マイ・フェア・ソード!   作:鳩と飲むコーラ

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7.隠し部屋

 まず俺が率先して前に出る。

 突然襲われたとしても対応出来る、というのもあるが一番は俺達の国の技術を使った奴が居るかもしれないからだ。

 仮にそうだとしたら、色々と聞きたいこともある。俺はサウザナの柄を力強く握りしめながら、扉の中へと入っていく。

 その先の部屋にあったのは、予想に反した書庫であった。

 半径五ビヨン程度の部屋には大量の本棚が置かれ、テーブルには乱雑に置かれた紙やその束、ペンなどが散らばっている。

 簡易ベッドなどを見ると仮眠も取れるようだが、どちらかと言えば資料室の印象を受けた。

 ただ、埃などが積もっていたり長い間使われていない様子が見てとれる。

 生活の後もあるので、部屋の主が出ていってからずっと放置されていたのかもしれない。

 

「ここは一体……」

 

 後に続いて入ってきたダルメンとユカリスはきょろきょろと周囲に忙しなく首を向け、ナヅキは一秒と同じ位置に留まることなく動き回っていた。

 アーリィは目についた本を一心不乱に読み耽っている。声をかけても後で聞きますとだけ言われ、以降は本に没頭してしまった。これは梃子でも動きそうにないな。

 

「ダルメン、アーリィの護衛頼んだ。俺も色々調べてみる」

「うむ、任されよう」

 

 二人と走り回る一人を残し、ユカリスを肩に乗せながら周囲に首を向ける。

 

「こういう時はタンクルを持ってるのを探すのが定番……」

 

 する前に、俺は部屋の中でも一際目を引く道具を見つけた。

 ユカリスはそんな俺の視線に気づいたのか、先んじてその道具の元へ飛び、えっちらおっちらと抱えて俺の元へ運んでくる。

 時折埃でむせているのはご愛嬌。ありがとう、と道具を受け取り力の加減しながらユカリスの頭を撫でながら汚れを取る。くすぐったそうにするユカリスに和みながら、俺は手の中にある小さな棒のようなものを眺めた。

 

「サウザナ、こいつを知ってるか?」

『これは至光剣キラビヤカ。ネーミングの割にすごく使える万能武器よ。懐かしいわね』

 

 キラビヤカ……綺羅びやか、か。確かにネーミングはド直球というかなんというか。

 

『正直、これだけでもここに来た価値大ありよ。ネムレス、もらっておきましょう』

「おいおい、勝手に持ち出す気か?」

『これは元々私、ひいてはネムレスのものなんだから本来の持ち主に戻って来ただけよ』

「お前のもの?」

『以前、ツギハギを覚えていく過程で知り合いと協力して作ったもので、タンクル次第で使い方を千差万別できる武器なのよ。性能を全て発揮できれば、アルフューレラインによってタンクルが満ちているこの世界では、上から数えたほうが早いくらいに強いわ』

「そんなものがなんでこんな所にポンと置かれてるんだよ……」

『さあ? 求めてる性能じゃなかったから、私が作った分は知り合いにあげたけど、それも結構昔のことだから流れていてもおかしくない。それに、これは使い手を限定するべく調整を施したもの。製作者である私達の許可がない限り、ただの棒で無価値なものにしか見えない』

「それでもタンクルが秘められている以上、何らかの紋具であることは確か。だから研究素材として置いてあった、か?」

『根幹基盤に干渉した痕があるし、そうかも。これなら基本性能だけは発揮できそうだけど……ええいこんなの消して、と。よしネムレス、ちょっとそれにタンクル流してみて』

 

 言われた通り俺はその小さな棒、キラビヤカへタンクルを流し込む。

 すると棒の先から光が伸びた。長さおおよそ一ビヨンのそれは、鍔のない剣をイメージする。つまりこの棒は柄か。

 剣をイメージしたせいか、光の切っ先が徐々に尖っていく。今度は棒を意識すると、切っ先が丸みを帯びていき、柄頭からも光が伸びた。

 さらに弓をイメージすると、柄から弓の弦が光によって描かれる。それを引いてみると、同じく光の矢が番えられた。

 これは、武器の種類も変化出来るのか。軽さもほとんどないし、これ一つで色んな戦況に対応できそうだ。千差万別とは頷ける。

 タンクルを流すだけで形状が変化するなら、属性のあるツギハギを流せば多分――

 

「ネムレスさん、何か見つけたんですか?」

 

 部屋を歩き回っていたナヅキがキラビヤカの光に気づいて寄ってくる。

 一旦思考を中断してこれがどういう代物かを説明すると、ナヅキは食い入るようにキラビヤカへ目を近づけてくる。

 

「興味あるのか?」

「そうですね、すごくってわけじゃないですが実物があれば調べたい程度には。おじいちゃんもすごい武器持ってたから自然と」

 

 そうしてナヅキは世の中にその名を残す名剣や紋具を語る。

魔導剣《まどうけん》ミドゥルアゴトフュ。焦熱《しょうねつ》の剣リヴァンテイン。天剣《てんけん》ルシフェヴ。孤独な剣(エターナルシングル)。幻獣剣《シュクルム》。五つの儀式(ヴェテンツ)。復讐者《リヴェンジ・ラン》などなど、例にあげたもの以外にも数多くの名を教えてくれた。

 剣の名が知れ渡るというのは大抵英雄譚が付属されており、ナヅキもそういった勇者に憧れているのかと聞けばそれは違うと答えた。ナヅキは単に、祖父の影響でそれらに詳しいだけのようだ。

 

「話を聞いたり、実際にそういうのを見た時に憧れがなかったとは言わないものですから」

 

 ナヅキの剣術に性能の良い武器が加われば、強さも大幅に上がるだろう。

 キラビヤカがどれほどの切れ味を秘めているかわからないが、ナヅキ相手に武具による受けが出来ないなんてことになったら大抵の相手は対応できず、彼女の独壇場になるはずだ。

 

「欲しけりゃやるぞ」

「くれるんですか?」

「俺にはサウザナがいるからな」

「ううーん…………今はいいです。コレもあるし。あまり強い武器に頼ったら、私じゃなくて武器が強いって思われちゃいますし。あ、それを否定するわけじゃないですよ? 強い武器持ってたら卑怯、とかそういうのは考えてません。本当に強い人は、武器も強くないと使えるものがないから」

 

 名残惜しげな顔をしつつも、ナヅキは腰に帯びた剣の柄を叩く。

 同時に俺は感心する。

 性能の良い武器が手に入ると聞けばすぐに飛びつくものだが、彼女はそれを自制している。ナヅキに剣を教えたお爺ちゃんという人の指導の賜物か、彼女自身による心の強さか。

 どちらにせよ、安易に武器に頼らず自分の腕を磨く選択が取れるのは良いことだ。

 そう思っていると、サウザナが俺にしか聞こえない声でつぶやく。

 

『ちなみにナヅキが言ってた色んな剣、ほぼ全部私だから』

「は?」

『剣を換装出来るでしょ私。本物じゃないけど、それになりきって色々してた結果名前が売れちゃって』

「じゃあなんだ、ナヅキが言ってた英雄譚の主人公って全部お前なのか?」

『まーねー。あ、キラビヤカの機能も当然使えるから安心して』

 

 とてもそうは見えない英雄様である。

 

「な、なあナヅキ。さっき言ってた剣の所有者って今はどこにいるんだ?」

「流石に本人は生きてないと思いますよ。詳しく調べたいなら、子孫とか譲渡された国のお偉いさんに聞けば、運が良ければ実物を見せてくれるかもしれませんが」

 

 実物? サウザナはここに居るのに?

 

(おい、武器残ってるのか?)

(うん。残ってるのはガワだけの抜け殻よ)

「脱皮できんのかよ!?」

『脱皮って言うな! 分裂とか分身って言って!』

「え?」

「ああいや、なんでもない。武器を見てみたいって思ったけど、一筋縄じゃいかなそうだから諦めておくよ」

「そうですか? 私もそんなに詳しいわけじゃないですが、聞きたくなったら言ってください。知ってる限りは話しますので」

「ああ、その時はよろしく頼むよ」

 

 なんとかナヅキ相手に誤魔化しながら話を打ち切る。ナヅキは俺の様子に首を傾げていたが、追求することはなかった。良い子。

 

『まーともかく、今の私はそれが出来るだけの頼もしい識世になったのでございます、うふふ』

 

 何キャラだ。

 世界に名を残す剣は大体サウザナ、という事について色々追求したいのは山々だが、今は探索優先だ。

 

「とりあえずキラビヤカは俺が持っておくよ。アーリィが調べたら、類似品でも作ってくれるかもしれないし」

「アーリィってお風呂とかの紋具職人ですよね? 武器も作れるのかな」

「そりゃあ聞いてみればわかることだろ」

「そうなんですが、今はあれだし」

 

 ナヅキが示すのは、今も高速で本のページをめくって速読するアーリィ。

 ダルメンは背後からアーリィが持つ本を見ようとしていたが、読むのが早すぎて追いついていないように見えた。樽の中ではきっと苦々しい顔をしていると思う。

 

「依頼人はアーリィだし、待つ他なさそうだ。ほら、キラビヤカみたいに探せば他にも出てくるかも――」

 

 言いかけた俺の言葉が、それ以上出ることはなかった。

 ダルメンが突如入口へと振り返り、最初に出会った時のような獣の気配を漂わせ始めたのだ。

 

『ネムレス、〈マッピング〉使って。大丈夫、こっちの動きは消すから安心してタブ付けして』

 

 その反応に、俺は〈音波〉と〈反響〉に〈印字〉と〈射程〉の素材を持ち込んだ洞窟の入り口からこの部屋までを音で索敵し、反応があるものをチェックするツギハギを地面に打ち込んだ。

 本来は未確認の場所を探索するために作られたツギハギだが、対象の相手にツギハギが自分に使われているということを知られるデメリットもあった。

だがサウザナが問題ないと言った以上、それを相手に知られず一方的に知ることが出来る。五百年も放置したのにこうして慕ってくれる愛剣を疑う理由はなかった。

 獣のような野生の勘というよりは、経験から裏打ちされた反射と言える。同時にそれに呼応するナヅキ。すでに抜剣し、静かに入口へ歩み寄っていた。

 俺はそんなナヅキの肩を叩いて止める。

 

「待てナヅキ。まず何が起きてるのを知るのが先だ。ダルメン、一体何が起きた」

「洞窟の中に、覚えのあるタンクルが現れた。昨日、わたしを襲った連中だ」

「襲われた?」

「ああ。倒れた男達が居たので関わらないよう去ろうとしたのだが、運悪くその仲間であろう集団に気付かれてしまい、突然に」

 

 ダルメンが嘘をついているようにも思えない。

 樽で表情が見えないものの、馬車の中の僅かなひと時の合間に見たダルメンに俺達を陥れるような悪感情を覚えられなかった。なら、嘘と判断はしない。

 

「そいつら何です? 顔とかわかります?」

「残念ながら。姿が見えなかったものでね」

「姿が見えない敵から襲われて、無傷なのか? 随分頑丈だな」

「それは、この、アクターのおかげだよ」

 

 説明しようとすると、ダルメンから膨大なタンクルが溢れようとしていた。それがアクターを展開しようとした動きだと予想した俺はそれを止めるよう言った。

 するとタンクルはなりをひそめ、出力として展開することなく消える。思ったより素直に言うこと聞いてくれたな、と思いながら俺はダルメンを止めた理由を話す。

 

「今そいつらが居るかもしれないんだろう? 下手に使えばダルメンのタンクルはこっちの場所を知らせるようなものだ。だからアクターを使うのは少し待っててくれ。それと、そいつらは本当に敵なのか? ただここに来ただけとか、間違いはないか?」

 

 ダルメンにとっての敵が俺達の敵であるとは限らない。

 仮にどんなものであってもすることは変わらないが、一応そこは区別をしたかった。

 

「嘘はついていないよ」

『そこは私も保証するわよネムレス。ダルメンは嘘ついてない』

「……お前、何知ってる?」

『まあまあ、少なくともこいつらはダルメンにとってもネムレス達にとっても敵ってことに違いはないわ』

「後で話してもらうぞ。悪かったなダルメン、けどもう少し待ってくれ。今、こっちから向こうを探っているから」

「微塵も気にしてはいないさ。しかし、そんなこと出来るのか」

「昔とった杵柄ってやつさ。……お、きたきた」

 

 〈マッピング〉によって反響する振動が目的の相手へ到達する。

 タブ付けされたその数は五つ。

 サウザナの宣言通り、相手の動きに変化はない。〈マッピング〉によるタンクルの動きに気付かれていないという証左である。

 同時に、誰よりも早く気づいたダルメンの感覚に掛け値なしの賞賛を送る。

 

「よーし、サウザナよくやった」

『ほっほっほ。出来ることは増えまくったから、もっと頼りなさい』

「そうしよう」

「ちょっとちょっと、二人で納得してないで説明してくださいよ!」

「おっと悪い。ナヅキ、お前にツギハギ使うけどいいか?」

「私の剣を強化したようなやつですよね、構いませんがどうして確認するんですか?」

『貴女に触らせてくださいって言ってるようなものだから』

「違う違う違う、何言ってんだお前! 出会って一日しか経ってない、しかも子供相手にそんなこと言うか!」

『そんな子供相手に全裸晒してたけどね』

 

 愛剣って言ったの前言撤回したくなってきた。

 軽口を叩くのは問題ないが、俺の品位を陥れる発言はやめろ。

 そんなサウザナの発言に、ナヅキは少し引いたように顔をしかめた。

 

「私が大人だったら言ったんですか?」

「何信じかけてんの? ツギハギだからな? 体じゃないからな? 誤解すんなよ? 子供相手ってのは言葉のあやだ、忘れろ。……とにかく! 俺が探った相手の位置情報を共有させるツギハギを使いたいから、やっていいかってことだよ」

「メリットしかないなら許可なんていらないじゃないですか。ますます問題ないですよ」

「見知らぬ他人にツギハギを使われるってのは、何も有利なことだけってわけじゃないだろ?」

「え?…………あー、あー」

 

 言葉にはしなかったが、ナヅキも気づいたようだ。

 俺達の傍には、突然ツギハギを使われたダルメンが居るということに。

 

「気配り屋さんだったのですね」

「こう見えて人生経験豊富でね」

「私とそんな変わらないですか」

 

 ナヅキに年齢は言ってないが、一、二歳くらい上と予想しているのだろう。肉体年齢としては正解でも、実際はさらに十年ちょっと加算されるけどな。

 

「ま、どちらにせよ問題ないです。ネムレスさん、お願いしますね」

「……ったく、サウザナのせいで時間かかる」

 

 ナヅキの即決っぷりに苦笑を漏らしながら、ユカリスの手に収まりそうなくらい小さな光球を指先に浮かべ、それをナヅキの目に当てる。

 〈共有〉と〈射程〉に〈付与〉を使った〈クロッシング〉。この効果は、俺にかかっているツギハギを共有させるものだ。

 

「うわ、なにこれすごい! ほえー、ツギハギってすごい。隠し扉の先って今こんな風になってるんですね」

 

 はしゃぐナヅキの目には、俺の脳内に浮かんでいる〈マッピング〉によるイメージ図が映しだされている。それによれば、相手はまだ隠し扉の存在に気づいていないようだ。

 なら、ありがたく利用させてもらおう。

 何故か私にも! と全力で自分を指すユカリスが頬にひっついてきたので、彼女にも〈マッピング〉を共有させる。多分ナヅキが喜んでいるのを見て自分にもやって欲しくなったのかな。

 両手両足を投げ出して驚く様は子供がおもちゃを手に入れたような仕草で微笑ましい。

 

「ダルメンはどうだ?」

「いや、わたしは遠慮しておこう。君はナヅキ君の面倒を見てあげるといい」

「言外に足手まといって言われてる?」

「疑心暗鬼疑心暗鬼。ダルメンが誰よりも早く敵に気づいたってことは、独自に相手を探れる力を持ってるってことだ。だからこっちのフォローは必要ないってことだよ」

「言われてみれば……すみません、先走りました」

 

 ぺこりと頭を下げるナヅキに軽く手を振って受け入れるダルメン。

 これくらいの年頃で旅をしているってことは、自立心というか侮られることを一番嫌うのかもしれない。

 

「じゃあアーリィのことは任せるぞ。その子はあの街の住人、旅をしていたダルメンを襲う可能性の低い現地人だ。だから代わりに――」

「いや、ネムレス君がアーリィ君の護衛をすればいいだろう。外の連中は元々私の相手、のようなものだ。なら、わたしが行くのが当然だろう」

「アーリィ目当てって可能性は?」

「だからネムレス君に頼んでいるのさ」

「わかった。それじゃあ――」

 

 俺とナヅキで対応する、と伝えようとした矢先、当のナヅキから罵声が飛んでくる。

 

「戦力を遊ばせておくなんて二人とも何馬鹿言ってるんですか。ここは洞窟の最奥で隠し部屋。加えて相手はこっちのことを気づいてない。奇襲かけるなら多いほうがいいし、二人してあっちが敵ってことなら黙らせてから話し合いすればいいはずです。護衛っていうなら、隠し扉がその役目を果たしてます」

「む」

「う」

「二人して考えすぎです。もっとシンプルに行きましょう?」

 

 ちょっと考えが固執していたか?

 最悪、俺とサウザナでなんとかしようと思っていた傲慢さを見ぬかれたのか、ナヅキが冷静な意見を述べる。

彼女の強さは体験したはずなのに、子供だからと遠ざけておこうという判断を見抜かれたのかもしれない。

 

『ふふ、一本取られたかな?』

「かもな。悪いなナヅキ」

「受け入れます。ダルメンさんも、それでいい」

「ああ、君の意見に従うとしよう」

「よろしい」

 

 となれば、後は作戦会議だな。

 俺は二人の出来ることを簡潔に説明してもらい、それを元に作戦を立てる。

〈マッピング〉によると襲撃者はまだ部屋の手前でウロウロしている。おそらく洞窟に入ったにも関わらず消えた俺達を探しているのだろう。留まっているのならチャンスだ。

 

「よし、それじゃあ準備するぞ」

 

 そう言って、俺はサウザナを鞘から抜き放った。


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