BLOOD-C Light which cultivates darkness   作:MIDNIGHT

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伍話

「え? アメリカ?」

 

驚いたように反芻する真奈に、小さく頷く。

 

「うん。来週から試験休みに入るし、ちょうどいいと思って」

 

相槌を打ち、手元に淹れてくれたコーヒーをブラックで飲む。だが、聞かされた真奈は首を傾げたままだ。互いに制服のまま、今日まで十字学園は試験期間であり、明日から約1週間試験休みに入る。その後は、少し間を置いて夏期休暇だ。

 

「でも急にどうしたの?」

 

淹れた自分のコーヒーを手元に置き、真奈も真夜に向かい合うように椅子に腰を下ろす。

 

二人が今居るのは、真奈の自宅だった。試験終了と同時にそのまま彼女の家にお邪魔し、最初にこの休みにアメリカへ行くことを告げた。

 

それに対し、疑問を憶えるのも当然だろう。

 

「うん、ちょっとあっちで用事ができちゃって」

 

言葉を濁しながら、苦笑で返す。既に自分が独りで暮らしていることは伝えている。それだけに遠く離れた外国に何の用事で出向くのか、腑に落ちないのだろう。

 

「そっか。この休みにいっしょに居られると思ったんだけどね」

 

腑には落ちないが、それ以上追求しようともしなかった。短い付き合いながらも、そこまでは踏み込まないと決めているのであろう。

 

「帰ってきたら…話すから――」

 

どこか苦い口調に、真奈は笑顔を浮かべる。

 

「うん。お土産のお話、楽しみにしてるね。おかわり飲む?」

 

「うん、ありがとう」

 

それ以上は真夜の気持ちが落ち着いたら話して欲しいという言葉が込められており、少し荒れていた胸が温かくなるような気分だった。

 

一口含むコーヒーは身体の芯に染み渡るような感触だ。

 

「そう言えば、前に話した月ちゃん、今度話してみたいって言ってたよ」

 

話題を変えようと彼女が口にした名は、先日聞かされた。

 

月山比呂――ネットサークルで知り合った中学生であり、真奈の数少ないハッキング仲間だ。それを聞いたとき、真夜の脳裏を過ぎったのは、サーラットのことだった。

 

既に活動を始めているサーラットの実情を調べるため、真夜はシスネットのメインサーバーに探りを入れていた。そこから代表である殯の動向にも注意を払っていた。

 

そして、既にサーラットが活動を行っていること――メンバーの何人かが浮島地区への潜入を試みているという動きを掴んだ。前身である同好会のメンバーの松尾と藤村の二人は既に実質的なメンバーとしてこの東京を中心に活動しているらしい。そこへ最近加わったのが不登校の不良女子中学生ハッカーである月山比呂――

 

ネットサークルコミュニティでありながら、松尾はそちらの方面はさっぱりであり、藤村はそこそこの腕前といったところ。だが、月山は飛び抜けた技術と才能を持っている。

 

(まだ、サーラットのことは伝えていないのかな…?)

 

真奈は彼女に自分のことを話し、そこから興味を持たれたようだ。だが、真奈はまだ彼女がサーラットに所属していることを知らないところを見るに、そこまでは話していないのかもしれない。

 

「分かった。それじゃ、帰ってきてからまた決めるよ」

 

「うん、そうしてあげて。でも、そうなると月詠さん寂しがるかもね」

 

「あ、あはは……」

 

乾いた笑みで肩を落とす。あの体育の一件以来、事あるごとに二人――というよりも、主に真夜に対して積極的にスキンシップを取るようになってきた。

 

ランチタイムや休憩時間は勿論、放課後も連れ出されてしまったこともある。

 

「なんか最近、貞操の危機を感じるんだけど…」

 

「副会長、スキンシップ激しいからね」

 

真夜を抱き枕よろしく抱きしめるようなこともしばしばだ。いったい、何を気に入られたのか――微妙な疲れを滲ませる真夜に苦笑しつつ、不意に時計を見やると、話し込んでいたのか、既に7時を回っていた。

 

「もうこんな時間なんだ、遅くなっちゃったし、夕飯食べて行ってよ」

 

徐に席を立ちながら告げると、上擦った声で応じる。

 

「い、いいよ。すぐ帰るし」

 

「気にしなくていいから。私も独りで食べるの寂しいし…お父さん、最近帰り遅いから」

 

キッチンに向かいながらポツリと漏らした一言に小さく息を呑む。

 

「おじさん…どうかしたの?」

 

「うん、次の記事の取材だって。今度はセブンスへブンを記事にするんだって言ってたから、今忙しいんだって」

 

真夜は自分の憶測が間違っていなかったことを悟り、口を噤む。

 

今日まで棚上げにしていた問題―――ということは、もうすぐ真奈の父親はセブンスヘブンに捕まり、実験を施される。結局、こんな瀬戸際でも答は出ていなかった。

 

「私は正直どうしてって思ったんだけどね。セブンスヘブンって確かに大きいし、うちの学校にも出資してるぐらいだし。でも、だからといってそこまでやらなきゃいけないのかなって」

 

そんな真夜の葛藤に気づかず、真奈は背を向けて調理を行いながら疑問を口にする。

 

父親の取り組み方はかなりの入れようだった。セブンスヘブンとまでいかなくとも、大きな組織にはそれだけいろいろと裏がある。

 

表沙汰にはできにくいこともあるが、今の真奈にはそこまで気に掛かるほどのものでもなかった。

 

「もうそろそろ半年になるんだけどね」

 

だが、真夜はそんな話を聞いておらず、ただひたすらに葛藤だけが渦巻いていた。どれだけ俯いていたのか、唐突に手を強く握り締め、意を決したように顔を上げる。

 

「あ、あのさ、ま……」

 

「ただいまー」

 

掠れた声を出そうとしたが、それを遮るように玄関から響いた声に掻き消され、真奈には届かなかった。

 

「あ、お父さんだ」

 

玄関に向かうと、間髪入れず中年の男が顔を見せる。

 

「お帰り、お父さん」

 

出迎えながら上着を脱ぐ父親のスーツを受け取り、空いた手でネクタイを緩める。

 

「ああ、ただいま。一条くんも来てたのか」

 

リビングに座る真夜に気づき、真治が疲労を漂わせた顔にぎこちない笑みを浮かべる。それに静かに頭を下げ、黙り込む。

 

「うん、ちょうど夕飯食べていってもらおうと思って。私、お風呂の準備先にしてくるね」

 

上着を預かったまま真奈はパタパタとリビングを横切り、玄関脇の浴室に向かっていった。それを見送ると、真治は真夜の前の椅子に腰掛け、大きく息を吐き出す。

 

「すまないね、みっともない姿見せて」

 

「いえ……」

 

苦笑いするも、被りを振って視線を逸らす。暫し無言が続いていたが、やがて意を決したように視線を上げる。

 

「あの、真奈から聞いたんですけど…セブンスヘブン、取材してるって」

 

「ああ、もう半年になるんだけどね」

 

なかなか思うように進まなくてね、と…上から圧力が掛かり、独力で調べられる力には限界があり、なかなか思うように進んでいないため、苦笑いだ。

 

「どうして…記事にしようと思ったんですか?」

 

下手な世間話かと思い、相槌を返すが、あまりに真剣に尋ねる真夜に、真治はやや面を喰らったように眼をシロクロさせるが、やがて小さく頷いて口を開く。

 

「そうだね…最初は、僕もただの好奇心だったんだ」

 

半年前――次の記事の対象として悩んでいた真治の眼に止まったのが、都内における行方不明事件だった。地方から都内に出た行方不明者の捜索記事。それを調べていく内に、都内における行方不明者の数が増加していることを掴んだ。

 

これだけの大量の失踪が起こっているのは、何か大きな裏があるのではないか――そう勘ぐり、調べていく内にひとつのキーワードにぶつかった。

 

失踪したと思しき場所が、すべてセブンスヘブンの関連施設だったのだ。他にも、セブンスヘブンがいくつもの企画を開催し、人手を集めているという情報を掴んだ真治は、セブンスヘブンへの疑惑を強めた。

 

「元々、良くない噂も多い会社でね。ちょうど、今の会長になった七原文人に代替わりした辺りからかな」

 

表向き、セブンスヘブンは慈善事業や社会情勢への経済的介入など、変わったところはない。だが、ここ最近は強引なやり方で他企業を買収し、傘下に組み入れている。

 

そして、政府へも強いパイプを持ち、都内における条例などへも異例とも思える介入を始め、実質日本を裏から掌握できるほどの影響力を有している。

 

先代まではそこまでいかなかったのだが、七原文人が代表に就いてから強引な部分が目立つようになったのは確かだった。

 

「それに、七原文人が幾人もの生物学者や大学教授、歴史考古学者なども集めていると聞いてね。だけど、その彼らもある日突然に失踪しているんだ」

 

何気に漏らした一言に真夜は眼を見開く。

 

「それらの謎を解明したい。もし、セブンスヘブンになにか表にできないものがあるのなら、そういった社会の裏の罪を僕はペンの力で世に知らせたい」

 

強く語る真治の眼は、揺るがない正義感と信念が宿っていた。

 

その気持ちは分かる。だが、相手はそんな甘いものではない。真治の正義感など、簡単に踏み躙ることさえ、容易にできる相手なのだ。

 

「おじさんの気持ち、分からなくはないです。でも……っ」

 

顔を上げる真夜は、今まで胸中に秘めていた言葉を口にした。

 

「セブンスヘブンだけには、関わらないでくださいっ」

 

頭を下げて言い放った真夜は、震えるように口を噤む。

 

きっと真治は訳が分からずに混乱しているだろう。突然こんな事を言われても、戸惑うなという方が無理だ。だがそれでも、言わずにはいられなかった―――

 

頭を下げたまま黙り込む真夜だったが、静かにその肩に手が置かれた。

 

「心配してくれてありがとう。だけど、そこまで気にすることじゃないさ」

 

違う――と、声を荒げたい。

 

真治は単に不安から話していると思っているのだろうが、相手の恐ろしさ、そしてその結末を知るが故の真夜の切実な叫び。

 

思わず顔を上げ、再度言い募ろうとした瞬間、真奈の声が響いた。

 

「お父さーん、お風呂沸いたから先入ちゃってー」

 

奥から聞こえる声と共にパタパタとリビングに入ってくる真奈に、真治は真夜を見ることなく視線を外す。

 

「ああ、分かった」

 

そのまま振り向き、リビングから出て行く真治の背中に声が出ず、掠れる。逡巡する間に、真治の姿は消え、その場に茫然と立ち尽くす。

 

「どうしたの、真夜?」

 

そんな様子に不思議そうに声を掛ける真奈に、真夜は俯いたまま、沈痛な表情を浮かべたままだった。

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