BLOOD-C Light which cultivates darkness 作:MIDNIGHT
人が大勢行き交う。
信号が青になると同時に一斉に歩行者が道路に雪崩込み、人に溢れるのが、東京の若者達の街、渋谷のJR渋谷駅ハチ公前スクランブル交差点の日常だった。
人が途切れることがないと言われている交差点には、若者を中心にサラリーマンや子供連れ、老若男女問わず行き交っている。
街頭モニターには、ファッションの最先端をいくと評されるように華やかな映像が流れている。だが、その映像の中に時折、東京都の青少年保護条例をPRする広告映像が混じると、十代の若者達はこぞって顔を顰める。
街角には、タウンガーディアン達が立ち、若者の動向に眼を光らせて監視している。その姿に悪態をつきながら距離をとる者、あからさまに嫌悪する者など、若者の反応は総じてマイナス的だ。
だが、関わりだけはしたくないとそれを視界に入れず、後数時間の一時を謳歌するべく興じている。
そんな様子を一瞥しながら、歩く人波に混じり、小夜と真夜、真奈の三人は歩いていた。
三人とも年相応のコート姿のため、不審に思う者はいない。先頭を無言で歩く小夜のすぐ後ろを並んで歩く真夜と真奈だったが、真奈は小声で呟いた。
「ねぇ、真夜…よく出かけるって分かったね?」
思わず昨夜のやり取りが思い出される。
お風呂場で真夜が告げた『出かける』という言葉を証明するように今朝方、小夜が突然出かけると言い出し、指定された場所への行き方を尋ねてきた。
その時に真夜を見てしまったのは仕方ないだろう。真夜は小さく笑いながら小夜に応じ、案内すると言い出した。
昨夜の一件のせいか、小夜はどこか真夜に対して警戒を見せていたが、拒否はしなかった。
そして、小夜が出かけると言ったのは既に昼を過ぎての時間であり、指定された場所があまりに予想外であったために、真奈も戸惑いを隠せない。
こんな場所に何の用があるのだろうか――そして、真夜はなぜ小夜の動向を知り得たのか…分からないことだらけで、疑問と好奇心を掻き立てさせられ、ちらちら視線が両者を行き交う。
それに対して真夜はどこか苦笑い気味だ。
分かれる道をセンター街に入ったあたりで、小夜が突然立ち止まり、顰めた面持ちで振り返った。
「なぜ付いてくる?」
どこか横柄な口調だが、その視線――もとい、彼女の纏う迫力だろうか、それに思わず真奈は気圧され、後ずさる。
まるで、抜き身の刃を相手にしているような鋭さがあり、しろどもになる真奈だが、真夜が横から小さく促し、昨日決意したように、意を決して話し掛ける。
「あ、えと――小夜って、し、渋谷初めてだよね? 一人じゃ危ない……ってことはないかもしれないけど」
なんとか会話のきっかけをつかもうと、必死に考え込む真奈は何かに閃いたように、すぐさま携帯端末を取り出した。
「ほ、ほら…携帯――小夜って、持ってないでしょ? 何かあったら、すぐ連絡できるようにって……」
引き攣った顔でそう告げるも、小夜は黙ったままだ。
言葉が出てこず、隣にいる真夜に助けを求めたい――だが、真夜もまた黙ったままだ。
「また…あんな目に遭いたいのか」
どこか脅すように告げられた小夜の言葉に、ハッと昨夜の記憶が甦る。
表情は変わらないものの、その言葉に、真奈の身を案じているのだと察し、無意識に感じていた警戒心が薄れる。
「その…小夜と、一緒にいたいんだ――」
小さく囁く。
あんな怖い目に遭うのは確かに嫌だったが、それ以上に小夜ともう少し話したいと思ってしまった。
そんな真奈の肩を真夜が軽く叩き、褒めるように見つめ、今度は真夜が小夜を見やる。
「心配なんだよ、真奈は――もちろん、私も」
「……なぜ?」
厳しかった表情から、どこか畏れるように見やる小夜に、真奈は父親の姿を重ねる。
あの時――古きものを殺した後で垣間見たどこか寂しげな…それでいて、決して変えられない覚悟を秘めたあの表情―――今思えば、セブンスヘブンへと取材に出向くと決めた父親もどこか覚悟を決めていたのかもしれない。
だからこそ、真奈は小夜といたいという思いが強くなる。
言葉にできない思いに俯く真奈と気遣いながら窺う真夜に、小夜は諦めたように言った。
「付いてきたければ、付いてくればいい」
ぶっきらぼうに言った言葉に真奈が顔を綻ばせて上げるも、小夜は含むように続けた。
「ただ――付いて来られればの話だが」
再び背を向けて歩き出す小夜に真奈は一瞬疑問符を浮かべて真夜を見やるも、真夜は苦笑を浮かべたまま軽く促し、離れていく小夜に気づいて慌てて後を追った。
数分後―――真奈は自分が立っている場所に違和感を覚えていた。
小夜の後を追いながら付いていくなか、途切れず聞こえていた人々の声や鳴り響く音楽、動く車両の音すらも一切聞こえなくなり、周囲を見渡せば、見慣れない光景が飛び込んでくる。
高く聳えるビル群の隙間から傾く陽の光が反射し、茜色の色彩が映える。
センター街を宇田川へと続く道を歩いていたはずなのに、いつの間にか眼前に大きな屋敷が佇んでいた。
「え? え?」
思わず上擦った声で周囲を見渡す。
ビルに囲まれたその屋敷は首を傾げるほどの立地だった。というよりも、こんな場所にこんな屋敷がある事自体がなにか違和感がある。
「こんなところに、こんなお屋敷があったなんて……全然、知らなかった」
ポツリと呟いた真奈の言葉に一歩前で佇んでいた小夜が振り返った。
「見えるのか?」
「え? 大きなお屋敷が見えるけど…他に何かあるの?」
尋ねる真奈に答えず、小夜は視線を真夜に向ける。
「迷子にならずによかった――さ、入ろ」
その言葉に小夜は顔を顰める。
「知っているのか?」
「―――来たこと、あるから」
何のために――とは言わなかったが、それでも若干驚きを含んだ小夜に真奈が戸惑う。
「真夜、知ってるの? このお屋敷」
「うん――ここ、お店なんだ」
「お店?」
「そ、入ろ」
驚く真奈を横に再度促す真夜に困惑しながら、小夜は店へと続く門を潜り、玄関まで続く石畳を歩く。
勝手知ったるとばかりに扉を開き、躊躇いもなく開かれる扉の奥へと進む小夜に遅れて真奈と真夜も入る。まるでそれを確認したように扉が静かに閉まり、一瞬ビクっと身が震える。
静まり返るなか、とても真奈が想像したものと違っており、先程から平然としている親友と当人に問い掛けた。
「ねぇ、勝手に入っちゃって大丈夫?」
それに対して真夜は苦笑気味に相槌を返し、小夜は一人店の奥を見据える。衝立の向こうには薄暗い廊下が果てしないように続いており、外から見えた屋敷の奥行から考えても視認できないほどだ。
こんなに奥行があっただろうか――と、首を傾げる真奈の耳に、声が聞こえた。
「久しぶりだな、小夜」
不意に聞こえた声に驚き、その主を探して視線が動くも、姿は見えない。
動いていた視線がぐるりと一周し、下を向いた瞬間―――上がり框のところにちょこんと座る猫のように小柄な茶色の見たことのない犬がいた。
ジッとこちらを見る視線に真奈が驚く。
声を上げなかったのは、思考が追いつかないせいか――だが、小夜は気にもせず、応えた。
「まだ、三ヶ月しか経っていない」
その返答に真奈は口をあんぐりと開けてしまい、思わず真夜を見ると、小さく笑みを噛み殺している親友がいた。
小さく肩を震わせる真夜は視線を犬ではなく屋敷の奥へ促し、それにつられて真奈も視線を奥へと向ける。その時、暗闇の奥から人影が現われる。
同じように眼鏡をかけた藤村とは違い、どこか落ち着きを感じさせる物腰の青年だった。
柔らかな微笑を浮かべる青年が後ろ足で首を掻く犬を持ち上げ、笑いかける。
「いや――本当の小夜に会うのは、久しぶりだよ」
笑いかける青年に小夜は無言のままだが、そこまで至って真奈はようやく自分が一人、醜態を晒したことに気づき、思わず真夜を睨む。
口を尖らせる様に小さく謝罪しながら、真夜は青年を見据えると、青年も振り返った。
「いらっしゃい、また来てくれて嬉しいよ」
「ご無沙汰しています」
頭を下げて応じる真夜に、先程の言葉が事実だったと実感し、真奈はますます混乱し、小夜は驚いた面持ちで二人を交互に見つめる。
「そちらのお嬢さんは初めてだね――ようこそ、願いをかなえるミセに。四月一日君尋です」
温和な笑みを零しながら、奥へと促す様に、三者三様の形で進んでいった。
一行は夕陽の差し込む部屋へと案内されていた。
差し込む光が部屋を橙に染め、灯りのないこの部屋の唯一の明るさといってもいい。部屋の形や位置からすると、外から見えた塔のように高い場所だというのは真奈にも理解できた。
だが、この部屋の中に漂う何とも言い難い空気はどうなのだろう――真奈は落ち着かない状態でテーブルを前に座っている。
小夜は窓の外を見つめたまま佇んでおり、真夜を窺うと、四月一日が抱えていた犬を手元で撫でながら、その喉元を軽く弄っている。それが気持ちいいのか、犬は緩んだ面持ちのように甘えている。
何故このミセのことを知っているのか、四月一日という青年は誰なのか、そもそもここは何なのか――などなど、次々と疑問が湧き上がるも、訊くタイミングが掴めず、先程から真奈の耳に聞こえるのは壁に取り付けられた大きな時計の振り子のみだ。
だが、その時計も針が止まったまま――時間を告げるという本来の役割を放棄しているこの時計はいったい何のためにここに取り付けられているのかと、余計なことにばかり思考が向く。
肝心の四月一日は案内すると同時にどこから取り出したのか、ティーセットでお茶を淹れている。その仕草はとても様になっており、テレビなどで見るプロとも遜色ないように見える。
やがて、四月一日はすっと真奈の前に紅茶を差し出す。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
そう返事するのが精一杯な真奈に小さく微笑し、犬と戯れる真夜の前にも差し出す。
「その子がそこまで懐くのは珍しいね」
「そうなんですか? あ…」
首を傾げる真夜の手から一瞬の内に離れ、テーブルの上をトコトコと歩きながら四月一日の前にやって来ると、真夜はどこか非難めいた視線を向ける。
軽く失笑すると、残る一つを小夜の席にも置くと、未だ背中を向ける小夜に声を掛けた。
「小夜もどうだい?」
「――いらない」
背中を向けたまま平坦な声で応える様子に怒るでもなく、小さくため息をつくと、自分の席に座った。
それを確認すると同時に犬が四月一日の腕に飛び込み、それを受け止める。
その様子を見守っていた真奈だったが、手元に置かれた紅茶から漂う花のような柔らかな、それでいて芳しさの中に甘味を感じさせる香りに心が落ち着く。
「い、いただきます……」
「どうぞ」
先程から事態の推移の把握に勤しんでいたため、喉がカラカラだった。
誘惑に抗えず、恐る恐るカップを手に取り、口に含むと、ふわりと香りが口の中に広がり、程よい渋さが舌の上を過ると甘さが後から広がる。
「美味しい――」
思わず口に出してしまう。
「それはよかった」
ニコリと微笑みながら、視線が真夜へと向く。
「君に渡した刀――うまく使ってくれてるかな?」
「はい――今日は持ってきてないですけど、大切にしています」
呑んでいたカップを離し、そうハッキリと応えると、四月一日も満足気に笑い返す。そのやり取りを見ていた真奈は、ようやく思考が落ち着いてきたのか、思っていた疑問を口にした。
「あの…ここは、どういうお店なんでしょうか?」
小夜が目的とし、真夜も利用したことがあるとい――外見からはそう見えないだけに、不思議そうに問うと、四月一日は微笑んだまま告げる。
「願いを叶えるミセ――だよ」
出会い頭でも言われたが、真奈にとっては答えになっていなかった。
「ひょっとして…占いのグッズとかそういったものですか?」
真奈の脳裏には女の子が好むファンシーな雑貨類から、それこそ黒魔術にでも出てきそうなオドオドしいものまで様々なものが過ぎるも、それを察してか、小さく失笑する。
「なんでも屋さんかな」
少し考える仕草を見せて告げるものの、真奈は疑問を払拭できないまま、首を傾げる。
自然と視線が先程から会話に加わっていない小夜に向く。
「小夜は――ここの常連さんとか、なの?」
その問い掛けに初めて反応し、振り返る。
「何度か来ただけだ」
ぶっきらぼうに告げ、視線が四月一日に向けられる。
「欲しいものが――ここにある」
挑むように告げる小夜の視線は、まるで懇願するように見て取れる。
「真夜は――?」
「――一度だけ来たことがあるだけ。私の場合、ここしか思いつかなかったっていうのもあるんだけど」
苦笑気味に漏らす真夜だが、どこかその表情が憂いを帯びたように陰りが入り、視線を落としている。
まただ――再会してから見せるあの顔……何故そんな辛そうな顔をするのか、未だに真奈には分からずにいた。
「それにしても――小夜が誰かと一緒だとは驚いたな」
「――連れてきたわけじゃない」
犬を撫でながら、小夜に話しかけるも、当人はからかわれたように感じたのか、不機嫌そうに言い返す。
「あ、わ、私達勝手についてきたんです!」
間髪入れず真奈が立ち上がり、声を上げる。
思わず口を挟んだものの、四月一日は変わらぬ笑みで小さく失笑する。
「でも…それを許した、と」
意表を衝かれたのか、口を噤むも、刺々しさはなく、どこか苦い顔だ。四月一日も小夜との会話を楽しむようなやり取りだが、不意に笑みが消え、犬を撫でる。
「浮島では、この子を通じて傍にいたけれど、役に立ったとは言えなかったな」
どこか申し訳なさげに告げる四月一日の言葉に真奈はハッとする。
浮島での一件は真奈も詳しくは知らない。だが、少なくとも真夜は自分よりも知っている――そして、この四月一日という青年も何かを知っているのかもしれない。
「君は――自分で自分を取り戻した」
「それでも――掛けられた言葉は、キッカケにはなった」
それが小夜なりの感謝だと四月一日は再び微笑を携え、問い掛けるように告げた。
「なら―――今日は?」
訊くまでもないかもしれない――向かい合うように振り向く小夜は、四月一日を正面から見据える。
「……また、刀が欲しい。強い、刀が―――」
懇願するように――そして、渇望するように告げる小夜に、反応したのは四月一日の膝下でくつろいでいた犬だった。
突然四月一日の動作が止まったことを感じ取り、窺うように見上げると、四月一日は微かに眼を細めてなにかを考えるように小夜を見つめている。
どれだけそうしていたのだろうか――四月一日が席を立ち、犬を床に下ろすと戸口へと促した。
数分後――一行はミセの奥にある倉庫のような場所に通されていた。
薄暗い部屋は僅かなランプ灯だけしか灯りがなく、奥までハッキリと認識できない。真奈は真夜と部屋に入った場所で佇み、小夜は一人倉庫の中を物色するように見回している。
四月一日は戸口に背を預け、煙管から白い煙を空中に霧散させながら天井を仰いでいる。
両の壁に備えられた棚には陶器の壺や皿、それに巻物や掛け軸、はては花瓶に楽器類、化粧箱や家具調度品まで置いてある。中央には台座に固定された槍や弓矢、刀剣類が置かれており、その様はまるで骨董品屋にいるように錯覚させる。
四月一日が漏らした『なんでも屋』という単語が的を得ているなと真奈は思った。不意に、真奈は横で平然としている真夜を見る。真夜にとっては二度目の光景だけに驚きは少ないのだが、真奈は思わず囁く。
「ねぇ、真夜――このお店、こんなに広かった?」
奥行を見る限り――というよりも、外観で見えた建物の大きさから考えるに、これだけの広さがあるのが信じられなかった。
「まあ、不思議なとこだから――なんなら、奥まで探検してみる?」
「え、遠慮しておくね」
好奇心がないわけではないが、なにか深く入り込んだら抜け出せないような感覚を抱き、苦笑気味に応える。
そうこうしている間にも、小夜は品定めを続け、やがてその動きが止まる。小夜が立ったのは、日本刀が何本も並べられた棚だった。それを一瞥し、その内の一振りを手に取る。
両手で鞘と柄を持ち、ゆっくりと引き抜く。抜き取った刃が微かな灯りに反射し、刀身に己の顔を映す。
美しくも妖しい刃紋を見据える小夜は周囲を威圧するようなものを感じ取らせ、真奈を動揺させる。真夜はその様子に息を呑む。その刃の向こうに見えるのは、己が狙う相手のみ―――鋭利な気配が充満するなか、四月一日はポツリと呟いた。
「やはり…それを選んだか」
まるで最初から分かっていたとでも言いたげに戸口から見る四月一日に小夜は刃を鞘へと収め、ゆっくりと向き直る。
「対価は?」
小さく問うと、四月一日は表情を隠し、一瞬真夜を見やった。
ほんの一瞬だったため、真夜も小さく眉を顰めるが、考え込むように煙管を噴かすと、応えた。
「……いい」
「――どういうことだ?」
予想外の答えだったのか、小夜が怪訝そうに見るも、四月一日は煙を吐き出す。
「対価は――いや、今はいいだろう。また、ここに来たときでいい」
どこか優しく見る四月一日に小夜は不可解ながらも、小さく頷き、真夜と真奈は困惑したまま顔を見合わせるのみだ。
「そばにいてやってくれるかな」
玄関まで見送りにきてくれた四月一日が掛けた言葉に真奈は思わず声を上げる。
「え?」
「小夜の――」
その言葉にブーツを履く手を止めてしまった真奈だったが、一足先に立ち上がった真夜は真剣な面持ちで見ている。
「――でも、その…迷惑がられてるんじゃ……」
無言の真夜に対して、真奈はどこか辛そうに言うも、四月一日は微笑む。
「心配ない――そう思っているなら、ここまで連れてはこないさ。それに、君らは店に入ってこられた。それだけで十分だ」
ますます分からなくなり、真奈は首を傾げる。
「……あの、二人はどういう………?」
小夜もそうだが、ここまで肩入れする四月一日との関係が気になったのか、思わず問い掛けると、四月一日は小さく笑う。
「店主と客…だよ」
簡素な答えだったが、答えながら犬の顎の下を指で掻くように撫でると、犬が気持ちよさそうに眼を細める。
「でもね、同じように永く生きていると、情も移る――」
発せられた声は優しげで――それでいてどこか儚く聞こえる。
「――はい」
応えずにはいられなかった――そんな安っぽい同情などではなかったが、真夜は静かに…それでいてどこか強い意思を感じさせる口調で頷いた。
それに満足したのか、真夜に笑いかける四月一日に頭を下げる。
「真奈、先いくね――小夜放っておいたら先にいっちゃいそうだから」
どこか悪戯っぽく告げると、真夜は先に屋敷を出た小夜を追って戸をくぐっていく。
「あ、ま、待って!」
慌てて履くのを再開し、紐を締めると踵を合わせながら立ち上がる真奈に、四月一日は声を掛けた。
「――彼女を支えてやってくれ」
四月一日が視線で差した先には、店の外に出た小夜を追って扉をくぐった真夜の背中が見え、真奈は驚いた。
「真夜…ですか?」
思わず問い返すと、小さく頷く。
いったいどういうことなのだろうか――困惑する真奈だったが、ある一点が引っ掛かる。
「でも――真夜は……」
再会して以来、どこか溝を感じる真夜との距離―――サーラットに加入すると同時にメンバーからすぐに頼られる存在となった。近くにいるはずなのにどこか遠いと感じる彼女。
「君しかできない――心配しなくていい」
そんな真奈の心情を察したのか、そう声を掛けられ、真奈は幾分か不安をやわらげた。
「ありがとうございます!」
頭を下げて礼を述べると、外で待ってくれている二人を追って外へと駆けていく。
閉まる扉の向こうで二人に追いつく姿が見え、やがてバタンという音とともに扉が閉じる。
「小夜――君の対価…そして、彼女の願い―――縁はもう…繋がっているから―――」
無音に包まれる屋敷のなかで、静かに呟く四月一日の言葉は溶け、まるでその存在すらなかったように屋敷内は静寂に消えた。
お待たせしました。
ミセ編終了です。
次回はもどって屋敷編。次にオリジナルのエピソードを挟んで学園編です。