BLOOD-C Light which cultivates darkness   作:MIDNIGHT

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第伍夜

小走りで真夜は地下へと続く階段を降りていく。

 

降る雪の影響で、段は濡れ、滑りかねないがそんな事は気にも留めずに降りる様にすれ違う人々は眼を丸くする。

 

ホームに降り立った真夜はICで止まることなくホームに入り、目的の路線へと到着する。

 

《間もなく、2番線に池袋行きが到着します―――》

 

ホーム内に流れるアナウンスに真夜は慌てて最後尾の車輌に飛び乗った。

 

ほどなく動き出す車内の中、タイミングよく携帯端末に受信音が響き、懐から取り出す。

 

画面をなぞると、シスネット・トークのサーラット用に設けられた専用チャットワークに松尾の呟きがアップされていた。

 

【mat_3_jarnal》丸の内線乗ってる人、挙手】

 

なんとも彼らしいアカウントでの呟きに登録されているメンバーから次々と返信が上がってくる。

 

好奇心の強い学生がほとんどだ。情報収集としては、リアルタイムでのやり取りが可能だが、このネットワークも命のやり取りが絡んでいるほど危険なものだとはほとんどの人間は思わないだろう。

 

(ビンゴってとこか)

 

内心、安堵の溜め息をつく。

 

どうやら、くだんの便に乗れたようだ。真夜は徐に車内を移動する。

 

夕方の帰宅ラッシュも相まって、車内は空いているとはいえないが、動けないほど混雑しているわけでもない。人を掻き分けながら真ん中あたりの車輌に入り、移動していると、不意に視界に入った人物に思わず足を止めた。

 

(あの人―――)

 

眼に留まったのは、座席に腰掛けてメイクをしている派手な装いの女性――その姿は、真夜の記憶の中にある。

 

古きものに喰われる女性だ。隣でうたた寝をしている中年のサラリーマンも見覚えがある。

 

刹那、内に大きな息苦しさが襲う。今、眼前にいる人達がこれから死ぬ――そんな未来が待っていることを露も知らず、彼らにとっていつもの日常に過ごす姿は苦しみを誘う。

 

喉が枯れ、鼓動も速くなる。立ち眩みすら起こりそうだが、それを必死に堪え、真夜は眼を背けた。

 

視線を合わせないように落としながら前を過ぎる――残酷かもしれない…非情かもしれない……だが、自分に何ができる―――間もなく化け物に襲われるから気をつけてください…こんな馬鹿なことを言ったところで信じるものはいない。

 

人間は…起こってしまった現実しか見ようとしないのだから――――俯いたまま、真夜は車輌を抜け、次の車輌へと入った。

 

ドアが閉まると同時に葛藤は大きくなるが、振り返ろうとはしない。

 

《間もなく、淡路町駅―淡路町駅――お出口は――》

 

車内に響くアナウンスもどこか遠いものに聞こえてくる。そのままおぼつかない足取りで歩く真夜の耳に、聞き慣れた声が聞こえた。

 

「真夜」

 

ハッと顔を上げると、ドア付近に付けていたイヤフォンを外し、弾んだ面持ちで歩み寄る真奈がいた。

 

電車は淡路町駅に到着し、ドアが開くと同時に人が出入りする。そんな中を抜けながら、眼前まで歩み寄ると、小さく息を吐いた。

 

「よかった、会いたいって思ってたんだ」

 

近くまで寄ると、笑顔で話し掛けるも、真夜は小さく応じるしかできない。

 

サーラットに加わってから、真夜は真奈と距離を置いていた。それは、父親の一件での負い目――そして、これから自分が成そうとすることへの罪悪感からだった。

 

やがて、ドアが閉まり、電車は動き出す。運命の瞬間に向けて―――

 

「それ、傘?」

 

真夜が握る布で包まれた細長い棒のような物に首を傾げる。

 

「な、なんでもないよ」

 

思わずそれを後ろにやり、気を逸らす。

 

「さっき、松尾君からシスネット・トークにあったんだけど…変な人って何だろうね?」

 

メンバーである真奈も当然ながらあの発言を見ている。

 

だが、どう説明すべきなのか――言い淀むなか、視線を逸らす真夜に、真奈は意を決して声を発する。

 

「あ、あのね真夜――」

 

振り絞るように発した声は、奥から響いた悲鳴に掻き消された―――――

 

ハッと振り返る真夜につられるように真奈も奥へと視線を投げる。隣の車輌から人が次々に雪崩込んでくる。口々に「逃げろ」や「助けて」といった悲鳴がまじる。

 

サラリーマンや学生が我先にと佇む他の乗客を押し退けながら走る姿に不審に思った周囲の人々は眼を凝らしてその車輌に眼を向ける。

 

「ね、真夜……」

 

不思議に思い、声を掛けようとしたが、それは寸前で呑み込まれた。

 

前を見据える真夜の視線は、今まで見たことがないほど、鋭く睨んでいる――まるで、その先にいる何かを忌避するように。

 

やがて、人の波が途切れ、事態を呑み込めていなかった真奈を含めた乗客達がその車輌を見た。

 

ドア一枚隔てた先の車輌からは完全に人の気配が消える。その異質な空間の中心に、二つの影が立っている。フード付きのコートの下に薄手のシャツと半ズボンが見える。だが、それは所々擦り切れ、今にも破れそうだ。

 

その下に見える身体は、人のモノとは思えぬ肥大した姿だった。伸びる腕の先を見やった瞬間――誰かが悲鳴を上げた。

 

「っ!!?」

 

真奈も口を両手で押さえ、眼を見開く。

 

獣のように尖った爪で抱えられる球状の物体から零れる紅が床を真っ赤に染めている。

 

アレは何なのか――並ぶ影のま近くの座席には、首のない人の身体が力なく転がっている。周囲の床や壁…天井や窓には、夥しいほどの真っ赤な液体が飛び散っている。

 

いや、他にも人の腕や脚といったものが足元に転がっている。

 

そして―――影の抱える先程から流れる紅を零すものは…ヒトの首だった――――――――

 

それを理解した瞬間、真奈は無意識に視線を逸らした。それは自己防衛本能故の行動だったのだろう――だが、顔を上げた瞬間、それと眼があった。

 

人形のように無機質な瞳と剥き出しになった歯茎とその回りに付着する紅い液体。それに見入られ、真奈は全身が大きくざわめく。

 

誰もがその現実味のない異様な光景に動けないなか、影は持っていた首や手を放り投げ、ゆっくりと歩き出した。その姿は、餌を求める猛獣のようだった。

 

近づく姿に我に返った乗客達は我先にと逃げ出した。少しでも離れようと――動いている車内でそれがどれほどの意味があるのかすら考えずに。

 

ただ『生きたい』という生存本能に突き動かされているに過ぎない。そして、そのために他者を犠牲にすることすら厭わない。押され、転倒する者を踏みつけては離れていく乗客や、誰かを後方に投げやって時間を稼ごうとする者――阿鼻叫喚、地獄絵図とはこのことかもしれない。

 

その光景は、真夜にとっては理解できる部分に見えた。

 

真夜も分かる――自分も何の力もない人間であったなら、逃げていたかもしれない。結局、此の世こそが、本当の地獄かもしれない。

 

真夜は逃げようとはせず、そのまま佇む。だが、真奈は真夜の腕を掴んだまま離さない。

 

ただ眼前の光景に思考が追いついていないのかもしれない。その一方で、真夜自身もまた混乱していた。

 

(小夜がいない……?)

 

そう――本来なら、ここに小夜がいたはずなのだ。

 

だが、小夜の姿はなく…そして、古きものも二体になっている。この差異は、自分がここにいるからなのか―――真夜はガラス越しに相手を見据える。

 

歩く影は二つ――片方は、先頭を歩くのよりも若干細く、また半ば抜け落ちているが、肩まで伸びる毛髪から女性かもしれない。

 

(真治さんなの…!?)

 

この先頭を歩く男は真治なのか――その判別は、既にできないほど容貌が変わっている。

 

この二人もまた、七原文人の実験の犠牲者なのかもしれない。ただ生きたい――それだけでここまで逃げ延びてきたのだろう。苦しさともどかしさ、そして苛立ち哀しみ…言葉にはできないほどの息苦しさが身を張り裂けそうだった。

 

小夜がここにいない以上、真夜しかこの古きものを止めることができる者はいない。決意すると、真夜は真奈の手を解き、怒鳴るように叫んだ。

 

「真奈、下がって!」

 

ビクッと身を竦めて固まる真奈の前で、真夜は布袋から刀を取り出す。

 

鞘を引き抜いて構えた瞬間―――古きものが吼えた。

 

それは、鬼と錯覚するような本能の叫びだった―――刹那、ドアが吹き飛び、その衝撃で車輌内の電球と窓が一瞬の内に砕け散った。

 

包まれる闇のなか、さらにパニックになった乗客に向かって男と女は車輌に駆けるように侵入し、その豪腕を振るう。

 

眼前にいる真夜に向けて薙がれるも、真夜は眼を見開き、刀を振るった。

 

斬り裂かれた腕が舞い、車内に叩きつけられるように落ちる。噴き出す赤黒い血が周囲を染める。真夜にも降り掛かり、視界が一瞬遮られる。

 

「―――っ」

 

微かな動揺があったためか、舌打ちした瞬間、衝撃が襲い掛かった。

 

女の手が男の背後から迫り、真夜の身体を掴むように伸び、堪えきれずに座席の端の支柱に叩きつけられる。

 

アルミの頑強な柱はその衝撃で大きくひしゃげ、背中の痛みに真夜は小さく呻く。

 

こちらを見る女の眼は、赤黒く光り、大きく裂けた口から剥き出しになる歯茎は、肉食獣のように鋭い。

 

こもれる呼吸は荒く、そこに理性はない――逃げようとするが、それより早くもう片方の手が振られ、真夜は反射的に首を下げた。

 

目標を見失った手は荷棚を歪ませ、その隙に真夜は刀を握る手を逆手で振り払った。

 

刃が女の顔を斬り裂き、痛みで悲鳴を上げながらもがくように離れる。片眼を失った女は憤怒に駆られたのか、腕を我武者羅に振り回し、真夜の動きを抑制する。

 

歯噛みするなか、男の方がボタボタと血を流す右腕をだらんとさせながら、呆然と座り込む真奈へと歩み寄る。

 

「っ、真奈!」

 

眼を見開くも、真夜は近づけない。

 

その間に男は真奈に近づき、その顔を間近へと寄せる。

 

掠れた声を漏らしながら視線を向けられる真奈は、眼前に迫るその異形に意識を保つのが限界だった。伸ばされた指の爪が頬を触れた瞬間―――糸が切れたように真奈は意識を手離した。

 

全身から力が抜け、崩れ落ちる真奈に真夜は声を上げる。

 

「真奈!」

 

焦る真夜の前で、男は倒れる真奈の身体に触れる。強引に突破しようとした瞬間、視界に突如光が差し込んだ。

 

電車は神田川の上を過ぎる橋に差し掛かったのだ。暗闇から突如差し込むビルの光に真夜は思わず眼を逸らす。それを逃さす、女は跳び掛かり、真夜は反射的に刀を振り上げて突き出す爪を受け止めるも、相手の突進で身体が反対側のドアに叩きつけられた。

 

衝撃でドアは左右に大きくひしゃげる。苦悶する真夜の前で、男は真奈を抱え上げ、脚でドアを蹴り破った。

 

そのまま走る車内から虚空へと跳び出した。

 

「真奈―――!」

 

真夜の叫びは虚しく、その姿は虚空へと消え、そちらに気を取られてしまった隙を衝かれ、女は再度力を込めて押し込み、重みに堪えきれず、ドアは左右へと離れ、真夜の身体は押し出された。

 

女ごと走る車内から虚空へと投げられた真夜は、重力に絡め取られ、墜ちていった――――――

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