BLOOD-C Light which cultivates darkness   作:MIDNIGHT

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第肆夜

夢を視ていた―――

 

視界の先に人影がある。人数は二人…いや、実際は見ているよりも『視ている』というような酷くぼやけた感覚だった。

 

思わずその顔を確認しようと眼を凝らす。

 

(真夜――?)

 

片方の人物は自分がよく知っている少女だった。

 

だが、その傍らに立つのは誰なのだろう。背中を向けているため、その顔は分からない。真夜と同じ黒髪が特徴的な同い年ぐらいの少女――見覚えはない。

 

何故知りもしない少女と真夜が一緒にいる光景を見ているのか――いや、そもそも何故自分はこんな光景を見ているのかが分からない。

 

ただ、二人が並んでいる姿が酷く不安を掻き立てる。

 

ああ…これはあの時と同じ――父親が最後に見せた姿と同じものだった。やがて、真夜は傍らの少女と共に背を向け、歩き出す。

 

小さく、遠くなっていく背中に思わず手を伸ばし、叫ぶ。

 

だが、声は出ない――伸ばす手も見えない壁に阻まれているように届かない。

 

その間にも距離は開き、視界がぼやけ、意識が引っ張り上げられる。その感覚に絶叫した――――

 

 

 

 

「っ」

 

ハッと我に返り、周囲の光景が飛び込んでくる。

 

視界に入るのは街並みを歩く人々の姿…子供を連れた親子、楽しげな学生、睦まじいカップル、仕事に急ぐサラリーマン、勤しむ主婦…多くの人々が視界を過ぎり、やがては消えていく。

 

(そうだ、私……)

 

内心、自分が何故ここに居るのか、一瞬分からなくなったが、思考が徐々に落ち着いてきた。

 

柊 真奈は、朝からずっとこの通りを眺めていたのだ――その事実を理解し、真奈は身を包むコートに寄せた。

 

あれから早いもので半年――父親が失踪してからそれだけの日数が経っていた。

 

あの後、実に真奈の環境は目まぐるしく変わった。だが、変わらずに続けているのがこの父親を捜して一日中街を眺めるということだった。

 

父に縁のある場所は元より、人の多い場所に真奈はその姿を追い求めていた。

 

季節は過ぎ、今は寒さが身を刺すような冬だった。朝からここに居たため、身体もすっかり冷え、思わずうたた寝をしてしまったのだ。

 

今一度コートと首に巻くマフラーを着込み、体温を逃さないようにすると、手元の携帯端末を操作する。

 

画面に表示される交流サイトに途切れることなく書き込まれる内容を時折眺めながら、真奈は先程の夢を反芻する。

 

(何だったんだろ、あの夢……?)

 

夢の中で見た親友と見知らぬ誰か――不意に、真奈の頬に冷たい感触が過ぎる。

 

思考を遮る感覚に顔を上げると、陽は落ち、暗い空の上から白い結晶が舞い降りてくる。

 

まるで天使の羽根のように舞い落ちるそれは、再び真奈の手に収まり、その体温に触れて輪郭を失って消えていく。

 

その光景を静かに見詰める真奈の耳に、街頭スピーカーから音声が流れた。

 

《東京都よりお知らせです。東京都では、青少年保護条例に基づき―――》

 

数ヶ月前に施行された条例の連絡と、それに伴い監視員としてタウンガーディアンが街路路に姿を見せ始めた。その姿に人々の間にあった空気が僅かに変わる。

 

だが、それは二分化されている。条例に反する二十歳未満の青少年達は嫌悪感と怖れを抱き、遠巻きにしながら帰路に急ぐ。そして、治安と若者の夜の恐怖に怯えなくなった大人達―――

 

様々な感情が混じる中、真奈も徐に腰を浮かした。

 

真奈もまた対象の年齢のため、急いで戻らねばならない。

 

「帰らなくちゃ」

 

今一度、捜し人の姿を求めて街を振り向くも、それは落胆にしかならない。

 

再び前を向き、真奈は無性に真夜の顔が見たくなった。

 

あんな夢を見た後で、不安が大きくなる。ただでさえ、ここ最近は真夜との間に壁ができたような気さえして、まともに接していないのだ。

 

無意識に足早になる真奈の吐く息は、白く虚空へと霧散していく。

 

 

 

 

刻を同じくして真夜もまた空を見上げていた。

 

(積もる、かな)

 

降り始めて既に数時間――陽が落ちたこともあり、断続的に降り続ける雪はやがてコンクリートや建物に積もっていく。

 

近年まれにみる寒波だというが、人々はまるで気にも留めていない。

 

ただ冷たくなる空気に足早に暖かな場所を求めて移動するだけだ。そんな人波のなかで佇む真夜は、出した掌に舞い落ちる雪の雫を受け止める。

 

だがそれは、すぐに体温に溶けて消えていく。

 

どれ程そうしていたのか、不意に懐から着信を告げるメロディが流れる。

 

間髪入れず、取り出した携帯端末を繋ぎ、耳に当てる。

 

「もしもし」

 

《お、繋がった繋がった》

 

聞こえてきたのは、出会って数ヶ月になる男のものだった。

 

その声色が元の世界で視ていたキャラにそっくりで思わず『姫』と呼んで相手に引かれたのは印象深く残っている。

 

《あんたの言ってた連中、動いてるぜ》

 

男――サーラットの松尾が口にしたのは、彼らが追っている『塔』のことだった。

 

サーラットに加わって真夜は月山や藤村をすぐに驚かせた。真奈直伝のハッキング技術もだが、なにより松尾と組手をして投げ飛ばしたことからも、実働的なこともできると今では組織内で重宝されている。

 

それだけ、殯からは目を付けられてはいるが、それも範疇の内だ。

 

そして、塔の行動を追いながら、真夜は今日という日をひたすら待ち続けた―――そして、見張っていた松尾と藤村が塔の動きを掴んだ。

 

何かを追って実働部隊が慌ただしく動いている。

 

それを聞いたとき、真夜は確信した。十中八九、『古きもの』――真治の脱走だ。最も、彼が乗り込んだ駅なども元の記憶が曖昧なこともあり、真夜もハッキリと日付と場所を把握できずにいた。

 

実際、あの湾岸の施設の炎上によって状況が変わってしまっている以上、どんなイレギュラーが起こるか想像もできない。それだけに、今のところは原作通りに進んでいることに安堵すると同時に、嫌な葛藤が内を穿つ。

 

無意識にもう片方の手に握る力が強まる。片手には、袋に入った刀が握られている。

 

「それで――目標は?」

 

内心の動揺を押し隠しながら問い掛ける。

 

《ああ、ちょっと待ってろ。今フジに…って、おめえまだ食ってやがんのか!》

 

向こう側で怒鳴る松尾に意味不明な声が木霊する。

 

大方、好物のチュッパチャップスを頬張っているのだろう。溜め息をつくと、携帯を受け取ったのか、別の声が聞こえてきた。

 

《はひはひ、すんません、真夜さん。お待たせしました、例の古きものって思しき男達が、地下鉄に入ったそうですよ!》

 

興奮する藤村の声だったが、真夜は聞き逃せない単語が混じっていたことに眉を顰めた。

 

(―――達?)

 

混乱する真夜を他所に藤村の言葉は続いていく。

 

《連中の無線から拾ったんですけど、目標は今、丸ノ内線の淡路町駅内を移動中っす。地下鉄に乗るつもりですかね?》

 

キーを叩きながら地下鉄内の監視カメラの映像を呼び出し、目標の姿を確認する。

 

《こいつら――ですかね? 明らかに目立ってますよ》

 

《確かにな、この寒さでこの格好はねえだろ》

 

生憎と映像を確認できない真夜には分からず、また不確定要素なキーワードに内心苛立ちと焦りが滲み出るのを隠せなかった。

 

「特徴は?」

 

半分問い詰めるような口調で言うと、慌てて返事が返ってくる。

 

《あ、す、すいません! え、と…特徴はコートに病院服みたいな薄手のシャツに半ズボン、それにサンダル姿です。見ればすぐ分かると思います》

 

確かに、言われるまでもなく不自然だろう。

 

「分かった。今、大手町駅の近くに居るから、地下鉄で移動する」

 

この近くを歩いていたのは偶然だった。だが、運が良かったというのか――それとも……不意に聞こえた轟音に真夜は顔を上げた。

 

冬の空に不釣合いなローター音が轟く。並ぶビルよりも高い位置を飛ぶヘリ――だが、鉄褐色剥き出しの機体は、暗闇に溶け込んで不気味な様相を醸し出す。

 

通常の民間で使われているものではない――まるで、軍隊が使用するような威圧感がある。思わず視線が細くなる。

 

一瞥するや否や真夜は駆け出す。

 

丸の内線というオフィス街を走る車輌のため、時間も相まって周囲には帰宅のサラリーマンや学生も多い。

 

そんな人混みの中を駆けながら、真夜は聞き過ごせなかった単語を問い返した。

 

「目標は、一人ではないの?」

 

上擦った、それでいてどこか掠れるように問い返す。

 

《ええ、移動しているのは二人みたいっす》

 

「分かった。後でまたかけ直すから」

 

すぐさま受信を切り、息を切らしながら走る。

 

(どういうこと…やっぱり、もう違いが出てきてるっ)

 

明らかに違いが出てきている。やはり、自分がここにいることが既にイレギュラーなのかもしれない。

 

(けど……っ)

 

だが、ここで挫けるわけにはいかない。

 

やっと今日という日が来た――小夜との邂逅…終わりと始まり――――――それらの最初の分岐点。

 

真夜の戦いは、ここから始まるのだ。

 

駆ける真夜と道路を挟んで反対の路地――すれ違う人々の中でも目立つどこか薄汚れたコートを着込んだ少女…虚ろな眼を彷徨わせる少女が不意に反対側を見やる。

 

駆ける真夜を視界に留め、微かに足を止める。だが、真夜の姿は分け隔てる道路を走る車によって掻き消され、消えてしまった。

 

暫しその軌跡を見ていたが、やがて視線を前へ戻し、歩き出す。降り注ぐ真っ白な視界の中、徐に空を見上げる。

 

「………文人」

 

ポツリと漏らした声は低く、雪の結晶の中へと溶けていく。

 

 

 

 

 

 

降り注ぐ雪が舞う中、犇めくビルのネオンを更に見下ろす場所――その最上部に佇む人影が薄らと笑みを零す。

 

吹き荒む風は髪を強く靡かせる。

 

だが、それに抗うことも耐えることもしない…まるで、受け入れるように両手を虚空へと伸ばす。

 

 

「―――Happy to holy night」

 

 

まるで唄うように囁く声は、風と雪によって掻き消え、まるで運ばれるように消えていった――――――

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