BLOOD-C Light which cultivates darkness   作:MIDNIGHT

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陸話

抜けるような空――

 

だが、照りつける日差しは強く、思わず掌をあげて眼を覆う。

 

「やっと着いた……」

 

疲労を滲ませながら、深々と溜め息をこぼす。

 

眼前に拡がる荒野と遠くに見える山脈――乾いた世界を前に佇む真夜。彼女は今、アメリカに来ていた。

 

先日の柊邸でのやり取りから数日――結局、真治の気持ちを思い止まらせることはできなかった。忸怩たる思いで、最後は真奈に注意を促すことしかできなかった。

 

それでどこまで変えられるか…後ろ髪引かれる思いだったが、内心これでよかったと思うことも少なからずあり、自己嫌悪と葛藤を抱きながら、真夜は単身アメリカへ渡米した。

 

飛行機を乗り継ぐこと半日、そして車で移動すること数時間――まさに一日掛りで真夜はアメリカ中央の小さな街を訪れた。

 

「Thank you」

 

ここまで送ってくれたドライバーに礼を述べ、真夜は街へと歩みを進めた。

 

街といってもそれ程大きなものではない。家は点在し、家畜の牛を飼っている家が多少ある。娯楽もなさげな片田舎の村という表現がいいかもしれない。

 

家先に居る老人たちは、歩く真夜の姿にまるで宇宙人でも見るような怪訝としたものを浮かべている。

 

ほとんど外界との接触がないせいなのか、奇異な視線に真夜は内心不快な気持ちだったが、こんな場所へ来たのはいざこざを起こすためではない。

 

(本当に、この街に居るんだろうか……?)

 

不安を憶えながら歩んでいた真夜の進路上に、突然人影が立った。

 

「Hey,Japanesegirl.It came by what business to such the country?(彼女、こんな田舎に何の用?)」

 

声を掛けてきたのは、真夜と同い年か、もう少し上といった感じの金髪の男だ。

 

「People are looked for. (人を探しているんです)」

 

「You may be the back if it is one with that right, and right. Associate for a while. (そうなのか、それなら後でも構わないだろ。少し付き合えよ)」

 

ナンパだろうか。

 

まあ、娯楽のなさそうな街だし、こうして訪れる人間が居ないから珍しいのだろうと真夜は心に嘆息すると、軽く一瞥した。

 

「Although I am sorry, since it is hurrying.(申し訳ないですけど、急いでますので)」

 

そう…こんなところで時間を割いている余裕などない。

 

そのまま横を過ぎろうとしたが、片腕を相手に掴まれた。

 

「Heartless.I will play with me.(つれないこというなよ、俺と遊ぼうぜ)」

 

軽薄な様子でしつこくからんでくる様に真夜はうんざりした面持ちを浮かべた刹那、掴まれていた手を返し、相手の手首を握り締め、瞬時に己の懐に引っ張る。

 

咄嗟のことで反応の取れなかった男の腕をそのまま絡め取り、担ぐように相手を背負投げた。

 

衝撃が周囲に木霊し、様子を遠巻きに窺っていた人々は眼を剥き、当の投げ飛ばされた男は何が起こったか自覚できずに呆然となっている。

 

そんな様子を無視し、真夜は小さく一瞥した。

 

「Impolite.(失礼)」

 

そのまま足早にその場を去っていく。

 

歩きながら、真夜は思わず自身の掌を見つめる。この身体になった時にもらった身体能力――学園の体育の時間などでその片鱗を発揮することは何度かあったが、実際に一回り大きい男を投げ飛ばせたことには若干驚愕し、内心バクバク状態だ。

 

昂る気持ちを抑えながら、真夜は街外れへと進んだ。

 

 

 

数分後、真夜は街外れに在る一軒の家の前に佇んでいた。

 

白亜のコテージに見立てた小さな家だ。だが、柵で隔てられた庭先には、花々が咲き誇っている。手入れが行き届いているのだろう。こんな荒野の中でも一際目立っている。

 

だが、そんな感想はすぐに引っ込め、真夜は眉を顰めながら家を見上げる。

 

この家に居るはずだ―――真夜がアメリカまで足を運んだ理由……セブンスヘブンのデータから見つけた映像記録に残っていた女性――

 

(小夜のことを知る唯一の存在――ルーシーが、ここにいる)

 

映像の中で小夜とともにいた女性――ルーシーと呼ばれた人物の行方を捜し、真夜は国防省のメインサーバーにハッキングを仕掛け、彼女の存在をようやく掴んだ。

 

(随分と厳重に保管されていたな――まあ、でも時代が時代だし、情報が残っていただけでもありがたかったけど)

 

彼女がアメリカ軍に在籍した年数はハッキリしなかったが、半世紀以上前の大戦後において参謀本部直属の内偵を務めていたことを掴んだ。

 

彼女が所属していたのが第2部――だが、公にはそんな部署は存在しない。

 

そこで何をしていたのかはほとんど資料として残っていなかった。ただ、気になったのは彼女は一時期日本にて活動を行なっていたという点。

 

小夜との接点は見出せなかったが、それでもその名は真夜の知識の中に残っている。

 

今は少しでも情報が欲しい――小夜のこと、セブンスヘブンのこと、そして真夜の知らないこの世界のことを…そのために、ルーシーの所在を捜していた。

 

軍のデータベースでもほとんど隠蔽されていたが、そこは流石に裏事の人間か…退役後もその所在を把握していたようだ。

 

だが、さすがにこんな片田舎に居るとは予想外だった。意を決して真夜はドアのノックを叩く。

 

「Who is it?(どなたですか?)」

 

間髪入れず返ってきた返事とドアの開閉。奥から姿を見せたのは、アッシュブロンドの髪をウエーブ状にした女性――その姿は、映像で見たルーシーに酷似していた。

 

一瞬、眼を見開くように瞬いて硬直する。その様子に怪訝な顔になる相手にハッと我に返った。

 

「Here, is Ms. Lucy being home? (こちらに、ルーシーさんという方はご在宅ですか?)」

 

発した名に、相手が眼に見えて強ばった顔で睨むように見る。

 

「There is no such person,p .Please return. (そんな人は居ません、帰ってください)」

 

無愛想にドアを閉めようとするが、慌てて口を開く。

 

「There is something to ask!  Thing of SAYA――Thank you for your consideration! (訊きたいことがあるんです! 小夜のことを…お願いします!)」

 

声を荒げて叫ぶように告げ、頭を下げる真夜に相手は困惑した面持ちのままだったが、やがてドアを閉めた。

 

閉じられたドアを前に真夜は沈痛な面持ちのまま、落胆する。

 

すんなり行くとは思っていなかったが、取り付く島もない状態だ。どうするか―――そんな考えを巡らせながら暫し佇んでいたが、徐にその場を離れようとした瞬間…ドアが再び静かに開けられた。

 

「――please.(どうぞ)」

 

短く、そしてどこか憮然とした面持ちで促す女性に、安堵し、頭を下げた。

 

家内へと招かれ、そのまま通路を進み、やがて一つの部屋の前へと案内された。女性がドアをノックし、数拍後静かにドアを開けた。

 

続くように入ると、整然とされた部屋の窓が隣にあるベッドに腰掛ける人影が見える。

 

既に色素が抜け落ちた真っ白な髪だが、それでも腰まで伸びるそれは眼を引く。入室に気づいたのか、こちらを振り向く。顔はいくつもの皺が刻まれていたが、浮かべる貌には、穏やかな気配が漂う。

 

(この人が……)

 

確かに、年数を考えれば、かなりの高齢だ。正直、会えるかどうかも半信半疑だっただけに、その場に立ち尽くす。そんな真夜を横に案内してきた女性は部屋を退室し、その場に残された。

 

暫し無言で互いに見つめていたが、やがて女性は口を開いた。

 

「こんな状態でごめんなさいね」

 

「あ、いえ……」

 

思わず上擦った返事をしてしまう。年齢に合わず、明瞭な口調にやや驚いただけだ。

 

「話があるのでしょう…こちらにいらっしゃい」

 

聞こえたのは流暢な日本語だ。眼を瞬く真夜に微笑む。

 

「日本に居たこともあるから…いらっしゃい」

 

その言葉に促され、真夜は徐に歩み寄り、ベッド脇に置かれていた椅子に腰掛けた。

 

「ルーシー…さん、ですね?」

 

「……懐かしい名だわ」

 

問い掛けると、遠くを見やるように懐かしむ女性――ルーシーは困ったような笑みを浮かべる。

 

「それで…私に何の用で来たのかしら?」

 

「……小夜のことです」

 

既に聞いていたかもしれないが、真夜は改めて彼女を捜していた目的を話した。

 

「貴方は昔、小夜と行動を共にしていた―――」

 

ルーシーは返事をするでも否定するでもなく、ただ無言で聞き入る。

 

「彼女は…小夜は今、日本にいます。七原文人によって記憶を消され、偽りの世界で生きています」

 

淡々と語る彼女の話に一瞬、眉を顰めたが、そのまま静かに聞き入る。

 

「その偽りの世界はもうすぐ崩れます―――そして、小夜は……」

 

思わずそこで言い淀む。

 

アメリカに渡る直前に確認した記録で、求衛姉妹が舞台から退場したことを知った。となれば、既に物語は半分を切っている。間もなく、虚構の舞台は崩れ去り、小夜にとっての復讐が始まる。

 

そして――小夜は孤独の路に進む……その光景が浮かび、未だにどうしていいか分からない自分自身に酷く腹が立った。

 

この世界に来る前は本当に簡単に考えていた。よく読んだ小説のように簡単にいくと――だが、この世界はそんな短慮な考えなど、簡単に一蹴した。

 

どうすればいいのか、肝心の部分が浮かんでこない――だからこそ、知りたいと思った。

 

この世界のことを――この世界に生きる人達のことを――そして…小夜のことを………口を噤み、俯く真夜にルーシーは暫し無言で見つめていたが、やがて視線を脇の窓に向け、その先の遠くを見やりながら、懐かしむように微笑む。

 

「私があの娘と…小夜と出会ったのは、もう何十年も前――――――」

 

語りだしたルーシーに真夜は顔を上げ、静かに聞き入る。

 

内偵としてヨーロッパに派遣されていたルーシーは『古きもの』の存在を知り、それと闘う小夜の存在を知った。

 

彼女は何百年も昔からこの世に在り、古きものと闘い続けていたこと――人間が自らの平穏のために彼女を利用し、そしてその都度裏切りを行なっていたことを知った。

 

彼女の口から語られる内容は多少記憶にある。だが、実際に本人から聞かされると、その凄惨さが強く伝わってくる。同時に、幾度も裏切られた小夜の哀しみも―――――

 

「あの娘のあの顔だけは、今でも忘れられないわ……」

 

ルーシーの脳裏にはあの光景が焼きついている。すべてに絶望し、そして疲れきった荒んだ眼――生きたまま棺に入り、そのまま眠らせて欲しいと願った彼女……同情がなかったわけではない。そんな彼女の運命を憂い、なんとかその運命を変えたいと願ったルーシーは、その過程で『七原』を知った。

 

「朱食免――貴方は知っているの?」

 

唐突に尋ねられるも、真夜は小さく頷き返す。

 

「それを管理する七原――だけど、それは時代の流れと共に歪んでいった……」

 

日本で小夜の記憶を消し、絶望の過去を七原の秘術によって封印した。だが、それも長くは続かなかった――数年の後に徐々にそれは解け、やがて彼女は記憶を取り戻した。

 

だが、彼女はそれに悲観しなかった。たとえ一時でも、心安らかに生きられたのだから――その言葉に、真夜は浮島の情景が過ぎる。

 

偽りの中で愛されること…人間の暮らしの中で生きることを渇望する彼女の願望―――歪でも、その中で笑う彼女は確かに幸せだった。

 

だからこそ、小夜の絶望と憎しみは大きく肥大したのかもしれない。

 

「思えば…あの時彼女を止めていればよかったのかもしれない―――」

 

数年前――ルーシーの許に一つの報せが舞い込んだ。

 

小夜の記憶を封じること――自分と同じ理想を持っていた旧友『七原真人』が逝去した。その報せを送ってきたのが孫である『七原文人』。その死を悼み、そして哀しんだ――だが、既にルーシーもまた老いた身。遠く離れた日本へ出向くことができない状態だった。

 

それを知った小夜は自身の代わりに日本へと出向き―――そのまま消息を絶った。

 

「小夜を…彼女を救う方法は、ないんですか……?」

 

その願いに対し、ルーシーは首を振る。

 

訊くまでもなかったかもしれない。もし彼女がそれに達していれば、今の小夜は居ないのだから――

 

結局、世界が小夜を縛り続ける限り――彼女は久遠の運命からは逃れられない……その事実を改めて突きつけられ、真夜は無力感に苛まれた。

 

 

 

一夜が明け、真夜はルーシーの家を後にする。

 

あの後、好意で一晩泊まらせてもらい、もうすぐ昨日手配した迎えの車がやって来る。

 

真夜は今一度ルーシーに向かって頭を下げた。

 

結局、『答』は得られなかった――だがそれでも、真夜はやろうとすることを止めるつもりもなかった。

 

「貴方がどこで小夜を知り、そして彼女のことを思うのか、私は知らない―――」

 

背中越しに語られる言葉に歩を止める。

 

考えてみたら当然だろう…何の関わりもない自分が小夜のことや朱食免、そして七原のことを知っているのか――話せない秘密ではあるが、それでも怪しいことには変わりない。

 

「でも…あの娘のことを思ってくれる人がいるのが、私は嬉しい」

 

その言葉に眼を見開き、息を呑む。

 

「小夜を…助けてあげて………」

 

消え入るような細い声で告げられる懇願にも近いもの――抱えていたであろう想いを口にしたルーシーに、真夜は振り返ることはしなかった。

 

だが、小さく頷くことだけはできた。それに満足したのか、微笑むルーシーに背を向けたまま、真夜は部屋を後にした。

 

閉まるドアを見詰めながら、ルーシーは小さく溜め息をこぼした。

 

徐に、サイドボードから一枚の写真を取り出す。その写真には、軍服を来た男と和装の男が映っている。

 

「あの娘なら…貴方達のように小夜を支えられるかもしれない………」

 

彼女が最初にここに来た時は驚きを隠せなかった。

 

何故『小夜』を知っているのか――訊かなければならないことはあったが、それは彼女を見た瞬間、掻き消えた。

 

それは、彼女の姿にかつての自分を重ねたからかもしれない。救いたいと思いながら何もできずに葛藤する過去の自分自身に――だからこそ、信じてみたい。

 

身を横にたたえるルーシーは天井を眺めながら、静かに眼を閉じる。開けかれた窓から吹く風がカーテンを揺らす――安からな微笑みを浮かべる彼女を明かりだけが照らす。

 

これが、真夜にとってルーシーと最初で最期の会話となることを知るのは、全ての後となることを―――この地より離れる真夜は知る由もなかった。




今回はいろいろ難産でした。
「ルーシー」は小説にもちらっと登場したのですが、そのへんの人となりはある程度オリジナルで書いています。

次回はいよいよあの人も登場。
あと2、3話で本編に入れる……といいな…………
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