「……私が資料を読んでいる間にそんなことがあったのですか」
戦闘を終え、謎の襲撃者達を捕縛した俺達はアーリィに事の次第を報告していた。
割と派手に戦っていたと思うのだが、俺達が報告するまで洞窟の状況を理解していなかったようだ。大物である。
「というか〈幻獣〉と判断したのもそうですし、それを一刀両断したサウザナさんに色々聞きたいことがあるんですけど! なんですかあれ、すごすぎます!」
鞘に収めたサウザナに向かってナヅキが絶叫する。うるさい。
『そう言われてもね。〈幻獣〉を知ってて、それを斬っただけとしか言えないんだけど』
「いやだから、なんでそんな強さを持ってるのってことです!」
『鍛えた結果』
「ぬぅぐぐぐぐぐ」
「ナヅキ、隠してるわけじゃなくて本音だぞこれ。こう見えてサウザナは何百年と昔から存在してる識世なんだ。それでいて自分を鍛えてれば強くなるのは当然……じゃないか?」
「言い切れないあたり、ネムレス君の動揺がわかるよ」
「納得できないかもしれんが、サウザナのほうが強かった、で理解してくれ」
ナヅキが聞きたいのは、どうやったらそんな強さを得たのか、ということだろうが、それこそサウザナが費やした時間と努力の結晶としか。
ちなみに待ち疲れたのかユカリスはすやすやと寝息を立ててテーブルの上に積んだ紙束を背に寝入っていた。こちらも小さいのに大物だ。
そこで寝ると体を痛めそうなので、起こさないようにそっと抱えて内ポケットの中へ入れてやる。
そうしている間に、ナヅキがアーリィにこの集団について訪ねていた。
「アーリィ、こいつらの顔に見覚えは?」
「特には。アンネの街に来て三年ほど経ちますが、その中でも出会った記憶はありません」
「こいつらは姿を消せるし変装の可能性も考えたほうがいい。というか、明らかに街から慌てて来ました、みたいな格好だしな。顔を隠して潜伏してた可能性が高い」
「やはりアーリィ君が目当てということか。いや、正確にはこの部屋の資料だと思う」
「そのボロボロの様子からして、かなりの実力者であったのでしょうか」
「少なくともどっかの軍人じゃないか、って睨んでる。理由は格好の割に合わない強さ。国家技法のツギハギ、タンクルを消す〈理に潜む理〉を使えること。あと、ダルメンを襲った連中と繋がってる……つまり複数の面子が同じ行動をしていたこと。何より、〈幻獣〉なんてのを使役してるのが普通の奴とは思えない」
「国が欲しているものがここにあるってことですか?」
「小さな賢者と呼ばれるアーリィ君が目の色を変える資料だ。おそらくは」
ダルメンに促され、今まで資料を解析していたであろうアーリィに中身の詳細を聞く。
「アーリィ。ここにあるのは一体なんなんだ?」
「確認出来る限り、世界で見たことのない資料です。あの剣都ルオでも見られない遺失技術かもしれません。私と似た発想で、さらに先を行く方が他にもいたとは。やはり世界というものは広い」
剣都ルオ?
そのことを聞こうとするより早く、サウザナが俺だけにイメージを送ってくる。
『世界一強くて有名な国、って思えばいいわ。詳しい話はまたいずれ。それより、その資料私にも見せてくれない?』
わかった、と素直に頷きながら俺は適当な資料を取る。〈クロッシング〉によって視界も共有しているので俺の見たものは鞘に入ったサウザナも理解できる。
「ええ、ルオでも!? それじゃあ歴史的大発見ってやつじゃないの!」
「隠していなければ、ですが。少なくとも、新技術としての歴史には刻めそうです。ここに資料があるということなら全部持って帰って研究しましょうそういたしましょう。幸いにして現在受けている依頼はないので今後全て断れば時間はたっぷりある」
さらりとすごいこと言ってんな。
それだけ職人から見たら垂涎の一品ということか。
「はー、もしそれで技術開拓したらアーリィってば小さな賢者どころの騒ぎじゃないわ。 アーリィってばこれに目をつけていたのね」
「…………隠されているのがここまでとは考えが至っておりませんでしたが」
「その辺を考えるのは持ち帰ってからにしよう。今は他にやることがある」
そう言ってダルメンが用意した樽の中に入れられる三角巾娘達を見る。蓋こそしているが、首だけにょっきり出ているので奇妙な光景だ。
こいつらが気絶から覚めるまでの時間は誰にもわからないし、その間にどうするか決めなくてはならない。
「ダルメンはこいつらをどうしたい?」
「どうしてわたしに?」
「襲われたんだろ? 報復するなり許すなり、処遇を決める権利はあると思うぞ」
「正直どうでもいいというのが本音だね。それより気になるものがある」
「ふぅん。ならナヅキは?」
「こいつにリベンジしたいです!」
そう言って三角巾娘を指すナヅキ。
気持ちはわかるが三角巾娘だけ釈放、というわけにはいかない。この子にはある意味一番残ってもらいたいのだ。
「そういうネムレス殿には何かお考えが?」
「リアクション待ち、って言いたいんだけどこいつらの背景が本当に国なら、アンネの街に置くのは危険だと思う」
あの場で出したのはダルメンの名前だけだ。アーリィが居ることは知らないはずだが、この場所を元々調べていたとしたら高確率でアーリィのことは知られているだろう。何せ彼女もまた独自にこの場所を調査していたのだから。
『アーリィのことならこいつら絶対知ってると思うわよ?』
と、ここで資料を読んでいたサウザナが〈イメージボイス〉を使い、声なき声で頭に直接会話を送ってくる。どういうことだ?
「なんでわかる」
「ネムレス殿?」
突然すっとんきょうなことを言い出した俺に眉をひそめるアーリィ。俺はアーリィに許可を取って少しその場から離れた。
「すまん、ちょっと失礼。……おい、何を知ってる」
『目覚めた当日、馬車とすれ違ったじゃない?』
「そうだな。わざわざお前足止めたな」
『あの時止めた理由の半分に、私達を見ていた奴がいたの。そいつらは〈理に潜む理〉を使ってて……』
「それが原因じゃねーか! 目ぇ付けられた理由まさにそれじゃねーか!」
怒号を発してサウザナを叱る。突然の絶叫に全員の視線が俺に向くが、今は気にしていられない。
三角巾娘は言っていた。
彼女らに敵対の意志はなく、襲撃を仕掛られた側であり、振りかかる火の粉を払っているにすぎないと。
その襲撃者をあちらはダルメンと勘違いしたようだが、サウザナの話が本当なら真実は異なる。
照らし合わせれば、虫を払うとか言ってた時に連中の一部をふっ飛ばし、たまたまその後を通ったダルメンが襲撃者と勘違いされて襲われ、さっきの戦闘へと繋がったのだ。
ということはダルメンにも勿論彼女らに非はなく、全ての原因は俺達だ。それならあちらの言い分にも納得できる。
「なんで黙ってた!? 」
『別にネムレスに被害なければ構わないでしょう?』
「巡り巡って被害あってるだろ!」
『だってせっかくの再会を邪魔されたんだもの。些細なことに気を使いたくなかった』
「些細じゃねええええぇぇぇぇぇ!」
「ネ、ネムレス……さん?」
突然叫びだした俺に、ナヅキがおっかなびっくり近づいてくる。
心の距離が盛大に離れていることに気づき、俺はすぐさま全員に謝った。
「ダルメンごめんな! ナヅキもごめんよ! アーリィもホントごめんなさい!」
「え? え?」
「どうしたんだ?」
「謝るしかないんだ、俺の監督不行き届きなんだ! でも本当は悪い奴じゃないんだ、根は良い子なんだよ許してやってくれええええ!」
そう言って見事な土下座を行う俺はナヅキとダルメンにひっくり返され、アーリィにがっちりと顔を掴まれながら事の詳細を話す。もちろん、俺の情報は明かさずに、だが。
「うう……悪いすまない」
「いやー、ネムレスさんが責任感じることはないと思うんだけど……」
「わたしは気にしてないよ」
「けど、襲われたのは俺達が大いに関係してるし」
『せっかくの良い気分を刺されちゃってぷんぷん、だわ』
「だから事前に言えってんだよ! このタイミングで言うかぁ!? おかげで俺だけで済むところを無駄に巻き込んじまっただろうが!」
『三人共ごめんね? ほら、私もネムレスも謝れる大人だから素直に許して……』
「許してもらおうって態度じゃない!」
年を取ってもちゃんと謝れる存在に、俺はなる。
「特にダルメンは本当にすまない。サ……この駄剣のせいで巻き込んでしまった」
『なんで言い直したの? あと犬じゃないけど?』
「駄目な剣と書いて駄剣だよ、察しろよ」
『やだー! やだー! 察したくない! せめて賢い剣って言ってー!』
いかん話が進まん。
「とりあえずあいつらの処遇は俺が……」
「いえ、どの道この部屋を調べようとしていたというのでしたら私も無関係ではいられなかったでしょう。貴方にだけ責任を貸すわけには参りません」
天使がいた……
「そうですそうです。今更な話でもありますし、私としては気にしてないです。むしろやることが出来て嬉しいくらい」
「ダルメンからすれば俺もあいつらと似たようなもんだしな。何か出来ることがあれば言ってくれよ? 出来る限りで何か謝罪する。一番の被害者はダルメンだから」
「さっきも言ったが、わたしは君に怒りなど抱いてないよネムレス君」
しかも三人……
思わず頬から熱いものが流れそうになるが、今は我慢だ。やらなければいけないことをしよう。
「気にしてないのだが、そこまで言うのなら後で一つお願いでも聞いてもらおうか」
「ああ。俺にできる範囲でなら」
借りは即返さないと気がすまない。
「では早速資料の運び出しと参りましょう」
「穏便に済ませるのならこの場所にある資料全て置いて……わかったわかった、その選択肢はなしなんだな。〈幻獣〉の攻撃のせいで、洞窟も崩れるかもしれない。持ち主には悪いが、保管って意味も込めて持ち帰るってことにしとこう」
アーリィのしょんぼりするような顔に罪悪感を刺激され、置いていくという判断への口をつぐむ。
こっちで出来ることに限界がある以上、後は三角巾娘達次第か……となればやることは決まりだ。
とりあえずアンネの街へ戻ることにした俺達は、サウザナがダルメンにも使った封印のツギハギを全員にかけて馬車へと積み込んでいく。
念の為に、と言ってどこからともかく取り出した手錠のようなものを渡されたので、それも一緒にかける。呪紋が刻まれているのを見ると、何らかの紋具のようだ。
アーリィはツギハギの封印術を使うサウザナに驚いていたが、そんなに上等なのか? 昔の俺でも使えたくらいなのに、未来世界は何がすごくて何が普通なのかわからん。
俺は三角巾娘を横に置き、他の監視をナヅキとダルメンに任せて馬車の適当な位置へ座る。万一目覚めた時、いの一番に対処するためだ。
気絶して眠っている三角巾娘をふと見やる。
穏やかに眠るその寝顔は、俺達三人を相手に立ちまわるほどの強さを持っていると思えないあどけないものだった。軍人っぽいと推測してはいるが、本当にただツギハギが使える町娘だったら笑うに笑えない。
「罪状的には、アーリィを狙っていた不審人物ってことで通るかな」
『当然じゃない。姿を消してるあいつらが悪いんだもん』
「やる前に言ってくれたら良かったんだけど」
『何さー。じゃあネムレスは姿を消した大人の集団がアーリィみたいな子供をこそこそ付けてる場面に遭遇したら成敗しないで見てみぬフリするの?』
「そう言われると何も出ない」
この件に関しては相手からの情報次第だな。
アーリィ狙いなら俺も罪悪感が薄れる。そうじゃなかったら謝る。
「あ、そう言えばネムレスさん。あいつから何を盗ったんです?」
「お、よく気づいたな」
ナヅキの言葉に、俺は三角巾娘から取り上げたもの見せる。
使い手を選ばず、引き金を引くだけで凄まじい速度を秘めた鉄塊が射出され、敵を撃ち殺せる恐ろしい武器。
当時貴重な武装だったというそれを、三角巾娘が普通に携帯しているのを見るとやはり未来なんだなと納得する。
でも、気になるのはそれだけじゃない。
「サウザナ。あの子が使ってたタンクル弾はあの〈幻獣〉を燃料にしてるって言ってたけど、これの詳細知ってるか?」
『うん。その武器はね、剣獣(ゴレム)っていうの』
「ゴレム?」
俺のつぶやきにナヅキが答える。
「聞いたことがあります。剣獣っていうのは〈幻獣〉が封じられた武器のことで、力を解放すると、一時的にその幻獣の力を使える、と。ようは簡易アクターですね。あれはあの〈幻獣〉の力をそのまま撃ち出していたんでしょう」
「アバター使いがこれを使えば、アクターとしての力も両用出来るってことか」
「はい。最初に発掘されたのが剣だったからそう呼ばれてるだけで、造形の全てが剣ってわけじゃないそうですが」
「発掘?」
「スピリット・カウンターの残骸の中に埋もれていたそうです。制限がある代わりに、強力な兵器として運用できる武器ってのが通例ですね。形が違いましたが、旅をしている時にお偉さんの所で見たことがあります。でも有名になったのは、発掘したのを改良して量産に成功した国があるからだと思いますが……」
またスピリット・カウンターか。
落ち着いたらサウザナにちゃんと意味を聞いておかないと。
『リアクターがないからカケラオチと勘違いしてたみたいだけど、あれはもっと広範囲で派手よ。仮に一体だけ出てくるなんてことがあれば、それだけの密を『持ってる』存在だからあんな弱くない』
それなりに広かった洞窟を一撃で倒壊させる存在が弱いですかそうですか。
「剣獣って貴重なのか?」
「結構お高めです。王侯貴族や一部の有力な権力者なら所有しているものですが、少なくとも街で暮らしているような女の人が手に入れるものじゃないですね」
「つまりそんなシロモノを持っているあの子は」
「割と扱い良い所に所属してるってことですよ」
でしょうね、というサウザナの声。
本命はどこかの国の関係者だったが、貴族の私兵という説も出てくるな。
むしろそっちが濃厚か? 一団を取り込んだのか逃亡兵を貴族がかくまったとか……いや、考えるのは話を聞いてからにしよう。
「何やら気になるお話をされておりますね。見せていただいてもよろしいですか?」
「ああ。それじゃあその間、御者は俺がやるよ」
「感謝を。何かわかったらお教えしますね。……ナヅキさんもどうも」
「いえいえ。あ、そうだダルメンさん。さっきのアクターだけど――」
「わたしを模したものだ」
「あーはいあーはい樽ですね樽です。聞きたいのはそっちじゃなくて――」
御者席へ移動した俺は、アーリィに剣獣を渡し入れ替わるように馬車の手綱を握る。こうやって馬を駆るのも久々だ。初心を思い出すようでちょっとワクワクしてくる。
気持ちが体に伝ったのか、内ポケットで寝ていたはずのユカリスがあくびをしながら俺の服を這い上がってきた。
「おっと、起こしたか? 悪いな、もうしばらくのんびりするから、寝ててもいいぞ」
眠気は覚めてしまったのか、ユカリスは首を振って俺の肩に止まる。どうやら景色を堪能することにしたようだ。なら一緒に見ようか。
久々の御者の視点に興奮していたからなのか。俺は隣で真剣な顔で剣獣を凝視するアーリィに気づかず、アンネの街まで楽しそうに馬を走らせていた。
その夜、うろたえ少年と三角巾娘達を連れた俺達はアーリィの家へとやってきていた。
アンネは川を隔てて家屋が点在するが、その北部には巨大な滝壺がある。その滝を作るものが街の代名詞でもある湖であり、豊富な栄養を含む万能の水として親しまれている。
アーリィは街から少し離れた所で一人暮らしをしているようで、実験や色々なことからやや遠い位置に自宅を構えているそうだ。
「もうすぐ私の家です。小島の上にあるのでわかりやすいかと」
「ん、小島?」
「ええ。ほら、あれです」
アーリィの発言に眉をひそめながら滝の傍にあった山道を登りきり、湖を一望出来る俺の目に飛び込んできたのは、青く澄んだ巨大な湖とその上に浮かぶ小島と、そこに建てられた屋敷だった。
橋などは一切なく、湖の上にある小島まで歩く道は一切存在していない。
「ほあー、あそこまでどうやって行くの? 水の上を走ればいいの?」
「するなよ? 沈むから」
「おじいちゃんは走れますが?」
「色んな意味でその人見てみたくなった。……アーリィ、ツギハギで足場作って行けば良いのか? それ以前に、なんであんな場所に家建てた」
「色々と立地条件的にここが一番良かったのです。それに、ちょっと街の人を巻き込めない場合などには便利なものでして」
まさに今役立っているので、アーリィのそれは慧眼というべきか。
ナヅキは何の準備もなく湖に足をつけようとしていたので、襟を引っ張って止める。どうして止めるのと文句を垂れていたが、今は無視して四角形の適当な大きさの足場をタンクルで作っていくつか撒いていく。
簡易の足場を作って屋敷までの道のりは問題なくなったが、ツギハギ使えない誰かが訪ねてきたらどうするつもりやら。
家屋自体は貴族の住むような屋敷という感じで、昨日泊まっていた宿を置いてもなお余裕のある広さを誇っている。
家に入った俺達は、同じくアーリィの手によって作られた地下室へと歩みを進めていた。
紋具を作る製作の場以外に、色々と音なども漏れるのでなるべく目立たない場所に居を構えた理由の一つらしい。音ってなんだよ、なんか不安になってきた。
そうしてやってきた地下室の一室。その一部に、どう見ても牢屋にしか見えない空間が建造されていた。……アーリィさん?
俺の懸念を察したのか、アーリィはこの場所が作られた理由を明かす。
「今は誰もいませんが、街の自警団で対処出来ない凶悪犯罪者などをここに収容しているのですよ。閉じ込めてしまえば、出ることは大体不可能ですからね。と言っても今回に関しては逃げられない自信はありませんが……そこは皆様のお力で絶対と致しましょう」
マジで何者だこの子。
湧いた疑問は胸にしまい、俺は一番奥に三角巾娘を。その隣にうろたえ少年を移動させる。ユカリス、お前は無理しなくていいぞ。
何故か甲冑騎士の人形が置いてあったり、薪で燃やすタイプの燭台も置いてある、喋り方同様に趣を重視しているのかもしれない。
「起きたら尋問するんですよね? 色々聞きたいことが」
「いや、それは明日以降に控えてくれ。それと、尋問は俺がするから、何か聞きたかったらそれが終わってからにしてくれ」
「えー、一緒にいちゃ駄目なんですか」
「ナヅキの場合自分の欲望を優先させて、聞きたいことも聞けなくなりそうだしな」
その物言いに鼻を白ませて文句を言いかけるナヅキだったが、自分でもわかっていたのかすぐに感情を鎮静させる。よしよし、良い子良い子。
「話をさせないってわけじゃないんだ、少しの我慢だよ。さ、今日はもうメシ喰って寝ようぜ。誰か料理作れるか? いなけりゃ買い出しに行くが」
「私はおばあちゃんに教えてもらったから、それなりに出来ます」
「わたしは食べる専門でね」
「私は食事を作ったりはしません。作ってもらうほうが好きなので」
ちょっと意外だ。アーリィなら料理もそつなくこなすと思っていたが。
同じように意外なのはナヅキだ。この子は食べ専かと思っていた。
ダルメンは言わなくていいよ、知ってたから。
「ですが食材はあります。たまにエイン殿――昨日皆様も会った従業員の女性がたまに食事を作りに来てくださるので、それに甘えておりますな」
「あの子、ツギハギ使えるのか?」
「いえ、来る時は私も一緒に居るだけですよ。事前に伝えたり、たまに来て欲しい時に訪ねて作りに来てもらっております」
「それなりに離れてるのによく来てくれるな。今日は来てくれる予定だったのか?」
「それが彼女の優しさでもありますので。空振りであったなら来ていただく予定でした。ですが彼らを回収した以上、しばらくここに近づかぬよう言わねばなりますまい」
「だな。ダルメン、伝言いいか?」
「ああ、任せておきたまえ。その代わり美味しいものを頼むよ」
「えらそーに。ナヅキはメシを頼む」
「それは構いませんけど、ネムレスさんはどうするんです?」
「話を聞くのは明日と言ったが仕込みはする。それをちょっとな」
ニヤリをあえて悪い顔を作ってナヅキに見せつける。ナヅキは呆れたような、苦笑するような表情で乾いた声を漏らす。
「うわ、あっくど」
「普通に話してくれない相手に語らせるための小技さ」
「後で話せるなら別にいいですけど。じゃあアーリィ、食材ってどこ?」
「こちらです。料理はしないと言いましたが簡単な手伝い程度は出来ますので、共に参りましょう」
「そうなんだ。調理だけ出来ないって感じ? って、ユカリスあんたも手伝ってくれるの? ええ、ありがとう。一緒に美味しいご飯を作りましょう」
「では、わたしは早速エイン君のところへ行ってこよう」
「もう驚かせんなよ」
「大丈夫。わたしも宿泊客だから見慣れたはずだ」
一日で見慣れるかな、それ。
肩に止まっていたユカリスも和気あいあいな少女達と合流し、表情が見えなくても意気揚々と伺えるダルメンが街へと降りていく。
全員を見送った後、俺はサウザナを鞘から引き抜いた。