アッシュがレインちゃん寄りの選択肢を選んでいるのは完全に自分の趣味になります
ーーー何故こうなったのか?
軍事帝国アドラー 第六東部征圧部隊・血染処女所属のアシュレイ・ホライゾン中尉は天井を見ながらそう思わざるを得なかった。この事態を招いた原因は一言で言うのならば「油断」になるのだろう。
自分が居る場所がどういう所なのか、それを失念していたという致命的な失態
敵地に潜入する立場でありながら、堂々と機密事項を大声で話す
複数の飢えた肉食獣がいる草原に何の装備も無く暢気に立ち入った観光客
自分のマヌケさを表現するならばそんなところだろうかと、半ば現実逃避めいた思考に陥っていた所を小悪魔めいた声が立ち向かうべき現実へと引き戻した
「それで、結局アッシュ君の好みは三人の中の誰なのかな?」
からかい混じりで問いかけられるアリス・L・ミラーの言葉と
期待するような目でこちらを見つめるアヤ、ミステル、レインの三人の視線。
それらを受けながら、アッシュは何故こうなったのかを思い出していた……
「はぁ!?お前一度も娼館行った事ないのか!?」
同僚であるアヤ・キリガクレが女性同士の集まりのほうに顔を出しているために珍しく二人だけでいつもの酒場で飲むことになり、マジかコイツとまるで信じられないような目でこちらを見つめる戦友にして悪友。それを聞いてアッシュはそんな珍獣を見るような目で見られるのは心外だとばかりに憮然としながら答えた。
「そんな驚くような事でもないだろ」
「いやいやいや、これが驚かずにいられるかよ。良いかアッシュ!男と女が居なきゃ子どもは出来ないんだぜ!そして生き物って奴は人間に限らず、自分の遺伝子を残すために生きてるんだ!おおっと誤解するなよ、別に子どもを残せない奴は生物として欠陥品とか侮辱する気は毛頭ないからな。俺が言いたいのは男が女に惹かれるってのは当然であり、イイ女と子どもを残したいってなるのもそれだけ当然の事だって話だ」
そう酒を豪快に飲み込み、吐き出した息と共にグレイは熱弁してくる。
「でだ、口幅ったい言い方だが俺達は星辰奏者だ、若くして中尉にまでなったエリートだ。
金だって当然ながらかなり貰っているし、いつ死ぬかわからん仕事だ。そうなればもう金の使い道なんて決まってくるだろうが!というか普通初陣終わった後に上官なり先輩なりに連れてかれるもんだろうが、その辺りどうだったんだよ?」
そんなグレイの問いかけに対して何故か少しズキリという頭の痛みを感じながらアッシュも答える
「俺が初陣を経験したところはその手の施設が無いところだったから、そういう事も無く終わったよ。まあ仮に誘われても行かなかった気がするよ、初陣の時は無我夢中で何がなんだかわからない間に戦いが終わってたって感じだったし」
「あーまあ言われて見れば確かに初陣の時なんてそんなものか。俺も良く考えてみたら初陣がどんなだったかはほとんど覚えてねぇや」
そんな真逆の性格ながらも奇妙な所で一致を見せた事に互いに少し苦笑しながら、グレイは改めて告げる
「まあ過去の事は置いといてだ、問題は今だろ今。ここは古都プラーガ、三勢力が同時に駐屯しているような大都市だ。当然その手の店には事欠かない。そしてお前は高給取りの星辰奏者、特定の恋人がいるわけでもない。こんな状況で行かない奴なんてそれこそ滅多にいやしねぇよ。
それともアレか、実は女に興味がないだとか、そういうアレだったりするのか?」
悪いがお前がそういう趣味だったとしても俺は応えられないからなと大げさに身を竦めるグレイ。
「馬鹿を言うな、俺はちゃんと女の子が好きだ」
そんなグレイに対してアッシュもやや声は荒げながら告げる、そもそも軍人を志したのも守れなかった少女を今度こそ守り抜けるように強くなるためだったのだからと大切な想い出の少女を浮かべながら。
「よし、そういう事なら言ってもらおうか!お前の女の好みを!と言っても、お前の事だ、それだけだとこの間みたいに「素直に付き合える女性」だとかそんな在り来りな事しか言わないだろうからな!ここは一つ、俺達の身近な女性の中で一人挙げて貰うとしよう」
「身近な女性って言うと……」
「当然まずはアヤちゃん!それからミステルさんにレインちゃんだな!ちなみに俺は今挙げた皆バッチコイだぜ!」
「いや、そんな事言うなら俺も……」
挙げられた女性には少なからず好意は抱いているんだがと告げようとしたところをわかってねぇなぁと言わんばかりにグレイが遮る
「あのなぁ、なんでわざわざこんな話していると思っているんだよ。友人想いの俺様はその年で童貞という哀れな戦友を娼館へ連れて行ってやろうと思っているんだよ。で、記念すべき初体験で悲しい思いをしないように少しでもお前の好みの子がいるところを紹介してやろうってんだ」
「いや、そんな事言われたら余計に……」
誰を一番そういう目で見ているのかと言ってるも同然で答えにくいじゃないかといい加減酔っ払いに付き合う事に辟易してきたアッシュを尻目にグレイは尚も続けていく
「ほらほら、隠さず言ってみろって!まさに理想の大和撫子、こんな子を嫁に出来たら最高だぜなアヤちゃん、スタイル抜群で頼れるお姉さんなミステルさん、どこかミステリアスでクールな雰囲気を漂わせるけどポンコツなところのあるレインちゃん、このタイプが違うレディの中で一体誰が好きなのかを!」
「ふ~ん、なんだか興味深い話しているわね~アッシュ君は一体誰が好きなのか、当然貴方も興味あるわよね、レインちゃん?」
そうしてマヌケな男共はようやく思い出した。自分達が喋っている場所がどこだったかを……
幸いな事に娼館へ行こうとしていたことについては各々
「そのようなところに行かずとも私に言ってくださればすぐにでもこの身を捧げますのに……」
「まあアッシュ君も年頃だもんね、興味がないよりは健全よ健全」
「う、うちの男共だってそんな感じだし、べ、別に私はアッシュがどこに行こうが気にしたりなんかしないぞ。気にしたりなんかしないからな」
「そこらの女に貴重なチェリーを奪われる位ならもう私が奪ってあげた方が……嘘、嘘、冗談だからそんなに怒らないでよレインちゃん」
等と言い深く追求してこなかった。しかしどういうわけだか自分の好みの女性は一体誰か?という問いに対しては執拗に食い下がってきて、この事態を招いた元凶はこちらを嫉妬の篭った視線で見てくる始末。三人の優秀なエスペラントに包囲された上に戦友にまで裏切られたこの状況、アッシュにとってはかの冥狼と相対した時に匹敵するピンチと言えよう。あまりの危機故にか何やらえらく重々しい口調で
「お前の決意をここにさらせ」
などと英雄っぽい誰かさんの幻聴までもが聞こえてきた始末である。
「ほらほら~いい加減観念して言って見なさいな」
囃し立てるようなアリスの言葉を聞きながらもアッシュは悩みながら考えていく。自分の好みの女性とは一体誰なのだろうか?と。自分にとって守れなかったあの日の少女が重要な存在であることは間違いない。そして彼女は長い黒髪をしていた、そうなるとこの中で言うのならばアヤになるのだろうかと?そうでもあるように思えるし、違うようにも思える、全くもって自分で自分の事がわからないと。それに何故かレインの前で黒髪を理由にしてはならない、もしもそれを言えば彼女が深く傷つくとそんな予感を覚えるのだ。かくして苦悩の果てにアッシュが出した答えは……
「期待させて申し訳ないけど、明確なタイプってのは言えないよ俺は。アヤは献身的に誰かを必死で支えられるところが凄い子だって思うし、俺もアヤにはすごい助けられた。ミステルだってそうだ、視野が俺なんかよりもずっと広くて立派な大人だって思う。レインに対しては特に……初めて出会った時にまるで月の女神がそこに佇んで居るかのようだって思ったし……ってアレ、三人ともどうしたんだ?」
何やら顔を真っ赤にしてしまった三人と囃し立てることを辞めたグレイとアリスを前にして腑に落ちない思いを抱えながらも、自分は一体誰に一番惹かれているのだろうかとアッシュは改めて考えていくのであった……
ちなみに娼館に行く話は店に現れたアリスにグレイが再びカモにされたことで結局白紙となった。
強欲竜「好みのタイプ?そうだな、本気の奴だ!愛だろうと何だろうとそれのためならば他の事など目にも入らぬというくらいに本気の奴!そうあの麗しの英雄のようになぁ!」
審判者「好みのタイプ?ふむ、そうだな。清廉で真っ直ぐで身も知らぬ誰かのためにその身命を捧げ、いかなる苦難にも決して諦めぬような人物だな。そうヴァルゼライド閣下のような」