『ノーバディってどういうことですかー。サウザナさんという超絶優秀素敵最強剣で頼もしすぎるバディがいるのにノーバディってどーうーいーうーこーとーでーすーかー!?』
「あーうっせうっせ。お前は相棒なんて枠を超えてるから、バディなんて言葉じゃ表しきれないんだよ」
『えー? ほんとにー?』
「本当本当」
名乗った俺に対してねちねちと文句を言うサウザナをあしらいつつ、焼きたてのグラタンへスプーンを差し込む。
香ばしく焼色のついたチーズやホワイトクリームと鶏肉の匂いを堪能しながら、口に運ぶ。うん、熱さも相まって、良い味だ。
「それにしても、アーリィが街で有名な小さな賢者だったとはね。小さな、ってのが文字通りとは思わなかったわ」
野菜を巻いた鳥の唐揚げを頬張りながら、ナヅキがアーリィに目を瞬かせている。年下のせいか、アーリィには敬語を外しているのを見るとこの口調が素なのだろう。
別に俺は年下から敬語を使われなくても気にしないが、本人がしない以上はそれを強いることはやめたほうがいいか。
それに小さな賢者と言えば先程使っていた即席風呂の製作者であり、他にも湖の街にある入浴に関連する紋具《メダリオン》を開発したとして有名のようだ。
元はここの宿を利用する中、世話になっている店主達へのサービスとして施したものが徐々に知られることになり今では街全体に広まっていたと言う。
それが三年前のこと。
十歳にも満たぬ年齢でその技術を持つ彼女は、類まれな紋具職人《マイスター》という証明であろう。
「でも、なんで風呂?」
「この街の水の質が良かったのと、私の好みです」
「あーわかる。お風呂、とても良かったわ」
「ふふ、そう言っていただけるのなら骨を折った甲斐もあります。それに作る紋具は風呂のものだけではありませんので」
三年前で十歳にも満たないってことは、今だと十歳前後か?
こういうのを天才……と言えばいいのだろうか。もっと世間が注目してもいいような気はする。
と言っても注目という意味では、この場では圧倒的に一人に絞られてしまうのだが。
「ダルメン。えっと、上手く食べられてるか?」
「うむ、気になされるなネムレス君。これは美味いぞ。立ち寄る予定はなかったが、こんな出会いがあるのならばその縁に感謝しなければな」
ダルメンである。
食事を口があると思われる樽部分へと持っていくだけで、阻まれるはずの壁を置き去りにして料理が消えるのだ。
ゆらゆらと樽が揺れているのを見れば咀嚼、味を楽しんでいるのはわかるのだが、異様としか言いようがないので反応に困る。
でもナヅキもアーリィも気にした様子はない。未来ってなんだ?
(なあサウザナ。今はああいうのが奇妙に映らない世界なのか?)
(この世界の種族も色々増えたしねー。外見で判断するのは悪くないけど、旅をしていたり人と多く接しているのなら野暮なことに感じると思う)
限度があると思うのは俺が過去の人間だからだろうか。
樽を被ってるだけで、ダルメンは食事のマナーも悪くないし食い散らかすということもしない。
時折ユカリスが毎度通じない言葉でちょこちょこ何か話しかけたり、果実を刺したスプーンを抱えてダルメンに差し出したりしているのにも、朗らかに対応している。
彼に問題はない。ただ、食事の取り方が俺の常識と違っているだけだ。
俺は古い人間、古い人間と自分を納得させる。今はそういう細かいことは忘れて、食事を堪能するとしよう。
「ナヅキはその年で一人旅か」
「はい。一人旅をしたのは大体一ヶ月くらい前からで、旅自体はおじいちゃんと定期的にやっていました。おじいちゃんっていうのは私に剣を教えてくれた人で、今はおばあちゃんと家族団欒させたいから、無理言って家に戻ってもらってます」
「家族思いなんだな、良いことだ。旅が定期的ってのは?」
「ちょっと長期な旅行って感じです。一年の大半で世界を巡って、時折家に帰ってます。累計して三ヶ月くらいは実家に居ますかね。でもやっぱり家を離れる期間のほうが多いから、二人にはちゃんと夫婦の時間を過ごして欲しくて」
お爺ちゃんお婆ちゃんっ子ってことか。微笑ましい。
「それでもその年で旅なんて色々と大変だろ」
「最初はやっぱり大変だったけど、三年も経てば流石に慣れてくるものですよ。まあ、おじいちゃんが居ないから面倒なこともありますが」
「その外見だと妙な奴らを引き寄せそうだしな。旅自体を始めたのはいつなんだ?」
「確か十歳の誕生日に、おじいちゃんの旅に連れてってもらったのが最初だったかなー」
「そんな小さい頃から…………三年前に十歳? じゃあ今十三歳なのか?」
「何かおかしいですか?」
信じられない思いで隣に座るナヅキを見る。
波を打つ艶やかな黒髪に瞳月の輝きの夜を思わせる瞳。十二分な可愛らしさを引き立てるころころと表情の変わる愛嬌のある容姿。
今しがた聞いた年の割に、胸元を押し上げる膨らみは豊満。かつスリットのあるスカートから覗く脚線美。服が弛み以外で不規則に盛り上がっていないなら体も引き締まっているだろうし、全体的に十代前半の少女とは思えない体格だ。
言ってはあれだが、同年代と思われる従業員の少女と比べるとその差がよくわかる。
彼女の名誉のために言えば決して貧相というわけではなく、歳相応というやつでありナヅキの発育が他と比べて良いだけだ。
肉付きも良く、成長を阻害しない程度に鍛えられた結果仕上がった肉体というわけか。
「現代って、飽食の時代なんだな」
「女性を前にその感想を抱くなとは申しませんが、視線は取り下げたほうがよろしいかと。女性というのは男性が思う以上に視線に敏感でありますので」
『うわー、ネムレスさんひっくわー』
「そういう感情で見てないっつーの。ほら、ナヅキだって不快に思ってないだろ?」
「?」
ナヅキは俺の言葉の意味がわからないようだ。そのままの君でいて。
実際俺はちゃんとナヅキの目を見て話している。それでも視界の中にはナヅキの体の線を感じてしまうのだから、俯瞰の視点から見えてしまうのは仕方ないのだ。
逆にナヅキから俺についても質問されたので、当時のことを振り返り故郷の村から出てサウザナの言葉に従ってこの街にやってきた、と適当に話を弾ませる。
あまり深く突っ込まれると困るが、会話をしながらも『今の俺』の立場を会話の中で作り上げていく。
流石に五百年前から時間を超えてやってきました、なんて言うほど緩くはない。
そうこうしているうちに料理もあらかた平らげ、食事会はお開きとなる。満腹で満足だ。
『そういえばアーリィ、この街のリアクターは貴女が用意したの?』
最後にアーリィに質問をしようとした矢先、また気になる単語がサウザナの口から漏れる。
「はい。私が賢者と呼ばれたのも、それが一番の理由でありましょう。本場である五領国《ごりょうこく》謹製とまでは行きませんが、生活を送る上では十分ツギハギの使用に耐えれるものかと」
『謙遜ねえ。ダルメンのあのタンクルを散らせるリアクターなんて、五領国にだって多くないわ。ねえダルメン、貴方今日明日にはこの街を出て行く? それとも留まる?』
「借りを返すアテを持たぬまま出ていくのは、わたしの主義ではないよ」
「先に言われたけどアーリィ、俺達に出来ることってないか? 流石に何もしないっていうのは不義理だからな」
「私としては見返りを求めたわけではないのですが……そうですね。それでは明日。着いて来て欲しいところがあるので、ご一緒に向かってくれませんか?」
「護衛ってことね。わかった、じゃあ明日ここで待ってるわね。……それじゃあ一旦ここで。おやすみなさい」
「ああ、おやすみナヅキ」
ナヅキが一足早くその場を去っていく。
出会って一日も経っていないというのに、まるで気心知れた仲のように挨拶をしてしまったが、これもナヅキという少女の人徳というやつか。
『行きましょう、ネムレス、ユカリス』
「ああ。ダルメン、また明日な」
サウザナに急かされるように俺はその場を後にする。アーリィはこの街の住人でありナヅキもまた同じ宿だからともかく、ダルメンもここに泊まるのだろうか。
後ろ髪を引かれながらも、俺は店主の元へまず向かう。
すでに来ていたナヅキや後から来たダルメンと一緒に店主に謝罪し、受け入れてくれたことに感謝しながらそれぞれの自室へと戻っていく。
ユカリス用のベッドは謝罪と合わせて店主に頼んで用意してもらったので、彼女もぐっすり安眠がとれた。
◇
翌日、俺達はアーリィが御者を務める馬車の中で揺られていた。昨日の恩返しをするべく、彼女の外出に護衛をして付き合っているためだ。
元々アーリィは隣町へ行く商人の馬車に乗ってその場所へ行くのが基本だそうだが、今回は俺達というイレギュラーが居るので何か起こるんじゃないか、という期待から馬車をレンタルしたらしい。何か大きいものを持ち帰る、ってことだろうか。
一緒に付いて行ったナヅキ曰くタダで貸してくれたとのことなので、街にとってのアーリィの重要度、というか存在感がわかる。
みんな仲良く責任取りましょう、と語るナヅキに好感を抱き共に連れ添っているが、道中賑やかになるのは悪くはない。
ナヅキがアーリィの隣でユカリスを交えたガールズトークをする中、俺はダルメンの隣に座る。
昨日のダルメンは料理を堪能する美食家みたいになっていたので、個人を知る会話はあまりできなかった。
樽を被ることについてはスルーして、他の色んなことを聞いてみるとしよう。
「ダルメンはどうして旅をしてるんだ?」
「少し、捜しものを。ただ、雲を掴むような難解な話でもあるのだけど」
「どんな奴だ? こいつは割と顔広いし、案外知ってるかもしれないぞ」
寝ているのか、会話に参加せずに俺の腰で黙っているサウザナを指しながらダルメンに提案する。
人生……剣生経験という意味ではこの場の誰よりもサウザナが積んでいるはずだ。
「おお! 君からそう言ってもらえるのはありがたい。どう頼もうかと思案していたところだ」
「そんな考えなくても、気軽に言ってくれればいいのに」
「ネムレス君はそう言うのか」
「なんだ、意味深に」
「恐縮……いや違うな、恐れ多い。私は彼女のことをそう思っている」
「確かに、剣がツギハギ使うなんて珍しいとは思うけど、そんな距離開けるほどのものじゃないと思うぞ」
「ふふ、君たちはとても近い距離なのだね。羨ましいというべきか、ご愁傷様と……いや、これは天罰ものだな。すまないがあの方に言うのはどうか止めて欲しい」
本当に恐縮している様子のダルメンに、逆にサウザナの一体どこにそんなものを感じるのかが気になった。
そこをついても答えてくれるとは思わないし、別の話にしたほうがいいか。
「そういやダルメンはアクターを使うって言ってたな。俺は……アバターばかりだから、あんまり詳しくないんだ。少し教えちゃくれないか? サウザナへの仲介の対価ってことで」
「それくらいなら喜んで。ちなみに、ネムレス君はどうツギハギを使っている?」
「俺の使い方になるけど、こうだな」
突然の申し出に軽く眉をひそめるが、特に断る理由もない俺は承諾してツギハギを使う。
中空に向けて右手を伸ばし、指先に灯る光の軌跡が虚空に線を刻み図形となって描かれる。同時に左手に似たような円球を作って浮かせた。
「術の核を円の構成で作るのは基本だね。古くから伝わるやり方だが、自己流のほうが多い昨今では逆に珍しい気がするよ」
「師匠が古いからな」
『古娘でーす』
「起きてたのかよ。紛れてこないで、大人しくしとけ」
「あ、それツギハギですか?」
突然割り込んできたサウザナをあしらっていると、ナヅキが食いついてきた。
規模はちっちゃいですけど、大丈夫かなぁ? と何か言っているが、アーリィが大丈夫ですと返していた。今の世の常識を知らない俺はそれに言及せず答える。
「ああ。アクターを少し教えてもらおうと思ってな。代わりに俺のアバターを紹介するところだ」
「なら私も聞いていいですか? 一応ツギハギこそ使いますが、剣術に比例すると自己流なのできちんとした人に見て欲しくて」
「大丈夫だ。ダルメンもいいか?」
「わたしに断る権利などないさ。ネムレス君の好きにするといい」
俺は口元を緩めながら説明を続ける。
「昨日やったように、炎とか氷にしたり、色をつけたりしたろ? そうやって変化させるための力の元になるものを素材って呼んでる」
「タンクルとは違うんですか?」
「タンクルはあくまで動力。その動力を望むものに変える力、って言えばわかるか?」
頷くナヅキ。
ダルメンはすでに知っているし、ナヅキへの講義風にしたほうがいいな。
次に中心部に光、という文字を刻む。同時に左手に浮かぶツギハギ球が白く染まり、純白の輝きを放ち始めた。
本来は無色透明の球が浮かぶのだが、ここはわかりやすく視覚化させている。
その光に誘われたのか、ユカリスが興味深そうにしながらこちらへ飛んでくる。アーリィを放っておくのもあれなので、サウザナに彼女を見ておくよう頼んでおく。
「明るくしてるけど、基本的にこれがタンクルだけの状態。ここに変化を入れると……」
円の図形の中心に線を引き、半円を作る。分類は〈変化〉だ。
すると光球がその形を変え、一本の花を描いた。造形自体は適当に記憶の底から掘り出した、ユカリスと出会った場所にあったものだ。
ぱっと花咲く笑みを浮かべるユカリスにそれを渡しながら、説明を続ける。
「決まった形はないから、変化させるものは自由自在だ。想像力次第でどんなものにもなるぞ。もちろん〈変化:花〉といったふうに特化した素材を持ってれば、より精密なものに仕上がる」
次いで半円を消し、今度は円が三つに分かれるように線を作る。
内容は〈変化〉〈付与〉だ。するとユカリスの持つタンクルの花に彩りが加わり、色鮮やかな輝きを放つ花へと変化した。
「ちなみに〈付与〉って書いてるけど〈色彩〉とかでも代用は出来るな。打ち込む素材に関しては使い手次第だから、結果が同じでも過程が違うってこともある」
「いちいち文字を書いていては、戦闘中邪魔になりません?」
「いやいや、今回はわかりやすいようにしているだけさ。戦闘中とかに使うなら、文字なんか刻まなくても使えるよ。あくまで説明のためだから、内容だって人によって違うし」
わかりやすく〈変化〉とかにしているが、中には〈チェンジ〉とか〈パワー〉とかも見たことがある。意味合いが同じなら字面が変わろうと問題ない。
「そうなんですか! わざわざわかりやすくしてくれたのにすみません」
「いいさ、俺も事前の説明が足りなかった。んで、今わからないことはあるか?」
「はい。素材、というのはどうやって手に入れるんでしょう?」
「自分の中にあるタンクルと違う、世界に満ちるタンクルって言えばいいのかな。まずそれを理解することが前提だ。素材はその中のそこらかしこに散らばってる。時折、自分で素材を生み出す奴も居るけど、それは特殊な事例だから今は頭の片隅に置いておけ」
「己のタンクルと世界のタンクルを繋げて、引き出すってことですか?」
「正確には読み取る、だな。引き出すなんて真似したら膨大な供給過多で受け止めきれずに構成も体も壊れる。だから読み取って自分の中で同じものを作り上げるんだ。そうして初めてツギハギを生み出す素材になる」
「なるほど」
「でも物分りが良くてよろしい。読み取ったタンクルの中から素材を見つけられるかどうかはそいつの才能次第だけど……かなり苦労するぞ」
「ふむ、ネムレス殿は古式体系のアバターですな」
ふと、馬車が止まっていることに気づく。
すると、いつの間にかアーリィが俺達の会話に注視していた。
「おいおい、馬車いいのか?」
「それより気になったもので」
「割といい加減だな。サウザナ、悪いけど馬車頼む。講義している間、ずっと止まってるのも時間がもったいないし」
「剣が馬車の御者をするとか、流石の私もあんまり見たことありません……」
「だろうな。サウザナ、出来るよな?」
『ネムレスの頼みなら断る理由はないわね。それに掴む原理を別の事象で補えば簡単簡単。せいぜい、御者がいないのに走ってるなんておかしいねって思われるくらいよ』
「怪しさで声をかけられるのに十分な理由だよ」
「大丈夫、今進んでいる道はそんなに人が通る場所ではありません。その心配は無用でしょう」
どこかズレた回答をするアーリィの天然ぶりに口を閉ざしながら、諦めて講義を続ける。
しかしツギハギに古式なんてあるのか、と思ったがそういえば今は未来だったなと思い直す。
「俺はツギハギをサウザナに教わってね。古式っていうのならそういうことなんだろう。みんなは違うのか?」
アーリィの指摘を俺はサウザナを使ってごまかす。
流石に自分が過去の人間で、サウザナに召喚されて現代にやってきました、と言っても信じられないだろうし、言う気もない。そもそも俺自身死んだと思ったら未来に呼びだされてびっくりなのだ。
サウザナ自身ツギハギを使えるし、ちょうど良い言い訳だ。サウザナなら後で口裏も合わせてくれる。
「いえ、私もまたどちらかと言えば古式でしょう。あれは多少人を選びますが、使い慣れると出来ることは多いものですので。ただ、新式の場合わざわざ読み取らずとも、入手することも可能です」
「え、そんな簡単に!?」
「はい。言ってしまえば古式は先ほどネムレス殿が申された通り、膨大な砂漠の中から砂金を見つけるどころか、海の中に垂らした雫を探すようなものです。あと、アクターを利用したタイプも、古式ツギハギであることが多いですな」
今まで素材入手のために頑張っていたかつての俺の苦労は一体……
やっぱり時間が経てば色々と進化するものだな。
今までわざわざ式を解明して答えを探していたのに、丸写しで済む上にちゃんと成果が身につく勉強みたいなものじゃないか。俺の時にも欲しかったなあ。
「テンション落ちたからこの辺で。ダルメン、アクターについてお願いできるか?」
「構わない、と言いたいところだが、わたしは割と感覚派でね。ネムレス君のように細かな説明は少し苦手なんだ」
それならサウザナ……よりはアーリィに聞くとしよう。なんとなく安心感がある。
『今ひっじょーに不本意な思念を感じたのだけど?』
「気のせい気のせい」
気のせいだって。
「では僭越ながら教鞭を取らせていただきましょう」
「その前に質問いいか? 古式と新式の見分け方ってのは? サウザナからの説明だけじゃ多分足りないと思うんだ」
「ツギハギを使えるサウザナ殿のような経験豊富な識世に教わるというのは、ある意味貴重な体験なのですが、それでもすり合わせは大事ですな。かしこまりました、それでは説明を致しましょう」
こほん、と息を一つ漏らしたアーリィがその小さな口から説明を始めた。
「古式と新式。それは世界融合以前と以後、が大まかな区別になります。ここからアクターの説明に繋げますね。世界に満ちるタンクルとネムレス殿は申されましたが、世界融合以後はアルフューレラインと呼ばれています。アルフューレライン、つまり呪紋世界の力から素材を読み取るので、呪紋世界の住人の力……それらを鎧のように身につけ、行使することから外装《アクター》というツギハギが生まれました。もちろん、それがアクターの全てというわけでもありませんが」
アルフューレというのは、俺達の時代でもその名は存在した。
全能なる力アルフューレ。その奇跡が幾重にも細分化した欠片の力、それがツギハギ。
未来では、異世界の力もまたツギハギとして組み込まれているようだ。
「異世界の住人の力を使う?」
「はい。呪紋世界の住人には〈幻獣《スペルゴースト》〉と呼ばれる存在がおり、アクターとは彼らが使う力をその身に宿し、模倣することを元来の意味とします。ツギハギが様々な進化を遂げる昨今では、最も自分に合う形に具現化させるものとして機能しております」
「じゃあ、俺がもし呪紋世界の住人でアーリィがそれを使おうとしたら、アーリィは俺の力が使えるようになるってわけか」
「お察しの通りです。故にそれしか行使出来ない、という縛りも加算されるのですが」
「そこは仕方ない。ようはその存在になりきることがアクターってわけだな。ダルメンみたいに持て余すほどのタンクルがあれば、より再現が完璧になる、と」
「簡潔に申しますと、そういうことです」
なるほど、決められた力、ね。
「ナヅキ、今の説明でわからないところはあるか?」
「特には。けど、ダルメンさんのタンクルが持て余すというのは?」
「おっとすまん。アクターがなりきりってことは、多分ダルメンの器より読み取ってるものが大きいってことだな。許容量の大きさとも言える」
「許容量?」
「自分の中に入るタンクルの器の大きさってことだ。こいつを上げるためには自然成長や例外を除けば、どんどんツギハギを使って鍛える他ない。〈幻獣〉の大きさに合わせるために、器を広げるってことだからな。簡単に言えば、〈幻獣〉がダルメンって浴槽の中に入ったら水の量が多くて溢れちゃうから改造して底を広げようってことだ」
「なんで風呂に例えるか知らないけど、そうなんだ……ですか。ちょっと、考えてみます。ありがとうございます、ネムレスさん」
「そこはほら、アーリィから聞いたから」
「恐縮です」
「ふふ、ネムレス君は一を聞いて十を知る……いや、分析力が高いのかな? アクターについてもわたしが補足を入れるまでもなく、十分に理解している」
ダルメンに目を向ければ、樽の模様が視界いっぱいに広がる。
目を合わせてくれているのだと思うが、やはり一瞬虚を突かれるのは許して欲しい。
「先生が良かったのさ」
「流石はサウザナ様だ」
この謎の尊敬は一体なんだろうか。
サウザナとダルメンの面識なんて、あの食堂での一件しかないというのに。
剣と樽で不可思議な共鳴でもあったんだろうか。サウザナは渡さんぞっ。
「素材の受け渡しってどうするんだ? せっかくだからダルメンにいくつか教授しようと思うんだが。あーでも、アバターとアクターって併用できるのか?」
「従来であればリソースをアクターに取られるので使えませんが、ダルメン殿のタンクルがあれば多少のツギハギも使えましょう。いやはや、末恐ろしいものです。普通、アクターを使うということは才能の大半をそれに持っていかれるはずなのですが……」
アーリィから見てもやっぱりダルメンのタンクルは圧倒的のようだ。
量の面で見ても、色々ぶっ飛びすぎたかつての仲間と比較しても負けない辺り相当である。
「わたしとしても、ネムレス君が使うツギハギは大いに気になるからこちらから頼みたいほどだが、この場での受け渡しは無理ではないかね?」
「では、私が中継点となりましょう。本来はもう少しちゃんとした下準備が必要なのですが、負担を私が担えば効果としては機能しますので」
「ほー。ならあとでそいつを教えてくれよ」
「構いませんが、素材を受け渡しただけでツギハギが使えるとは限りませんよ? ちゃんと自分の身の丈にあったものでなければ、ツギハギが安定しませんので」
「大丈夫、これでも制御には自信あるから。ダルメンくらいのタンクルなら、多少構成が崩れても問題ないやつを見繕う。ダルメン、それでいいか?」
「……………ひょっとして、サウザナ様のツギハギは彼のものなのか?」
何か唸るような声を出していたダルメンは、アーリィが差し出した手を取るのを躊躇っている。何か問題があるのか?
「厄介なものを押し付けられる、とか考えてるのか? まあ、出会って二日と経ってないしその警戒心もわかるが」
「ああいや、特にそんなことは考えていない。気を悪くしないで欲しい」
「……直接触れるのが駄目だったりするのでしょうかね、そういうことでしたらこういたしましょう」
アーリィは繋げていない左手をダルメンに掲げると、そこから淡い燐光が灯る深緑のタンクルがダルメンの手に絡みつく。
物理的に掴めない幻想の手を前にダルメンは咄嗟に引っ込めようとしたが、危険物に触れるかのように指先で何度かつつき、やがて納得したように握り返した。
「中継点の中継点を作ったのか」
「これならばダルメン殿も手を触れずに行えます」
俺もまた彼女の手を握ると、アーリィの周囲から展開した呪紋が俺とダルメンを取り囲む。サウザナが『へー』と軽い驚きを発している辺り、こいつから見ても賞賛に値するもののようだ。
「ネムレス殿。渡したい素材……いえ、覚えさせたいツギハギの構成を浮かべてください。それを、ダルメン殿に渡します」
中々良いツギハギだぞ、とダルメンを見ながらそれを頭に浮かべる。
「あの、ネムレスさん。そんな簡単に自分のツギハギを教えて良いんですか?」
「元々教えられたものだし、秘密にする理由もない。むしろダルメンのほうが上手く扱えるかもしれないから、それを見てみたいって気持ちもある」
ナヅキの問いももっともだが、本当に問題はない。
元々は仲間が使っていたツギハギだが、質を下げた劣化版であっても十二分に俺の助けとなってくれた。
巨大なタンクルを持っているダルメンなら、仲間達とそう変わりない威力をもたらしてくれるのではなかろうか。
アクターに関しての講義は結局アーリィがしてくれたが、ダルメンが話を聞いてくれたからこその情報だ。対価が釣り合っていないのかもしれないが、そこは初回サービスということにすればいい。
「ん……」
アーリィが片眉を潜める。
「負担あるか? それなら送るのは一つくらいにしようと思うけど」
「いえ、お構いなく。初めて見る構成だったので、驚いただけです。ツギハギの違いはあれど、基本となる根幹は皆似たようなものですが、ネムレス殿のそれは別物に思えます」
昔のツギハギだし、この構成は珍しかった――って、仲介役のアーリィには俺が渡すツギハギ全部知れるのか。
やり取りを書物に例えるなら、貸し出した本をアーリィが翻訳してダルメンに渡すようなものなのか、あるいはその本の中身を流し見程度にアーリィも知ることが出来るのかもしれない。
理解すると、俺は意地悪い顔をアーリィに向けた。
「やけに親切な理由はそれか。昨日から狙ってたのか?」
「流石にそこまでは。良いタイミングだったので思いついたまででございます。……お嫌いになりましたかな?」
「見た感じアーリィ自身が素材を受け取るわけじゃないだろうし……でも、知ることは出来る。解明はお手の物ってか。良い性格してるよ」
「ふふ、そう言われて悪い気がしないのは、ネムレス殿の人柄でありましょうか。貴方自身、私への嫌悪を微塵も覚えていない」
「嫌いになる理由がないからな」
一本取られたというべきか、抜け目がないと言うべきか。
感心こそすれど俺がアーリィを怒る理由はない。そもそもこれで怒るなら最初からダルメンへ素材の譲渡をしなければいいだけの話だ。
アーリィのそれは、言ってしまえば仲介料と判断したまでのことである。
「なら、今後は好きでいて欲しい。貴方とは良好な関係を築きたいものです」
意味深な笑顔を浮かべる俺たちに、放っておかれたダルメンが声をかける。
「そんなに珍しい素材なのかな?」
「ああ、申し訳ありません。すぐにダルメン殿へお渡しします」
素材の受け渡しが終わったのか、幻想の手が消える。ダルメンは樽の角度を変えて自分の手を凝視したかと思えば、今度は俺へと樽を向けた。
「単純ながら、使い勝手の良いツギハギだ。本当にいいのかい?」
「もちろん。性能は保証するから、上手く使ってくれ」
俺にはわからないが、受け渡しは上手く行ったらしい。
なのに、予想と違うと言いたげにダルメンの視線は俺に固定されたままだ。不意打ちで驚かされるとでも思ったのか? 一体何を不思議がっているのやら。
『そろそろ森につくわ。ここが目的地でいいの?』
「はい。どうやら到着のようだ。皆様、降りる準備をお願いします」
サウザナが目的地への到着を告げる。
俺達は体を解しながら、サウザナに礼を言って馬車から降りていく。
ちなみにナヅキはすでに降りており、俺の作った花を見ながらユカリスと遊んでいた。