BLOOD-C Light which cultivates darkness 作:MIDNIGHT
書斎でのやり取りから暫し後――隣の談話室では、小夜と彼女の案内と世話を任された真夜と真奈を除いた面々が顔を突き合わせていた。
いや、その表現はあまり的確ではない。
正確には、中央のソファにドカッと腰掛け、ふんぞり返った態度でどこか不満を張りつけた顔を浮かべる松尾に、こちらはどこか口を尖らせて拗ねたような傍目には微笑ましい顰め顔でキーを叩く月山。だが、その顔と同じくキーを叩く手はどこか苛立たしげで忙しない。
そして――取り纏め役たる矢薙は腕を組んで無言で壁際に佇んでいる。
どこかギスギスした空気に気が気ではない藤村は、簡易キッチンでそそくさとコーヒーメーカーで沸かしたコーヒーをカップに注ぐ。
「お、お待たせしました~~」
ぎこちない顔でコーヒーを持ったトレーを片手に、ポットと各々のカップを持ち込む。
カップもそれぞれの個性が表れており、誰が誰のか一目瞭然だ。それぞれ注いだコーヒーを渡していく。
「はい、まっさん」
「おう」
どこか不遜気味に無骨な保温マグカップを受け取る松尾。
「矢薙さん、どうぞ」
「ありがと」
こちらは少し大人のオシャレなデミカップを受け取り、優雅な仕草で微糖のコーヒーを呑む。
「月ちゃんはカフェオレでよかったよね」
拗ねた表情のまま、どこかひったくるように水玉カップを受け取り、それをどんと横に置いて視線をディスプレイに戻し、キーを忙しなく叩く。
かわいいのだが、その視線に晒された藤村は触らぬなんとやらで、給仕のような仕事を終えて自身の飾り気のない100均カップに砂糖とミルクを加え、松尾の横に座った。
無言の空間に月山の操作音だけが響いていたが、やがてその沈黙に耐えられなくなったか、それとももやもやした苛立ちが限界にきたのか、松尾が頭を掻き毟る。
「だぁぁぁぁ! つうか、殯さん何考えてんだ!」
隣にいる本人は聞かせられないような口調で愚痴る様に、矢薙は咎めるような視線を向けるも、口にはしなかった。
「ホントにいいんすか――あの子、仲間にして」
挑むような視線を向けられた矢薙は視線を逸らし、コーヒーを呑む。
「――殯さんの決定よ」
一拍置いて口にしたのはそんな言葉――松尾の懸念は、矢薙も僅かながらに感じてはいたが、感情よりも理性を優先した。
自分達の――組織のリーダーの決定だ。
それに従うのが秘書であり、組織の役目だ。
だが、その答えに松尾は不満を崩さず、なおも憤るように愚痴る。
「不信どころか怪しさ満載じゃねえっすか! 信じろって言われても無理っすよ、無愛想だし、偉そうだし――だいたい、一条のやつはなんであんな奴に構うんだよ!」
本音はそこか――と、横眼で一瞥する。
あの公園からずっと小夜に対して親しげに接する真夜の態度には、矢薙も少しばかり引っ掛かりを覚えていた。
不意に――彼女と初めて会った日のことが過ぎる。浮島での実験について知り得ていた彼女――そのことを考慮するなら、小夜のことを知っていても不思議ではないが、それだけではあの態度の説明には弱い。
人間は不確かなもの、曖昧なものに不安を抱き、怖れを憶える―――人と異なる存在という小夜に対しても、松尾ほどではないにしても、矢薙とて猜疑心を拭えない。
なのに、真夜はまるで気にもせずに接しており、隣でいた真奈がハラハラしていたほどだ。少なくとも――知り合いどころか、今日まで二人が出会ったことがなかったのは小夜の態度からも明らかだ。
その様子を考慮してか、小夜の世話係りには、真夜と真奈が任され、つい今しがた隣の離れに案内されていった。
「でも、すんごい美人ですよねぇ…真夜さんも美人だし、並ぶと絵になるっていうか――」
そんな松尾の苛立ちと矢薙の懸念を他所に、呑気な言葉を漏らす藤村に松尾の眉が吊り上がる。
「おいこら、フジ! お前美人ならなんでもいいのかよ! このムッツリやろう!」
鼻の下を伸ばす藤村の首に腕を回し、ロックしながら片方の手で頭をグリグリされ、藤村が呻く。
「ちょ――や、やめてくださいよっ、そんなんじゃないっす!」
顰めっ面で抗議するも、松尾は鼻を鳴らして一瞥する。
「とにかく! 俺は気に喰わねぇっての! それに……」
言いよどみながら、松尾は難しげに顔を顰める。
「どうかしたの?」
不審に思った矢薙が尋ねるも、松尾自身も明確に言葉にはできないのか――それとも、口に出すのも躊躇われるのかは分からなかったが、答えずに頭をガシガシと掻き毟る。
「だぁぁっ、もう! とにかくアイツのせいで、なんかイラつくんすよ! 一条の奴もなんか変だし…なぁ、月ちゃんもそう思うよな!?」
今まで会話に加わっていなかった月山は、先程からモニターを凝視したまま、キーを叩いているが、その指使いはどこか荒く、また拗ねるように口を尖らせている状態からも、明らかに不機嫌なオーラが漂っており、松尾は思わず不味ったと、内心後悔する。
それは藤村も感じ取ったようで、宥めるように口を挟んだ。
「つ、月ちゃんが機嫌悪いのは、せっかく真奈ちゃんと真夜さんが帰ってきたのに、殯さんから新人さんのお世話係りに任命されちゃって、一緒に遊んでくれないことだよね?」
月山は、真奈と真夜に懐いている。単に同性ということよりも、二人のプログラミング技術に興味を唆られているという面が強い。中学生ながら、高い処理能力を持つがゆえ、同世代はおろか、そういった話で付き合える人もいなかったため、余計だろう。
だが、それは今の彼女にとって図星な上に禁句でもあった。
「フジくんもまっさんも、昨日落としたにゃんこの動画、見せてあげない」
「「えええええ!?」」
プイッと視線を逸らし、不機嫌な面持ちで悪態をつき、二人が眼に見えて狼狽する。
「お、俺は関係ねえから、見せてくれよな! フジはいいからよ!」
「ちょっ、先輩それはヒドイっす!」
大の男二人が中学生の女の子に必死に拝む姿は傍から見ているとかなりシュールであり、矢薙は深々とため息をつく。
これが、『サーラット』という組織の中心メンバーかと思うと情けないやら、呆れるやらなのだが、それでもこうして和気藹々とするのは年相応
ではあるし、なにより『塔』との抗争は、文字通り『命懸け』――下手をすれば、命そのものすら危うくなる。
あの『鞆総逸樹』のように――そんな死と隣り合わせの状況の中では、こうして僅かでも気を抜ける時間は貴重だ。
常に張り詰めていては、その能力も活かしきれなくなる―――だからこそ、矢薙は彼らを補佐するのだ。
(でも、彼女は――)
矢薙の脳裏に浮かぶのは一人の少女――真夜が古きものを倒したという報告を受けたときは、さすがに耳を疑ったほどだ。
実際の瞬間を見たわけではないものの、直後と思しき映像と彼女に付着していた血から推察するに、おそらく事実なのだろう。以前から謎の多い子だとは思っていた。
殯の指示で、彼女の経歴を調べてはみたものの、別段怪しいところはなかった。
それだけに、彼女がどこで古きものや塔のことを知ったのか、未だに分からないまま――もしかしたら、真夜のその秘密に、小夜が関わっているのではないか……殯もそれを見越して彼女を招き入れたのではないのか―――――
だが――と、矢薙の顔が曇る。
真夜とは違い、小夜には確かに違和感を憶えた。殯の話によれば、彼女は人間ではない――そして、彼女が現われたことで、これまでほとんど接触する機会すらなかった塔と直に事を交える結果となってしまった。
何かが動きだした――そんな予感を抱き、矢薙は未だ眼の前で騒ぐ松尾達を見やり、必ず彼らを死なせはしないと――誓を新たに固めた。
ちょっとした騒ぎが起こっている本館とは打って変わり、隣接する純和風の離れの廊下を歩く真夜の姿があり、その後ろには小夜と最後方で真奈が気まずげに歩いていた。
洋風の廊下からやがて離れの入口に続く木製の廊下に着くと、真夜が靴を脱ぎ、小夜は無言のまま無造作に靴を脱ぎ捨てる。
さすがに土足で上がるほど無神経ではなかったらしい――真奈は場違いな安堵を憶えるも、その間に二人は歩みを進め、慌てて後を追う。
廊下は歩くたびに音を立て、外へと続くガラス戸は半透明な鏡となって動く三人を映す。
ガラス戸の向こう側には、雪化粧に包まれる日本庭園があり、暗闇にその美しさを醸し出す。
先頭を歩く真夜と小夜という人物がそこに入ると、まるで絵画のように見え、思わず見惚れそうになる。
真夜は真奈の眼からみても整った顔立ちをしているが、小夜はそれに輪をかけて美しい――おおよそ、欠点というのもが見えない完成された『美』……人形のような美しさも、彼女が人間ではないからだろうか。
殯もハッキリと言ってはいたものの、未だ真奈は半信半疑だった。だが、思わず見蕩れてしまうぐらいには浮世離れしていると実感はした。
もしかして、真夜も彼女の持つその人ではない妖しさに魅入られているのだろうか――と、考えていると不意に小夜が背中越しに見やった。
「何を見ている?」
「え―――?」
思わぬ不意打ちにハッと息を呑む。
先程から交互に見ていたことに、途端に気恥ずかしくなり、慌ててしまう。
「あの、えっと……さ、小夜って綺麗だなって」
ぎこちない顔で応えるも、小夜は不機嫌な顔を浮かべたままだ。そんな顔も絵になるから不思議だ。
もっとも、口走った当人も何を言っているのか分からずにいるため、会話が続かない。
「まあまあ、褒めてくれてるんだし」
「――興味がない」
真夜が相槌を返すも、小夜は心底どうでもいいと言い捨てる。
「さ、小夜って名前も綺麗だよね? 更衣って苗字も」
どうにか会話を続けようと再度話し掛けるも、その内容は小夜の感情を刺激し、眉が僅かに吊り上がる。
「――更衣は私の名前じゃない。それは、文人の次に私が嫌いなものだ」
射抜くような視線で睨まれ、地雷を踏んだ真奈は思わず竦む。
空気が凍るなか、手を叩く音が響き、それが緩む。
「はいはい、あまり私の親友を睨まないで。悪気はなかったんだし…これから一緒に行動するんだから、ね」
二人の間に入ってそう言い、ウインクしながら小夜と真奈の手を取って握手させ合う。
その行動に小夜は困惑し、真奈は戸惑いながらもどこか嬉しそうに真夜を見つめる。
そうしている間に目的の部屋まで到着し、真夜が障子戸を開く。
8畳ほどの部屋には、化粧台の小さな机、そして布団が置かれている。
「ここ、使って。何か必要なものがあったら、言ってくれれば、殯さんが用意してくれるから」
どこか悪戯めいた顔でそう話し掛けるも、小夜は硬いままだ。
「あ、その左が私の部屋で、右は真奈の部屋になってるから」
部屋の壁を仕切るようになっている襖を指差す。人数に合わせて調節できるようになっているため、ちょうど小夜に充てがわれた部屋を挟む形で真夜と真奈の部屋はある。もっとも、真夜も時々泊まる程度だから、さほど私物は置いていないが。
「――そうか」
だが、小夜は素っ気なく答えるだけで、そのまま部屋に入ろうとする。これ以上、誰かと話すつもりもなかったのだが、その腕がガシッと掴まれた。
身体が引かれ小夜は、うるさげに腕を掴む真夜を睨む。
離せと、視線が訴えているのだが、真夜は動じた様子も見せず、ニコリと微笑む。
「休む前にお風呂入ろ。身体も冷えたしね――お風呂と洗面所の場所も、ついでに教えるから」
小夜の抗議を無視し、真夜は腕を引いてそのまま進んでいく。
「なにをする、離せ!」
「はいはい~一名様ご案内~~」
予想外の展開に真奈は眼を白黒させ、ポカンとなっていたが、我に返ると慌てて後を追った。
真夜は小夜を引きながら離れの奥へと連れ立つ。
ここには来賓者用にやや大きめの入浴施設と洗面所が備えられている。見た目は年月を感じさせるのだが、ここに入っている浴槽には最先端の浄化装置が取り付けられているとかで、24時間入浴ができる。
もっとも、主に使用するのはサーラットの女性陣に限るのだが……ドアを開いて入ると同時に小夜が力任せに手を振り払った。
「何のつもりだ!?」
声を荒げるも、真夜は苦笑するのみで、困ったようにしている。
「だから、お風呂――ひょっとして、お風呂に入ったことない?」
「それぐらい――っ」
羞恥に顔を染めるも、その表情がどこか苦く陰が差し、口を噤む。
「はぁ、真夜」
そこへ追いついてきた真奈が窺うように見やっており、真夜は小夜に話し掛ける。
「ね? お風呂に入って温もれば、少しは気分も落ち着くし――あ、なんなら脱ぐの手伝おうか?」
向ける視線と言葉に小夜は窺いながらも戸惑う。だが、やがて観念したように胸元のリボンをほどく。
「それぐらい…一人でできる」
顔は相変わらずの不機嫌顔だが、素直に従ってくれたことに真夜も笑顔を見せる。
「うん、ありがと…あ、真奈も入る?」
「え? あ…う、うん」
事態の推移に呆気に取られていたが、真夜に促され、どこか気まずい空気のなか、少女達は服を脱ぎ、身体を晒す。
「中に一通り揃ってるし、バスタオルはここに置いてあるから」
ハンドタオルを渡し、説明を終えると真夜がドアを開く。
奥には湯気の熱気が漂う浴室があり、その空気が肌を刺激する。
小夜はどこか戦場にでも赴くかのような強ばった面持ちで足を踏み入れる。続いて真夜と真奈が入り、ドアが閉められる。
そのまま檜でできた湯船に浸かろうとする小夜の手を真夜が取り、有無を言わせず洗い場に連れて行く。
「はい、座って」
「自分でできるっ」
先程から子供扱いのようにされることに苛立つも、真夜は気にした素振りもみせず、座らせた小夜にシャワーのお湯をかける。
もう無駄だと悟ったのか、されるままだった小夜だが、背中越しに流れる熱さが心持ちを僅かに宥める。
こうしてお湯に身を委ねるなど、数ヶ月ぶりだ――その熱さに身を委ねる小夜の背中に、真夜がそっと囁いた。
「過去は消せないかもしれないけど――小夜はここにいていいんだよ……」
不意打ちに近いその言葉が、小夜の心を大きく揺さぶり、眼を見開く。
刹那、飛び跳ねるように身を起こす小夜に弾かれ、真夜が後ろに尻餅をつく。
「真夜っ」
慌てて真奈が駆け寄るも、小夜はどこか畏れるように真夜を見つめ、やがて何かを振り払うように唇を噛み、浴室から飛び出していった。
その背中を呆然と見送ると、我に返った真奈が再度真夜に声を掛ける。
「真夜、大丈夫?」
「平気…ちょっと強引すぎたかな」
苦く笑いながら肩を落とす真夜に、真奈は戸惑う。
「真夜…どうして、あの人にそこまで関わるの?」
さっきからの真夜の小夜への態度には、どこか釈然としないものを憶え、なにより不安が真奈の胸中を過ぎる。
その問い掛けに対して、真夜は困ったように顔を顰める。
「うーん……どう言えばいいんだろ――ただ、放っておけないから…かな」
そう言って浮かべる表情は同情とも違う――ただ、小夜の身を案じるかのように……その原因の一端を知るだけに、真夜は曇る。
「彼女――戸惑ってるだけなんだと思う。それに、このまま他のみんなとの関係がギスギスしたものだと、ね?」
納得はまだできかねたが、真奈も小夜を悪い人だとは思っていない。
助けられたのは事実だし――なにより、彼女のお世話係りを頼まれたのだ。未だ、サーラットに対して満足な働きが返せていない真奈は、どうにかして小夜と松尾達他のメンバーとの架橋になりたい。
「だから…真奈も小夜のこと、気にかけて欲しいんだ」
その言葉が何より嬉しかった。
親友である真夜からそう頼られることが――なにより、彼女の、そしてサーラットの力になれる。それが真奈の気持ちを奮い立たせる。
「うん、私もできるだけ話しかけてみるよ」
「――ありがと」
「ううん」
「さて、と――それじゃ、私達も早く休もっか。明日も忙しいし」
区切りをつけて、立ち上がった真夜がそう呟くと、真奈は首を傾げる。
「明日は、出かけるから」
どこか謎かけのようにウインクする真夜に、真奈は考え込むだけだった。
風呂場から逃げた小夜は、そのまま充てがわれた部屋に飛び込み、ピシャリとドアを閉める。
息を乱しながら、ドアを背にその場に座り込む。
先程の醜態を思い出し、自己嫌悪するように頭を掻き毟り、歯噛みする。
真夜の言葉が、小夜の心を揺さぶる。
そして、どこか怯えるようにバスローブ姿の身体を抱きしめる。
捨てろ―――と……
忘れろ―――と……
自身の奥が叫ぶ。
温かな記憶と憎悪がせめぎ合い、小夜は隙間から差す月明かりのなか、その身を縮める。
まるで闇に怯えるように―――――
大変お待たせしました。
今回は最後のお風呂のシーンはどこまでならいけるのか悩みましたが、
まだ内容的なものを考慮してあっさりしたものにしました。
いや、書いてみたいんですけどね――お風呂場できゃっきゃするの。
次回はミセ編です。
気長にお待ちいただければ幸いです。