BLOOD-C Light which cultivates darkness 作:MIDNIGHT
第壱夜
「真夜…どうして、お父さんを助けてくれなかったの………」
眼前で佇む真奈が顔を伏せてなじるように問い詰める。
「真奈……」
それに対して、どうしても答えることはできない。
「返して…お父さんを返して―――!」
罵る真奈の言葉が胸に刺さり、真夜は耳を抑えて被りを振りながら心の中で絶叫を上げた――――
ベッドで眠る真夜は魘されていたが、やがて眼を覚ます。
「っ!?」
ハッと眼を開き、ガバっと身を起こす。
「はぁ、はぁ……ゆ、め――――」
呼吸を荒げながら、額を押さえ、沈痛な面持ちを浮かべる。
カーテンの隙間から差し込む光――それは窓越しでも分かるほど蒸し暑く、全身に汗がにじみ出ている。
静かに身を起こし、姿見の前に立ち、服を脱ぐ。汗で湿ってしまった服を脱ぎ捨てると、露になった真夜の胸には、大きな傷跡が残っている。
それを見るたびに、真夜は自身の無力さと罪悪感に苛まれていた。
「もう、一ヶ月か……」
佇みながら胸元で拳を握り締める。
真治の行方を追ってセブンスヘブンの施設に忍び込み、そこで月詠凛と闘い、真夜が敗れて既にそれだけの時間が経過していた。
あの後、夜明けにボロボロの状態でなんとかマンションまで戻った真夜だったが、真奈にどう説明したらいいのか――それだけに足踏みしていたが、幸か不幸か、真奈は既にマンションを後にしていた。
迷惑をかけたことを謝罪し、父親を自分なりに捜してみると書き残して……それに安堵したのは他ならぬ真夜だったのかもしれない。
気力だけでどうにか辿り着いた真夜はそのまま部屋で倒れ、ドロのように深く眠ってしまった。
あまりに衝撃が続き、大きかったために真夜の疲労も限界に来ていた。眼が覚めたのは翌日の陽が昇りきった後――だが、真夜の気分は曇ったままだ。
どうするべきなのか―――真奈は真治を捜すと言っていたが、ハッキングという一番情報収集に不可欠な術を封印してしまった真奈にはどうすることもできないだろう。そして彼女は招かれる…サーラットへと。
そして真夜自身がまったく知らないイレギュラーである『月詠 凛』―――彼女の強さは桁違いだった。さらに真夜に執着している。
なんとか今回は逃げ切れたものの、凛も真夜が死んだとは思っていないだろう。
となると―――自分のことが七原文人に伝わってしまう可能性がある。この場所に留まるのは得策ではないと思い、真夜はすぐさまマンションを引き払い、新たなる部屋を確保してそこへと隠れ移った。
同時に十字学園のホストコンピューターにアクセスし、当面病気で休学するようにデータを書き換えた。
傷を癒す意味もあったが、なにより真夜は混乱をどうにか収めたかった。
「もう浮島での実験も終わった―――」
あれから調べた結果、浮島の実験はあの日――真夜が負けた日と同じくして終わりを告げ、浮島の記録は抹消された。
そこに居たすべての人を古きものに喰わせて…小夜独りを残して――――――最後に残ったデータから得た独り地獄となった浮島で佇む小夜の映像…それが、一ヶ月前の自分と重なった。
未来を変えるために来た自分のせいで、新しい悲劇を起こしてしまった――そう考えると、真夜の心は深く沈む。
その場に座り込み、膝を抱えて顔を埋める。
「なんでこうなっちゃったんだろ……」
こんなはずじゃなかった―――ほんの半年ほど前だというのに、まるでもう遠い過去のように思える元いた世界で聞いた言葉が胸中を過ぎる。
『あの結末』を変えたくて、ただそれだけで…自分はなんでもできると疑いもしなかった。だけど、結果はなにも変えられず、異なる未来を呼び寄せてしまった。
「けどっ」
顔を抱えながら拳を握り締める。
もう今更後戻りもやり直しもできない――自分にできるのは、ただ一つだけ………未来を変えるために今を闘うこと。
戻れない過去も予想もできない未来もない――『今』を最善の未来を掴むためにも。
顔を上げた真夜は、陽射しを受けながら思いを馳せた。
夜の帳が世界を包む。
地上には人の造った人工の光が煌き、本来の輝きを覆い隠している。
そんな世界を見下ろすように見つめる男――セブンスヘブンと塔を掌握する七原文人が高層ビルの執務室のバルコニーに腰掛けながら静かに見下ろしていた。
まるで、望めばそんな世界など、簡単に壊すことも手に入れることすら容易いと思えるように…事実、それだけの力がこの男にはあった。
だが、そんな野心など微塵も感じさせず、ただ静かに見下ろすのはまるで聖人のように見える。
そんな文人の背後に気配が現われ、振り返らずに軽く首を傾けた。
「九頭か」
「はっ、ご希望されていました資料をお持ちしました」
先般の戦装束ではなく、スーツに身を包んだ九頭がデスクに数枚の書類を置く。
「やれやれ…戻ってから休む暇もないね」
軽く首を振りながら肩を竦め、徐に身を起こすとそのままデスクへと移動する。
文人が浮島から戻って一ヶ月――それは、小夜との実験が終わってからの時間が経っていたが、戻った文人の前にはセブンスヘブンの会長としての雑務があった。
流れるように案件を片付けていくも、文人は不満だった。
「こういった雑事は誰かに片付けてもらいたいね」
愚痴るように呟く。浮島に居た時はこうした煩わしいことから解放され、のびのびとできたものだと内心独りごちる。
だが、その時間を終わらせたのは文人自身だ。それに後悔などしてはいない――暫し書類を眺めていたが、何かを思いついたように顔を輝かせた。
「そうだ、こういった雑事をやってもらえる秘書でも雇おうかな」
名案とばかりに顔を綻ばせるも、無言で佇んでいた九頭がむっつりと苦言を漏らす。
「文人様、よかならぬ存在を招くことはお控えください」
「大丈夫だよ…それに、九頭が護ってくれるだろ? そんな時は?」
そう返され、さしもの九頭も口を噤む。
秘書のようなことをしているが、本分は裏事だ。それに、文人に危害を加えようとするならば、言われるまでもなく相手を八つ裂きにするだろう。
「ね?」
そんな心境を見透かしてか、悪意のない顔で同意されるも、九頭は表情を変えない。だが、それが了承であると付き合いの長い文人は理解している。
「それじゃ誰にしようかな……」
椅子に背を預け、考えるように首を捻るも、該当者はすぐに浮かび上がった。
「そうだ、彼女にしよう…約束も叶えてあげなきゃいけないしね」
ニコニコと笑いながら決めると、弾むように書類に向き合う。それは、こんな雑事とすぐに離れられることに対しての興奮だったが、ふと何かを思いついたように手を止めた。
「そう言えば―――僕の留守中に研究所が一つ焼けちゃったんだったよね?」
「はっ、侵入者によるものかと」
表情を変えないながらも、苦い口調で同意する。
文人が浮島から戻った日――湾岸部の実験施設の一つが炎上した。幸いにも地下施設は延焼し、単なる事故として片付けた。
「蔵人が煩かったしね」
ここに居ない従兄弟の顔を思い浮かべ、小さく笑みを零す。
正直、施設を喪ったことに対してはさして動揺もしていなければ、怒りを感じることもない。それより興味深いのは――――――
「興味あるね、その侵入者ってのに? 九頭とも渡り合うなんて…普通は考えられないよ」
組んだ手の上に顎を置き、細くなる視線は獲物を求めるように染まる。
九頭の実力は文人自身が一番理解している。それこそ、『人間』なら敵うどころか、瞬殺されるだろう。それと互角に打ち合ったというだけでも驚きだというが、その相手が少女だったということだ。
「映像も残っていない――見てみたかったね」
施設に侵入した少女――実際に闘った九頭が言うには、黒髪の少女だったという。
一瞬、文人の脳裏に浮島で過ごした小夜の姿が浮かぶも、それはあり得ないと即座に否定する。
ならば、いったい何者なのか――施設に侵入したことからも、『古きもの』の存在を知っていた可能性が高い。だが、その姿は文人には分からない。
施設の監視カメラのデータはなぜかすべて消されていた―――もっとも、いくら火事とはいえ、その程度で失うほどチャチなものではない。
では何故消えているのか――考え込む文人だが、既に答は出ているのかもしれない。
「侵入者は凛の奴が始末しました」
淡々と告げるも、文人は小さく眉を顰める。
「凛ちゃんね――本当に、いいタイミングで居てくれたよ」
称賛するも、彼女の行動にも疑問が残る。
侵入者の事を警告したのもまた彼女だ――そして、最後に施設に居たのも………
「奴に吐かせましょうか?」
実の妹に対しても何の感慨も情けもないとばかりに言い放つも、文人は首を振る。
「いや、いいよ――兄妹で喧嘩はして欲しくないしね。それに―――」
まだまだ面白いことが起こりそうだと―――内心に零し、文人は静かにほくそ笑んだ。