アンネの街で起きたスピリット・カウンター事件はこうして幕を閉じた。
結果的に見れば大した被害もなく、世界融合以降で最も被害が軽微なスピリット・カウンターではないかと噂されている。
その立役者の一人である俺はと言えば、アーリィの屋敷にある与えられた客室でのんびりしていた。
説明を求められた後、まずはリアクターを戻すのが先だと街へ戻り、無事に湖の中に卵リアクターを収め直した。
疲労と安堵からかアーリィはすぐさま倒れてしまったので、俺が代わりにリアクターを戻しておいた。
勝手にやって怒られないか不安だが、緊急処置として納得してもらいたい。
〈夢の名残〉によるリアクターのツギハギ化は少女の体には負担が大きかったのだろう、疲労困憊ということで今もベッドの上でぐっすり寝入っている頃だろう。
ダルメンは特に疲労などなかったようで、エプラッツの宿に篭って何かしているようだ。アーリィと同じくベッドの住人となったナヅキがぐったりなので昼食をエインの店に食べにいったとき、帰ってからずっと部屋に居ると聞く。
ミュンとベルソーアは一度故郷へ戻ると言ってアンネの街から出ていった。
ベルソーアは自分の中の異物が消えて自由になったというのに、ミュンが出ていくと知って渋々それに従っている。
素直になれないお年頃なのか、一人別れても何もすることがないからかは、彼の心だけが知っている。
イッタル・ニタル・サンタルの三人? 三体? のうちイッタルは連絡のためにこの街に残っている。普段はダルメンの所に居るそうだが、普段何をしているのかは知らない。知りたくないとも言う。
昼間からの惰眠も考えたが、ベッドではユカリスが一仕事終えたかのようなやりきった顔で寝入っている。つまり、絶賛暇だった。
街の混乱は町長が胃を痛めながらも治めているようなので、することがない。
剣術やツギハギの自主練も考えたが、それよりサウザナに聞きたいことがあった。
「結局あの船はなんだったんだ? 境界領域に出入りしてたようだけど」
『あれはツギハギによる異空間航行ね。正確には、本来の使い方をしている〈理に潜む理〉。あれは元々〈
軽い言葉と共に放たれた衝撃を、俺は昼食帰りに買ってきた果実水をツギハギで冷やしながらゆっくりと流し込んでいく。
オレンジの甘さを胃に染み込ませながら、軽く鼻を鳴らした。
『始めはスピリット・カウンターへの対抗策として、実際に異世界へ行ってみようっていう計画から始まった。途中で頓挫したそれを、一人のアバターが成し遂げたって言われてるわね』
「言われてる、って。お前が作ったんじゃないのか?」
『私はその頃は自分を鍛えてる時だったからね。ただ、その時の研究者と知り合いだったっていうだけよ。っと、話が逸れた。基本的に〈異次元に消える実体〉単独で扱えるアバターなんてそうそう居ない。――でも、そのツギハギ自体に意志を持たせることが出来たなら?』
この時、俺の脳裏にはダルメンの中の子が浮かんだ。
『あの船は無人だった。船の材質もタンクルで出来てたしね。あれくらいならアーリィにだって作れる。大事なのは、〈異次元に消える実体〉のほうだし』
「無人、だって?」
『ダルメンが隠してるあの女の子とは別よ。あれはもっと高度だったもん。あの船に乗ってたのは、簡単な指示に受け答え出来るくらいの意志しかなかった』
「わかるのか」
『鎮圧した時に情報をちょちょいと』
こいつ頼もしすぎる。
『と言っても、向こうもそれを警戒してたのか抜き取れた情報はそう多くないけどね』
「わかった情報は?」
『あのうろたえっ子の鉄海の爆発が、あの船を呼ぶ汽笛やら灯台みたいな役割も兼ねていたってことくらい』
「どちらにせよ今回の件は裏があって、高確率で剣都ってところが怪しい、と」
一連の事件には剣都が絡んでいると断言する。
なぜなら、ミュンは街を出ていく直前に、自分達は剣都の軍人の一部隊であることを明かしてくれたからだ。
そもそも監視していたのはあの船の奴じゃないかと尋ねれば、神妙な顔で礼を言って、知りたいことが出来たと街を発った。
ベルソーアは置いて言ってもいいと思ったが、彼女はむしろ避難のためにベルソーアを別の場所へ置いていこうとしているような気がした。
『少なくとも〈異次元に消える実体〉の使い手を使い捨てだなんて贅沢な使い方してるわね。なんとも大きくなっちゃって』
「元々俺らの国だなんて信じがたいな」
『で、元王様として今回の件はどう判断する?』
「どうするもこうするもないさ。スピリット・カウンターは被害なく鎮圧。今回はそれで終わりだよ」
『そう。ネムレスがそう言うなら、私からは何も言わないわ』
気にならないと言えば嘘になるが、少なくともこの件を追求して剣都へ行く気はない。
今は、だが。
それよりも、俺がすべきことはもっと他にたくさんあるのだ。
「境界領域の探索、か」
『…………どしたの?』
「スピリット・カウンターは、世界融合からはみ出された魂の墓場なんだよな?」
『うん、概ねその認識で合ってる』
「ならさ、俺の仲間もそこに漂ってる可能性あるんじゃないか? 国には帰って来なかったんだろう?」
『…………』
「だって、あいつらがゲイズなんかにやられるわけないしな」
覚えないないけど、と苦笑する。
部下でも上司でもない、かつての自分が田舎から出た時に出会った頼もしい同胞。
仲間達は俺なんかよりずっと強かった。
俺が、俺達があいつらの強さについていけなかったから国の留守を預かっていただけで、本来は王様だってあいつらの誰かがなるべきだった。
でもサウザナも国に帰ったあいつらを見ていないっていうなら、それは俺と同じく世界融合に呑まれて境界領域に投げ出されたかもしれない。
『……ごめん。私は、ネムレスのことしか考えてなかった。だからあの子達のことは一切わからないわ。ただ、はみ出された魂っていうのは、基本的に境界領域や呪紋世界の住人よ。あの子達が帰って来なかったってことはつまり、その時にそのどちらかに居た可能性はあると思う』
「だろ? まだこの世界のことはよくわからないし、スピリット・カウンターの全てを把握してるわけじゃない。けど、今回の件みたいにもし誰かに介入されて起こしてるなら、そうさせたくない。あいつらを見つけて、埋葬してやりたいんだ」
仮に生きていた寿命を迎えていたとしても、子孫やあいつらの残した足跡が現代にも残っているかもしれない。
あるいは、俺のように境界領域で漂ってるかもしれない。
(なら――)
その先は言葉にしない。口に出す時は、実際に誰かを見つけた時だ。
もちろん、口で言うほど容易くはない。
それでも夢をもう一度を果たすためにも、俺は今の世界を色々知るべきだろう。
必然的にこれからも俺はサウザナに頼っていく。そのためにも、こいつを振るうのに相応しい自分でいないとな。
鞘からサウザナを抜く。
折れた刃が、窓から差し込む光に反射して天然の輝きを帯びている。
「だから、これからもよろしく頼むな。お前がいないと、どうすりゃいいかわからん」
『…………んふふ、もちろん。改めて言わなくたってそのつもり』
にじみ出る喜びを隠しきれない、嬉々としたサウザナの声。
刀身に映る俺の顔に応えるように、彼女は宣言した。
『私は貴方の武器なんだもの!』
これにて連続更新は一旦終わりです。
区切りの良いところまで書いたら、また連続投稿したいと思います。