マイ・フェア・ソード!   作:鳩と飲むコーラ

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19.きな臭い話

『いやー掘り出し物だよ掘り出し物! アーリィもダルメンも掘り出し物!』

「人をモノ扱いするなっての」

 

 一夜明けても高いテンションを維持するサウザナに苦言しながら、備え付けのタオルを手に取る。

 洗面台にある紋具を使えば水やお湯を自由に使えるそうだが、ツギハギ制御の一環として自分でそれを用意する。

 小さなタオルを手に〈水〉に〈熱〉を与えるだけだが、ユカリスがびっくりしない程度に抑えるのも忘れない。

 媚を売る――というにはお粗末だったが――アーリィを真似て世話を焼く面も見せたことのあるユカリスだが、朝はその限りではないようだ。

 暖かなタオルに包まれてほっこりしているユカリスの顔を満足気に眺めながら、俺は昨日の光景を思い返す。

 アーリィが見せてくれた切り札は予想以上のものだった。

 防衛という意味なら、これ以上ないというくらい最適なものだろう。

 しいて言えば火力が不足しているくらいだが、その辺りは発掘した資料次第でなんとでもなる。

 ダルメンが隠していた秘密も、それに値するものだった。

 ツギハギで出来た人間……どこに出してもどんな意味でも注目を集めそうなものだ。

 最初の出会いのせいでバレたといえ、この調子で彼女に対して良い意味で興味を持たない相手を探すのもまた大事になってくるだろう。

 そんなことを考えながら朝の支度を整え、目が覚めたユカリスとサウザナを連れて部屋を出る。

 朝食を取るべく食堂へ向かうその途中、食事を乗せたトレイを持ったナヅキとばったり会う。

 柔らかそうなパンに、湯気を立てる野菜入りスープの匂いが鼻をくすぐる。どうやら地下の面々への朝食らしい。……あの樽被った奴らって飯食べられるのかな。

 

「わざわざ朝食作ってきたのか? 面倒見良いな」

「捕虜だからってぞんざいなものを渡すのも。作れる時は作っておかないと、腕が鈍りますし」

 

 朝風呂にでも入ったのか、隣を歩くナヅキからは料理とは違う良い匂いが漂ってくる。濡羽色の髪の先が波打ち、歩く動きに沿って揺れる動きはなんとなく目を奪う。

 流石に朝から帯剣してはいないが、薄手の白いシャツとショートパンツ姿のナヅキは、年齢不相応の発育もあいまって健康的な色気を醸し出している。

 今も将来もその気になれば男に困ることはなさそうだが、優秀らしいお爺ちゃんっ子のナヅキの基準は高そうだ。

 

『若い子は足を出すわねー』

(なんか年寄りの台詞だぞ)

『私は相当年寄りよ』

(そういやそうだな)

 

 おっと、ぶしつけに視線を送るのはナヅキに悪いから控えておかないと。

 

「一ついいか?」

「別に用意してあるから我慢してください」

 

 話しながらパンを一つつまみ食いしようとするが、すげなく嗜められた。

 確かに少しの我慢かもしれないが、目の前に美味しそうな食事があるのに食べられないのはなかなかに辛い。だからユカリス、その手を引っ込めなさい。

 こっそりナヅキの反対側に移動して朝食に手をつけようとしていたユカリスをつまみ、肩の上に乗せた。ユカリスは不満顔だが、一緒に我慢しようなと自制させる。

 

「お二人の分もちゃんと用意してますので、そちらを食べてくださいよ」

「そうしとこう。それ、ミュン達に届けるなら俺もついてっていいか?」

 

 なんとなく、くらいの気持ちだったのだが、ナヅキは何故か少しだけ目を細めた。気に障ることでもしたか?

 

「…………名前聞けたんですか? 私が聞いても言ってくれなかったのに」

「そっちか。それはサウザナのおかげでな」

「色々と謎ですね。あそこまで強い識世、そうそう見ませんよ」

「そうなのか?」

『そうなのよー』

(お前じゃない)

 

 ちょうどいい、サウザナ視点ではなく世界を旅したというナヅキ目線からの識世について色々聞いてみよう。

 

「俺はサウザナとユカリスしか知らないけど、他の識世ってどういうのなんだ? こんな風に喋ったり、感情表現するんじゃないのか?」

 

 流石にダルメンのことは、彼自身がナヅキに言うまで俺が暴露するわけにはいくまい。

 

「いやー、流石にこの二人は珍しいと思いますよ?」

「ほー。じゃあ喋ることは出来るのか」

「それなりの年齢を生きていれば自然と成る、ってのはおじいちゃんの言葉でした。でも、サウザナさんはまるで人間みたいだし元と違う形の識世を見たのはユカリスが始めてです。その子、何かの花なんですよね?」

「ああ。ここから……結構距離はあるけど、そこに生えてた花から生まれた奴らしい。俺の会う奴に識世が多いけど、そんなにありふれてるのか?」

「識世候補ならそこいらに居ますよ? 私が調理に使っているキッチンだったり、湯船を満たすために使っている紋具……言っちゃえばあれも識世になりかけですし」

「マジか!……ナヅキ、識世に見られてるのに風呂入って平気なのか?」

「ネムレスさんは石に欲情しますか?」

「はぁ? そんな奇癖持ってないっての」

「それと同じですよ。識世が人にそういう感情を持つことはないそうなので」

『ええー? ほんとにー?』

 

 ほんとにー。

 

「識世以外には興味ないんですか? 識世しか知らないなら、アイゼンダイトとか見てみたいって思ったりするのが普通なのに」

「アイゼンダイト?」

「……ご存知ない?」

「ああ。聞いたことないな」

 

 そもそも識世を知ったのが数日前だし、人間以外の種族が他にもいるということに驚きだ。世界は本当に色々変わったんだな。

 怪訝そうな目で見ていたが、良い子のナヅキはそれでもちゃんと説明をしてくれる。

 

「あの国の人達は外に出ると肌を隠す人もいるいから珍しいから、なくはないのかな」

「それよりアイゼンダイトってなんだ?」

「あ、ごめんなさい。アイゼンダイトっていうのは生まれた時から体の一部に金属の肌を持った特殊な人種なんです」

 

 生まれた時から体の一部が金属?

 そりゃまた面妖……って言うとそいつらに失礼か。

 驚きに目を瞬かせていると、疑問を感じ取ったのはナヅキが補足する。

 

「しっくり来ません? 最初におじいちゃんから聞いた時は私も驚いたけど、話してみると人間とそうそう変わりありません。全身が鉄になった人も居たけど、鎧を着込んだ人みたいなものですし」

『ちなみにそれは鉄海のパーツがよく発掘される国で生まれることが多いわね。多分、呪文世界にあったそういうものがタンクルに溶け込んで、胎児に影響を与えたんじゃないかって言われてる』

 

 さらなる補足に、世界融合の影響というものを感じざるを得ない。

 識世といい鉄の人間といい、ただ涙月……ゲイズという脅威を退けるために動いただけなのに世界がこうも変化するなんて妙な気持ちだ。

 

「俺は識世以外知らなかったよ。アイゼンダイトねえ。他にもそういう、人と異なるような種族がいたりするのか?」

『それは――』

「後で話しますので、今はあいつの所に行きましょう? 朝ごはん冷めちゃいます」

 

 ナヅキに言われ、朝食のお届けの途中だったことを思い出す。

 そんなに時間が経っていないと思うが、出来たての食事が冷めてしまうのは作ってくれたナヅキにも悪い。

 反省しつつ向かった地下室では、意外にもベルソーアが先に起きており、ミュンはまだぐっすりと眠っていた。

 

「ごはん、持ってきたわよ」

「……ありがと。感謝する」

「なんだ、お礼言えるんだな」

「捕虜に対しての待遇としては上等だしな。それに悔しいが、美味しい」

 

 食事を受け渡すために作られた小さな穴から料理を乗せたトレイを押していくナヅキ。その間に何かしないか目を光らせるが、特に何もないまま二人への配膳は終了する。

 肩透かしと思わなくもないが、大人しいのは良いことだ。

 食事を届けたことだし、俺達も戻ろうかとナヅキに言おうとした所で、ベルソーアの口から咀嚼以外の音が漏れる。

 

「――伝えたいことがある」

「アーリィにか? それなら」

「あんたにだ。俺の中にある鉄海の除去手術中、絶対に妨害が入る」

 

 それは、今までのベルソーアへの印象を覆すような言葉だった。

年相応の少年の瞳には見たことのない知性の輝きが見えた気がする。

 

「何を知っている?」

「あれは簡易ながら『召喚』の紋具としての機能もある。撤去された途端、何かを呼ぶ。昨日あの子供にも伝えたけど、何も心配いらないって言うだけでまともにとりあってくれなかったからな……」

「言葉通りじゃないのか?」

「そのツギハギは製作者以外が触れたら発動するんだ。取り外そうとすること自体がツギハギの使用条件になってしまう」

「つまり――」

「ネムレスさんネムレスさん、一体なんの話ですか?」

 

 ナヅキが口を挟んでくる。そう言えば伝えていなかったか?

 俺は推測を交えた事情を説明し、ナヅキは腕を組んで首肯する。

 思い悩むナヅキを安心させるように、アーリィはきっと全部わかっていると話す。

 

「むしろそれを狙っているふしがあるぞ、あいつ」

「……何考えてやがる」

「世界をひっくり返そうとか?」

 

 なんてねー、なんて笑うナヅキだが、俺はそれを全て冗談と受け止めることができなかった。

 アーリィがあの洞窟で手に入れた技術は、世界でも有名らしい剣都にもないものだとサウザナは言った。

 それを広めるということの影響を、あの聡い子供が理解していないはずがない。

 そして、それを踏まえても成し遂げたいことがあるのだろう。

 

『だいじょぶだいじょぶ、仮に何かあってもネムレスは私が守るから』

(どーもありがとう)

 

 守られるより守りたい派なのでサウザナの献身に軽く応じつつ、俺はベルソーアに口を開く。

 

「それはいい。けど、急にどうしたんだ。やけに協力的じゃないか」

「僕の中にある奴は、かなり面倒だったからな……それを外してくれるっていうなら話は別だ」

「きな臭い話か?」

「きな臭い話だよ」

「軍人なら珍しくはないな」

「僕の場合は自爆みたいなものなんだが……どこかのお人好しがそれに巻き込まれているからな」

 

 軍人という単語はスルーされてしまったが、少しだけ声に変化があった。

 名前こそ口にしていないが、その裏に親しみを感じた俺は隣の牢を見る。

 そこには静かな寝息を立てるミュンが見える。きっと、そういうことなんだと思う。

 まったく思春期らしい。

 鼻を鳴らして微笑んでいると、にゅっと伸びたナヅキの手が俺の頬を引っ張った。

 

「はにふる」

「女性の寝顔を見てニヤニヤするのはマナー違反です」

「ひへーよ、はんひはいは」

 

 どうやら寝ているミュンを見て笑みを浮かべたと勘違いされたらしい。断じて違うぞ。

 加減されていたので痛みはないが、喋りづらいのでナヅキの手を払う。

 

「こいつがミュンのこと大好きって話を微笑ましくなっただけだよ」

「え、そうな『そんなこと少しも言ってないだろうが!』」

「大方、出世とかすごい紋具をくれるとか言ってほいほい飛びついたら実験台にされて、そのいざこざにその子がとばっちりを受けたってところか?」

「……………………勝手に話を作るな」

「その間はなんだよ」

「知らん! お前なんか知らん! とにかく僕は伝えたぞ! せいぜい周りに注意しておけ!」

 

 そう叫んでベッドに潜り込むベルソーア。子供の照れ隠しそのもののである。

 改めて朝食の話題ネタを拾ったことに頷きながら、俺とナヅキはその場を後にした。

 

 


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