謎の通り魔ピカチュウを退けた、その翌日。
魔の二段スイッチ地獄を突破した。運ゲーは運ゲー。いつかは攻略できるもんだ。
で、奥の部屋でついにマチスと御対面。巨大モニターでジム内の様子は筒抜けだったらしく、会うなり「ベイビー、ゴミ漁りは楽しかったデスカ? HAHAHA!」と大笑いされた。よし、殺……倒す。
倒すのが目的じゃなかったんだけど、ムカついたから。こんなにも人間に対して「どくばり」をぶっ刺したくなったのは初めてだ。
ひとまずバトルフィールドへと移動する。ポケモン単体でのチャレンジャーなど珍しい、と俺に興味深々な元軍人。いや珍しいってか、まずいないと思うんだけど。んな事より、前を歩くマチスの尻に自慢の毒針を突き立ててやりたくてしょうがない。ケツの穴増やしてあげたいです。
廊下をちょこっと歩き、バトルフィールドに到着。フィールドの両端に互いが陣取ると、審判役の兄さんが現れる。俺の方を落ち着かない様子でチラ見しているが、まあ当然の反応だよね。トレーナーがいないのだから。
フィールド中央に立った審判が、バトル開始の宣言をする。
「これより、ジムリーダーのマチス対、チャレンジャーの…。あ~、ニドラン(♂)のジム戦を開始します!」
律儀だなおい。ニドランでいいよ。いちいち(♂)とか言ってたらテンポ悪いよ?
というか、しっかりチャレンジャー扱いなのね俺。いいのかこれ。別にバッジは欲しくないんだけどさ。
「戦場を共に駆け抜けたエレクトリックポケモン、見せてやりマース!」
こっちはこっちでベタベタな喋り方だな、マチス。いい具合にイライラさせてくれる。
でもいきなり ライチュウ 出してくるとかね! こいつ、たぶんだけどマチスのエースだろ? 最初はビリリダマとかその辺じゃねえのかよ?!
あ? 挑戦者が手持ち一体だから、初っ端全力でお相手します? そーですかそーですよね。手持ち一体ってか単騎掛けというか。俺自身がポケモンだからややこしいな。
で、バトルしたんだが。うん、そりゃあ強かった。
今回はかなーり頑張ったんだがなぁ。ライチュウそのものが強大な敵である事に加え、ジムリーダーというトレーナーがその後押しをしている。言い訳かもだけど、二対一みたいなもんだ。健闘した俺を褒めろ称えろ。
バトル開始直後、搦め手の応酬。俺は「どくびし」相手は「でんじは」。
麻痺状態がどんな感じかってったら、説明に困る。電気のせいで動悸が激しくなる、とかじゃないな。とにかく動きにくいんだよ。時たま体の感覚がなくなるというか。
動きが鈍くなったところに、容赦なく「10まんボルト」が飛んでくる。避けようがなかったので受けざるをえないんだが、これがまたなぁ。
痛い。
いっっっっったい!! くそいてぇぇぇ!!
先日のピカチュウなぞ比べ物にならん。あまりの威力に身動きできない、立ってられないと一発で大ピンチである。これ程までとはね。
早速グロッキーだ。相手も毒状態になってるので長期戦に縺れ込めば何とか、なーんて考えてたよ。甘かった。技のコツを掴むとか言ってられないぞこいつは。
ダメージから立ち直る時間が欲しい。とくれば、コレだ。
相手の目を見て、熱い魂の叫びを迸らせる。
「ライチュウゥゥゥラァブリィィィ! ピカチュウなんか目じゃねぇぜ! すばらし! うつくし!」
「おだてる」。特攻をブーストさせるので、下手すりゃ自分の首を絞めかねないが。
成功したのか、目をパチクリさせて怯むライチュウ。心無しか赤面しているような。え、なにその反応。
そして、わけも分らず自分を攻撃しはじめた。尻尾で頬をビンタしまくってる。すげえな、どうなってんだ混乱状態。
マチスが叫ぶ。「NOOOOライチュウ!!」。 ノーってあんた。
この機を逃す手は無い。「きあいだめ」をしてから「あなをほる」。地面に潜る瞬間、ライチュウが正気に戻るのを確認。だから立ち直るの早すぎだって。
地中を掘り進んで相手の真下に。そのまま飛び出して攻撃するが、
「ジャンプだ!」
マチスゥゥゥ! 良い指示するじゃねえかこの野郎! 麻痺状態じゃなかったら当たってたかもしれんのに。いや「きあいだめ」が余計だったか?
地面から飛び出した俺の、さらに上を取るライチュウ。「アイアンテール」が襲ってくる。
体をぐねって避けたが、落下と同時に地面に押さえつけられ、マウントポジションを取られる。
ヤバい。くそが、どけやこのデカネズミ! 重いんだよお前。
……。あ。ライチュウ、怒った。
もしかして地雷踏んじゃった?
マチスが「10まんボルト」の指示を飛ばす。いかんいかん、このライチュウ目が据わってやがる。このままだと、バトルにかこつけて殺されるかもしれん。
ぐおお南無三! 「ねんりき」発動。
痛い、頭いったい! 浮け浮け浮けデカネズミ浮けぇぇぇッ。
「オー! ニドランがエスパー技使ったネ?!」
笑い顔で驚くマチス目掛け、ライチュウを吹っ飛ばす。吐き気と痛みと麻痺で震える体を鞭打ち、追撃の「どくづき」を敢行。が、尻尾を盾にしろ、というマチスの機転で胴体直撃には至らず。
ライチュウに「でんこうせっか」が言い渡され、咄嗟に身構えたが、これは悪手だった。「でんこうせっか」は近接攻撃ではなく、距離を取るのが狙いだったのだ。後方へ一足飛びされる。やべ、こちとら麻痺状態なのに、遠距離戦は絶望的すぎる。
相手の顔色が悪くなってきたので、毒がようやく影響を与えてきたみたいだ。とはいえ今更感は拭えない。相棒の様子に眉を顰めたマチスが、素早く指示を出す。
遠距離技で確実に仕留める気なのか、トドメの「10まんボルト」が襲ってくる。直撃したらお終いなので回避せにゃならんのだが、麻痺のせいで瞬発力が落ちている。こなくそ、もうヤケだ。
「ねんりき」で軌道を逸らす。
気持ち悪さで盛大に吐いた。
やはり完全には上手くいかない。かすった。それだけでも大ダメージだが、戦闘不能にならなかっただけ御の字だ。ふらつきながらも突撃。
もう、一発分しか技を出す体力がない。まあ、ダメージの半分程は「ねんりき」による自爆だが。
ゲロを吐きながら走ってくる俺に、ライチュウはドン引きしているようだ。その隙に渾身の「どくづき」を叩きこめれば、もう一泡吹かせられるかも。これが鼬の最後っ屁となるか?
「ゴー、ライチュウ! かみなりパンチ!」
マチスからの、非情な迎撃命令。
すっげえ嫌そうな顔のライチュウ。「えー…」てな面しとる。また「ねんりき」で妨害されるのを警戒しての接触技なのだろうが、ここで「かわせ!」と言わない辺りに、ジムリーダーとしての矜持を感じる。
走るのをやめたら立てなくなる俺も止まれない。どことなく申し訳ない気持ちになりながらも、激突。技と技の正面衝突だが…。
満身創痍な俺と、毒状態だがまだ余裕のある相手。さてどちらに軍配が上がるか、火を見るより明らかだろう。
結果。俺はぶっ飛ばされ、バトルフィールドの壁に叩き付けられた。
まだまだ、ジムリーダーの壁は厚い。久しぶりの敗北だったな。
バトルが終わり、マチスが俺に「かいふくのくすり」を使ってくれた。うーむ、既視感。
「ユーはストロング! いい勝負でしたね。びりびり痺れるバトル、素晴らしいです! ベイビーなどと言ったお詫び、させてくだサーイ!」
で、やたらとマチスに気に入られた。前足を握られてぶんぶん上下に振られる。ちょ、やめて。まだ頭痛くて気持ち悪いのよ揺らさんどいて。
ライチュウさんにも健闘を称えられたが、その間にもマチスのぶっとい腕で背中を叩かれる。だからやめろって。吐くぞ。ぶちまけちまうぞ。
上機嫌に語るマチス。ここ数か月、歯ごたえのある挑戦者はいなかったので、暫くぶりの緊張感あるバトルに感謝している、と。だったら、あの面倒なジムのギミックをどうにかしやがれ。運ゲーに勝てずに諦めたトレーナーだっているんだぞ?
にしても、そこそこ勝負にはなってたのね。そいつは良かった。俺としても、今日の敗北は明日以降の糧として大事にさせていただきたい。
豪快に笑うマチスとは対照的に、ライチュウは膨れっ面だ。この個体、どうもメスだったらしい。デカネズミだの重いだの言われて傷ついた、と責められた。
ゲームでは、基本的にトレーナーの性別と同じに設定されてるからなぁ。知らぬとは言え、悪い事したみたいだ。ちゃんと謝っておく。
さて、バトルは終わった。勝てはしなかったが、ちゃんとした勝負にはなっていたので上出来だろう。ここから本題に入らなければ。
マチスに本来の目的を伝えようと思ったが、俺は人の言葉を喋れない。なので、まずはライチュウさんを頼ろう。と思って近づいたら、口を「へ」の字に曲げて一歩距離をとられた。なんで。
何の用か知らないが、まず顔を洗うのが先だって?
ですね。ゲロまみれだったのを忘れてた。
「どくびし」撒いた後に「あなをほる」でずっと地面に潜る、という作戦があったのですが、あまりにもあんまりなので不採用としました。