バカとテストと恐怖心   作:愚龍

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主人公登場しない回


第30話

 

「明久君のお姉さん――玲さんは、生きてますよ?」

 

は・・?と、狼鬼の口から間抜けな声が漏れ出る。この、目の前にいるこの男は、一体何を言い出すのだろうか。

 

『生きてる・・?そんな訳があるか!俺はこの耳で聞いたんだ――ッ』

 

「いえいえ、ちゃんと生きてますよ。」

 

『何でそう言い切れる?お前は――』

 

「だって、玲さんを学園まで連れてきたの俺ですし。」

 

――開いた口が塞がらないと言うのは、正にこのようなことを言うのだろう。動揺で言葉が詰まる。

 

『なっ――じゃ、じゃあ、明久の姉は今ここにいるのか!?』

 

「ええ。職員室に匿っていますよ」

 

『何で言ってくれなかったんだ!俺はまた明久に過ちを――』

 

「落ち着いてください。俺が伝えようとしたとき、貴方はすでに我を失っていましたから、伝えようがなかったんです。」

 

『俺はまた先走って――明久の手を汚したのか』

 

己の短絡さに狼鬼は唇をきつく噛み締める。

 

「確かに、貴方の行動は彼を汚させるには十分だったでしょう」

 

やはり、俺が出しゃばるべきではなかったのか。グッと拳を握りしめた時だった。

 

「ですが―――ですが、貴方が居なければ明久君の身が危うかったことも、まごうことなき事実なのですよ」

 

不意にそんな声が聞こえた。その言葉に、呆然と彼の顔を見つめる。

 

「何て顔してるんです。貴方だからこそ、武器を持った彼女たちにも太刀打ちできたんですよ?」

 

だからそんなに気を落とす必要ありませんよ、とにこりと笑いながら彼は言う。

 

『・・・俺は、本当に役に立っていたのか?明久は俺を恨んではしていないだろうか?』

 

考えれば考えるほど、マイナスの方向に思考が傾いていく。

 

「あなた方がどのような関係にあるかまだ完全に調べきれていませんが・・・今、貴方が出てこられているのも”信頼”の証ではないでしょうか?」

 

違いますか?と問いたげに首をかしげる男に、頭を振る。

 

『分からない・・・同じ意識を共有しているからと言って明久の志向が読めるわけでもないし、何気なく入れ替わったりしていたが、その間明久の意識はどうなっているのかも・・。よく考えたら俺は何もわかっちゃいないんだよ・・』

 

「ふむ・・とても興味深い。つまり、この会話を明久君が聞いている、と言う可能性もあるのですか?」

 

『ないとは言い切れないが・・限りなく可能性は低いだろうな。』

 

「ほう・・何故?」

 

『明久が起きていれば、俺は話しかけることができる。――だが、今は返事が返ってこないから起きていないということになる。』

 

「起きている・・?」

 

『俺や明久の意識があるときの状態を”起きている”と表すようにしている』

 

「なるほど・・」

 

そう言いながら手帳のようなものに何かを書き込んでゆく。俺の視線に気づいたのか、男は手帳をひらひらとさせながら言った。

 

「今後貴方と協力することも増えるでしょうし、貴方について出来る限り知っておきたいですから」

 

『お前は――俺を見ても二重人格者だ、とか思ったりしないのか・・?』

 

「まあ・・・かくいう俺も所謂”普通の人間”の分類からは外れていますから。俺はスライム――モンスターと言えば分かりやすいでしょうか?を使役することができるんです。ですから、他者の意識が潜在している人が居ても頭ごなしにソレを否定するなんてことは絶対にありえません」

 

こちらを真っ向から見据えて断言する男に直感する。こいつは信頼できる、と。

 

『ああ・・お前のような奴に会うのは久しぶりだ・・気持ち悪がる奴、精神異常者だと言う目で見てくる奴は腐るほどいたがな』

 

「人前で交代したことあるんですか」

 

『初めの頃はな。まだ全く理解できていなかったから・・・』

 

話しているうちに悔しさと怒りが込み上げてきて、俺は押し黙る。辺りに沈黙が起きた、その時だった。重い空気を追いやるように、男が柏手を打つように手をパンッと打ち合わせた。

 

「さあ、重たい話はここまでにしましょう。ひとまず、貴方――と言うより明久君の体は休養が必要です。逃げた姫路さんから保護するためにもここで安静にしていていただきたいのですが・・よろしいですね?」

 

『逃げたのか・・あの女』

 

「ええ・・・片割れに注意がいっている間に・・やられましたよ、ほんと」

 

苦虫を噛み潰したような顔をしてそう言う男。

 

『大丈夫、なのか?』

 

「まあ、アレも馬鹿ではないでしょうししばらくここには寄り付かないでしょう。――しかし、大事を取ってしばらくここにいてもらいたいのです」

 

『ああ。明久のためならな』

 

「これからも明久君の良きパートナーで居続けてあげてくださいね。――それでは」

 

小さく会釈をして部屋を出て行こうとする彼を狼鬼は呼び止める。

 

『なあ、お前の名前はなんだ?』

 

「申し遅れました。私は八草信玄、と申します」

 

以後お見知りおきを。そういって、彼は今度こそ扉の向こうへ姿を消したのだった。

 

 

 

 

八草信玄。そう口の中でつぶやいてみる。中々いい奴だったな、と眠い頭で考える。ああいうやつに早く会うことができていたら・・・そこまで考えたところで狼鬼の意識は急速な眠気とともに闇へと消えた。

 

 

 

 

 

一方姫路は・・・

こちらもまた、懐かしい”夢”を見ていた―――。

 




あとがきまで読んで下さりありがとうございます。お久しぶりです。

今回も短めですみません。区切りがよかったので、一旦ここで区切らせていただきます。次回もよろしくお願いいたします。

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