クリスマス。それは旧暦における最大宗教の救世主の生誕を祝う祭日であった日。
大破壊によって文明が激変した新西暦においても、旧日本国を神として崇める極東黄金教や各国の貴種たるアマツによってその文化は受け継がれていた。
そしてここプラーガに存在する教会の孤児院もまたそんな子ども達にとって忘れられない一日が始まっていた……
「よし、完璧」
誰に聞かせるでも無く、私はそう自画自賛する。
目の前に存在するのは大きな鍋一杯に作ったホワイトシチュー。我ながら会心の出来であった。
「ミステル、シチューの方出来たよ」
「ミステル様、こちらの方もお料理の用意一通り出来ました」
報告したタイミングはほぼ同時。
そうして長い付き合いの親友の方を見てみれば、其処には彩り豊かに盛り付けられたサラダにローストチキン、その他にもetcと言った具合に様々な品が用意された。
「むぅ……」
「?どうかされましたかレイン様?」
「いや……こっちがシチュー一品用意している間にそんなにたくさんの料理を作っているだなんて……なんというか一杯修行したつもりなのにアヤにはまだまだ敵わないなぁって」
傭兵を辞めて酒場のウエイトレスになって、それまで剣を振るっていた時間を家事に回すようにしたわけだが、それでも未だ差は歴然。なんというか少々悔しいものがあった。
聞いた話によればアッシュがアドラーに居る間、目の前の親友は甲斐甲斐しくその世話を焼いていたし、なんなら手作りの弁当を差し入れたりしていたという*1
「『ローマは一日にして成らず』これでも私は幼少期から修行してきた身ですから。
そう簡単に主に追い抜かれては従者失格というものですよ、
朗らかな笑みを浮かべながらアヤはそう応える。
告げてきた内容に対してはぐうの音も出ない。
何せ目の前の親友はそれこそまだ子どもの頃からそうした教育をみっちりと受けてきたのだから。
蝶よ花よと育てられ、その後は傭兵稼業で作る料理といえばこうした大所帯用の大雑把な料理であった私と女子力に差が出てもそれは必然というものだろう。
……なんだか哀しくなってきた。よくよく考えてみれば私の青春時代血と硝煙にまみれてばかりじゃないか。どこの戦闘民族だろう。
「二人とも、お疲れ様。今日は来てくれて本当にありがとね」
そんな風に物思いに耽っていると私のもうひとりの親友、ミステル・バレンタインが姿を現す。
その服装は何時もの聖騎士服ではなくシスター服にエプロン姿というものであった。
「どうかお気になさらず、基より女やもめの身。聖夜に一人寂しく過ごすよりはこうして子どもたちの笑顔の為に腕を振るう方が心も晴れるというものです」
「右に同じ。一人で居るとどうしても色々と考えちゃうからさ。それだったらこうして気心知れた女友達と一緒に居るほうが良いかなって」
本来今日この日を一緒に過ごすはずだった、私の誰よりも愛しくて大切な人は未だ帰ってきてない。
だからミステルからの誘いは私にとっては渡りに船というものだったのだ。
「レインちゃん……」
「……………………」
「そんな顔しないでよ、二人とも。寂しくないって言ったらそりゃ嘘になるけどさ。
でもこうして大切な二人と一緒に過ごせる時間も私にとってはかけがえのない時間だから。私は今、確かに幸せだよ」
彼は私の笑顔が好きだとそう言ってくれた。
だから私がすべき事は過去に囚われて泣き続ける事じゃない。
彼の守ってくれた世界で精一杯生きるのだ。
何時か再会出来た時に泣いてばかり居たなんて伝えて彼を悲しませるのではなく、こんなにたくさんの楽しい思い出が出来たんだと胸を張って伝えるためにも。
「そしてそんな幸せを此処の子ども達にも分けてあげたい。
ーーーかつてただ泣いてばかり居た私を救ってくれたのはそんな何気ない優しさだったから
というわけで湿っぽい話はこれでおしまい。さ、料理が冷めない内に早いところ持って行こう。
きっと子どもたちは皆お腹空かせているだろうからさ」
そう告げると、二人も笑顔で了承の意を告げるのであった。
・・・
料理を作り終え、レイン達はそのまま手分けしながら食堂の場へと移った。
そこにはお腹を空かせた子どもたちが今か今かと待ち焦がれており、程なくしてミステルの合図により、食前の祈りを捧げると、子どもたちは夢中になって御馳走の数々へと飛びつき始める。
そんな子どもたちを笑顔で見守りながら、レイン達三人もまた談笑しながらも料理へと舌鼓を打つ。
「わーこのシチュー美味しいわねレインちゃん」
「ふふん、姉さん直伝暁の海洋特製シチューだよ。こういう大所帯用の料理に関しては自信あるんだ、私」
「立派に成られましたねナギサ様……アッシュ様の為にと料理を作ろうとしたは良いものの材料を焦がしてしまったあの頃に比べると大変な進歩でアヤは感慨深うございます」
ヨヨヨヨと大げさな様子で泣き出すアヤにミステルもまた吹き出す。
「そういえばそんな事もあったわねーーー結局上手く出来なくて泣き出したナギサちゃんを慰める為にアッシュ君が笑顔を浮かべながら食べたのよね」
こんなのアッシュに食べせられない、そう言って泣き出してしまった少女の涙をそっと拭った後に少年は笑顔を浮かべながら食べて、ちょっと苦いけど美味しいよ。また食べさせてねと告げたのだ。
そんな昔の思い出を穿り返された事でレインは顔を真赤にする。
「ふ、二人とも何時の話をしているんだよぉ!大体ミステルだってあの頃はバレスタイン家のお嬢様で私とどっこいどっこいだったじゃないか!」
「私はちゃんとその辺りの身の程は弁えていたもの。その点ナギサちゃんってばチャレンジャーだったわよねぇ、アヤちゃんにも私にも言わずに
「はい、素直に私を頼ってくださればお手伝いしましたのに。そんなにも私は頼りにならないのかとアヤは悲しゅうございました」
そんな風に昔話に思い出話を咲かせながら、穏やかな時間は流れていくのであった。
もう一人が此処に居ないことを誰もが惜しみながら。
・・・
「それじゃあねミステル、おやすみ。皆もバイバイ。ちゃんとミステルお姉ちゃんの言うことを聞いて良い子にしているんだぞ。じゃないとサンタさん来てくれないからな」
「今日は本当に楽しかったです。またその内顔を出そうと思いますから、その時はよろしくお願いしますね」
宴もたけなわとなった頃、片付けを終えたレインとアヤは孤児院を跡にしようとしていた。
「二人ともおやすみなさい、夜道には気をつけてね。ーーー最も二人に襲いかかるような命知らずが居たら襲いかかった暴漢の心配をしなければいけないだろうけど」
何しろアヤ・キリガクレは現役の天秤の兵士であり、レインもまた今はもう引退したとはいえかつては暁の海洋のエースとして名を馳せた身だ。仮に彼女たちのその見目に釣られて襲いかかるような者が居れば、手痛い代償を払うことになるのは疑いようがなかった。
「おやすみなさい、レインお姉ちゃん!アヤお姉ちゃん!」
「また来てね!」
満面の笑みを浮かべながら子どもたちも口々に挨拶をしていく。
その表情は2人が今日一日の間にどれだけ此処の子どもたちからの信頼を勝ち取ったかを証明するものであった。
ただ一人、10歳になる年長の少年ギルバートは何かを決意したかのような表情を浮かべて、レインの下へと歩み寄って……
「僕と結婚して下さい!レインお姉ちゃん!!!」
幼い顔を紅潮させながら、そんなプロポーズを申し込んでいた。
「へ?」
「おやまあ」
何を言われたかはわからずキョトンとした顔を浮かべるレインとは対照的にギルバート少年は精一杯の勇気を振り絞って続けていく。
「ぼ、僕は本気です!今はまだ子どもだけどお姉ちゃんに相応しい立派な男になってみせます!お姉ちゃんがピンチの時は必ず助けに現れてみせます!だから、僕と結婚して下さい!」
「ーーーありがとう、その言葉すごく嬉しいよ」
優しく微笑みながら告げられたその言葉を聞いた瞬間、緊張で固まっていたギルバート少年の顔に笑顔が広がる。
しかし、次の言葉を聞いた瞬間呆気なくその表情は裏返る事となった。
「でも、ごめんね。私にはずっと前から心に決めた人が居るんだ。
だから君と結婚する事は出来ないんだ、ギルバート君」
この少年は自分に対して確かに真剣に思いを伝えてくれたのだ。
だから自分も子ども相手だからと誤魔化す事無く真剣に応えよう。
そんな風に思ってレインは真っ直ぐに応える。
その言葉と何よりも浮かべた表情を前に、少年は己が初恋が呆気なく終わった事を悟るのであった……
・・・
「なぁアッシュ、今日ミステルのところの孤児院の子どもにプロポーズされちゃったよ」
帰りの夜道、夜空に輝く第二太陽の向こう側にいる大切な人に届く事を祈って私はポツリそう呟く。
「ピンチの時には必ず私を守ってくれるんだって、そう誰かさんと同じ事を言ってさ。
勿論ちゃんと断ったぞ。義姉さんと違って私はちゃんと身持ちは固いんだからな。
ーーーでも、あんまり待たせるようじゃ知らないぞ。酒場で働いていても言い寄ってくる男がわんさかいて大変なんだからな。何時か寂しさの余りコロリと行く事になったって知らないぞ?」
そんな風にちょっと義姉を意識して男を手玉に取る悪女を演じてみる。
だけど、当然のように第二太陽は何も応えてくれない、ただそこに在るだけだ。
「嘘。冗談。どれだけ経っても私が好きなのは貴方だけだよ」
どれだけ経とうとこの想いだけは色褪せる事はない。
例え数十年経って、お婆ちゃんになってしまったとしてもきっと。
「でも困ったなぁ。そっちはきっと居ても歳取らないんだろう?
あんまり戻ってくるのが遅れると、私ってば本格的にお婆ちゃんになっちゃうぞ?
それはちょっとーーーううん、かなり嫌だなぁ。やっぱり私は貴方と一緒に生きていきたいよ」
今日みたいな事があった時には胸を張ってこの人が私の好きな人だと紹介したい。
何気ない毎日の喜びを分かち合って、笑い合って、私達はどっちも意地っ張りだからたまには喧嘩する事も在るだろうけど、それでも最後にはちゃんと仲直りして、そんな風にして一緒に歳を取っていきたい。
「だからさアッシューーーお願い帰ってきてよ
指輪だとかアクセサリーだとか、そんなもの要らないから。
貴方が帰ってきてくれる事が、もう一度貴方が優しく名前を呼んで抱きしめてくれる事が私にとっては最高のクリスマスプレゼントなんだからさ。
ーーーどうだ、安上がりで健気な彼女だろう。大事にしないと罰が当たっても知らないんだからな」
「ああ、全くだよ。本当に俺には勿体無い位だ」
「ーーーえ?」
瞬間、聞こえてきたのは忘れるはずもない誰よりも大切で愛しくて優しい声。
弾かれたように振り向けば、其処には大切で愛しくてたまらない人の姿があってーーー
「アッ……シュ……」
「ただいま、
ずっと見たかった大好きな優しい笑顔。
それを見た瞬間に私は弾かれたように走り出して、彼の胸元へと飛び込んでいた。
「アッシュ……アッシュ!アッシュ!!!」
これは夢なのだろうか?神様が気を利かせて見せてくれた。
もしも夢だとするなら、どうか覚めないで欲しい。
だけど、伝わってくる暖かな温もりはこれが夢ではない事を何よりも雄弁に語っていた。
「本当の本当にアッシュなんだよね!私が見ている夢だったりしないよね!」
「夢なんかじゃないよ、色々あって時間がかかってしまったけどこうして何とか戻ってくれたんだ。本当に待たせた上に、クリスマスだっていうのに手ぶらで現れる甲斐性無しで御免な」
「そんなの良いよ!プレゼントなら十分貰ったよ、こうして貴方とまた会えた事が私にとっては一生分のプレゼントだもん!」
「そっか。そう言って貰えるのは有り難いけど俺にも彼氏としての意地ってものがあるから、
その言葉を聞き、私は思い出す。アッシュの身体がどういう状態にあったのかを。
「アッシュ、そう言えば身体の方はーーー」
「それが
心配する事はなにもないよ」
「本当に?」
「ああ、本当だって」
「本当の本当に?私を心配させない為に嘘を言っているとかじゃないよね?」
「本当の本当にそうさ。お天道様に誓ったって良い」
そうして彼はそれを証明するかのように強く抱きしめて来る。
……ずっと欲しかった温もりが伝わってくる。
そうして私は大切な事を言い忘れていた事に気づき、今までで一番の笑顔を彼に向けて思いを伝える。
「ねぇ、アッシュ」
「ん?」
「おかえりなさいっ」
「ーーーああ、ただいまナギサ」
抱きしめた温もりをもう二度と離さない。
二人でこれからの人生を共に歩んでいこうと宿命から解放された少年と少女は、心からの笑顔を浮かべ合うのであった。
・・・
「どうよ
「ああ、そうだな。俺が救うべき誰かは英雄と神星とは異なるーーー考えてみればそれは当然の事であった
そんな風に仲がいいのか悪いのかわからない様子で互いをサンタクロース、トナカイと呼び合うのは滅奏と天奏、二つのスフィアより生まれでたスフィアの化身とも言うべき存在だ。
本来であれば不倶戴天同士であり、互いを滅ぼし合わずにはいられない関係でありながら、今の2人の様子はどこまでも穏やかであった。
さながら、サンタクロースと呼ばれた金髪の偉丈夫は親友の門出を祝うかのように。
トナカイと呼ばれた狼の面を被った怪人は娘の結婚を祝福する父親のように。
「やはり、愛というのは強いものだな。まさかこのような奇跡が起きるとは」
レイン・ペルセフォネはスフィアの眷属であった。
そしてスフィアとは強い祈りにこそ応える魔法のランプ。
レインが心の底より最も強く祈っていた事は言うまでもなく、最愛の人アシュレイ・ホライゾンとの再会である。
そしてスフィアへと溶けたアシュレイの願いもまた変わらない。
彼が何よりも願っていたのは最愛の少女レインの幸福であり、彼女と共に人生を歩んでいく事であった。
無論、それだけでは余りにもか細い糸であったが、此処にクリスマスという一年でも特殊な日が加わる。
クリスマスの夜、それは世界中で最も愛がささやかれる刻限。恋人たちにとっての聖なる夜であり、子どもたちにもまたサンタクロースへの祈りを捧げながら眠りへと就く刻限であった。
そうした偶発的な様々な要因が重ねった事でーーーと理由をつければそうなるのだが、一言で言うのならばそれはこう称すべきであろう。すなわち、“愛の奇跡”と。
「何の因果かついでとばかりに俺たちもまた顕現する事になったがなーーーつーかトナカイってどういう事だおい!なんでよりにもよっててめぇと一緒に居なきゃならねぇんだ!」
そしてその“愛の奇跡”はアシュレイ・ホライゾンの帰還という大目的の他にもう一つ副次的な効果をも産んだ。
すなわちケルベロスとヘリオス、スフィアへと還った二体の
そしてそれはヘリオスという“誰か”の為に存在する救世主に対して、英雄と神星、祖国のために存在したオリジナルと決定的な違いを齎した。
そう、すなわち今のヘリオスはーーー
「俺はサンタクロース。世界中の子どもを笑顔にするために存在する」
全世界の子どもの味方であるサンタクロース、それがヘリオスという存在の至った答えであった。
何の因果か不倶戴天であったケルベロスをお供のトナカイにするというおまけ付きで。
「では往くぞトナカイ、世界中の子ども達を笑顔にするためにも!」
「動物虐待反対!真冬の夜中に世界中を走らせるとか労働基準法違反だぞこの野郎!!」
喚き散らすお供を無視して最後にサンタクロースは心の底からの笑顔を見せる、道の分かたれた己が誇るべき半身へと視線をやって
「さらばだ蝋翼。我が誇るべき半身よ。願わくば、お前のこれからの人生に幸多からん事を」
不器用な微笑を浮かべてそっと祈りを捧げるのであった……
ヘリオスサンタ:スフィアに一度還ったヘリオスさんがクリスマスの日に世界中の子どもたちのサンタクロースに対する祈りの共有によって誕生した存在。子どもの絶対的な味方であり、虐待に苦しむ子どもが居れば何処からともなく現れ、親を改心させ、子どもが誘拐される事があれば、犯人を颯爽とぶちのめす最強のサンタクロース。お供のトナカイは反粒子をブッパしたりする。