BLOOD-C Light which cultivates darkness 作:MIDNIGHT
薄暗い部屋の中―――真夜はモニターを睨むように見詰め、一心不乱にキーを叩きながらデータを検索していた。
焦燥を抱きながら叩くなか、内心で己の短慮を責める。
不意に手を止め、背中越しに振り返ると、ベッドに眠る真奈の姿がある。
それを見詰めながら、数時間前のことを思い出していた。
帰宅した真夜は部屋のドアの前に座り込む真奈に抱きつかれ、泣かれた。
掠れる声で漏らす内容は明瞭ではなかったが、真夜にはそれが何であるかはすぐに察せられた。
どうにか真奈を落ち着かせ、家の中へと招くとイスに座らせ、水を差し出す。どこか震えるようにグラスを掴み、虚ろなまま飲み干すと、窺うように問い掛けた。
「……落ち着いた?」
コクりと頷き返すと、そのまま前に腰掛け、真奈を見やる。
「おじさん…どうかしたの?」
――――正直、こんな事を訊く自分自身を酷く罵倒したい気分だ。自分はこれが起こることを知っていたはずなのに…と―――だが、今は訊かなければならない。
葛藤を抑え込み、真奈の言葉を待つ。
「お父さん…セブンスヘブンの七原文人に会うって――そのまま、帰ってこなくて……」
あの日――真夜がアメリカに発った日…セブンスへブンの調査で煮詰まっていた真治を見かね、真奈はこっそりとセブンスヘブンのシステムをハッキングし、ある事実にたどり着いた。
「"塔"……セブンスへブンが裏でそう呼んでいるものが、人を集めて何かをしてるって…でも、その人達の行方が、全員分からなくなってて」
独力で掴んだ事実は断片的なものだった。
だが、それと真治が集めていた都内で行方不明になっている人々のリストが一致した。真治はそれで確信し、行動に移した。
そして、その目的は――――
「浮島の実験……」
無意識に漏らしてしまった真夜に、真奈がハッと反応した。
「知ってるの!?」
迫る剣幕に漏らしてしまった己の迂闊さを毒づく。
「ねぇ、知ってたら教えて! 真夜!」
真夜の肩を強く掴み、縋るように募る真奈に、罪悪感がこみ上げてくる。だが、今更言い繕うことはできない。真夜は表情を顰めながら、小さく頷いた。
「少し前に――偶然だったんだけど、セブンスヘブンのグループ会社がある企画を立ち上げて、そのために人を集めてるっていうのを知ったの」
これは事実だった。無論、原作の知識があるのでそれを確信した上でのことだったが、セブンスヘブンの『ザ・サバイバル』の情報を探る上で知った。
「その人達が集められたのが『浮島』っていう場所―――でも、そんな場所は何処を探しても存在しない。それに、集められた人達のほとんどが、行方不明になってるって――」
「そんな……」
その話に、真奈は力が抜け、そのまま椅子に座り込む。
「だから…言ってたんだね……セブンスヘブンに関わらないでって――――――私のせいだっ」
呟いた後、真奈は声を荒げて手を胸の前で強く握り締める。
「私が軽い気持ちでっ――真夜の言葉も聞こうとしないで………っ」
「真奈…っ」
「私がお父さんを……っ」
「真奈っ!!」
激しく自虐する真奈を押さえつけ、制する。だが、真奈の顔は涙でグシャグシャになってとても見ていられなかった。涙を溢れさせながら真奈は真夜に縋った。
「ううぅぅ…うあぁぁぁぁぁぁぁっ」
真夜の胸に顔を埋めて泣き募る真奈を慰めることもできず、かといって元気づけることもできない。この先に起こる悲劇を知るが故に―――いったい、なんて言葉をかければいいのか……
そんな葛藤の中、ただ真奈は泣き続けた。
数時間前のことを思い出し、真夜はギリっと奥歯を噛み締める。
(私のせいだ……)
こうなると分かっていながら…真奈が傷つくと分かっていながら、曖昧なまま放っておいた自分の責任だ。
出会わなければよかったのか―――だが、出会ってしまった…今更、やり直すことはできない。それを何度も渇望した――だが、この世界は自分の思い通りになどなってくれなかった。
安易な気持ちでこの世界へと来たことを今更ながら後悔していた。
「でもっ」
もう物語など知ったことではない。もはやこの世界は自分の知るものと変わってきている―――今更、イレギュラーなことを起こすのに躊躇うことなどない。
真夜は何かを振り切ったように画面に向かい合い、ひたすらデータを検索していた。
(真奈の話だと、おじさんが消えたのが四日前―――なら、どこかに移動させられたはずっ)
真治は『浮島』での証拠を持って七原文人に会うため、まずその企画を立案したグループ企業へと出向いた。七原文人は公には姿をほとんど見せず、現況を知ることは容易ではない。だからこそ、まずはそちらから当たろうとしたのだろう。
真夜はその企業のコンピューターにアクセスし、当日の入管理や来客録をしらみつぶしに検索をかけた。
そして、それらを開始して数時間――ある情報に行き着いた。
「企画参加者の移送……?」
それは企画に応募し、抽選した人々の移動記録だ。今まで、そうやって集めた人々を『エキストラ』と称して浮島へと送っていたらしい。だが、その日の移送は違っていた。
企画の応募が締め切られ、最後に集められた人々を別の施設へと移送していた。その先は、くだんの郊外にある『塔』の本拠ではなく、別の施設だった。
そこに何かを感じ取り、その場所を検索したが、アクセスエラーで弾かれる。
「特Aクラスのプロテクト?」
その場所は最重要機密となっており、何重にもプロテクトがかけられていた。
真夜はそこへ絞って様々な角度からアクセスを試みる。幾重にも張り巡らされたプロテクトの壁と網――迂闊に触れようものなら、その場でアウト。
針の穴に通すような繊細な作業のなか、ひたすらにアクセスできるパスコードを捜して検索をかける。
無数に現れるウィンドウを超えていくなか、張り巡らせていた網に目的のものが引っ掛かった。刹那、崩壊したようにすべてのロックが突破され、真夜はコンソールを叩きながら奥へと進む。
そして、出たのは一つの工場の座標――それは臨海部の工場地帯のなかに設けられたある製薬会社の工場だった。表向きはセブンスヘブンとは関わりのない企業だが、そこへ臨床試験として幾人かの人達が入館している。
「製薬会社…?」
思わず引っ掛かる。
セブンスヘブンは様々な医療知識や薬剤師といった専門家を招集していた。その目的は――『小夜の血』。人間を『古きもの』へと変えるための実験…それは塔の本拠で行われているとばかり思っていた。
だが、よくよく考えてみれば原作で真治は施設を抜け出し、地下鉄までたどり着いた。あの立地から考えても逃走してもすぐに発見される恐れがある。
なら、件の実験は塔だけでなく別の施設でも行われていた可能性が高い。
「おまけにここ、シスネットの協賛じゃない……」
会社概要を調べる内に、そこに絡んでいる相手も繋がり、真夜は確信した。
柊真治は、ここにいる―――そこで真夜は振り返り、ベッドで眠る真奈を見やる。
曇った表情のまま眠る真奈を見つめ、真夜は決意を固める。徐に立ち上がり、クローゼットの奥に隠していた漆黒のコートを取り出し、羽織る。
髪を解き、それを首筋で束ね、鏡に映る自分を見据える。
そこに立つのはこれから闘いへと臨む顔だった―――そして、手に入れたばかりの相棒を持ち、真夜は静かに部屋を後にする。
今一度マンションを一瞥し、それを振り切るように真夜は夜の街を駆けた。
マンションを経って数十分後―――タクシーを乗り継ぎながら真夜は目的の場所の近くまで到着した。
流石に深夜だけあってこの辺り一帯の人気はほとんどない。建物の陰に身を潜めながら真夜は目的の工場を見やる。
見た目は製薬会社だけあって清廉とした白亜の建物だ。だが、警戒は厳重に見えた。
無意識に身を震わせ、胸に抱く刀を握り締める力が強くなる。この先は生か死か―――二つに一つ…なにより、あの中には人間だけではない。古きものが潜んでいる可能性もある。
今更ながらに、戦えるのかという不安が胸中を駆け抜ける。
だが、脳裏に泣きじゃくる真奈の顔が過ぎり、それを抑え込む。できる…いや、やってみせる――――――この世界に来る時にわざわざ力を貰ったのはこんな時のためではないのか。
自分を信じる―――そう己を奮い立たせ、真夜は闇に紛れながら近づいていく。ほぼ眼前にまで辿り着くと、門の前には守衛と思しき警備員が二名―――一見しただけでは分からないが、正面ゲート以外に入り込めそうな場所に見当もつかない。
時間も限られる――今は深夜零時を回った…明るくなる前に実行しなければ、危うくなる。
その決めるやいなや、真夜は脇に刀を構え、腰を落として目標を見据える。どこからか水滴の滴り落ちる音が響いた瞬間、真夜は一気に駆け出した。
物陰から飛び出した真夜に欠伸をしていた守衛は反応できず、薙がれた一撃が身体に深く抉り込まれる。
潰されたような呻きを漏らす男――鞘越しのため、殺傷力はないが、打力は高い。肋が折れたかもしれない。そのまま倒れ伏し蹲る同僚にハッと我に返るもう一人の男に対して回転するように刀を叩きつけた。
鞘は相手の警棒を持った腕を捉え、その衝撃で腕がくの字に曲がる。
悲鳴を上げる警備員に追い討ちをかけて上段から叩きつけ、その場に沈める。気絶し、ピクピクと痙攣する二人を見下ろしながら、真夜は止めていたように息を吐きだし、肩で呼吸を荒げる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
握り締める手が震える。
それは初めて力を振るったことに対する怖れ―――だが、そんな感傷をしている暇はない。
真夜は警備兵の腰に掛かっていたホルダーを取り上げ、中から一枚のカードキーを取り出す。それを握り締め、今一度眼前に立ち塞がる建物を見据える。
それはまるで地獄へと続く門――不安を抱きながら、真夜はゲートを跳び越え、そのまま正面玄関に向かっていった。
その真夜の姿を建物の上から眺める影―――ひんやりとした夜の風が髪を靡かせる。
その影は口元に愉しげな笑みを浮かべ、身を翻すように建物の中へと消えていった。
次くらいでこの前奏も終局です。
最後の流れはTV版のような展開に持っていきたいと思っています。