BLOOD-C Light which cultivates darkness 作:MIDNIGHT
多くの人が行き交う―――
学生や若者、そしてサラリーマンに主婦……多くの人が行き交う東京の渋谷の街を真夜は歩いていた。
アメリカから帰国したのが数時間前――ルーシーとの邂逅で、"答"を得ることは叶わなかった。だが、多くのことが聞けた。
彼女が知る限りにおける『小夜』のこと、『七原』のこと、『朱食免』のこと…そして、『小夜の血』のことも――ある程度知識として知っていることを裏付ける程度ではあったが、それでも不足していた部分を補えたという意味では大きい。
そして今――真夜が向かっているのはある"ミセ"だった。
対価を払う代わりに願いを叶えるというミセ。小夜に助言を出していた四月一日君尋の店だった。前店主である壱原侑子から引き継いだ店を運営する彼の屋敷を探すために、真夜は原作で小夜と真奈が訪れた渋谷へとやって来た。
正直、どうやって辿り着くのか、まったくアテはなかったが、真夜はそのまま奥へと歩みを進める。どれだけ歩いただろうか――気づけば、周囲に聞こえていた人々の声が途切れ、静寂が満ちる。
歩みを進める道は人の気配が消え、まるで別世界に紛れ込んだように錯覚する。そして進む中、視界に古びた建物が飛び込んできた。
和と洋のコンストラストが合わさった――バランスが少し妙な屋敷だ。だが、周囲に囲うように立つビルの中で一際異色を放っている。
まるでここだけが切り離されたような―――そんな錯覚を憶える。だが、その屋敷は間違いなく真夜が捜していたものだった。
暫し屋敷の前で逡巡していたが、やがて意を決して足を踏み入れる。
ドアを潜り抜けると、玄関の前に立つ。奥はまるで果てしなく続いているように薄暗い。どうしたものかと悩んでいると、奥から声の気配が響く。
「珍しいな――ここに人間のお客が来るのは………」
その声と共に奥から姿を見せる人影―――チャイナドレスのような意匠の服を着込み、メガネをつけた男性がゆっくりと歩み寄り、小さく微笑む。
「いらっしゃい――ようこそ、願いを叶える店へ」
掛けられた声と共に笑うこの店の店主―――四月一日君尋を見た瞬間、真夜は一瞬眼を瞬き、どこか呆然と見入る。
直に接すると分かる…何か不思議な気配、とでもいうべきもの―――彼自身も、元は人間だったはずだ。
「どうかしたのかな?」
「あ、いえ……」
反応のない真夜に尋ね返すと、慌てて返事する。
そんな様子にクスッと笑みを零し、静かに奥へと促す。気づくと、いつの間にか足元にはスリッパが並べられ、真夜はおずおずとあがり、後を追っていった。
通されたのは、劇中で見たことのあるあの塔のような区画だ。家具の配置も、窓の位置も…すべてが見た通りのものだ。唯一違うのは、この場に居るのは自分と四月一日だけということか。
渋谷に着いた時はまだ昼を少し回ったぐらいなのに、窓から見える外の空はうっすらと紫に染まっている。
「珍しいかな?」
「あ、はい…その、不思議な感じがして――」
「変わった店だからね…さ、取り敢えず座って。今、お茶を淹れよう」
席へと促し、四月一日は横にいつの間にか置いていたティーセットを取り、ゆっくりとカップへと注いでいく。椅子に座りながらそれを見ていると、淹れ終わったカップを真夜の前に差し出した。
微かに湯気を立てるカップからは、ほのかな香りが漂う。徐に手を伸ばし、そっと持ち上げて口に含む。
酸味と甘さが適度に同居したような気持ちが落ち着く感じに頬が緩むと、見ていた四月一日が微笑む。
「気に入ってもらえたようだね」
どこか恥ずがしがるように小さく頷く。
「それで…君は、どんな理由でこの店を訪れたのかな?」
ある程度落ち着いたところで、切り出した四月一日に真夜も微かに表情を顰めるも、カップを置き、ゆっくりと顔を上げる。
「……武器が…欲しいんです――――――」
四月一日を見据え、真夜は静かに――ハッキリとした意思を込めて告げた。
「救いたい人を助けるために」
無言で真夜を見据えていた四月一日は、ジッと凝視する。
どれだけ経ったのか、徐に席を立ち、静かに呟いた。
「ついてくるといい」
返事を待たずして歩き出す四月一日の背中を、真夜は慌てて追った。
そのまま案内されたのは、店の奥の倉庫と思しき場所だった。
だが、その広さは異様だった。その部屋の間取りは外から見たときはどう見ても有り得ないほどの奥行と幅があった。整然と整えられた棚には様々な物が並べられ、床には様々な武器が並べられていた。
四月一日はそこまで案内すると、背中を壁に預け、微笑を浮かべて促す。
恐る恐る部屋へと足を踏み入れ、真夜はそこに収められる武器を一瞥する。台に固定されたラックには西洋の剣や中国の剣、はては槍などがいくつも立てかけられ、脇には弓矢が寄り掛かっている。
そして、壁際にはまるで展示するように並べられた日本刀が幾つも横たわっている。それらを一瞥しながら、真夜は戸惑う。
(どれを選べばいいのよ……?)
正直、これ程の量があるとは予想外だった。
どれがいいのか戸惑っていると、キセルを手に喫煙していた四月一日が軽く失笑する。
「―――願えばいい」
「?」
不意に掛けられた言葉に首を傾げる。
「ここは願いを叶えるミセ…君が何を目的にし、何を願うために必要なのか―――そう念じれば、武器は応えてくれる」
意図は図りかねたものの、真夜は言われるままに眼を閉じ、心に思う。
この先に必要となることを―――人ならざるものと闘うために必要な…救いたい人を助けるための力を――――――そう強く念じるように集中する。
やがて、暗闇の中に一条の光が差し込んだような錯覚を憶え、思わず眼を開く。
そして、そのままゆっくりと歩み、刀が並ぶ前に立つ。無意識に手を伸ばし、黒く染まった柄の刀を取り、胸元に引き寄せる。
黒一色統一されたそれは、見るものが見たらみすぼらしい…古びたものに見えるだろう。だが、真夜はこれになぜか強く引き寄せられた。
鞘を持ち、右手に柄を握りながらゆっくりと引き抜く。
解き放たれた刀身は、眩いばかりの鋼の光を煌めかせ、触れただけで切られるような鋭さが漂う。
刀身を立て、その刃に自身の顔を映す―――その様子に四月一日は小さく笑う。
「どうやら―――その刀が君を選んだようだな」
まるでそれ自体に意思があるかのような言い回しだが、当の真夜には聞こえていなかった。
ただ静かに…刀身を眺めながら不思議な昂ぶりを憶えながら、静かに鞘に収めた。四月一日に振り返り、窺うように問い掛けた。
「これの対価は……?」
そう――このミセは願いを叶える代償として対価を擁する。
それは依頼主によって様々だ。単純な金銭ではない…四月一日の言葉を待ちながら佇む真夜に対し、四月一日は一度視線を逸らし、一服する。
「―――今はいい」
視線を合わせないまま、それだけ告げた。
その後、真夜はミセを後にし、最後に玄関で四月一日に深く一礼すると、静かに去っていった。
それを見送る四月一日は終始笑顔だった顔に微かな陰りを見せる。
「君が払う対価は―――大きいものかもしれないな……」
どこか憂いを漂わせながら漏らす。
彼女に見えたもの―――それがどんな未来を齎すのか、今の四月一日には知る由もなかった。
四月一日のミセを後にした真夜は気づけば既に陽が落ち、夜の帳が満ちていた。
まるで夢の中にいたような…今まで自分がいた場所さえ曖昧なものだったが、手の中に収まる刀の重みが現実だったことを教えてくれる。
袋に収められたそれを強く握り締めながら、真夜は帰路を急いだ。
(そうだ、真奈に連絡しておこう)
日本に戻ったことを伝えようと真夜は携帯をかけるも、コールしたまま出る気配がない。
いつもならすぐに返事を返してくれる真奈らしくなく、眉を顰める。だが、同時にえも言えぬざわめきが胸を疼く。
不安を抱えながら、マンションに辿り着き、そして自室へと戻る廊下に出た瞬間、ドアの前に座り込む人影が見えた。
「真奈……?」
廊下の薄暗がりの中ではあったが、それは真夜にとって見間違えるはずがない。
その声が聞こえたのか、抱え込んでいた頭を上げ、こちらを見やる真奈の表情は暗く、慌てて駆け寄った。
「真奈! どうしたの?」
腰を落とし、覗き込むと、真奈の顔は酷く憔悴し、眼も虚ろだった。まるで生気が抜け落ちたような―――そこで真夜は最悪の可能性を思い浮かべる。
間違いであってほしいと願うも―――それは真奈の言葉によって霧散した。
「まやぁ…お父さんが…お父さんが………っっ」
弱々しい声で呟きながら真夜の胸に顔を埋め、決壊したように真奈は嗚咽を漏らした。
響く真奈の悲しみ―――それに罪悪感を憶えながら、真夜は己を責めるように歯噛みし、拳を握り締めた。
ようやくこの前奏も終わりが見えてきました。
次回は遂に主人公が闘います。
これが終わったらいよいよ本編です。
気長にお付き合いいただければ幸いです。