BLOOD-C Light which cultivates darkness   作:MIDNIGHT

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第捌夜

背後でクラクションやサイレンが鳴っている。

 

走る道路が完全な暗闇に包まれていることに、松尾と藤村はどこか釈然としない面持ちだった。

 

「月ちゃんね」

 

その周囲の様子を一瞥し、そう漏らした真夜に二人は納得したように肩の力を抜いた。

 

月山がうまく撹乱してくれたおかげで、もう後方からのハイビームは見えない。

 

「フジ、追跡は?」

 

念には念を――確認すると、ヘッドセットで相手の回線に盗聴する。

 

「……えっと、ないみたいです。撤退すると指示が出ているみたいで――」

 

歯切れが悪いものの、上空から追いかけてくる気配もない。完全に追跡を振り切ったことで、どうにか一息がつけたのか、車内に緊張の糸が緩む。

 

「このまま逃げるぜ」

 

闇に紛れて、念のためにこのまま住宅内を動き回り、車は一路大通りに戻った。

 

先程までのカーチェイスの緊迫した空気はなく、穏やかに帰宅の路につく車の中に混じり、どうにか真奈もほっとした面持ちで息を吐いた。

 

端に座る真夜も、緊張の糸が緩んだのか、小さく息を吐いた。そんな真夜を小夜はどこか警戒するように見つめている。

 

トンネルに入ったミニバンの車内に、坑内の灯りが差し込み、オレンジ色に彩られる。少し先で事故があったのか、道は渋滞しているが、松尾は疲れとどこか憂鬱気にため息をついた。

 

塔を振り切ったことは、今までの活動の中でも大金星であろうが、その代償として愛車はボロボロだ。修理やその後を考えると気が重くなる。

 

「俺の車、ボロボロになっちまった……」

 

「名誉の傷じゃないですか」

 

軽く受け答えながら、藤村も一息つこうとチュッパチャプスに手を伸ばす。

 

そんな中、真奈は隣に座る少女を見た。

 

セーラー服の下から見える肌は雪のように白く、そして冷たげだ。所々に朱い斑点が服だけでなく、肌にも付着している。

 

それは、霊苑で見た怪物の返り血なのだろうか。

 

その少女は、先程から端に座る真夜を睨むように見ている。

 

不意に、真奈はネットで噂になっている『ウキシマ伝説の少女』を思い出した。

 

浮島という街で住人すべてを喰らったや、斬り殺したなど――物騒な内容ばかりが過ぎる。ネットの話では、本当の怪物のような人相まで描かれていた。

 

だが、この少女は、そんな人相とは似てもにつかない。人形のように完成された『美』を持っている。

 

(それに――)

 

その視線を追って、真夜を見る。彼女もまた、同じように朱く汚れていた。顔にも飛び散った血が、不思議と彼女に似合っている。

 

この二人は、どこか雰囲気が似ている。

 

「あ、あの真夜――血が……」

 

いつまでも黙り込んでいる空気に耐え切れなくなったのか、真奈は真夜の顔に付着した血を拭おうとハンカチを手に腕を伸ばすも、真夜はそれをやんわりと制した。

 

「真奈、あまり触れない方がいい。これは、古きものの血だから」

 

ハンカチを取り、自らその汚れを拭う。

 

その意図を図りかねるなか、小夜の視線が一気に鋭さを増す。

 

「何故、古きものを知っている」

 

睨む視線に微かな殺気が混じり、向けられてはいなくても真奈はビクッと身を震わせ、運転していた松尾や藤村も息を呑む。

 

「――生憎だけど、私は貴方の探し人がどこにいるかは知らない」

 

だが、真夜はそれを受け流し、ジッと小夜を見据える。

 

その言葉に小夜は動揺し、息を呑む。

 

「知っているのかっ」

 

次の瞬間、小夜は眼に見えて顔を険しくし、やや語尾を荒げながら掴み掛かるように手を伸ばし、掴まれた肩ごと真夜は扉へと押し付けられる。

 

「真夜っ」

 

「おいっ、何やってんだっ」

 

その様子に真奈は動揺し、松尾も些か慌てる。

 

「文人は…どこだ――っ」

 

だが、そんな制止など聞こえず、小夜は真夜を睨んだまま、低く問い掛ける。その視線に晒され、握られた肩に込められる力が強く響く。

 

事の顛末を知っているだけに、真夜はそれ程の感情を滾らせる小夜の瞳の奥に、言い知れぬ負の感情を感じ取り、気圧されそうになる。

 

だが、それを奮い立たせ、ゆっくりと手を伸ばし、小夜の顔に付いた血を拭った。

 

「っ?」

 

その行動に小夜は微かに眉を顰める。

 

そんな小夜に真夜は精一杯、笑い掛けた。

 

「女の子は、そんなに血を付けてちゃいけないから」

 

ぎこちないながらもそう話し掛け、毒気を抜かれたのか、握っていた力が弱まる。

 

やがて、手を離し、そのまま気まずげに視線を逸らす。緊張感が弱まったためか、車内の空気が僅かに緩和される。

 

改めて、真奈は小夜を見詰める。どこか畏れるような様子だが、あの男から自分を助けてくれたのは、この少女なのだ。

 

そう思うと、その感情も徐々に薄れていく。

 

顔に付着した血を拭き取ったものの、セーラー服の襟元は依然血で汚れている。

 

「ねぇ……あの人、死んじゃったの?」

 

絞り出すように問い掛ける。

 

だが、小夜は応えない。ちらちらと横眼で様子を窺うも、表情はずっと寂しげなまま――不意に視線を上げると、そこにはどこか辛そうに唇を噛む真夜の顔があり、真奈は息を呑む。

 

「真夜――どうかした?」

 

「……なんでもないよ」

 

そう言って視線を逸らす。

 

何故、そんな顔を浮かべるのか――真奈には分からず、胸中が不安にざわめく。

 

「おい、一条――あそこで…いや、地下鉄で何があった? あの化け物みたいな奴らが、例の――」

 

そんな真奈の不安を横に、松尾が背中越しに問い掛けてくる。

 

「地下鉄で騒ぎを起こしたのが、あそこで死んだもの――塔の古きもの……」

 

そう呟いた瞬間、息を呑む音が響く。

 

「あれが、そうだったんですね――」

 

「なら、あの化け物はなんで死んでたんだ?」

 

詳細を聞き、疑問が頭を擡げる。

 

真夜の説明や塔から拾った情報では、あの古きものと呼ばれるものは、人間では敵わない相手だ。

 

顔を上げた松尾の視線が無造作に顔を上げた小夜とかち合った。

 

「――私が殺したからだ」

 

別に問い掛けたつもりではなかったのだが、そう応えた。

 

「正確には、一体は私が――だけど」

 

「うえええっ!?」

 

被せるように紡いだ真夜に、藤村は驚愕に眼を見開き、松尾も衝撃にハンドルを切りそうになった。

 

真奈は声を上げはしなかったものの、驚きに眼を見張っている。

 

「え、お――マジかよ」

 

ニット帽が僅かにずり落ちながら、呂律の回らない上擦った声で問うと、静かに頷いた。

 

実際に投げ飛ばされたこともあるので、確かに腕っぷしはあると思っていたものの、まさか古きものを相手にすることもできるのは、予想外だった。

 

だが、あの場で死んでいた以上、状況から考えても他に思い当たる理由もない。

 

あの古きものと呼ぶ怪物は、警察でも相手にできないほどと言われているからだ。真夜はどこか自嘲気味に肩にかけていた愛刀を鳴らす。

 

暫し車内の空気が静寂に包まれるなか、松尾は小さく嘆息してから小夜を見やった。

 

「――で…あんた、何者なんだ?」

 

なし崩し的になったものの、自分達はこの少女の名すら知らないのだ。だが、小夜は応えようとしない。その時――スピーカーから別の声が車内に響いた。

 

《更衣小夜》

 

その名に、小夜は初めて動揺したように表情を変化させた。

 

《七原文人を、討ちたくはないか?》

 

続けて告げられた内容に、小夜は息を呑み、ここには居ない誰かを求めるように表情が変わる。

 

「文人……!」

 

噛み殺すように囁く名――無意識の内に強張る小夜の瞳が、紅く染まるのを、真奈は見逃さなかった。

 

だが、そこに浮かんでいるのは、霊苑で見た古きものに向けたものではなく、純粋な怒りの感情だった。

 

「これ、殯さんだよな?」

 

「ええ」

 

直接連絡してくるなど珍しい。どこか呆気に取られている中、スピーカーの向こうで、殯は言葉を続けた。

 

《小夜、君を招待する。詳しくはその時に》

 

それを最後に殯の声は途切れ、一行は小夜の動向を窺うように見やるも、当の小夜は先程までの表情を隠し、黙り込んだ。殯にしろ、小夜にしろ何を考えているのかは分からないが、とにかく一度本部に戻らねばならない。

 

トンネルを抜け、渋滞が緩和されるなか、ミニバンは少しずつスピードを上げていく。

 

窓に映る東京の街並みをミラー越しに見据えながら、小夜は口を開き、無意識に呟く。

 

 

「……勝者には褒美を。敗者には、罰を――」

 

 

静かに呟くその言葉は何を指しているのか――真夜は無言で小夜の手を握り締めた。

 

その仕草に小夜は怪訝そうになるも、真夜は俯いたまま、視線を合わせなかった。

 

 

(罰は――誰に与えられるんだろう……)

 

 

最初の幕は終わり、休むことなく次の幕は上がる。

 

 

 

 

 

 

東京の街が見下ろせる超高層ビル。

 

高さは天まで届くかと思うような壮健さを誇る。その最上階の一室――執務室の外壁に備わったテラスの手すりに両腕を預け、舞い落ちる雪を眺めている。

 

舞い降りる雪の向こう――遥か眼下には、無数のビル群が立ち並び、色とりどりのネオンが煌びやかに夜の世界に輝く。

 

「いや~何度見ても絶景だね~~」

 

その光景にうっとりとしながら、凛は手を伸ばし、翳す手のひらに舞い落ちる雪の結晶を受け止めるも、それはすぐに溶けて消える。

 

「これを好きな人と見れたら最高なんだけどね」

 

やや嘆息しながら、肩を竦める。

 

その仕草は、歳相応の少女のそれ――だが、その心持ちを図りかね、ずっと眺めている優花は落ち着かなかった。

 

優花が凛と会ったのは、あの浮島から戻って間もなく――どうにか、あの惨状を目の当たりにした衝撃から落ち着きを取り戻した頃に、彼女は邂逅一番、「コスプレの秘書さん、高校生は楽しかった?」と、無垢な笑顔で尋ねてきた。

 

おまけに、浮島で撮った写真まで突きつけて――それが、僅かな羞恥と嘔吐感を引き起こし、再び身体を壊した。

 

それから、彼女に対して苦手意識を持つようになり、できる限り、眼を合わさないようにしている。

 

だが、その掴みどころのない無邪気さが素なのか――それとも…この少女も、眼前の主のように裏の顔を持っているのか――優花の視線が動き、手前の執務机に座る主――セブンスヘブンの総帥、七原文人を見やった。

 

当人は、先程から興味深げに凛から渡された写真を眺めている。

 

数枚の写真を交互に見ており、そこには、あの霊苑での一部始終が写っており、僅かに見えたものに優花は息を呑んだ。

 

そこに写っていたのは、あの浮島で自分を偽って接していた小夜だった。主人公の相談役という役回りで、演じるなか、自ら裏切った相手――あの浮島で死んだとばかりに思っていたが、彼女は生きてこの地へとやって来た。

 

その目的が何なのか――嫌でも察しがつく。

 

「どうしたんだい、優花くん?」

 

内心の動揺を察したのか、写真を眺めていた文人が徐に見やり、心臓が大きく脈打つ。

 

向けられる視線はひどく穏やかで、まるで聖人のように思えるが、その奥に潜む冷酷さを知るが故、心臓を鷲掴みされたような感覚を憶える。

 

「いえ、なんでも…ありません」

 

必死に動揺を押し殺しながら、抑揚のない声で被りを振る。

 

それに対して追求することなく、文人の視線は再び写真に向けられる。

 

視線が外れたことに安堵するのも束の間、優花の横に立っていた大柄のスーツ姿の男――九頭が低く声を発した。

 

「凛――これはどういうことだ?」

 

施設より脱走した被験体の追跡を指揮していた凛が戻り、事後報告を受けてから、九頭の妹に対する対応は固いものだった。

 

対象の損壊と回収、そして現場の処理に情報規制――これはいい。だが、目撃者を見逃してしまった。塔に失敗は赦されない。当然ながら、任務に失敗した実働部隊は、既に処分した。

 

たとえ…逃亡先が分かっているとしても―――だ。

 

睨む先――妹に対して疑心を込めた声を発するも、当人は背中越しに聞きながら、流している。

 

リズムに乗るように凛は、手すりの前を回転し、ごく自然に床を蹴って手すりに片手をつきながら逆立つ。

 

その様子に優花は眼を見開く。いうまでもなく、ここは地上から考えても相当の高さだ。だが、凛はまるで意にも返していないように、軽業師のように片手で器用に回転し、視線を外へと向ける。

 

「世間じゃ高いっていうあのタワーもこうして見ると、小さいもんだねぇ」

 

視線の先には、近年完成したばかりの電波塔――だが、こうして逆さに見ていると、それも小さく見えてしまう。

 

 

 

 

 

全地は一の言語一の音のみなりき

 

茲に人衆東に移りてシナルの地に平野を得て其處に居住り

 

彼等互に言けるは去來甎石を作り之を善くやかんと遂に石の代に甎石を獲灰沙の代に石漆を獲たり

 

又曰けるは去來邑と塔とを建て其塔の頂を天にいたらしめん斯して我等名を揚て全地の表面に散ることを免れんと

 

ヱホバ降臨りて彼人衆の建る邑と塔とを觀たまへり

 

ヱホバ言たまひけるは視よ民は一にして皆一の言語を用ふ今旣に此を爲し始めたり然ば凡て其爲んと圖維る事は禁止め得られざるべし

 

去來我等降り彼處にて彼等の言語を淆し互に言語を通ずることを得ざらしめんと

 

ヱホバ遂に彼等を彼處より全地の表面に散したまひければ彼等邑を建ることを罷たり

 

是故に其名はバベルと呼ばる是はヱホバ彼處に全地の言語を淆したまひしに由てなり彼處よりヱホバ彼等を全地の表に散したまへり

 

 

 

 

 

不意に、凛はそう言葉を発した。

 

優花は理解できなかったものの、九頭は眼に見えて視線が鋭くなり、睨む。

 

そこで身体を回転させ、凛は笑顔を浮かべたままこちらを――文人を見やった。

 

「創世記第十一章――天を目指した愚者の塔の章―――」

 

天を目指し、神の怒りによって崩壊した塔。名は――バベル………その皮肉めいた内容に、九頭が動こうとした瞬間、文人がやんわりと制した。

 

「九頭」

 

その声に、顔に皺を寄せながら押しとどまる。

 

やがて、凛は手すりから跳んで足をつけ、文人に近づく。

 

「成る程――彼女が凛ちゃんの想い人かい?」

 

ソファに身を預け、楽しげに話し掛けると、凛は屈託なく笑う。

 

「文人様――心変わりだけは赦しませんよ?」

 

ニコリと微笑みながらも、向けられる気配は冷たい。それこそ、相手を殺しかねないほど――それに対し、文人は薄く笑った。

 

「分かってるよ。気にはなるけど……これでも、僕は一途なんでね」

 

悪意のない笑顔で応え、文人は一枚の写真を持ち上げる。

 

そのままソファから立ち、入れ替わりにテラスへと移動し、小さく囁く。

 

「小夜が来た―――」

 

妖しく笑う文人の瞳の色が僅かに変わる。

 

唐突に吹き荒れる風に持っていた写真が手から離れ、宙を舞う。

 

「……面白くなりそうだね」

 

不適に笑う文人。その笑みを背中越しに感じた優花は視線を落とす。

 

デスクに放り投げられた写真には、小夜ともう一人――黒髪の少女が写っている。小夜と同じく古きものの血に染まるこの少女は―――いったい……

 

この場にいる中で、優花だけがその答えを持ち合わせておらず、残りの面々は、各々の表情を見せている。

 

唯一分かっているのは…あの浮島と同じ――いや、それ以上の何かが起こるということだけ。

 

理解していたとしても、優花には何もできない。彼女が望むのは、権力だけなのだから――そのためだけに、文人についているのだから。




今回は塔側まで書きました。
原作のコピーにならないように自分なりに噛み砕いていますが、これがなかなか難しいです。
次は屋敷編――ただ、あまり変更がないので、もしかしたら軽く触れてすっ飛ばすかもです。
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