アリスおねえちゃんも良いお姉ちゃんですが、ブラザーも本当に素晴らしい人ですよね。
ーーーああ、
シスターミステル・バレンタインはその日心よりの感謝を彼女の信仰する大和へと捧げた
「カンタベリーへの出張ですか?」
その日、プーフホルツ商会の期待の若手アシュレイ・ホライゾンは彼の上司であり、恩人でもあるマルティン・プーフホルツから新しい指示を受けていた。
「ああ、うちは以前からカンタベリーのガラハッド卿という貴族と懇意にさせてもらっていてね。定期的に取引をさせて頂いているんだ。君も慣れて来た事だし、ここらでお得意様へうちのホープを紹介したいと思ってね」
とても良く出来た立派な方でね、きっと君ならガラハッド卿に気に入られると思うよと会長は笑顔で告げてきた。勤め人としてここで断るという選択肢はありえない、だけどきっと寂しがりながらもそれを必死に見せまいと心配をかけさせまいと笑顔で自分を送り出すナギサの顔が一瞬浮かんでしまう。しかし、会長はそんな俺の考えを見透かしたように
「ああ、ちなみに流石に商会として金をだすわけにはいかんが、君が自費で奥さんも連れて行きたいというのなら一向に構わんよ。以前に会わせて頂いたが上品で綺麗な奥さんじゃないか。彼女ならきっと失礼をするような事もないだろうしね」
もちろん所構わずいちゃつかれては困るがねなどと冗談めかして告げてくる会長に俺は
ああ、敵わないなぁ
と改めてまだ自分は未熟な若者にすぎないんだなと実感させられる。そうしていつかは自分も会長やアリス義姉さんのような若者を導けるような立派な年長者になることを誓いながら、会長に笑顔で感謝の言葉と共に承諾の旨を伝えるのであった。マルティン会長はともかくアリス義姉さんは嫌ね~アッシュ君、私は永遠の十代よ~などと笑って言ってきそうだが……
「お帰りなさい、今日も一日お疲れ様でした。ご飯もお風呂も用意できているけどどっちにする。そ、それともわ・た・し?」
帰宅した俺を迎えたのは、エプロン姿の奥さんのそんな頬を赤らめながらの精一杯頑張っていることがわかるアピールであった。
きっとアリス義姉さんにまた何か吹き込まれたんだろうなぁ
と今日の朝家を出て行く際に何やら意味深に「今日の帰った後は期待していてね、アッシュ君♪」などと笑っていた義姉の姿を思い浮かべる。さて、そんな義姉の事は置いておいて、俺には勿体無い位の最高に可愛い奥さんがこうやって頑張ってくれているのだ、ならば俺も旦那として彼女に恥ずかしくないように応えねばならないだろう。
「ナギサも知っていると思うけど、俺は好きなものは最後までとっておく主義なんだ。だからまずはお風呂に入らせてもらって、それからナギサが作ってくれた料理を堪能させてもらって、最後に一番の楽しみを頂くとするからな」
そうして俺は昨日アリスさんが居て出来なかった分、今夜は寝かさないぞと愛らしい奥さんへと告げるのであった……
風呂を済ませた後俺はナギサの用意してくれた料理に舌鼓を打ちつつ、カンタベリーへの出張の件を告げた。うん、相変わらず美味い。こんな素晴らしい奥さんを持てて俺はつくづく三国一の幸せ者だ。
「えっと……でも、私、邪魔じゃないかな?」
そんな風にしてアッシュが頑張ってくれたお金を私ばかり使うのも申し訳ないし、などと告げてくるナギサに全く何を言っているのやらと少しだけ呆れて告げる
「ナギサが俺にとって邪魔になるだなんて天地がひっくり返ってもありえないよ」
そうだ全く持ってあり得ない。あの今は亡き英雄閣下が突然怠け者になって「なんもかんもだるい」などと言い出すような事があったとしても、俺が彼女は邪魔に思うことだなんて絶対にあり得ないと断言する
「君が傍にいなかったら恥ずかしい事に全然力を発揮できないんだよ俺は。君がこうして傍にいてくれる時が100だとするなら多分1にも届かない位だな」
だから我儘言っているのは俺の方なんだと笑って告げる。
「えへへへへ、そっか。もうしょうがないなぁ、アッシュは。そんなしょうがない旦那様は奥さんとしてしっかり支えてあげないとね!」
「ありがとうナギサ、こんな素敵な奥さんを持てて本当に俺は三国一の果報者だよ」
「それはこっちの台詞だよ。こんな素敵な旦那さんを持てた私は間違いなく三国一の幸せ者だよ」
そんなやり取りをして
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ブラザー神父が商国から来たお客様と一緒に
本当に、世の中って捨てたもんじゃないわね
聞いた話によるとブラザー神父が連れてくる客人もそんなブラザーの姿に感銘を受けて、自分たちもと思ったようである。少なくない額の寄付をしてくれたと聞いている。こういうことをするとやれ偽善だの、売名行為だのと口さがない事を言う者たちもいるものだが、ミステルはそうは思わない。現実にそれで救われている子ども達がいる以上、それを理由に名前を売る、その程度の役得を認めたって良いではないかなどと思っている。
まあ、そもそもブラザーが連れてくる以上そういう目的ではないだろうしね
ブラザー・ガラハッドは底抜けの善人でありお人よしだが決して人を見る目がないわけではない。いや、むしろ神父という立場にあり、迷える子羊を少しでも導かんとしている彼はその辺の機微に対して時折驚くほどに鋭い部分がある。仮にそういった目的で子ども達を利用しようとしているような人物が相手ならば、ブラザーは寄付はともかく訪問への同行は何か上手い言い訳をつけてやんわりと断っているだろう。
だから、きっとブラザーと一緒に来る人達も良い人達
少しでも多くの子ども達に笑顔が増えることを願う優しい人達なのだろう。儚い願いだとわかっているが、あの日離れ離れとなった自分の大切な友人達もそんな優しさに巡り会っていてくれたらと思わずにはいられない。そう、きっと世の中は捨てたものじゃないのだから……
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ブラザーさん(ガラハッド卿という呼び方はむずがゆくなるので辞めてほしいと本人に言われた)に連れられて俺とナギサは用意したプレゼントを抱えながら、彼が懇意にしている孤児院を訪れていた。会長の言ったとおりブラザーさんはとても気さくな良い方で、仕事自体は滞りなく終り、もしも良ければと誘われてこうして俺とナギサはブラザーさんに同行させてもらうことにした。
「我輩は運よく何不自由することのない家へと生まれ育った。故に少しでも恵まれぬ子らに愛の手を。そう思ってな」
そんな風に照れくさそうに笑うブラザーさんを見て感銘を受けた俺達は自分たちもこんな
「おお、ハレルヤ!おお、大和よ!この素晴らしき若者達にどうか祝福を!具体的にはこの仲睦まじき夫婦にそろそろ子どもという天からの授かりものを!」
などというものだから俺達は顔を赤くして居た堪れないような雰囲気となるのであった……赤ちゃん……アッシュと私の……えへへなどという呟きが聞こえたのはきっと気のせいだろう。……子沢山、そんな未来も悪くないかもしれない。
そんな風にして訪れることになった孤児院で俺達は今
「………アッシュ君?……ナギサちゃん?」
「ミステル……なのか?」
この世界は本当に大和の愛に満ち溢れているのかもしれない、そんな風に思う予期せぬ再会を遂げていた。
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「そっか、色々と苦労したのねアッシュ君もナギサちゃんも。でも生きていてくれて本当に良かったわ」
私たちの近況を聞き優しい笑みを浮かべながらミステルがそんな風に呟く
「それはこっちも同じだよ、ミステルやアヤも幸せで居てくれれば良いなってアッシュともいつも話していたからさ」
「ふふ、こっちはこの通り元気にしていたわ。……アヤちゃんはどうしているか私も知らないけどね」
三人揃って一人だけ行方がわからないでいる幼馴染の事を思い浮かべて、ミステルが憂い顔をする。
「大丈夫だよ、俺達がこうやって生きていたんだ。きっとアヤも元気で居るさ」
アッシュがそんな私の不用意な言葉にすかさずフォローを入れてくれた。うん、そうだきっと大丈夫だ。一番重要なターゲットだったであろう私がこうして生きているのだ、だからアヤもきっと生きている。
「そうね……きっとそうよね」
そんなアッシュの言葉を聞いてミステルも何かを飲み込むようにして笑みを浮かべる。そうすると何やら悪戯っぽい笑みを浮かべて
「う~ん、でもきっと二人ほど幸せ一杯って感じではないんじゃないかな~すっかりラブラブ夫婦になっちゃって。結婚式に呼んでくれないなんてお姉さん悲しいわ~所詮私なんてその程度の仲だったのね」
とそんな事を言う物だから私とアッシュは苦笑しながら
「実は俺達、結婚はしたけど結婚式は挙げていないんだ。色々と忙しかったってのもあるけど」
「どれだけ可能性が薄くても……ミステルやアヤにきちんと報告して、二人も呼んで結婚式を挙げたいって思っていたから」
と二人で話し合った末に出した結論を告げる。それを聞いたミステルは目を丸くして
「……そっか。ありがとう二人とも。アヤちゃんも見つかったら是非知らせてね。どこでやる事になっても喜んで参加させてもらうから」
そう微笑みながら告げるのであった。
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ブラザー・ガラハッドはそんな若者たちの様子を遠くから微笑みながら見ていた。
やはり、この世は誠に大和の愛に満ちているわ
今日この日の再会は本当にささやかな偶然によって成り立ったものだ。アシュレイ・ホライゾンが彼の父親によって救われたマルティン・プーフホルツ氏からの好意を受けて商会の人間となったから。そしてプーフホルツ商会が自分と前からの付き合いがあったから。そして何よりも
あの夫婦が誰かの力になりたいと願うような優しさを持っていたからこそであるな
そう、アッシュとナギサが今度は自分たちが助ける番だなどと思わずにこの孤児院を訪れていなければミステルとの再会はありえなかったのだ。だから、この奇跡は大和の愛と同時に彼ら自身の優しさが生んだもの。そんな事を思いながらブラザー・ガラハッドは万感の思いを込めてこの再会を祝福するのだった
おお、ハレルヤ
と。第二太陽は今日この時も優しく穏やかに世界を照らしていた……
英雄になれなくてもささやかな優しさで人は救われ、それが巡り巡って自分を救う。シルヴァリオ トリニティはそんな人の優しさに満ちた作品です(多分嘘は言ってない)