BLOOD-C Light which cultivates darkness   作:MIDNIGHT

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玖話

非常灯の灯りのみが照らす薄暗い廊下を警戒しながら進む。

 

真治の行方を追って真夜はセブンスヘブンと関係があると思しきこの工場へと潜入した。エントランスを警備員から奪ったカードキーで解除し、上手く潜り込めたものの、正面ゲートでの異変はすぐに伝わるだろう。

 

あまり油断もできなければ時間もかけていられない。だが、少し様子が妙だった。いくら深夜とはいえ、警戒があまりになさすぎた。

 

監視用カメラが備わってはいるものの、それ以外に巡回や夜間の担当員といった人の気配がなかった。訝しげになりながら歩みを進める。

 

途中で見かけた案内板――この施設は一階はエントランスや事務室が主であり、それより上は研究施設になっている。そして、肝心の工場ブロックは、地下に設けられていた。

 

「地下―――」

 

そこに引っ掛かりを憶え、真夜は地下へと続く道を捜す。

 

監視カメラを掻い潜り、地下へと続く階段を見つけ、下りていく。通路を進むと、ガラス張りの地下工場が見える。眼下の空間では、多くの機械が無人で薬品を量産している。

 

ベルトコンベアで運ばれながら回る光景は何処にでもありそうなもの――だが、ほとんど人の気配を感じない。

 

(どういうこと……?)

 

流石に不審感が拭えない。

 

これだけの規模の工場ともなれば、ある程度は自動化されているとは思っていたが、それでも当直や管理する人間が居るとばかり思っていた。

 

しかし、実際に真夜が会ったのは先程倒した正面の守衛のみ。いくら気を失わせたとはいえ、正面の異常に気づいてもいいはずだ。

 

なのにこの静けさ―――嫌な予感が先程から拭えない。

 

それを抑えつつ、真夜は施設を奥へと進む。だが、進んだ先は行き止まりだった。落胆し、肩を落とす。

 

データを進んだ先で見つけたのだ――ここに間違いはないと思うが、焦りが内を侵食し、不安が押し寄せる。どうしたものかと壁に背を預ける。

 

考えても展望が見えず、思わず持っていた鞘を背後の壁に打ち付けた。

 

刹那、響いた音に真夜は眼を見開き、振り返る。拡がる壁に向かって再度鞘を打ち付けると、軽快な音が響く。いや、壁の向こう側に音が木霊している。

 

通常の壁ならば、こんな音など響かない。

 

「――もしかして」

 

何かを確信し、真夜は壁を伝いながら感触を確かめていく。一面を手でなぞっていると、突如壁の一部が指の圧力で押され、凹む。

 

息を呑む真夜の前でそれに連動し、壁が音を上げ、次の瞬間壁面の一部に筋が走り、それが横へとスライドする。

 

開かれる壁の奥には、更に地下へと続く階段が現われた。覗き込むと、一寸先すら見えない暗闇―――それに畏怖を抱きながらも、意を決して足を踏み入れる。

 

壁をつたいながら降りていく。暫くはまったく見えなかったものの、やがてこの暗闇に眼が慣れてきたのか、僅かばかり周囲の様子が見え始めた。

 

だが、それは変わらず階段がひたすら下へと伸びるだけ―――まるで地獄への入口のように……身震いしながらも、ひたすら降り続け、やがて終着点に辿り着いた。

 

暗闇の奥に立ち塞がる扉――重厚な作りの取っ手を掴み、それに力を入れて押す。

 

「……っ」

 

小さく歯噛みしながら力を込めると、やがて扉が奥へと開いていく。鈍い音を立てて開く扉の隙間から差し込む光に視界を覆う。

 

やがてその光に慣れ、眼を凝らす。

 

奥に見えたのは、『紅い』空間だった―――――――――

 

覗き込んだ先は、広大な空間だ。天井の高さは軽く見積もっても数十メートル以上――足を踏み入れた真夜の視界に飛び込んできたのは、その空間を埋め尽くさんばかりに並ぶカプセルの群れだった。

 

そのカプセルの中を満たす溶液は、血よりも紅く染まる――それらが反射し合い、この空間をより紅く、紅く染め上げている……足元から照らす青白い光が屈折し、まるでカプセルの朱を吸い取ったように浮かぶ。

 

さながら、地獄の風景―――『血の池』という場所が『彼の世』にはあり、そこに堕ちた命を喰らうかのようだ。

 

気圧されながらも、真夜はその空間に歩を進める。

 

犇めくカプセルに近づくと、その溶液の中に浮かぶ影が見える。立ち止まり、その中を見上げる。

 

「っ!?」

 

真っ赤な溶液の中に浮かぶ影――それが人間である―――いや…かろうじて『人間だったもの』の成れの果てであるということを………

 

眼を大きく見開き、息を呑む。

 

頭髪はまばらに抜け落ち、身体や四肢は大きく肥大し、爪は獣のように鋭く伸びる。変貌したその顔を恐る恐る見やる――大きく開かれた口は、人間よりも大きく裂け、歯が巨大な牙となっている。開かれた眼は眼球ではなく、まるで人形のように生気がない無機質なもの。

 

だが―――その顔は大きく歪んでいた…『恐怖』と『苦痛』という絶望に…………

 

反射的に幾つも並ぶカプセルに眼を走らせると、全てに影が浮かんでいる。かろうじて四肢を残しているのはまだマシな方――中には、判別すら難しい異形に変わり果てたものまでいる。

 

そして、カプセルの下には被検体ナンバーが刻印されたネームプレートのみがその個体を識別するように添えられてる。

 

「これは…小夜の血の―――――」

 

カプセルに手を触れ、思わず漏らす。

 

『小夜』の――古きものに連なる血を使って実験された人の成れの果て……まさか、真治もこの中に――嫌な予感が渦巻くなか、カプセル内に微かな気泡が木霊した瞬間―――――静寂に包まれていた空間に鋭い音が響き渡った。

 

 

 

 

 

「ぐっっ…くくっ」

 

呻きながら必死に耐える真夜。

 

それに反応できたのはまさに紙一重だっただろう……突如として現われたその凶刃に向けて反射的に抜いた刀で受け止めれたのは。

 

後少しでも遅ければ、間違いなくこの身を斬り裂かれていただろう。

 

耐える真夜に向けて刃を振り下ろそうと向ける男――奇妙な装飾のハチマキをつけた男の顔を、真夜はよく知っていた。

 

(なんで、こいつが……っ)

 

内心に向かって叫ぶ。

 

眼前に立つ男の名は―――九頭……『七原』の守護者――――――九頭は真夜に対して小さく感嘆する。

 

「ほう? 俺の一撃を受け止めるとは…貴様、ただの鼠ではないようだな」

 

それは侮りでもなく素直な感想だった。自身の一撃――しかも死角からの強襲に近い不意打ちを受け止めてみせた相手に驚きを隠せない。

 

だが、真夜には応える必要もなければ余裕もなかった。

 

力比べでは分が悪い。真夜は抜き放って下に落ちた鞘を咄嗟に踏みつけた。刹那、梃子の原理で跳ね上がった鞘がそのまま交差していた両者の間に上がり、九頭の腕に当たる。

 

小さく怯む隙を衝き、真夜は強引に弾き、空いた九頭の身体に蹴りを叩き入れた。

 

衝撃で小さく吹き飛ぶ九頭と距離を取り、身構える。すぐの追撃こそなかったが、さしたる痛みも感じていないようにユラリと顔を上げ、ニヤリと笑う。

 

それに気圧され、息を呑みながらもなんとか堪える。

 

次の瞬間――真夜は反射的にその場から跳んだ。虚空を過ぎる弾丸と響く銃声。九頭の左手にはデザートイーグルが握られている。

 

(しまった! こいつ、確か…っ)

 

何故九頭がこの場にいるかなどもうどうでもよかった。現実に眼前にいるこの相手をどうするかが最優先だった。必死に記憶を手繰り、九頭の闘い方を思い出す。

 

その間にも必死に逃げ、カプセルの後ろへと身を隠すも、相手はそんなものを意にも返さず、カプセルごと撃ち抜いてくる。

 

貫通する弾丸が過ぎり、衝撃でカプセルが破砕する。溢れる溶液が流れ、周囲に血の臭いが充満する。

 

頭を低くして走るもとめどなく撃ち込まれる弾丸が次々とカプセルを破壊し、ガラスの破砕音が幾重にも木霊する。

 

撃ち続けていた九頭はそれを止め、消えた真夜の姿を探すように周囲を見渡す。割れたカプセルから溢れた血の溜まり――これが何であるかはよく知っている。意にも返さず、流れ落ちた『モノ』を何の躊躇いも感慨もなく踏みつけ、周囲を鋭く見渡す。

 

(フン、あいつの言ったこともたまには当たるものだ)

 

内心悪態を衝く。

 

九頭がここに居るのは妹から忠告を受けたからだ。近々、誰かがこの施設へと潜入すると―――そこで待ち伏せていれば、鼠が一匹迷い込んだとばかり思っていたが、ただの鼠ではない。

 

気配を張り巡らせるその背後から飛び出した真夜が刀を振り被る。

 

だが、九頭はそれすらも見えていたように振り返りざまに受け止める。

 

刃が弾かれ、九頭は横に薙ぐ。それを跳んでかわし、着地と同時に突きつける。突かれた先に九頭のデザートイーグルがあり、瞬時に引いたものの銃身を裂かれ、素早く振り捨てる。

 

近づく真夜に向かって拳を握り締め、殴りつける。不用意に前に出ていたため、それをかわすことも構えることもできず、重い一撃が真夜の腹部を捉え、衝撃に声が潰れる。

 

「っ」

 

掠れた声を漏らし、吹き飛ぶ真夜はカプセルに叩きつけられ、痛みに呻く。

 

「ごほっ、げほっ」

 

呼吸がもどかしく、胸が苦しい。

 

今まで感じたこともない痛みが全身を駆け巡っている。身体を強化してもらっていなかったら、間違いなく死んでいたかもしれない。

 

(死―――)

 

初めてそれを明確に実感した。

 

不安が恐怖に染まり、痛みが真夜を死へと誘おうとする。

 

(……ダメ―――っ)

 

それを必死に自制し、恐怖を振り払うように歯を食い縛り、フラフラと立ち上がる。

 

呼吸を荒げながら立ち上がった真夜に九頭は感嘆の声を漏らす。

 

「そんな状態で――どこまでやれるかっ」

 

駆ける九頭に真夜も顔を上げ、振り下ろされる斬撃をかわし、横殴りに斬りつける。それを瞬時に返した刃で受け止め、剣先が鍔迫り合いをしながら床へと落ち、互いに均衡する。

 

歯噛みしながら対する真夜に涼しげな九頭。両者ともに均衡した状態で離れようと駆け出す。互いの刃を抑えたまま駆ける二人の剣先が床を掠め、火花が散る。

 

その均衡が崩れ、九頭が刃を振り被る。

 

「おおおっっっ」

 

猛々しく叫びながら上段から振り落とす刃を後ろに跳んでかわし、構えると同時に刃を水平に立て、駆け出す。

 

「えええぃぃ」

 

突く一撃を顔を逸らしてかわす。

 

真夜はそのまま強引に刃を下段へと振り下ろした。九頭が微かに眼を細め、篭手で弾く。

 

その感触に何かの防具を纏っていると気づき、弾かれた衝撃で仰け反りながら距離を取る。追撃をかける九頭が連撃で斬りつけ、真夜はそれをさばきながら転がるように離れ、落ちていた鞘を拾い上げ、起き上がりさまに投擲する。

 

それを左手で弾く九頭に向かって駆け、斬りつける。

 

応戦する九頭もまた振り上げた刃で受け止め、擦れ合う音が響き、互いに押し合う。

 

「女――なかなかの腕だな。どこでそれ程の腕を極めた?」

 

必死に押す真夜に対し、九頭は余裕を崩さない。

 

「応えぬか? フン!」

 

鼻で笑い、力任せに弾き飛ばす。

 

「お前が何者であるかなどどうでもいい――だが、貴様ほどの者なら、いい実験体となる」

 

「実験―――」

 

聞き逃せぬ単語に思わず反芻する。だが、それが九頭の興味を煽った。

 

「ここへ忍び込んだのはそれを知ってか…ならば、ますます見逃すわけにはいかんな。あの方の理想の礎となるがいい」

 

ますます負けるわけにはいかなくなった。

 

真治を助けるばかりか、このままでは自分の身も危うい。捕まれば、自分も同じように実験体とされてしまうかもしれない。それだけは何としても避けなければ。

 

そのためにも、この場を切り抜ける―――決然と身構える真夜に九頭が襲い掛かろうとした瞬間、横合いから何かが飛来し、九頭の眼前を過ぎる。

 

床に突き刺さったのは、一対の薙刀……ハッとその方向を振り向くと、そこには人影が佇む。その出で立ちに真夜は息を呑む。

 

顔を覆い隠すように被るのは『般若』の仮面――突如現われた鬼に慄く真夜とは対照的に九頭は眉を顰める。鬼はそのまま九頭の許まで歩み寄る。

 

ゆっくりとした動作だが、隙がなく呆然と見入る。

 

九頭の前で立ち止まり、鬼は突き刺さった薙刀を抜き、それを振り薙ぐ。大仰に振られ、空気を裂くように構える薙刀の切っ先を真夜へと向け、指された真夜は思わず身構える。

 

「どういうつもりだ?」

 

そんな鬼に対し、九頭が声を掛けるも、応えない。

 

「好きにしろ」

 

無言の鬼に対し、気が削がれたか、白けた表情で悪態を衝き、刃を下ろす。

 

「女――もしまた生きて会えたなら、決着をつけよう」

 

背中越しに伝え、九頭はその場より離れていく。その様子に戸惑う真夜だったが、今は突如現われたこの『鬼』だった。

 

薙刀を両手で構えたまま無言の型を取る。その仮面故に相手が誰かは分からないが、仮面越しにも感じる殺気は鬼の形相といっしょになり、言い知れぬ威圧感を与えてくる。

 

その覇気は先程の九頭にも劣らない。

 

未知の相手の出現に困惑と不安を抱くなか、鬼が駆け――――――衝撃が周囲に木霊した。




すいません、終わりませんでした。
九頭との戦闘はもう少しあっさりさせるつもりだったのですが、思いのほか長くなってしまい、ここで切ることにしました。

映画でのあの戦闘シーンを思い浮かべながら書いていますが、戦闘は難しいです。やっぱり視覚効果は大切ですね。
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