BLOOD-C Light which cultivates darkness 作:MIDNIGHT
麗らかな日差しのなか、十字学園の屋上で真夜は真奈とランチタイムを楽しんでいた。
「でも真夜ってすごいね。ちょっと教えただけですぐ自分のものにしちゃうんだもん」
バッグからお弁当箱を取り出しながら、感心した声を漏らす真奈に首を傾げる。
「あ、分かってない…普通、あんなに早く上達しないんだけどね、ハッキング」
「そ、そんなことないと思うけど」
尖った口調で詰め寄る真奈に、思わずたじろぐ。
ここ数日、真奈にハッキングの講義を受けながら、真夜は徐々に腕を上達させ、そのスピードに真奈自身が舌を巻いていた。
「あーあ…なんか、嫉妬しちゃうな」
教える側として不満なのか、頬を膨らませる様子に可愛いと内心思いながら、真夜もお弁当を取り出す。
蓋を開き、中身が見え、真奈は思わず覗き込む。
「うわぁ、真夜って料理も上手いんだね」
「独り暮らしだし、別に大したことじゃ…それを言ったら、おじさんの分まで作ってる真奈の方がすごいよ」
元々、料理は嫌いな方ではなかったし、なにより今は独り暮らし。経済的には余裕はあるが、それでも自分で作った方が早いし、なにより気分も紛れる。
「あ、でも喫茶店でバイトしてるって言ってたね? それじゃ今度行ってみようかな」
「ただのウエイトレスだから、調理はしてないよ」
数日前から近所の喫茶店でバイトを始め、現在は放課後と休みにシフトに入っている。夜は主にハッキングに勤しんでおり、ここ最近は忙しくなっている。
(それに、もう少し調べなきゃいけないことがあるし)
ここ最近は夜遅くまでハッキングのために寝不足だ。
定期的に情報を閲覧し、把握する。一筋縄ではいかないところの連続で、痕跡を隠してログアウトするのも一苦労だ。小さく欠伸を噛み殺しながら、真夜は眼をこする。
「寝不足? 次体育だけど大丈夫?」
「うん、大丈夫だから」
流石に体育で怪我をするほどではないが、それでもランチの後は少しキツイかもしれない。
「それより早く食べないと「うんうん、時間に遅れちゃうしね」
不意に頭上から掛かった別の声に顔を上げると、そこには見慣れぬ女性が佇んでいた。
「はろはろ~♪」
手を振って笑顔を振り撒く拍子に淡いライトブラウンの髪が肩で揺れ、無邪気さを醸し出す。
見覚えのない顔に一瞬思考が止まるも、隣から驚きの声が上がる。
「つ、月詠さん!」
普段はきかない上擦った慌てた真奈に真夜は面を喰らったように眼を丸くする。
「真奈、知り合い……?」
その問い掛けに真奈は大きく肩を落とし、眼前の女性は一瞬眼を瞬くも、苦笑いを浮かべる。
「あははは、ボクってそんなに覚えられてないんだ~」
そう言われるも、本当に覚えがなく―――真夜自身の知識の中にもなかなか該当しなかったが、僅かにずり落ちたメガネを直しながら、真奈は小声で囁く。
「もう、副会長だよ。月詠副会長、私たちと同じ2年生だけど、生徒会に入ってる人だよ」
「え……?」
流石に予想外だったのか、小さく固まる真夜は、ゆっくりと前を向き―――それに対して相手も覗き込むように見やる。
「はい、ご紹介に預かりました! 月詠凛ちゃん、親しみを込めて凛ちゃんって呼んでいいよ」
無邪気にはにかむ様に、真夜は固まったままだ。
だが、冷静に考えてみれば与えられた知識は自分の周囲に最低限のものだけ――普通の学園なら、生徒会ぐらいはある。そのメンバーの顔までは把握していなかったミスなのだが、それに気づかず凛は話を続ける。
「いや~ここに人来るのって珍しいからね~~」
「副会長はいつもここで食べられてるんですか?」
「まあね~ここだと独りで静かに食べられるし~~今日はちょっと生徒会で遅くなっちゃたんだけど」
横で会話を続けるなか、凛は徐に二人の前のベンチに腰掛け、弁当を拡げる。
「ま、ボクだけの秘密の場所ってとこかな、柊さんに一条さん」
唐突に名を呼ばれ、固まるも、悪戯っ子のよに笑い返す。
「これでも学年の生徒全員覚えてるんだよ~えっへん!」
胸を張る姿に真奈は感心しつつも、真夜は軽く困惑していた。
(こんな人、原作にいたっけ?)
少なくとも、記憶にも知識にも該当する人間がいない。だが、学園の中には居たという可能性もある。表になっていないだけで、この世界は単なる設定の虚構ではない。
今、ここに確かに存在する。多くの人間が住み、そして流れていく世界は真夜に物語の世界であるということを徐々に薄れさせていった。
「およ、どうしたのかな?」
視線に気づいたのか、箸を含みながら見やる凛に、真夜は慌てて被りを振る。
「い、いえ…なんでもないです」
「そう? じゃ、早く食べないと…授業に遅刻しちゃダメだからね」
軽く睨むようになるも、むしろ可愛いという仕草だったが、時間的にもそろそろ準備に入らなければならないことに気づき、慌てて箸を進めた。
ランチを終えて、真夜達は体育の時間になっていた。
十以上のクラスがあるため、体育は三クラスの合同で行われる。この日は男子がグラウンドでサッカー、女子は体育館でバスケだった。
真奈のクラスも隣のため、一緒の授業だが、その中には先程の月詠凛の姿もあった。
チーム分けを行い、真夜はコートに立つ。やがて、ボールが互いに打ち合い、クラスメイトがボールを持ってドリブルで相手と接戦するも、マークが厳しく抜けない。
そこへサイドに入った真夜に気づいた相手がそちらにボールを飛ばした。
「一条さん!」
コートをバウンドしたボールを受け取り、真夜はドリブルで相手の陣に突入する。
それを阻もうと二人がガードに入るも、真夜は僅かな間隙を縫うようにそれをすり抜けた。一瞬の内に抜かれたことに相手は戸惑い、その場に硬直する。
その間に真夜は一気にゴール下に到達し、軽く跳躍し、ボールを投げる。
そのまま綺麗にゴールを貫通し、観戦していた生徒達から歓声が上がる。真夜はどこか上の空だった――ガードが来たときに見えた微かな動きの隙……それを抜けきったことに、改めて自分の身体能力が向上していることを実感した。
(今までやったことかなかったからな……この機会に少し把握しておかないと)
この身体の身体能力を発揮することがなかったためにイマイチ実感が沸かなかったが、改めて感じつつ、身体を慣らそうと真夜は相手を翻弄した。
そのため、余裕で一回戦を勝利できた。
「一条さん凄い!」
「ホントホント!」
クラスメイトの称賛に乾いた笑みで応じながらコートを出ると、端で観戦していた真奈が近づいてきた。
「真夜凄いよ、私すごく興奮しちゃったっ」
普段はあまり見ない面持ちで話す真奈に、真夜は苦笑する。
「そんなことないよ」
「ううん、凄いよ、本当だよ!」
「まあ、頑張るから」
被りを振りつつ、話す真夜と真奈だったが、その様子を隣のコートで遠巻きに見詰めながら、凛は興味津々と含んだ笑みを浮かべていた。
真夜のチームはそのまま連勝し、最後の一試合に臨むことになった。
相手のチームに凛の姿を確認し、小さく眼を見張る。そんな真夜の前に移動し、凛ははにかむ。
「いや~すごいね、真夜ちゃん。でも、ボクも運動神経には自信があるから……勝負だよ♪」
「あ、ははは…お、お手やわらかに」
意気込むように告げられ、引き攣った声で頷く。
背を向ける凛に気を抜いた瞬間、ぞわっと身が引き立つような感覚を憶え、眼を見張る。
「え……?」
思わず顔を上げるも、そこには自陣に戻ってポジションにつく凛だけ。当惑したように佇んでいたが、クラスメイトの呼び掛けに我に返る。
「一条さん、ポジションついて」
「あ、うん」
慌てて配置につくと、真夜は先程の感覚を気のせいかと思い、胸にしまい込んだ。やがて開始のホイッスルが響き、ボールを取り合う。
「一条さん!」
これまでの試合で実力を目の当たりにしたクラスメイト達は真夜へと積極的にパスを回していた。ボールを受け取ると同時に真夜は相手陣内へと突入する。
そこへさっと割り込むように立ち塞がるのは凛。対峙するなか、真夜は相手の出方を窺いながら抜ける隙を探す。
「にゃははは、真夜ちゃん怖いよ。で、も……」
強ばった顔でボールをキープする真夜に愛想笑いに近いものを浮かべた瞬間、凛が一気に踏み込んだ。
「え?」
小さな衝撃とともに今まで手の中にあったボールの感触がなくなり、凛の姿が後方へと離れる。
その凛の手にはボール―――抜かれたという感じよりも、どうやって取られたのか分からない感覚の方が強く、茫然となる。
「いただき! そんな怖い顔してたら楽しめないよ!」
嗜めるように背中に響く声に我に返り、真夜は慌てて追うも、僅かに遅く、凛はそのままディフェンスを抜き、バックステップで跳びながらフリースローを決める。
その光景に観戦していた生徒達は一斉に歓声を上げる。
それにサムアップで応えながら、凛は擦れ違いざまに真夜の肩を叩く。
「次も貰うよ」
無邪気な挑発だったが、それが真夜の気持ちを刺激したのか、表情を引き締める。
再びポジションにつき、ボールが放たれる。パスの中を受け取り、真夜はドリブルで相手陣へ突入する。それをカットするように割り込む凛。
だが、真夜は視線をサイドのクラスメイトへ向け、ボールを回す。
「そんなのはお見通しだよ」
素早くそのパス線上に回り込むも、真夜は小さく笑い、持っていたボールの向きを下へと捻った。
放られたボールはコートでバウンドし、もう片方の手に収まり、空いた空間を駆け抜ける。フェイントをかけられた凛が踏み止まるも、それより早く真夜はボールを投げる。
ゴールネットを突き抜け、再び歓声が上がる。
それを受けながら、真夜は凛を見やり、静かに頷く。図らずも意趣返しをされ、凛も不敵に笑い返した。
それからも真夜と凛の攻防が続いた。互いの身体能力と技、そしてチームメイトを駆使して点を取り合う様は、さながらプロの試合のように白熱し、生徒達も興奮を誘う。
同点のまま迎えたラスト――ボールをキープしたまま対峙する真夜と凛。時間上、これがラストとなる……だが、流石に抜く隙が見れず、焦る真夜に凛は不敵に笑う。
「驚いたよ真夜ちゃん、ボクとここまで張り合える娘が居たなんて――ボクとしたことが、とんだ見落としだったよ」
相手の言いたいことが分からずに困惑する。
その隙をつき、凛は瞬時に飛び込む。手を叩くようにボールを振り落とし、そのまま離れていく。
「……っ」
慌てて後を追う――その僅かな刹那、真夜は全力で駆けた。
「もらったよ……っ」
後一歩でゴールという瞬間、凛は背後から現われた真夜にボールを奪われ、そのまま真夜は相手の陣へと駆け抜け、ゴール下で跳躍した。
高く跳ぶ真夜の手からボールがゴールに叩き込まれ、地面を叩く音と着地する音が反響する。
真奈を含め、教師も何が起こったのか実感できなかった。真夜が一瞬の内にゴールまでを決めたのがあまりに速いものだったので、理解が追いつかない。
勢いでバウンドしたボールが数回跳ねた後、静かにコートを転がる――やがて我に返った教師が笛を吹き、得点と試合終了を告げる。
その瞬間、固まっていた生徒達が今まで最大の歓声を上げた。
小さく息を整える真夜は自分の身に起こった出来事に困惑する。自分自身でも何が起こったのか自覚できずにいるなか、声が掛けられた。
「にゃはは、すごいね真夜ちゃん。思いっきりやられちゃったな~~」
「あ、いえ…月詠さんこそ、すごいですよ」
「む~それは謙遜かな?」
睨むように顔を寄せる凛に引き攣った笑みで引く。
だが、それを遮るようにクラスメイト達が一気に押し寄せてきた。
「すごいよ一条さん!」
「カッコいい~!」
「一条さん、運動部入らない?」
もみくちゃにされる真夜に、凛は肩を竦め、背を向ける。
ほんの一瞬―――背中越しに見やった彼女の眼には、どこか剣呑な鋭さが宿ったことに誰も気づかなかった。
その夜――――――
鼻歌でも歌うようなご機嫌な顔で凛は自宅の廊下を歩いていた。
どこまでも続く木製の廊下を抜け、リビングのドアを開ける。灯りのついた室内の中央に置かれたソファには、一人の男が座っている。
「あれ珍しい? 帰ってたんだ?」
軽く驚きながら、それでも気にも留めず凛は横を過ぎり、制服の上着を脱ぎながらハンガーにかける。
男はそんな仕草に注意を払うことなく手元の書類の束を凝視しながら時折捲り、内容を確認している。それを背後から覗き込むように見やり、凛は軽く一瞥する。
「新しい被験者候補?」
「ああ、そうだ」
無愛想に返す男はこちらを見ようとしないまま、リストに載っている人物の記録に眼を通していく。
「まったく、いったいぜんたいそんだけ人集めてどうしようっていうのかな~」
不可解とばかりに鼻を鳴らす様子に、それまで反応すらしなかった男が睨みつける。
「口の聞き方に気をつけろ、凛」
「おおこわっ…ま、ボクには関係ないですし。家のしきたりも興味ないし」
「フン」
「でも、最近は特にそうだけどね……文人さま、ずっと浮島にいるんでしょ。傍にいなくていいの、九頭兄さん」
その言葉に若干、苦虫を踏み潰したように顔を顰める。
「あの方が決めたことに口を挟むつもりはない」
「そうですか」
「お前こそ、今日はやけに機嫌がいいな」
お返しなのか、背中越しに話し掛けられ、凛は満面の笑みを浮かべる。
「うん、今日面白い娘に会ってね……すごく興味があるんだ―――」
歳相応の無邪気な顔――だが、それが微かに歪む。
「身体が火照るぐらい――欲しくなっちゃた……」
陰りを帯びながら狂気を孕むその顔は、間違いなく男の顔と同じものだった。
今回は随分と時間が掛かりました。
またオリジナルキャラ登場です。いろいろ悩みましたが、この方向で行くことに決めました。