BLOOD-C Light which cultivates darkness 作:MIDNIGHT
東京都内にある某マンション……その一部屋に突如として粒子が集まり、形を作っていく。
それらは徐々に大きくなり、人の形を成していく。やがて光が霧散し、その後から現われる人影――腰まで届くほどの黒い艷やかな髪が一瞬浮き、やがて重力に従って落ちる。
無言で佇む少女の瞳がゆっくりと開かれ、何度か瞬きながら覚醒する。
「着いた…のかな?」
少女はポツリと呟き、恐る恐るといった様子で周囲を見渡す。
視界に飛び込んでくる小さなキッチンとテーブル…眼を動かせば、壁に沿って部屋が二つほど。少女には見覚えのない光景だった。
次に自分の身体を見回す。手を握っては開けを繰り返し、感覚を確かめる。
「これが私の新しい身体かぁ」
女神の不手際で死んでしまった少女だったもの…感慨深く新しい身体の感覚を確かめていたが、やがて今の自分の顔はどうなっているのかを確かめようと部屋の端にあるバルコニーへと続くガラス戸に歩み寄る。
そとは夜だった―――そのおかげか、ガラスは鏡のように反射し、今の自分の顔を見せてくれた。
「うわっ、本当にCLAMP顔だ」
若干驚いたように顔を凝視する。黒髪が合う少しキレ眼の美人といった感じだ。少なくとも、漫画でしか見たことがない顔が今の眼の前にあり、それが今の自分の顔だという実感がなかなか沸かない。
なんとはなしにバルコニーに出てそこから見える景色を一望する。
「あ、東京タワー…それに、スカイツリーも」
一目で分かる東京のシンボル…煌めくビル群に下を走るネオンの輝きと車両の走行音。どう見ても馴染み深い東京の光景だ。
「本当にBLOOD-Cの世界なのかな」
見える光景は前の世界でも当たり前の光景で、いまいち実感に沸かない。
暫し夜風に当たっていたが、やがて部屋の中に戻り、そのまま廊下に沿ってある部屋を開けると、そこには畳が敷かれただけの何もない部屋。そしてもう片方の扉を開けると、そこには机とベッド、クローゼットがある。
先程と違い、整った部屋に入ると、ベッド脇にかかっていた制服が眼に入った。
「うわっ、これって十字学園のやつじゃん」
ハンガーに収まり、壁に掛かる学生服のデザインは、確かに映画で見た"柊真奈"が通っていた十字学園の制服だ。そして、その意匠はあの浮島地区で設定された仮想の学校"三荊学園"の制服に類似していた。
紺色とも取れる色彩に胸元の鎖がアクセサリーなのか、鈍く光っている。それを指で弾く…そして、徐々にここが紛れもなく自分が望んだ世界であると理解してくる。
「ってことは、私は十字学園の生徒ってことか」
ここが"BLOOD-C"の世界だとして、自分のこの世界での立ち位置はそもそもどうなっているのか。無意識にポケットに手を入れると、そこに感触があり、なんとはなしに取り出すと、一枚の紙切れがあった。
それを広げると、そこには文章が羅列されている。
「えーとなになに…『ちゃんと送りましたが、無事に着いたでしょうか? その世界での貴方の戸籍を記しておきます』」
女神からの手紙には、今の自分の戸籍――この世界における設定が記されていた。
「親類なし。天涯孤独…高校進学と同時に施設から出所。現在十字学園2年生…また随分ヘビィな」
確かにある程度のことは任せたが…まあ、独りの方が気が楽だしと気を取り直す。
「しかしこれって明らかに真奈ちゃんと会うよね…今、何時ぐらいなんだろう?」
そもそも今はあの世界における時間軸はどの辺なのだろうか。すぐさまリビングに戻り、備え付けのテレビに電源を入れる。
ちょうどニュースが流れており、時間列で言えば、5月といったところだ。
「だったらまだ浮島の実験は実施されていないのかな」
TVを見ていてあの実験が行われていたのが確か夏の短い間――ハッキリとした時間はなかったが、だいたい約1、2ヶ月といったところだろう。
なら、今この時期は七原文人に血を抜かれ、"更衣小夜"の記憶を植え付けられている頃あたりか。
「でも、そこには無理、だよね」
あの時間列には介入しにくい。いや、あの実験で小夜は自分を取り戻し、この東京へとやって来る。
そして、あの映画での事件が起きる…あの最後を変えるために自分はここへ来たのだ。なら、それを変えるために自分にできるのはこの東京で来るべき時のために準備をすること。
「そのために、チート能力貰ったんだから」
反則技だが、EDを変えるために頑張らなければと奮い立たせる。
「ガンバ、新しい私……一条真夜っ」
『小夜』と『真奈』――二人の名前からもらってつけた自分の新しい名…これでもって、必ずあの最後を変えてみせる。
かつて少女だったもの――真夜は決意を固め、これからの方針を考え始めた。
「まずは"塔"のことを調べないと」
自分が持っているのはTVや映画で観た知識と多少設定のみ。正直、それだけでは心許ない。なにせ、相手は世界に名を轟かせる巨大企業だ。
「サーラット…この時期にはまだ都市伝説研究フォーラムっていうコミュニティでしかないんだっけ?」
そしてもう一つ大事なのが後に小夜が接触する塔と対立する組織『サーラット』…設立された時期は明確にはなっていなかったが、メンバーの一人となっていた"鞘総逸樹"がこの実験に参加していたことを考えると、既に活動を始めていると考えてもいいだろう。
「接触――ダメ、迂闊に入り込むのはまだ危険かな」
メンバーとなる松尾伊織と藤村駿が掲示板で活動している小さな集まりでしかないただのネットサークルコミュニティに資金を提供し、後にリーダーとなる男―――
「"殯 蔵人"――サーラットのパトロンでありながら、七原にも通じていた奴」
今は『シスネット』というIT企業の経営者のはずだ。こちらの動向にも気を配っておく必要があるかもしれない。
それにこの時期はまだ柊真奈もメンバーではないはずだ。後々のことを考えると、まだ接触するべきではない。
「そして……」
塔と対立する以上、必ず現われる『古きもの』――それと戦わなければならない。
(大丈夫、大丈夫!)
弱気になる自分を励ますように勇気づける。
頭で妄想していた事が現実になり、不安が出てくるのが抑えられない。それを制するように、真夜はこれからのことを考えながら、疲れが出たのか、そのままテーブルに突伏して寝てしまうのであった。
「……という訳で秋葉原到着」
ホームから降り立ち、空を仰ぎながら小さく呟いた。
「でもホント同じだったなぁ」
電車の路線の配置も名前も…何もかもが同じだ。自分は本当にどちらの世界に居るのか未だに判断に困ることがある。
「流石にそこまでサービスはしてくれないよねぇ」
溜め息混じりに肩を落とす。
ある程度整理し、いざ情報収集、というところで部屋にパソコンがないことに気づいた。
あらかじめ部屋にあったのは必要最低限の家具調度類のみで、あとはすべて自分で揃えなくてはならない。しかし、肝心金銭的な面はどうしようかと悩んでいたのだが、テーブルの上にはそれを見越したように通帳が置かれていた。
「それでも額多過ぎですって」
内心、用意した女神の感覚のずれにツッコミを入れる。
気を利かせてくれたのだろうが、通帳に記載されていた額は余程の贅沢をしなければ、恐らく十年単位で生活できるだろう。あの部屋にしても身寄りのない一介の女子高生が独りで住むには明らかに異常だが。
まあ、正直その好意はありがたく受け取ろうと気を取り直す。
「当面は大丈夫でも…バイトでも探しておいたほうがいいかも」
何があるか分からない以上、多少は働く必要もあるだろう。幸い、十字学園はアルバイト禁止にはなっていなかった。後日探してみようと決め、まずは今日ここへ来た目的を達しようとする。
手近なお店に入り、店員の説明を受けつつ、パソコンを一台購入し、ネット環境の申し込みを行なった。
つつがなく終わり、真夜は購入したパソコンを宅配で送る手筈を整えると、今度は裏道へと歩を進めた。
目的は――ハッキングのための改造ツールだ。ベースとネット環境はともかく、あとはマシンのスペックだ。シスネット、セブンスへブン…どれも超巨大企業だ。当然、そう簡単に探りを入れられないだろう。となれば、あとはハッキングの腕とスペックがものを言う。
(ハッキングに必要な知識を貰っておいてよかった)
内心、安堵するように漏らす。
こちらの世界に来る際に願った能力――プログラミング能力とハッキングの技能だ。古今東西、昔から戦いを制するのは"情報"だ。とにかくネット環境の発達したこの現在において、いかに正確な情報を手にしておくかで勝敗が決する。
(思えば、サーラットもそういったネットワークを一つの武器にしてたしね)
あまり描写こそ無かったが、シスネットの情報網にはそれに登録している人が情報を瞬時に流し、サーラットの情報収集にも一役買っていた。
だからこそ、今後のためにそういった環境は必要なのだが、生憎と自分はその分野に関しては不得手だ。
(前の世界で多少理系かじってたけど…まあ、知識は欲しいし)
もらった知識を整理し、最適なツールを組み上げるために所狭しと並ぶパーツ類を見ながら、選り分けるように取っていく。
それを繰り返しつつ、あるパーツの前で立ち止まり、悩むように顎に指を這わせる。
(どっちもいいんだけど…)
並ぶ二つのパーツはどちらも共に一長一短のもので、特にどちらが優れているということはないのだが…悩みを繰り返し、その場に佇んでいたが、やがて決めたのか、小さく頷く。
決めたパーツに手を伸ばした瞬間―――
「あ、そっちのパーツにしたんだ」
「へ?」
不意に背後から掛かった声に手を止め、思わず振り返る。その声の主を確認した瞬間、真夜の思考が一瞬固まる。
「あ、ごめんなさい。随分真剣に悩んでいたみたいだから……」
苦笑するように困った顔を浮かべる少女――無論初対面のはずなのだが、ある意味でよく知る人物だった。
「私もそのパーツ使ってるからなんか凄く親近感沸いちゃって」
そんな混乱を余所に話す少女に、心の中で思わず叫んだ。
(原作キャラに逢っちゃったぁぁぁぁぁ)
眼前で微笑む少女――後に重要なキーパーソンとなる"柊真奈"がそこに佇んでいた。
導入部分は一人称にしたのですが、どうにも書きづらく、今回の形式にしました。
ようやく主人公の名前が出せました。楽しんでいただければ幸いです。