狭い気密室の二重扉の一つ目を閉じて一人になると、急に感慨深いものが込み上げてくるのをレイフォン・アルセイフは自嘲気味に笑った。外は砂嵐に吹き荒れている。だが確かな存在感を放つ異形の姿があった。
ぼんやりと過去に。そして今の現状に思いをはせながらも準備は既に済ましていた。レイフォンは入ってきたのとは別の扉を開け、死臭のする外へと足を伸ばした。
旅はそれまで順調だった。初めて生まれ育ったグレンダンの外を出て3日ほど落ち着かなかったが、5日目には1つ目の都市に着いた。一晩過ごすとようやく落ち着いたのか、異なった文化を持つ自立型移動都市を観光する余裕も出来た。彼は故郷には無かった香辛料を使った料理に舌鼓を打った。孤児院の時には想像だに出来なかった、ゆったりとした寝室を一人で使う。どうやら十分に満喫したと見える。そして彼は次の都市での新しい味覚の発見に思い焦がれながらバスへと再び乗り込んだのだ。
そしてそれから2日目の朝。バスの機関がゆっくりと停止し、辺りをうかがうように運転手は目を細めながらも、いつでも動けるように動力の機動レバーとハンドルは放さない。誰かが唾を飲む音が聞こえた。
一人の男が静かに運転手に近づくと運転手といくらか言葉を交わす。男は瞳を閉じてしばらく動かなかった。張り詰めた空気が車内に流れ、時間が引き伸ばされたように長く感じ、もどかしさにレイフォンの心は弄ばれていた。
運転手と言葉を交わした男は目を開きメモに何やら書いて千切ると車内に回した。声を潜めてすすり泣く声が聞こえてくるのに、さほど時間はかからなかった。
「ママ、どうして泣いてるの?どこか痛いの?」
前の座席に座っている女の子が問いかけてるのが聞こえた。どうやら泣いていたのは彼女の母親らしい。
「いえ、大丈夫よ。良い子だから今は静かにしてましょうね」
母親は気丈に振舞おうとするが声は震えていた。
気持ちに余裕が出来てきたレイフォンが、彼女達と挨拶をかわし、ヨルテムという都市で事業を起こした父親のもとに引っ越すのだと聞いたのは昨日のことだった。
レイフォンの汗ばんだ指先が忙しなく動くと、次に固く握り締められた。レイフォンが突然立ち上がると隣の行商人だと語った男はぎょっとしてこちらを見上げた。だが彼が何か言う前にレイフォンは運転席に歩き始めていた。
たどり着くと運転手に切り出した。
「都市外装備はありますか?」
「あるにはあるが」
そう答えた運転手は眉を寄せながらレイフォンを眺めている。その反応に仕方ないと苦笑したレイフォンは切り札をつかった。
「外れ物の元天剣に気遣いは要りませんよ」
運転手の表情がめまぐるしく変わるのが可笑しい。レイフォンは声を出さずに笑った。運転手は慌てて準備したトランクを渡すと運転席へ戻ろうとしたが振り向きざまに武器はどうするんだ、と問いかけてきた。レイフォンは首を横に首を振る。
「必要ありません。あの程度の汚染獣なら衝剄でどうにでもできます」
「雄性体相手にそう言えるなんて……噂は本当か」
レイフォンは目の前にある扉に手をかけた。
汚染獣は半ばバスを取り囲むように迫ってきていた。まとまって行動していてくれれば、必要以上に乗員を怖がらせることは避けられる。離れて戦闘を行おうとレイフォンは考えていたが、これでは砲台よろしくこの場から迎撃するほか無い。
(ごわごわとかさばって動きにくい――接近するよりはましか)
彼は方針を変更するとバスの上に飛び乗り早速攻撃を始めた。
それは一方的だった。放たれる閃光。ゆっくりと追い詰めるように行動していた汚染獣たち。彼らは彼の攻撃に速度を上げた。
それは奇声とも怒号とれる人を不安にさせる音を発している。まともな人間であれば発狂しかねない情景。彼らは撤退の考えなど無く遮二無二突撃してきた。
その一体でもバスにぶつかればその外壁に使われている装甲はひしゃげ、横倒しにするだろう。そして亀裂を作り人間にとって致命的な汚染物質が流れ込んでしまえば、15分程度で肺の細胞は壊死する。そしてわずかな時間だが壮絶な痛みと共に死を迎えることになるだろう。
しかしバスに近づく前にことごとく衝撃に沈んでいった、純粋な破壊の姿がここにある。
たった今、一人の少年にこの世界にとって恐怖の象徴。汚染獣はあっけなくこの場から消え去られた。
風は弱まったようだ。
青い空が、過ぎ去りつつある砂嵐の隙間から顔をのぞかせていた。
まさかの幼女ヒロイン!?(うそ