清々しい晴れの朝だった。
気持ちのいい陽気に照らされたとある学生寮の一室。窓際に配置されたベッドの上で
本来なら枕元に置かれた目覚まし時計が30分前から鳴り続けて起床を促していたはずだが、肝心の時計は稼働してものの一分で十六夜本人に叩き潰された。
それも軽く寝返りを打った際に、右手の指先がほんの数ミリ触れただけで木端微塵である。普通の人間の子供としてはありえない腕力だが、この十六夜少年にそうした常識を当て嵌めることはできない。
十六夜は黄色い光量を鬱陶しそうに見つめながら、眠気混じりの声を吐き出した。
「あー眠。超眠い。眠気が売れたらひと稼ぎできる自信があるね。世界中の人間を一生覚めない程深い眠りへ誘いそうになるぜ。だが、そこまでやると真面目に働く凡人共まで眠って世界中で深刻な労働力不足が起きるな。それはまずい。仕方ねえから、馬鹿共が動けるよう俺が代わりにもうひと眠り……」
「している場合ですかこのお馬鹿様!!」
バサアッと勢いよくベッドの掛け布団が取り払われる。
少年から布団を剥ぎ取ったのは、十五、六歳に見える黒いウサ耳の少女だった。ピンと長めのウサ耳を張りながら、ベッドに寝転ぶ少年の肩を揺すって起こそうとする。
「……おい黒ウサギ。勝手に人様の布団を奪いに来るとはどういう了見だ。場合によってはキツイおしおきを見舞うことになるぜ?」
「それはこちらの台詞です!! いつまでも寝てないで、早く朝食を採って身支度を済ませてください。このままだと、また遅刻してレティシア先生のありがたいお説教を賜ることになるのですよ」
シュンとウサ耳をしおらせる黒ウサギ。どうやら、彼女にとってあまり思い出したくない類の記憶のようだ。
「安心しろ。その時は黒ウサギのゴスロリ衣装姿で勘弁してもらえばいい」
「できないのですよ!」
「ならばチャイナ姿で……」
「だからできないのですよって、なぜそのような着せ替え遊びをしなければならないのですか! それで喜ぶのは先生ではなく、十六夜さんの方でございましょう!?」
「ああ」
黒ウサギはどこから取り出したのか、自身の半身程の長さがあるハリセンを使い十六夜の頭を勢いよく叩く。
スパンッ!! と風を切る痛快な打音が室内に響いた。
そこそこ強めの衝撃に頭がグラグラと揺れる錯覚を覚えるが、そのおかげで眠気の六割ほどは吹き飛んだ。寝癖の付いた金色の髪を右手で整えて、十六夜は上体をゆっくり起こす。
「わかったわかった。とにかくベッドから出ればいいんだろ」
「YES。黒ウサギはキッチンでご飯を温め直しておきますので、十六夜さんは制服に着替えてから来て下さ――ってきゃあ!?」
短い悲鳴を上げて黒ウサギは地面に倒れ込んだ。その原因を作った張本人は、今まさに黒ウサギの身体に覆い被さる様に乗りその両手で乙女の果実を鷲掴みにしている。
「……一応言っておくが、悪気はない。立ち上がろうとしたところでたまたまシーツが足に絡まって倒れただけだ」
「えっ、ええ。黒ウサギもそうだろうなーと思っていたのですよ。あはははははは」
笑っているものの、顔は茹で上げされたタコのように真っ赤だ。幾ら一つ屋根の下で暮らす者同士とはいえ、異性からいきなり胸を揉まれれば誰だって赤面ぐらいする。殴ったとしても文句は言われないだろう。
「はわあっ!?」
黒ウサギが可愛らしい声で悲鳴を上げる。見ると十六夜がその手に掴んでいた豊満な胸を揉みしだいていた。
「ちょっ……まっ……」
「いやしかし、気づかない内にまた成長したんじゃないか黒ウサギ? 二ヶ月前の健康診断じゃDぐらいだったが、この分だともうEまで届いてるか。お前は相変わらずエロい方へ向かって進化していくな」
「そんな……言わな……いで……」
「さて、それじゃあついでに残りのツーサイズも測らせてもらおうか」
「……!! いい加減にしなさいこのド変態様!」
黒ウサギは十六夜の腕を掴むと、その細い腕からは想像できない怪力をもってベッド横の壁へ一気にぶん投げる。十六夜の身体が大の字で鉄筋コンクリートを陥没させ、実に奇妙なポーズをした人型の地上絵が出来上がった。
フン! とそっぽを向いて部屋を出ていく黒ウサギ。残された十六夜は、その後ろ姿を見送りながら一言呟いた。
「もしかして、穿いてなかったのか?」
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「まったく、朝からあのような仕打ちを受けるとは月の兎でも予想できないのですよ」
口をモゴモゴさせながら十六夜に向けてそう漏らす黒ウサギ。現在二人はキッチンのテーブルで少し遅めの朝食を採っている。メニューはトーストとベーコンエッグとコンソメスープ。シンプルではあるが味はプロの料理と比べても見劣りしない。
ここでの食事はいつも黒ウサギが作っており、今日の献立も黒ウサギが早起きして用意したものだ。十六夜も人並みに調理はできるが「面倒だから」という理由で頼まれない限り進んで作る気はないらしい。
ヤハハハと笑い声を上げながら十六夜は手にもったトーストをひと
「そう怒るなよ。次からは先に一言告げてやるからさ」
「なにをですか」
「それはもちろん“触るぞ”ってな」
「断っていれば良いわけではないのですよ! それにまた揉む気満々ですか! 先程のあれは本当に偶然だったのでございますよね!?」
まるで怒った猫の如くウサ耳を逆立てる黒ウサギ。
十六夜は答える気もなく、残ったスープを一気に飲み干して席を立つ。
「さてと、そろそろ行こうぜ」
「少しお待ちください。食べ終わった食器を収納いたしますから」
そう言って黒ウサギが取り出したのは白黒入り交じった長方形のカード。そのカードをかざした瞬間、テーブルの上に並んでいた食器が淡い光に包まれて消え去った。
「それじゃあ行くか。あまりモタモタしているとマジで遅刻しちまう」
「YES。それでは駆け足で行くのですよ」
紺色の制服に身を包んだ二人は鞄を手に取り、軽快な足取りで寮の玄関を後にした。
これより語られるは異世界に存在するとある学び舎の物語。
そこでは人々が力を競い、知恵を絞り、勇気を試す人外魔境のゲームを開く。挑戦者は己の持てる才能を賭けて挑み、勝者が敗者の全てを手にする究極のサバイバル。
十六夜と黒ウサギは、この過酷なゲームを無事に突破できるのか。
全ての運命は今、箱庭の中へ集結する。