第32話
「なんかあったんですか?親父?生憎此方も仕事があるんですけど」
そう名瀬は親父という盆栽を手入れしている男に声をかけた。
マクマード・バリストン。
テイワズのトップで、鉄華団や名瀬等の男達を使う、圏外圏で一番怒らせてはいけない男と言われている。
その男を前にして、経験は何度もあるものの緊張する。それを平然に装い話すが、ぴしっとしないとビクビクしてもおかしくない。やはりそういう相手に「緊張した」という感想一つ持って帰ってくる息子の内の一人の男を思い浮かべて苦笑する。
すると盆栽の手入れを中断したマクマードが此方を向く。
「いや、別にそんな大切な事って訳じゃねぇんだ。お前の息子の話だよ。ほら、数年前からテイワズの狙撃手とかなんとかよぉ」
テイワズの狙撃手。とある事件に巻き込まれた結果、射撃の才能が開花したユウの二つ名だ。
「ユウですか?」
「ああ。あいつの事なんだがよ。お前、ニュータイプって聞いたことあるか?」
ニュータイプ。直訳すると新しい型。
全く聞いたことの無い言葉に名瀬は張り巡らしている記憶を探るがそんな言葉はない。
それも仕方ない。大昔の死語なのだから。マクマードが知っている方がおかしい。
「ニュータイプ?いや、別に」
「これって物はないんだが、Xラウンダーとかあと...イノベイターとか色んな呼び名があるらしいがな」
実際Xラウンダーとイノベイターとニュータイプはそれぞれ違うのだが、情報があまりない状態なのでこういう感じになった。
しかしその全部聞き覚えが無い名瀬は首を捻る。
その感じから察したマクマードは煙草を手に取る。そして、火をつけて一度息を吐いた後に言った。
「俺はな。ユウの事が気になるんだ。最近柔らかくなったと思ったらアンドラス、アンドラス...まるで機体と話をしているみたいにな。しかもあいつの母親...まだギャラルホルンが嗅ぎ付けてねぇのがおかしいくらいだ」
最近ユウがアンドラスといる時間が長くなったのは言うまでもない。アンドラス、アンドラスと何かを気にしているように、悪魔に取りつかれたように行動をしている。それが不安なのだ。
名瀬は拳を握りしめて、マクマードに言った。
「...あいつは命を散らしてまでユウを産んだ。諦めてユウを殺していれば自分の命は助かったのに。それでもユウを産んだ。そして、あいつは...。親父、それは何でだと思う?」
名瀬はマクマードの顔をしっかり見据えて言う。それは5万人の女を背負う男の目だった。
「あいつが子供を産みにくい身体だったからか?」
「それもあるだろう。けどもっと大きな理由がある。
そうだ。彼女は死ぬ直前言ったのだ。「産まれてきてくれて、ありがとう。大好き」と。
自身が身籠った赤子に、唯一の息子に何をどうしても会いたかったのだ。だから無理を言って出産して、そして息絶えた。
皆辛かったのだ。ユウを産むと決めた時点でもう死は確定していたのだから。
「あいつが死んで産んだユウはあいつの代わりに俺たちが守る。それがあいつにしてやれる恩返しって奴だ。それに親として、当然の義務だ。最初に言ってたニュータイプやらXラウンダーだか知らねえし、ユウがそれとかも知らねえ。それでも親として当然の事をあいつにしてやる」
「まーまーそうかっかしなさんな。別に俺はあいつを捨てろとか言っているわけじゃねぇ。これはアドバイスだ。あいつはおそらく、覚醒する。もうそろそろ過去もケジメつけるんじゃねぇのか?あいつはアグニカについて調べて始めやがった。もしかしたら、潜在的にどうすれば良いのか気付いている可能性が高い。無論、本当の母親を知っているとは到底思えんがな。潜在的に関わりがある程度はわかってんじゃねぇのか?...それで覚醒した場合あいつはお前の事を
向き合う二人はそのまま何も喋らないまま、時間だけが進んでいった。
過去のケジメ。それはユウがアンドラスに会う前、肩を撃ち抜かれた事。タービンズではその記憶があるからユウは人と認識すると撃てないというのが言われている。
父親か。確かに遺伝子でも、育児でも名瀬は父親である。それは確実だ。しかし自分の出生を知ったユウはもしかしたら自分の事を父親と呼ばなくなるのかもしれない。勘違いするのかもしれない。そう思った名瀬は、ユウの母親、自分の妻の一人を思い浮かべた。
「ありがとうな。クーデリア」
アーブラウに渡されることが決まった鉄華団地球支部の廊下でにて見たことのあるシルエットをみたユウはそのシルエットに話しかけた。
「いえ、たまたま持っていただけなので...詳しい資料はアドモス商会にあるので後日来てください」
「ああ。そうさせてもらうよ」
そういうとクーデリアは重石を下ろしたようにふぅーと息を吐く。
「それで?蒔苗のおじさんはどうだった?」
「元気でしたよ。外傷もそこまで無いようでした」
アグニカ、蒔苗。ここまで言ってしまうと話のネタが無くなる。家族相手だと毎日ネタが尽きないのだが、こうも外部の人間は話のネタに困る。
別に話なさい。というわけでは無いのでそれでも良いのだが。
するとクーデリアが口を開いた。
「その...貴方は沢山の女性を妻にしているみたいですね」
その言葉にユウは少なからず驚いたが、折角きた話題だ。乗るしかない。
「まぁ、父さんに比べれば少ないけど...4人。二人の妻に妻の候補が二人。50000とは桁が違うよ」
「では、貴方は名瀬さんよりも沢山の女性を妻にしたいと思いますか?」
いきなりそんな疑問をぶつけてくるので頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。何を言っているのだろうか?この人は?何を知りたい?
そういうクーデリアは少し外を見ている。
仕方なく本心を喋る。
「いや、別に。女性は数じゃないでしょ。父さんは沢山の女性を妻にしているとは言っても、守っているだけだし。でも、僕の事を愛してくれたり、僕が守りたいと思ったら、妻にすると思う。別に女性の愛は数字じゃ語れないでしょ?」
とりあえず、本心...当たり前と感じている事を言った。
...今思えばそうとは限らない。クーデリアには、別の家族がいて、違う関わり方があって、違う当たり前があるのだから。
「...傲慢だったな。すまない」
そういって、クーデリアの制止を無視しその場から離れる。
さっさと歳星に帰りたい。今はそういう気分だった。
走っていると大きながたいの男に当たる。
クーデリアの事があったとはいえ、不注意だな。と立ち上がる。
「──お前か」
「グシオンさん?」
当たった大男は脳まで筋肉で出来てそうな男──脳筋というらしい。のグシオンのパイロットだった。
「なんかあったのか?」
「いえ、別に。不注意でした。すみません」
頭を下げ、その場から離れようとする。するとグシオンさんが此方に話しかけてきた。
「もしお前は弟がタービンズを止めたいと言ったらどうする?」
「弟?僕の弟なんて、だいたい文字の読み書きも出来ないようなやつらですけど...」
弟と言っても姉さんと父さんの子供...地球にいたり、歳星にいたりする者だけだ。
だからあまり想像は出来ない。まず自他共に兄貴とか兄さんとかそういう感じではないと認められている。
まだ甘えん坊が抜けていないのかな。と苦笑する。それがグシオンにも見えていたようでグシオンが首を捻る。
「どうした?」
「あっ、いえ。兄貴とかそういう感覚僕にはわからないので。でも、もし家族がタービンズを抜けたいと。それを
そう言われてグシオンさんは何処かを向いた後にゆっくりと言った。
「...そうか。ありがとう。実はな、アストンとタカキが鉄華団を辞めたいと言ってきたんだ。オルガも二人の意思を尊重して、地球での働く所を探してるってさ」
アストンにタカキ。あの男を殺してから始めてあった鉄華団団員で、地球支部の大切な役割を担っていたらしい。自分の組織ではないので、よくわからないが。
タカキという男はフウカという妹がいて、彼女にも接触したが、精神年齢が高い。その頃の自分よりも。
その頃の自分というとアンドラスに出会った辺りか。歳星に行く度に整備長に「僕のアンドラスは?」「良くなった?」等聞いて、何度も乗せてもらった。そんな今より我が儘で他人に頼ってばっかりの時期だった。
まず、学校という物を死ぬほど嫌がった自分と比べて喜んで学校に行く所が違うが。
料理等の家事が出来たりと、中々家庭的な女性だった。
アストンという男は今ここにいるグシオンさんが姓を与えた、所謂弟で、元ヒューマンデブリ。
阿頼揶識を着けているからか、接近戦が強いらしい。
もしかしたら、アストンが辞めるということで兄貴として何か感じる事があったらしい。
「もっと話をしておけばよかったと悔やむ自分がいる。まだお前がいたから生き残ってはいるが...これから俺達は火星へと行く。そしてアストンは鉄華団を辞める。それがな...」
「寂しいと?」
それで彼の考えていることがわかった。弟...か...自分はタービンズみんなの弟!という感じで生きてきたからよくわからない。しかしタービンズを誰かが抜けるというときの苦しさは知っている。たまにいるのだ。タービンズにはいない男と結婚するとタービンズを離れる人が。
「...あぁ。」
「苦しいのはわかります。悲しいのもわかります。でも、それはアストンという人の人生ではあって貴方のではありません。人の人生を他人が無茶苦茶にして良いなんて何処の誰が言ったのですか。かのアグニカ・カイエルも自分の人生を歪められてしまったものの、他人の人生の路線を変更する際...ガンダムに乗る際には本人の意思を聞いてました」
自身のガンダムがどんなパイロットに扱われていたのか、アグニカ叙事詩を読んで知った。今の自分より若いパイロットらしい。
そのパイロットにもアグニカは此方に来るかどうかを聞いた。子供なら洗脳するのもそこまで難しくないのに。
結局そのパイロットがどうなったかすら、アグニカ叙事詩には書いてなかった。というよりアンドラスに対しての記述が他のガンダムフレームに比べ、明らかに少なかった。少なすぎた。一度読んだだけでも不自然に思うほど。四大天使──ガブリエルの戦いまで生き残っているのに。
それは置いとくとして、人の人生を他人の勝手な意思で決めてはいけないのだ。
「そうか。ありがとう」
何故ありがとうなのかわからないままグシオンさんは歩いていく。
結局何かもわからないまま僕たちは歳星もしくは火星に帰った。地球支部も解体された。
とある男は昭弘・アルトランドとユウの会話を聞いていた。聞こうとした訳ではない。聞こえてしまっただけだ。
どっちでも良いとその場を離れようとしたとき、ユウが言った。
「もし家族がタービンズを抜けたいと。それを
...その男は人に聞かれないように呟いた。
「
最後が本当に不穏すぎる...