪うございました。冗談に乗ってくれる優しさって必要だと思う」

 

 そんな言葉に、雪乃はぷいっと顔を背ける。

 

「開けていい?」

「どうぞ」

 

 綺麗にラッピングを外し、箱を開けるとケースが中に入っていた。なんて斬新な嫌がらせと秋太が思ったのだが、ケースの中に黒縁の眼鏡が入っているのが分かると、おぉ~と声を上げる。

 

「それは今日付き合ってくれたことのお礼よ。パソコンをよくやる貴方だからそれが良いと思ったの」

 

 雪乃が用意したのはブルーライトをカットするパソコン用の眼鏡だった。

 

「ありがとう。普通に嬉しい」

「そう素直に喜ばれると、照れるのだけど」

 

 雪乃が恥ずかしそうに、視線を下に向けていく。秋太の顔が見れないのだ。

 

「大事に使わせてもらうよ」

「ええ」

 

 雪乃はその言葉を聞いて、小さく笑った。人に何かを贈るということがこれまでなかったため、喜んでもらえてホッとしている。

 

「さて、それなら行きますか?」

「どこへ? 何か買い忘れたものが?」

 

 きょとんとする雪乃。良いからと雪乃の手を引き、彼女が持っていた荷物も強引に持った秋太。

 レジで会計を済ますと、足早にモール内を進んでいく。

 

(男の人に手を引かれるなんて、父さん以外では初めてかしら?)

 

 払えば簡単に外せそうな力で握られた手。女子の手を握っているのに、特に何の反応も示さない秋太に少しだけ不満が募る雪乃。ただ、彼の手を離そうとは思わなかった。

 

「着いた」

 

 着いた場所は先ほどのゲームセンター。秋太の目的の物はここにある。

 

「なぜここに来たのかしら?」

「それはお楽しみ」

 

 秋太はチラチラと周囲を探る。「有った」と見つけると、雪乃を連れて真っすぐに進んだ。

 

「……これは?」

「UFOキャッチャー。知らない?」

「知ってはいるけれど、やった事はないわね。それで、問題はそこではないの。なぜ、私がここに連れてこられたかを聞いているのよ」

「さっき、パンさんグッズを食い入るように見てたじゃん」

「見てないわ」

 

 雪乃は視線を思いっきり秋太から逸らす。ただ横目でボックス内の可愛らしい人形に目を向けてはいるが。

 

「ゆっきーがパンさんを好きなのは分かった。あの店で買っても良かったんだけど、店で買えるものならすでに持っている可能性が高い。ゆっきー、拘りがありそうだから」

「全く、以て、ご、誤解なのだけど、私は一度始めたら、完結させる主義なの。だから決して人形を集める趣味があるというわけでは――」

「だから、変なところで捻くれるなって。八幡って呼ぶぞ」

「それは人を人とも思わない暴力行為よ。苛めだわ」

「お前が苛めだわ。八幡じゃなかったら、絶対にキレられてるからね? 八幡に対する優しさをもう少し持ちましょう」

「……考えておくわ」

 

 自分でも酷いことを言っている自覚はあるらしい。雪乃は少し思いつめた表情をする。

 

「まあ、八幡もあれで楽しんでいるっぽいから、もう少し柔らかめな感じで罵ってあげれば良いんじゃないかな」

「なぜ私が比企谷くんを罵らなければならないのかしら? 私は常に彼を更生させるための助言を与えているの」

「ごめんね。俺の認識では助言と暴言はイコールではないんだ。不出来な俺を許してほしい」

「…………」

「なんで悔しそうな顔をするのさ?」

 

 面倒な子、秋太は雪乃のことを本気でそう思った。

 

「まあ、良いや。とりあえず、この中で持ってないものを選んでほしい。ゲームセンターでしか取れないものもあるはずだから」

「なぜ?」

「それは、俺が君にプレゼントするからさ」

「そうされる理由がないわ。さっきのことを気にしているなら――」

 

 凸ピンを雪乃の額にかます。咄嗟のことに避けることができなかった雪乃は額を少しだけ赤くした。

 

「今日はデート。女の子からプレゼントを貰ったのに、こちらは何もしないなんて、男の沽券に関わるでしょ? 男は見栄を張る生き物だから、俺に見栄を張らせてほしい」

「……そんな言われ方で物を貰うのは初めてね。いつも、付き合ってくださいとかそんな感じだったから」

「さり気に自慢入りましたー」

 

 茶化した秋太に対し、少しだけ強く手の甲を雪乃は抓った。

 

「今日はデートなのでしょ? なら相手役が他の男の話を出したのだから、それを窘めるのが貴方の役目ではなくて?」

「ムッキーとかすれば良い?」

「貴方に普通を求めた私がバカだったわ」

「そうゆっきーはバカ。ついでに言うとかなり面倒くさい」

「貴方も言葉には気を付けなさい。私以外の女性なら泣いているところよ」

「ゆっきーが泣いたら本気で改めるよ」

「あら、では本気で泣いて見せようかしら?」

 

 なぜか勝ち誇った表情をする雪乃だったが、秋太が「さあ、どうぞ」と満面の笑みを浮かべると旗色が悪くなる。一度恥ずかしくなれば、もう取り返しはつかない。

 

「では、どれを取ってもらおうかしら?」

「清々しいほど話をそらしたね」

「黙りなさい――あれが良いわ。あのエクスカリバーを持ったパンさん」

「なんで剣の名前がそんな具体的なの? というかなんで剣を持ってるの?」

「だって書いてあるもの」

 

 雪乃がゲーム機の下の部分を指さすと、そこにはパンさんの種類と説明が書かれていた。

 

 ――魔王討伐のため、聖剣エクスカリバーを携えた勇者パンさん。ディスティニーの最新作です。

 

「それ、パンさんのちゃう。パンさんはどっちかといえば魔王側」

 

 東京ディスティニーランドの【パンダのパンさん】は、きらりと光る牙を持ち、リアルなら恐ろしくてしょうがないほどの凶悪な目と爪を持つ、人気キャラクター。

 爪が長すぎて、剣が持てないだろというツッコミがあるが、それはご都合主義の名の下に、剣を持つ側の爪が切りそろえられていた。偽物だろと秋太が思うのも無理はない。

 

「貴方、パンさんのことが何もわかっていないようね? 良い?」

 

 話が長くなる予感がしたため、秋太は百円玉を機械に投入した。

 

「3回かな」

 

 無駄にハイスペックな頭脳を使って空間把握。キャッチャーのアームで直接持ち上げることは不可能と判断し、押し出す作戦。角度を計算し、パンさんの転がるルートを確定。三回やればいけると判断した。

 

 雪乃はじっとボックス内を見つめる。一回目で秋太が取り損ねたときは、何をやっているのかと非難の眼を向けた。雪乃はクレーンゲームというものを知らないため、掴もうとしなかった秋太の操作に、不満を持ったのだ。

 そんな雪乃に苦笑しながら、2枚、3枚とコインを入れる。程よくバランスを崩されたパンさんは、ぐらりと揺れるとそのまま転がっていき、綺麗に穴の中に落ちた。

 

「ほい」

 

 ボックスから取り出すと、秋太はそれを雪乃に渡す。雪乃は一瞬ためらったが、「あ、ありがとう」と言って、嬉しそうにパンさんを抱きかかえた。

 

「へぇー」

「あ、あまり不躾に見るものではないわ――似合わないかしら?」

「いや、似合ってるよ。ゆっきーのイメージとピッタリ」

「そ、そうかしら? 周りからは冷たいとか、気取っている感じがあるって言われるのだけど」

「そんなことはないさ。俺の知るゆっきーは負けず嫌いのポンコツ。クールって言葉が全く想像のつかないお子様な感じだけど?」

「…………む」

 

 喜びたいのに喜べない。雪乃は今まさにそれだ。小さい頃から、陽乃に比べて社交性や感受性がないとよく言われてきた。面と向かってはなかったが、周囲がそう囁いていたのは知っているのだ。

 そんなことはない。その言葉は単純に嬉しかったが、余計な付属物がいけない。それさえなければと思えて仕方がなかった。だから、黙るしかない。

 

「ま、大切にしてくださいな。初デート記念」

 

 秋太が無邪気に笑う。

 雪乃の頬は朱く染まったが、人形に顔をうずめるようにして、小さく頷いた。

 

(今日は私、変だわ……)

 

 調子を狂わす原因を、雪乃はパンさんで顔を隠しながら睨みつけた。

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