BLOOD-C Light which cultivates darkness 作:MIDNIGHT
四月一日のミセから戻った時には既に夜の9時を回っていた。夜の9時以降は未成年の外出が規制されるため、ギリギリだったのだが、そんなものに関係なく問題は起こった。
「だから、危ねえって言ってるだろうが!」
事の顛末を聞き終えた松尾がテーブルをバンと叩き、睨むように声を上げる。その勢いに真奈は若干引くも、それだけ心配してくれたことには嬉しく思う。
屋敷に戻り、暖房の効いたリビングに入った真奈を出迎えた面々に、帰宅途中でタウンガーディアンとトラブルになったことを伝えた。
四月一日のミセを出た後、帰宅途中でタウンガーディアンに職務質問を受けた。まだ条例で定められた21時ではなかったから、どうにかやり過ごそうとしたものの、小夜が持っていた刀を指摘され、言葉に詰まった。ただでさえ、個人IDなど持っていない小夜が、銃刀法違反で検挙されたら、どうなるか分からない。
監視員達が囲うように動くなか、小夜の動きは速かった。瞬時に足払いで監視員を転倒させ、まともに受身も取れなかった監視員は地面に強か身を打ちつけ、悶絶する。
そこで監視員達は携帯武器を取り出し、警棒で叩き伏せようと襲いかかってきたが、標的にされた真夜はその腕を受け止め、同時に絡め取って相手の突進を利用して膝蹴りを相手の腹部に叩き入れ、呻き声を上げて崩れ落ちる。
残りの一人も小夜に襲い掛かるも、それは空を切り、小夜は手にした刀を鞘ごと振るい、腕に叩きつけた。骨が妙な方向に曲がり、苦悶の悲鳴が響くも、間髪入れず、足払いされ、転んで気を失った。
瞬く間に一掃した小夜と真夜に真奈は呆然となった。
「すごい……」
純粋にそんな言葉しか出てこなかったが、真夜がすぐさま真奈の手を取った。
「ほら、逃げるよ! 小夜も!」
真奈の返事を待たず走り出し、仏頂面の小夜に叫ぶ。
「面倒事は御免でしょ!?」
そう指摘され、小さく舌打ちして後を追って走り出した。三人はそのまま裏通りを抜け、表通りに出るやいなやすぐさま人ごみに紛れていく。
渋谷の街はちょっとした迷路だ。まだ午後9時までに時間はあることから、少しばかり攪乱するように走り、そのまま駅まで向かった。
真夜に手を引かれながら、真奈は思わずその手を強く握り締める。離れることへの不安、そして真夜がどこへ向かおうとしているのか、それを知りたいと―――
ちょっとした冒険譚のように語った真奈に、聞いていた松尾達は大仰にため息をついた。月山は不安がまだ拭えないのか、真奈に抱きついたままだ。
そんな月山の頭を撫でながら、苦笑する。
「それにしても、もう話題になってますよ。顔を撮られなかったのが救いですね」
藤村がノートパソコンの画面を見せる。渋谷の路地裏に設置された街頭カメラが監視員を相手に立ち回る小夜と真夜の姿を捉えていた。だが、距離があり、また映像も夜ということで、傍目には顔の認識は難しい。
この後すぐに、この様子を遠目で見ていた人間がすぐさまSNSで呟き、お祭り騒ぎになっている。タウンガーディアン相手の立ち回りなど、滅多にお目に掛かれないだけに、シスネット・トークでもスレッドがいくつも立っている。
女の子であるということまでは分かったが、その素性に関してはいろいろな憶測が飛び交っているが、内容が内容だけに松尾達の心配も冷や汗ものだ。
「それにしても、やっぱり真夜さんも普通じゃないですね。あんな風に相手取れるなんて―ったぁ」
思わず口にした藤村の頭を松尾が叩き、月山の睨む視線で失言に気付き、委縮する。
「とにかく、次危ねえってことになったら、すぐに逃げろよ!」
口が悪いものの、そう気遣う松尾に苦笑しながら、真奈はまだ胸の高揚を抑えることができなかった。
その頃、真夜は小夜と共に殯への報告に訪れていた。
ちょうど食事の時間だったようで、無駄に長いテーブルの上座にて並べられた豪華なディナーを食すなか、その対面の席に座らされた真夜と小夜の前にも同じものが並んでいるが、どちらも手をつけていない。
「口に合わないかね?」
食事をする手を止め、そう問い掛ける殯に小夜は無言のまま、真夜はやや困ったように笑う。
「ダイエット中で」
誤魔化しにも似た言い訳だったが、真夜は内心警戒を高めていた。屋敷に戻ると、矢薙から小夜といっしょに報告に来るようにと言われたからだ。
それには首を捻った。小夜のことは分かるが、別段自分には報告するようなことはなかったし、こんな展開は『元の』流れにはそもそもなかったはずだ。
戸惑う中、部屋へと通された二人の前には既に食事が用意されていたが、この屋敷では迂闊に口にするのは躊躇われるため、適当に誤魔化す。そのタイミングで殯に今日の行動を訊ねられたので、小夜を見やるが、当人は無言で無愛想なまま、我関せずといった態度だ。
(これって、私が説明するの?)
殯からも無言の圧力を感じ、内心でため息をつきながら、仕方なく四月一日のことはうまく誤魔化し、小夜が新しい『刀』を手に入れたこと、そして帰宅中に都の監視員に職務質問を受け、どうにか振り切ったことを報告した。
報告を終えると、両者を挟んでテーブルの真ん中で話を聞いていた矢薙の表情がみるみる顰まり、眉間に皺が寄っていくも、聞き終えた殯は食事を止め、一息つくようにポツリと呟いた。
「刀―――ね」
胸元のナプキンを取り、口元を拭いながら、興味深そうにしているも、矢薙は内心、そうじゃないと声を出したかった。
とはいえ、それを口にしなかったのは既に前例があったからだ。やや恨めしそうに真夜を見る。彼女がサーラットに加わった際、帯刀することを許可して欲しいと申し出た。
矢薙は一瞬、何を言われたのかまったく理解できなかった。一介の女子高生がそもそも真剣を持ち歩くなど、彼女の常識の範疇外だったとしても責められまい。
いや、それ以前に日本には銃刀法という法律がある。許可のない銃刀の所持は違法なのだが、それを真顔で言うものだから矢薙は大いに混乱した。だが、彼女はこれは『古きもの』と戦うために必要なものだと譲らなかった。存在は知っていてもその姿を見たことがなかった矢薙にしてみれば、さらに不可解なことになったことだろうが、殯はあっさりと許可を出し、それどころか隠蔽のための手配まで行ったのだから、今回も同じだろうと嫌でも察した。
「分かった。君にも一条君と同じ許可を出そう」
殯の言葉に矢薙は心中にため息をこぼす。
組織のトップが決めた以上、矢薙には異論を挟むことはできない。自分がこの非合法的な組織にあって常識人としての役割を担っているという自覚はある。
「矢薙君、武器の偽装の手配を頼む」
「―――承知しました」
そんな矢薙の気苦労を知らず、難題をあっさりと指示する殯に頷いた。そして、食事もそこそこに、胸にかけていたナプキンで口元を拭き、そのまま殯は車椅子を動かし、小夜と真夜の二人を促し、部屋を後にしていった。
一人残された矢薙はようやく重い息を吐いた。
都の監視員を相手に立ち回ったなど、頭痛もいいところだ。いかに自分達が危ない橋を渡っているのかは今更のことだが、自分が考えなければならないのは組織のことだ。自身がこの組織内で求められているのは、バランスを保つこと。
殯も冷静な人物であり、事業者としての培われた故の判断力もある。だが、車はアクセルだけではダメだ。適度にスピードを調節し、時には制止させるブレーキが必要だ。矢薙がサーラット内で求められているのはその役割だ。
元々、七原文人とセブンスヘブンの後暗い関係を実証するだけでよかったのだ。それは、浮島での情報を得たことで十分だった。
(思えば、『彼女』が加わってかしらね―――)
浮島での情報を得て確信を持ったというタイミングでサーラットに加わった真夜。殯も彼女に対してはどこか他のメンバーよりも気に掛けている素振りがある。
そして今、小夜だけでなく彼女まで連れて行ったことからもそれは確信をより強めた。秘書である自分よりも優先されている彼女の背景は気になったが、殯が自分には必要と判断したのだろう。
なら、自分の役割は小夜のことが露呈するリスクを少しでも軽減させるための手を回すこと。それがひいては、組織のためになるのだから。
そう、頭を切り替えるも、心労は隠せず、矢薙は無意識に深くため息をこぼした。
車椅子に乗った殯が先導する後ろを小夜と真夜は付いていた。二人は屋敷内の殯の私邸―――サーラットのメンバーも立ち入りを禁止されている場所へと連れてこられていた。
整えられた板張りの廊下に障子が閉じられている部屋の上には鬼面がいくつも魔除けのように飾られている。だが、反対を見れば外の景色が見えるはずの窓は硬く木で覆われ、星明かりすら差し込まない。
僅かに灯る非常灯のような照明だけが、頼りだった。
「―――小夜、と呼んでも?」
無言が続くなか、不意に殯が口を開いた。振り向かずに真っ直ぐ前を見たままだが、問い掛けられた小夜が抑揚のない声で応じた。
「好きにしろ」
「では小夜、塔が君を捜している」
短い言葉でその背景を告げた。渋谷区での立ち回りは既にセブンスヘブンの知るところとなり、都を通じて通達が降り、要注意人物として逮捕命令が出ていた。
タウンガーディアンはもとより、警察組織といった取締機関まで動き出しているという情報もある。
「そして一条君――君も、捜索のターゲットになっているようだ」
不意打ちのように告げられた言葉を傍観気味に聞いていた真夜は、虚を突かれたように息を呑む。
「小夜といっしょにいたところを監視カメラに撮られたようだ。小夜の協力者として捜査が進んでいる」
苦く顔を顰める。周囲には注意していたつもりだが、やはりそう上手くはいかないらしい。とはいえ、相手側には既に真夜のことは知られている。
(それに、『あなた』も、でしょ)
内心で舌打ちしながら、できる限り動揺を隠し、無言で応える。
「あまり、今回のような騒ぎは控えてもらいたい」
「―――善処します」
自分で言って白々しい―――互いに矛盾したやり取りだが、どちらにしろ、最悪の場合は既に覚悟している。真夜の言葉を一瞥し、殯は小夜に話しかけた。
「小夜、文人を殺す機会は必ず俺がつくる―――それまではおとなしくしておいてくれ」
言葉の中に混じる明確な敵意――それは、真夜も感じ取った。小夜も眉を顰め、疑問を返した。
「お前と文人の間に、なんの因縁がある?」
「俺と文人は、『従兄弟』同士だ」
刹那、小夜の気配が明確に変わる。歩みを止め、刀の柄に手をかけるが、それを制するように殯も動きを止め、車椅子を器用に振り返させる。
「この事は、サーラットの誰にも伝えていない―――一条君は、あまり驚いていないようだ」
小夜の疑惑を帯びた眼が真夜に向けられ、内心、殯に毒づく。
「詳しくは知りません。ただ、セブンスヘブンに詳しいとは思ってました」
誤魔化すように話を逸らす。関係どころか、より詳しいなどと口が裂けても言えない。その答に納得したのか、それとも疑っているのか、表情からは読み取れなかったが、殯がそれ以上追求することはなかった。
再び前を向き、車椅子を操作して動き出す様子に、促されるように後を歩き出す。
「『朱食免』を、知っているな?」
「―――ああ」
唐突に口を開いた殯から出た言葉に、小夜の警戒は上がるが、抑揚のない声で応じた。
「一条君は?」
さっきから随分と構ってくる―――自身のことを探っているのか、それとも小夜の疑心暗鬼を煽りたいのか、判断はつかないが、下手に全て知らぬ存ぜりはできない。
「ある人からその存在は聞きました。古きものと古に交わされたものと」
嘘は言っていない―――ルーシーに心で謝りながら、深層には触れず、その存在を知る者が得ているであろう事実のみを告げた。
「そうだ。『古きもの』と呼ばれる異形と人間が交わした約定。ヒトを喰らってもよいが、定数を守れと書かれた免状―――俺と文人は、代々朱食免を隠し、そしてその隠すものを守る役目を負った一族の末裔だ」
殯はさらに詳細を語ってくれた。
それがいつ交わされたのか、確かなことは分からない。記述によれば、それこそ今尚確かな記録が残らない西暦以前ともされる。まだ、人が自然を畏れ、人ならざる存在を信仰していた時代において、古きものはその対象だったのかもしれない。
どのような理由でそんなものを結んだのかすらハッキリとは分からない。今となっては、ただ『朱食免』という約定があるということだけ。
「表の殯が時代の政を操る者達と折衝し、免状の存在を遵守させつつ、権力者に悪用されないよう隠し、裏の七原が血族のみが受け継ぐ秘術で殯を守る。それが、『塔』と呼ばれる者達だ」
古きものと交わした『朱食免』を掲げ、彼の者達は、時の権力者に働きかけ、そして世の混乱を誘発させた。人の世に混乱が起こるときは、古きものが人間を喰いやすくなる。
元禄時代に連なる戦、日本が二つに割れた幕末、近代化に伴う侵略戦争、そして半世紀前の国土を灼いた大戦―――多くの人が死んだ。その裏で古きものは朱食免に記された定数分の人間を喰らっていたのだ。それは、戦火の混乱に紛れて、決して表の記録には残らない。
「胸糞悪くなりますね―――一部の人間に忖度されていたなんて」
記憶としては知っていても、殯の口から語られた内容を改めて聞くと反吐が出る。知らぬところで、一部の人間に命を好き勝手されるなど、気分のいいものではない。
そんな嫌味に対し、殯はまったく動揺も見せない。そんなものは、今日に至るまで数え切れないぐらい聞いてきたのだろう。
「だが、そのおかげで人の世の調和が保たれているのも事実だ」
古きものが見境なくヒトを喰えば、この世は当に滅んでいただろう。それに、今の時代――年間、この国だけでも何十人と行方不明者が出る。見知らぬ他人が消えたところで、騒ぐのは極一部だ。
多数を生かすために少数を切る―――いつの時代においても横行する現実だ。
「ふたつの家は、互いを支え合い、今日まで続いてきた―――文人が道を違えるまでは」
朱食免を持つ者達を時の権力者達が疎ましく思うのもまた事実だった。あわよくば、それを自らの手中にせんと画策する者も少なくはなかった。それらから殯の一族を守護してきたのが七原だ。故に、この国において両家は権力者に近い立場で今日まで来た。
それが今後も変わらずにいくかと思えたが、それを壊したのが『七原文人』だった。
やがて、一行は廊下の突き当たりに当たる場所へと着いた。古びて錆びたような鉄格子の柵に覆われた一枚のドア、その前には入るのを拒むように大きな南京錠が取り付けられていた。
殯は懐から一つの鍵を取り出し、錠の鍵穴に差し込むと、苦もなく外れ、そのまま固定していた鎖を外し、鉄格子の柵を引き開けた。
奥にあったドアが開くと、小さな部屋―――やや古びているが、それはエレベーターだった。殯が促すと、小夜と真夜は先に奥へと入り、殯の車椅子がバックで入室すると、両サイドからドアが閉まり、小さく揺れながらエレベーターはゆっくりと地下へと降下していった。
まず、お待たせして申し訳ございません(土下座
この作品を待っててくださった方には、本当にお待たせしました。の割にはあまり話は進んでませんが(汗
現状も、コロナ下でリアルが忙しく、なかなか、執筆する時間が取れないのもありましたが、話題の「鬼滅の刃」、そして「BEM」を視聴して、結構BLOODシリーズに通じるものがあるなあと思い、昨年から少しずつこちらの執筆欲が出てきました。
現状はまだ、クロアンの方が進むのですが、こちらも並行で少しずつ書いていきますので、気長にお付き合いいただければと思います。