BLOOD-C Light which cultivates darkness   作:MIDNIGHT

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第参夜

都心のビル群のネオンが犇めく東京の街並み。だが、それとは然程離れていない都心の中でその場所はどこか似つかわしくない様相を醸し出す。

 

近代的なビルの中で洋風の館に和の庭園が拡がる。一見するとミスマッチだが、それは絶妙なバランスで調和し、この屋敷全体の持ち主の品格をそのまま示しているように見える。

 

そこは、都内でも有数のIT企業であるシスネットの代表『殯 蔵人』の屋敷だった。

 

明治より続く華族――財閥の流れを汲む血筋である殯であったが、とある事情でこの屋敷からはほとんど動かない。

 

代表といってもITで起業しただけに、仕事などパソコンが一台あれば、事足りるため、実際の社屋には秘書を通してしか指示を出していない。

 

そのためか、この洋館もどちらかといえば別荘に近く、人は然程必要ない。

 

隣には純和風の屋敷が隣接し、客人のための宿泊施設にもなっている。そして、今この洋館は彼がリーダーを務めるもう一つの組織『サーラット』の活動拠点として使用されていた。

 

その一画――簡易キッチンが設けられた多目的室に、真奈はいた。

 

コーヒーを手に時折顔を水面に映しながらも先程から視線はチラチラと隣の部屋に続くドアに向けられている。

 

「…気になるのか、柊?」

 

そんな様子に溜め息をつきながら松尾がどこかぶっきらぼうに尋ねると、慌てて返事をする。

 

「あ、うん……」

 

「あの人、真奈ちゃんの学校での友達なんですよね?」

 

「うん――私の、大切な友達…向こうもそう思っててくれたら嬉しいんだけど」

 

藤村に乾いた笑みで応じながら、言葉を濁す。

 

(真夜―――私達、友達…だよね)

 

内心に問い掛けながら視線が俯く。

 

真夜と一ヶ月振りに再会した翌日――真奈は真夜にサーラットに案内して欲しいと告げられ、驚愕した。

 

サーラットのことは何も話すどころか、伝えることすらしていなかったのに――真奈自身もここ一ヶ月の真夜のことを聞き詰めた。

 

だが、彼女は言葉を濁すだけで、何も伝えてはくれなかった。

 

ただ謝罪だけを繰り返す彼女に、それ以上訊くことができなかったのだ。その真夜が何故サーラットを知り、そして接触しようとしているのか、まったく見当がつかなかった。

 

そして、今夜――隣の殯の書斎にて秘書である矢薙を交えて少し前に会い、今も話が続いている。

 

防音もそれなりにしっかりとしているため、中の声は聞くことは難しい。

 

真夜が一緒にサーラットに加わってくれることは嬉しいものの、真奈には真夜との間に何か壁のようなものができたような気がして仕方がなかった。

 

またも溜め息を零す真奈を後ろから誰かが抱き締める。

 

「真奈、元気ない?」

 

背中越しに覗き込むのが、ここにいるメンバーの中でも最年少の月山だった。

 

懐かれているのか、不安げに見やる月山に小さく笑い返す。

 

「心配ないよ、月ちゃん」

 

手を添えながら応じるも、表情は晴れない。

 

「あの人――真奈の大切な人?」

 

月山の質問に真奈は迷うことなく応じた。

 

「うん――私の、大切な友達…ううん、親友だよ」

 

それだけは真奈にとって譲れないものだった。父親が失踪した時に一緒に居てくれた――今、自分と一緒にいてくれる大切な人だった。

 

その答えに月山はどこか不遜な面持ちで抱きしめる腕に力を込める。

 

その表情は、どこか拗ねているようだ――その様子に松尾が小気味よく笑う。

 

「なんだ、月ちゃん…大好きな柊が他の奴に夢中だから拗ねてんのか?」

 

からかうように話し掛けると、ますます表情が不機嫌なものに変わっていく。

 

「まっさん、もう頼まれてたハック、してあげない」

 

プイっと頬を含ませて顔を逸らす月山に、松尾が慌てる。

 

「ええっ! ちょ、冗談だって! 謝るから! ほら、フジも謝れって!」

 

「なっ、ボクは関係ないじゃないっすか!」

 

突如巻き込まれるも、頭を押さえられて一緒に謝されるも、月山はもう完全に無視状態だった。

 

そんな様子に真奈はどこか表情が和らぎ、少し気が紛れる。今一度、隣の書斎を見やり、不安な面持ちを浮かべた。

 

 

 

 

 

空気が重い――書斎机の微かな照明と仄かな灯りが拡がる薄暗い書斎で矢薙はそんな感想を抱いた。

 

いつもは何とも思わない壁面一帯を埋め尽くす書架の棚がそれをさらに助長するように妙な圧迫感を憶えさせる。

 

そんな空気を醸し出しているのが、この部屋にいる自分以外の人物――片方は自分が秘書を務めるシスネットの社長である『殯 蔵人』。そして、もう片方の相手を今一度見やる。

 

黒髪をポニーテールで束ねる少女――だが、その瞳はどこか普通とは違う鋭さを宿しているのを矢薙は無意識に感じ取っていた。これでも一企業の秘書を務めている――多少は人を見る眼があるつもりだ。

 

その少女――『一条真夜』に抱いた感想は、あまり印象のいいものではない。言葉にはしにくいが、見た目以上に内側にある『モノ』がどこか得体の知れないものを憶えさせる。

 

かといって、怖れといったものはない――有り体に言えば、掴みどころのないという曖昧なものだろう。

 

そう感じたのも、彼女が開口一番にした内容のせいかもしれないが。

 

「……『浮島』について、何処で知ったのかな?」

 

暫し続いていた静寂のなか、主である殯が相手を見据えながら問い掛けた。

 

真夜は殯に対して最初に口にしたのが、『浮島』のことだった。

 

数ヶ月前からネット上で囁かれ始めた都市伝説――信州にあるという浮島地区にいた住人が突如として姿を消したという『ウキシマデンセツ』…それが単なる都市伝説ではないと知っている者は極限られる。

 

かくいう矢薙もその一人であり、その地名には些か不快感を憶えるものだ。

 

「地図にもどこにも存在しない土地…だけど、それは実在した。人によって作られた幻として――そして、そこに居た人達が消えたのは事実。あるモノによって、この世から滅された」

 

眼を閉じ、そう告げる真夜の発した内容に殯の表情が眼に見えて強ばる。

 

「原因は――『古きもの』……そう呼ばれる異形の存在―――――伝承や伝説の中に残るモノの元になったモノ」

 

日本に限らず世界中に残る伝説や伝承――その中に現れるこの世にあらざる異形のモノ達…神や悪魔の遣いとして語られるそれらは、『彼の世』より『此の世』へと現われ、人を喰らい続けた。

 

気の遠くなる程の刻を――それが、ルーシーから聞かされた歴史の裏側だった。

 

「私の力は、真奈やそちらに居るハッカーと同じ――それに、浮島には私の知り合いも関わっている」

 

「だから調べた――か」

 

コクリと頷き返す真夜に殯は警戒を強めているのを感じ取る。

 

正直、一介のハッカーが辿り着く情報ではないが、ここで自分の有用性を示しておけば、注目は集まる。取り込むか、それとも排除されるか――そこは賭けだった。

 

「それに裏で関わっていたのがセブンスヘブン――その目的は、ある人物に関わるもの」

 

「そこまで知っているのか?」

 

「詳しくは知らない。けど、その人物の名は知っている――『小夜』…それが、浮島の中心にいた人物」

 

「そうだ――そこまでは、サーラットの情報網で調べられた」

 

浮島に潜入していたサーラットのメンバーである鞘総逸樹によって、得ていたデータ――殯はそれを机上に放り投げ、真夜の眼に触れる。

 

端末ボードには、無惨な遺体が撮されており、凄惨さを醸し出している。

 

「君はそれを知った上で、サーラットに加わると――何のために?」

 

真夜が思ったよりも動揺していないことからも、既に知り得ているからであり、尚且つ相当の情報も得ているのだろう。恐らく、巷で騒いでいる誰よりも真実に近く辿り着いている。

 

故に意図が掴めない――普通ならば、好奇心の範疇を超えている。睨むように見る殯に、真夜は眼を閉じ、口を噤む。

 

徐に胸元に手を寄せ、強く握り締める。

 

「友達を――大切な人を、悲しませたくないから………」

 

開いた瞳はどこか憂いを帯び、傍で見守っていた矢薙は思わず息を呑む。

 

とても、十代の少女が見せるような表情ではない――そして、その返答を聞いた殯は、暫し逡巡していたが、やがて姿勢をただす。

 

「いいだろう―――君の加入を歓迎する」

 

その言葉に、室内の張り詰めていた空気が僅かに緩和されたように矢薙もホッと肩の力を抜く。

 

「……感謝します」

 

淡々とした口調で真夜は頭を下げ、殯は矢薙を見やった。

 

「矢薙君、彼女を他のメンバーに紹介してくれ」

 

「分かりました」

 

応じると同時に真夜を促し、隣接する部屋へと向かっていく。

 

「君の端末もすぐに手配しよう――期待している」

 

真夜はそれに一礼し、矢薙の後を追って書斎から出て行った。

 

扉が閉じられると、殯は椅子に深く身を預け、腕を組んで思考に耽る。

 

(知りすぎている――気になるな)

 

徐に引き出しを開け、そこから一枚の新聞を取り出す。

 

一ヶ月前の日付が記載されたその紙面の一面には、臨海部における大規模火災が取り上げられている。

 

それを一瞥すると、殯は懐から携帯を取り出し、ボタンを操作してアドレスよりある人物を呼び出し、通信する。

 

暫しのコールの後、通信が繋がり、口を開いた。

 

「俺だ―――至急、確認したいことがる」

 

それから数分の後、携帯を切り、殯は薄暗い書斎で真夜のことを警戒するように思考を巡らせた。

 

あの少女は、近いうちに障害になるのかもしれない。ならば、今の内に飼い殺しておくべきか――それとも排除すべきか、その天秤を揺らしながら、眼を閉じた。

 

 

 

数分後、真夜はサーラットのメンバーと邂逅し、互いに自己紹介を交わしていた。

 

(後は…小夜が来るまで)

 

サーラットに合流することは元から考えていたことだ。『朱食免』のことまで話さなかったのは、まだそこまで不用意に警戒されるわけにはいかなかったからだ。

 

だが、あそこまで伝えた以上、自分への警戒は強まる。真夜にとってここも敵地であることは変わりない。油断はできない――視線が、傍で佇む真奈に向けられる。

 

真奈はどこかぎこちない笑みで見るも、それが今は酷く傷い。

 

葛藤と張り詰めた中、真夜は独り舞台へと立つ。

 

終わりと始まりの戦いへ――――――

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