マイ・フェア・ソード!   作:鳩と飲むコーラ

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29.月下双刃

 遅い、と言葉にするのは何度目のことか。

 あれから日も暮れて夜の帳が下ってもダルメンが部屋に戻ることはなかった。

 話が盛り上がっているのかと食堂へ向かってもひと目見てわかる樽男の姿を見つけることは出来ず、ツォカの姿も確認できなかった。

 〈クロッシング〉が切れているのでこちらからの連絡も無理だ。

 やむなくサウザナに頼んで分身体を作ってもらい、それを目として飛ばしてもらったのだが、まだ見つかっていない。一体どこをほっつき歩いているのやら。

 サウザナがヴァーナの構成を調べる傍ら、俺はナヅキの件をふと思い出した。

 

「サウザナは分身体で誰かの動きって出来るか?」

『というと?』

「ナヅキとの訓練で改めて考えたんだけど、ナヅキの技量を再現した剣の分身を作ってるんだ。剣の軍勢とまではいかないけど、三つ四つの規模でもあいつの剣術が再現出来るならかなりの戦力になると思ってな」

『出来なくはないけど、抜剣すれば済むしナヅキが四人いようが十人いようが意味ないわよ?』

「それに繋げるためだよ。ウインズノアとあのラシンってやつとか、ルシフェヴとか、色んな抜剣を同時に起動させるための前準備みたいなものだ」

『ネムレスがやってくれた融合剣じゃ駄目なの?』

「手数を求める場合はな。スピリット・カウンター相手ならそういうの欲しいだろ。防衛戦ならともかく、目的を考えれば外に出た時の対処が欲しい」

『リ・アルフェヴは実物あってこそだものね。でも言っちゃあれだけど、スピリット・カウンターをしのぐだけなら現状でも問題ないわよ。先日のあれだって、ラシンを使えば問題なかったわ』

 

 どんだけだよ。

 

『一応あれ、硬くて強いっていう汎用性を突き詰めた形態だからね。街を守るとか、そういうのでなければ気を回す必要ないって』

「……制御をもっと上達させるためには続けるよ」

『まあまあ拗ねない拗ねない。ネムレスが言った、いわゆる達人の技量を持った分身は作れるかって答えならイエス。でも今のネムレスじゃ厳しいと思う。あくまで操るのはネムレスだもの。剣術じゃあナヅキのほうが上だし、むしろそのツギハギはナヅキに覚えさせたほうが強いわ』

「普通に考えれば、ナヅキが五人くらいに増えるようなものだしな」

『そそ。だから剣の隊列を作りたいって案なら、抜剣の同時起動後はただその力を振るうだけで強いわ。そこに至高の剣技は必要ない。いわゆるぶっぱってやつよ』

「昔は同じ技量型なのに、いつの間にかパワー型になったんだな」

『お互い足りない部分を補える、最高の関係じゃない?』

「そういうことにしておく」

『そーゆーことなんですぅ』

 

 ひとしきり笑い、気持ちを切り替える。

 念のためサウザナにもう一つ分身体を作ってもらい、それを屋敷へ飛ばしてもらう。

 ここまで来たらナヅキ達にも協力を要請しよう。

 二人にもダルメンを探してもらうか、ヴァーナを隠せるものでも持って来てもら――

 

「ダルメンさん、いらっしゃいますか?」

 

 突然、部屋の扉がノックされる。

 即座にヴァーナの近くに移動しつつ、まずは居留守を試みた。

 

「ダルメンさん、エインです。夕飯をどうするか伺いに来たのですが……」

 

 どうやら来客はエインのようだ。

 ダルメンの食事の有無はこうして確認されているのか、と一つ覚えながら居留守を続行すると、部屋にいないと察したのか沈黙が続く。

 ひとまず息をついて安堵するが、なんと鍵穴に鍵が差し込まれる音がした。

 俺は即座にサウザナに目を配り、動いた。

 

「失礼しまーす。今のうちに明かりの交換を……って、窓開けっ放し。ダルメンさんにしては珍しいなあ。今日の夕飯時に明かりの交換で部屋に入るって言ったの忘れたのかなぁ。それとも、来るから任せておこうとでも思ったのかも」

 

 辛くもヴァーナを抱えて屋根の上へと避難すると、そんな台詞が部屋の中から聞こえてきた。

 どうも事前に入室来ることが決められていたようで、俺にとっては不幸な情報の行き違いである。

 

「サウザナ、シーツか何かあるか? 夜といえ、今日は瞳月も見開きに近いから見える奴には見える」

『ほいほい。あとネムレス、貴方もちょっとこれ着ておいて』

 

 言われて、フード付きの外套を渡される。

 顔を隠して少女を運ぶとか不審者みたいだな、と思いながら俺はその外套を着込む。もちろんヴァーナにも忘れない。

 屋根の上に佇んでいると、空気の涼しさと人気のなさを覚える。

 特に人気のなさは異様なほどだ。

 普段は食堂から聞こえてくるであろう賑やかな声も今は途絶えており、気のせいか明かりも少ないように見えた。

 まるでゴーストタウンの装いとなっているアンネに、戸惑いを隠せないでいた。

 

「どういうことだ……?」

『ああ、瞳月も見開きに近いもんね。ネムレス、世界融合の影響で夜には人は出歩かないようになっているの』

「なんだと?」

『ゲイズの呪いとも言われててね。今の世界は、夜になると蒼い月光が注ぐようになってね。それを浴び続けると、体が変質して人間ではなくなってしまうのよ』

「はあ!?」

 

 初耳も初耳、そんな恐ろしい情報初めてきいたぞ!?

 気をつけて見てみれば、うっすらと光の中に蒼さが混じっているような……

 

『肌を隠せば問題ないわ。ただ、直射月光を浴び続けると、まず肌が硬質化して鱗のように変質していく。終いにはカケラオチのように、完全なる人外へと遂げてしまう。けど、その分体は強くなってタンクルも増すから、当然のように一部の権力者に目をつけられた』

 

 ため息をつくように、呆れる声のサウザナ。

 

『肉体だけが変貌しても思考は残っちゃうから、奴隷とかをそういう風に変えて己の兵にする権力者もたくさんいた。もちろん、そういうのに対する反抗行組織も同じくらい居るけどね』

 

 突然すぎるカミングアウトに驚きを通り超えて呆れてしまう。

 目覚めて一ヶ月経っていないといえ、そういうのはもっと早めに教えて欲しい。

 

『逆にそれが月の恩恵とか抜かす輩もいて、あえて月光を浴びて変身するのも多いわね。もちろん、変質のデメリットをなんとか解消しようとする学者も多かったみたいだけど』

「いやサウザナ、説明はありがたいけどその辺でいい。外に出てしまった以上、人気もないことだしこのままアーリィの所へ行こう」

『おっとごめんなさい。知らないことが多いし、わからないことがあったら逐一説明するつもりでいたから』

「今は最低限でいいさ。優先事項は、ヴァーナのほうが先だしな」

 

 音を経てず屋根の上を伝って走る。

 屋根が途切れれば、ウインズノア化したサウザナへ乗ってヴァーナを両腕に抱え直す。

 夜空を切り裂く剣は屋敷へと疾走しそう時間も経たずにたどり着く――はずだった。

 異変を感じたのは、屋敷が立つ湖の手前まで来たところだった。

 サウザナが音もなく飛行を止め、俺も習うようにヴァーナを左手に抱えて右手はサウザナを握った。

 足裏にツギハギによる足場を〈付与〉させて水面に立ち上がる。 

 青い月光が降り注ぐ夜の下、俺は目の前に佇む人物を睨めつけた。

 

「」

 

 言葉を口にしようとして、それが音を立てないことに目を見開く。

 明らかに異常な無音。タンクルを感知してみれば、周囲にツギハギによる結界が敷かれていることに気づいた。

 即座にサウザナは独自に動くよう指示。ヴァーナを抱えている以上、俺だけでこの異常事態を切り抜けられるとは思えない。

 先に居る何者かは、それほどの強さを持っていた。

 瞬間、飛来した何かとサウザナがぶつかり合う。

 金属同士が触れ合い火花が散ると同時、湖を割る水飛沫が上がる。しかしそこに音はなく、何の異常も周辺に伝えることをしない。

 吹き飛ばされた俺にダメージはない。サウザナが全て勢いを殺しているのだ。

 

『この子強い。手慣れた相手よ』

 

 少し声の硬いサウザナが相手の脅威を伝える。

 サウザナをして強いと言わしめる相手を見ようとするが、霧がかかったように相手の姿を認識することが出来ない。

 顔を隠した様子はないというのに、対象を目の中に映せなかった。

 

(この結界、認識阻害のツギハギも兼ねているようね。まずこっちから――)

 

 サウザナの言葉が止められる。

 勝手に動く俺の右手が何かの迎撃を続けている。

 ナヅキの剣を超える速度と威力を秘めているであろう連撃を、サウザナは巧みに捌き続けながら俺に念を飛ばした。

 

(ネムレス、結界破壊をお願い。私はちょっとこっちで手一杯になりそう)

(わかった)

 

 下手に攻めることも出来ない現状、何よりこの結界に使われるタンクルがヴァーナに悪影響を及ぼす可能性もあった。

 ならばその懸念をなくすことが先け――

 

(飛ぶわよ!)

(っとお!?)

 

 ぐんっ、と右手が空へと持ち上がる。

 ウインズノア化による影響で空へと舞い上がったのだ。

 咄嗟に姿勢を直すが敵の攻撃は止まらない。

 時折ヴァーナ狙いの一撃もあるが、サウザナはそれすらも上手く防いでくれた。

 今のうちにっ!

 まずは結界の構成を把握したい。

 

(サウザナ、風を飛ばしてくれ。威力より範囲広めで壁に当たったら跳ね返すように)

(りょーかい!)

(一緒に〈プログラムギアス〉!)

 

 振るわれる右手から颶風が吹き結ぶ。

 一瞬だけ相手の攻撃が止んだのを見ると、手を止めることに成功したらしい。

 その怯みを狙い、俺は風を通して敵の結界を知覚する。

 結界に跳ね返って反響する風は、音波による〈マッピング〉の風版と言ったところか。

 壁に当たっては跳ね返り縦横無尽に結界内に吹く風は、俺に結界の広さと場所を教えてくれる。

 

(サウザナ、そこから後方。そこが一番近い)

(お任せっ!)

 

 ウインズノアによる高速移動で結界の壁へ殺到する。

 ヴァーナを抱えているので行儀が悪いが、蹴って壁に足をつけた。

 

(……〈距離〉〈範囲〉〈沈黙〉〈誤認〉……使われている素材の割に高性能。これは相手の技量を示す。けど、ただスペックで押しているだけなら――俺とサウザナに解けないはずもない)

 

 俺の意図を察し、サウザナがひときわ巨大な竜巻を生み出す。

 ダルメンに渡した〈穿つ羽〉を飲み込めるほどに巨大な竜巻は、湖の水を巻き上げ正体不明の敵も飲み込んでいく。

 その合間を狙い、俺はサウザナに〈相殺〉の素材を与えて結界に刃を突き刺した。

 ビシ、と結界に亀裂が生じる。

 

(おまけにもいっちょ!)

 

 〈相殺〉によって相手のツギハギを打ち消す効果を得たサウザナは、さらにウインズノアによる竜巻をもう一つ発生させる。

 こうすることで、亀裂の入った壁を無理やり押し広げるのだ。

 

「    だっ!」

 

 結界を構成していたタンクルが霧散する。

それを証明するように、声を出すことが出来た。

これで相手の姿も見え――

 

「っつお!?」

 

 振り向いた先より、光る小さな何かが飛来する。

 それはウインズノアが起こした風によって全て払われたが、空隙を縫うように喉元へ鈍い光を放つ刃が迫っていた。

 それをサウザナが剣の腹で防ぐ。

ここで初めて、俺は襲撃者の顔を拝むことが出来た。

 

「―――――女の子?」

 

 月光を浴びているせいか、蒼銀に煌めく髪が揺れる。

 真紅の瞳に感情は移しておらず、虚無を感じさせるような双眸はただ相手への無関心を伺わせていた。

 闇夜に溶け込むような黒い衣の胸元を大きく押し上げる膨らみは女性の体躯を示しており、先程まで俺達を攻撃していたであろう武器はその手に何も握られていない。

 

(無手? なら、今サウザナが鍔迫り合いをしているのは……」

 

 少女の背に細かな光が宿る。

 それは翼。

 片翼のみで、羽根の一つ一つが金属片で出来ている特異な翼。

 その羽先が、サウザナと押し合いをしている武器の正体だった。

 羽根が揺れる。

 俺には視認出来ないスピードで迫るそれを、サウザナが弾くのを見やり守備は問題ないと悟る。

 だが攻撃にも転じられない。ヴァーナを抱えているうえに彼女にタンクルを触れさせてはいけない以上、サウザナは防ぐので手一杯になる。

 それでもサウザナならヴァーナも合わせて守りきってくれると信じて、俺は少女に殺到した。

 代わりに攻撃する俺にも動揺を見せず、少女は迎撃の構えを見せる。

 生み出されたタンクル弾、その数おおよそ三十を展開し俺に向けられる。武器一辺倒じゃないんだな、と思いながら俺は同数のタンクル弾を展開、その全てを相殺させる。

 威力が足りないと判断したのか、今度は翼から羽根を複数射出する。手始めに〈雷道〉を加えたタンクル弾で羽根を撃ち落とそうとするが、逆に貫かれて意味をなさない。

 真正面からは無理だと判断した俺はさっきの倍、六十ほどのタンクル弾を生成。その全てを羽根の横から軌道をずらすように叩きつける。

 射出された羽根は六つだが、こちらはその十倍の数を以て直撃を避けられた。

 性能は単純計算十倍かとぞっとしながらも、正面からのツギハギは即座に諦める、

 間合いが近づいたことで、今度は翼刃で仕留めようとしてくるがそれは全てサウザナが対処。

 そうして少女の眼前までたどり着いた俺は水の上を歩く足場に〈爆発〉〈範囲〉を〈付与〉し、思い切り水面を踏み込んだ。

 応じるように足元から水柱が立ち上がり少女の視界を塞ぐ。

 湖の一部を吹き飛ばし、生まれた穴の中へ〈雷道〉で移動、水が戻る頃には俺達は湖の中へと潜り込む。

 〈水操作〉〈空気作成〉〈範囲〉の素材で作った膜を体にまとわせ、水中での行動を可能にする。ヴァーナの周辺には彼女に〈付与〉させないよう気をつけながら、空気の入った泡を展開して保護した。

自由になった体で水の底へとたどり着き、〈マッピング〉を展開しながらサウザナを一度折れた剣へと戻す。

 

「抜剣、ザイレーン」

 

 サウザナのアクターが刀身を包み込む。

 エメラルドグリーンを想起させる翡翠の刀身で上書きされたサウザナを握りしめ、〈マッピング〉で位置を掴んだ少女へ目掛けてその力を解放する。

 湖の一部が盛り上がり、包み込むように少女を捕える。水の牢獄と言っても差し支えないそれは表面に呪紋の網が刻まれ、拘束の強化を施していた。

 

 今回の抜剣は水の操作に優れた剣だ。

 氷も同様に操れるので、言うなれば冷剣ザイレーンと言ったところか。

 ウインズノアのように元素を司るほどの上等なものではないが、強すぎるとヴァーナへの影響も考えてられる。

 しかしサウザナのアバターだけあって、その辺の紋具が裸足で逃げ出す性能を秘めている抜剣だ。

 少女の拘束を確認すると、俺はゆっくりと湖面へ浮かぶ。

 水上へたどり着いて俺とヴァーナへかけたツギハギを解くと、ザイレーンをその牢獄へ刺す。扉に鍵をかけるように、水牢は最早脱出不可能の檻となる。

サウザナで補強されたなら、それはダルメンでも力ずくで破るのは難しい。

 戦闘の終わりを示すように水面は穏やかに揺れて風の音を響かせる。

 油断なく構えながら、俺はゆっくりと息を吐いた。

 

「まったく、一体何者だこいつ。また剣都の軍人か?」

『さてね。それはこれからじっくり考えればいいわよ』

「それもそうか。とりあえず俺はヴァーナを屋敷へ連れて行くから、その間……」

『!? ネムレス、私を早く取って!』

 

 脳が言葉を理解するより早く、手がサウザナを握った。

 瞬時にサウザナは刀身を構える。まるで、攻撃から身を守るように――ぐっ! 

 サウザナを通して伝わる衝撃が俺の体を吹き飛ばす。

 なんとか体勢を整えて水面に立つと、脱出不可能と断じた水牢から羽先が伸びていた。

 ……マジかよ、あれを破ったのか?

 胸中に答えるように、翼がもがくように水牢を軋ませ、やがて一部が崩れ落ちた。

 ゆっくりとそこから出てくる片翼の少女。

 だが、そこには薄ら笑いを浮かべるように口元を歪めていた。

 

「貴方、すごい」

 

 第一声は、何の変哲もないただの少女の声だった。

 ややダウナー気味ではあるものの、リザーベルのように魔性の声を持っているわけでもなく声そのものが優れているわけでもない。

 だというのに、その気怠げに聞こえる声は俺の耳元でささやかれているように強烈な印象を残す。

 

「もっといける?」

 

 その宣言は、遊びを心待ちにするようなひどく幼気で、純粋な喜びに満ちている。

 先の攻防全てが、少女にとっては遊びのようでいて、今は新しいおもちゃに喜ぶ子供のような歓喜がそこにあった。

 

『体はともかく頭を隠してないのに変貌してないってってことは、月光の力を取り入れているのかしら。だとすれば水牢が破られたのも納得』

「そんな手段あるのか?」

『確立させたんでしょうね。あの翼が怪しいけど……』

 

 少女の顔はフードかマスクといったもので隠されておらず、その名のある彫刻家に作られたような整った容姿を映し出している。

 もちろん月光を浴びてすぐに変質するのではないのだろうが、それでも隠す素振りすら見せないということは、隠す必要がないと伺える。

 方法はわからないが、その月光のデメリットが彼女には適用されていないのだろう。

 そして加減から解放された少女の相手をするということは、屋敷への到着を不可能としていた。

 

『今のザイレーンじゃ抑えるのは無理ね。もう少し強いの使えばいけそうだけど』

「ラシンとかここで使ったら被害がやばすぎる。ヴァーナも居るし、もう攻撃は無理だ。……直前まで来て惜しいけど、一度ヴァーナをどこかに隠さないと」

 

 とはいえ、眼前の少女がそれを容易く許してくれるとは思えない。

 少女の戦力は未来で出会った中では一番の強さだ。

 ダルメンよりもおそらく上。水牢を破ったのがその証明だ。

 無手といえ攻撃手段が翼しか持っていない、ということもないだろう。タンクル弾を使うということは他のツギハギにも覚えがあるということ。

 アクターかアバターか、それとも剣獣でも持っているのか、別の何かが加わるはずだ。ヴァーナを手放さない限り、彼女に対処する方法はない。

 かといってヴァーナを見捨てるつもりもないので、ある意味で手詰まりだ。ならばひとまず引くのが一番だが、それも難しそうだ。

 少女の発するタンクルが高まる。

 ツギハギが来るか、とサウザナを構えてヴァーナを抱え直した。

 呼応するように少女が水上を走って迫り――その姿をかき消した。

 

「〈理に潜む理〉か!?」

 

 咄嗟に〈ストレッド〉を全方位に展開。

 いくら消えようがそこに居るとわかっている以上、この包囲網で消えた部分に存在するのは隠せない。

 水面と空中に蜘蛛の巣のようなタンクルの糸を練り上げ、来るべき攻撃に備える俺達だったが……いつまで経っても少女からの攻撃は来なかった。

 どういうことだ、と眉をひそめる俺に背後から声がかけられた。

 

「ネムレス殿、ご無事ですか!?」

 

 声の主はアーリィだった。

 全身に外套を羽織り、蒼い光への対策をして外へ出ていた彼女は俺を見るなり慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「アーリィ?」

「外でネムレス殿が戦っていることに気づき、見守っていたのですが……あの水の檻から抜けた所、相当に危険な相手と思いリアクターで相手を飛ばしました」

「ああ、そっか。ベルソーアの鉄海を取り出したあの機能……」

「はい。街の外になってしまいましたが、見たところ見知らぬお方を抱えておられたので、仕切り直しの時間は必要かと思い……勝手な判断を申し訳ありません」

「いやいや、謝る必要なんて全くない。助かった」

「そう言っていただけるなら、恐縮です」

 

 ひとまず、あの少女は街の外へと飛ばされた、か。

 あの楽しげな表情を思い出し、おあずけを食らった子供の相手は面倒なことになりそうだと顔をしかめながら、俺達はアーリィと共に屋敷へと歩いていった。

 




これにて一旦連続投稿は終わりです。
またの更新をお待ちくださいな。

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