無くしちまったものは何だって綺麗に見える。それが大事に思ってたものなら尚更だ。俺の場合は耐えられず、自分から壊しちまったんだが。
こういうのは虫が良いっていうんだろうな。言い訳なんてしないさ。代わりとして宛がわれ、そしておめおめと今を守ろうとしてる。見っとも無いだろう。
だがあの時の俺達とは違う。傍から見ればどう考えても上手くいっているように見えて、ただそれは表面的で。
それと比べて今はどうだろう。どう繕っても粗ばかりだ。
だがそれが良い。
過去の未練だってそりゃある。
あるが今もまた愉快だ。
スコープ越しにあたふたとコイツ等が慌てる様子を今は後ろで眺めていたいんだ。
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(あるもの、そしてそれに関わるもの全てを否定したくなるのは天邪鬼でしょうか)
自らの心情の分析という墓穴を掘るような真似をしたことを、フェリはお手洗いの鏡の前で悔やんでいた。
人の感情は人間関係が増えれば増えるほど複雑になっていく。出身地、居住地、数人の友人グループ、仕事先、そしてその取引先。挙げていけばキリが無いが、彼女自身もまた、その呪縛から逃れることはできない。
「ここにいたか」
「なんですか?飲み物片手にここに来るのは感心しませんが」
「あ、いやこれは……」
外から見えないよう狭く、入り組んだ出入り口を塞ぐように立つニーナは、思いがけない指摘にグラスの飲み物を零しそうになり、あたふたと狼狽えている。
ニーナが動揺しているうちにフェリはこの場を去りたかった。だが前方は塞がれ、退路も無い袋小路ではそれは叶わなかった。
「そこをどいてもらえませんか?」
「それはできない。フェリを探していたんだ」
「見つかったのならもう良いのでは」
「話しておかなければと思ってな、フェリとは」
ニーナの瞳はまっすぐにフェリを捉えて離さない。その視線から逃れたい衝動に顔を背けるが、フェリは観念するとゆっくりと相対した。
(この人は苦手です)
別に嫌っているわけではない。自分でも捻くれたことをしていると自覚しているフェリにしてみれば、ニーナの性格は羨ましくもあり、また疎ましくもあった。そしてその一途さが容赦なくフェリに矛先を突き付け、脅迫し、今以上を要求してくる。それが堪らなく嫌で反発していた。
「戦線に参加できなかったことは謝ります」
ただ、今は少し違う。自己嫌悪しか生まなかった自己分析なんて事をしたのも、良心の呵責があったからだ。
思いがけずフェリから出た言葉にニーナの目は見開かれる。反してフェリの目は細まり、不機嫌さを増していく。
我慢のしどころだ。ニーナがフェリをどう思っているか、などということはフェリには分かっていたことだ。それは甘んじて受け入れなければいけない。今までふてぶてしい対応してきたし、今後もしおらしい言葉が自分の口から出ることはあまり無いだろうと思えた。
「ですが、今の私が提供できる力は並程度で精一杯です」
「今の、か」
返事の言葉はフェリからは出ない。ただ、その瞳はまっすぐニーナから逸れなかった。
しかし逆に目を伏せたのはニーナのほうだった。
「それは私にも当てはまることだな」
「はい?」
小さく吐き出された言の葉は狭い空間に溶けきれず、反射してフェリの耳に届いてしまう。
「あ、うん、いや。先の汚染獣戦でもそうだし、今日のレイフォンとの模擬戦もそうだ。結局私の力はそう大きくない。頭では分かっていたつもりだった。浅ましい」
「何を今更」
「全くだ。だが―――」
ニーナの俯いた顔はふと、タイルの貼られた壁で見えない遠くを見やった。
「愚かにも私は大きな望みを持ってしまった。少しでも近づきたいと小隊も作った。だがまだ足りない」
「欲張りですね。あなたは元いた隊で力をつけることも出来たはずです」
「そうかもしれない。いや、そうなんだろう。そして焦っているんだ。武芸大会はもう今年だ。悠長に構えてツェルニを失いたくないんだ」
「ならなおのこと元いた隊を出るのは―――」
「やはり迷惑だったようだな、フェリには」
話の流れを切る発言に無表情なフェリの眉間が俄かに狭くなる。
理論的な思考を得意とする念威繰者にとって、こういった場当たり的な会話はそれだけで精神的に負荷を与える。制服のスカートは固く握られて皺が寄ってしまった。
(不愉快です)
フェリは辛うじて、そう口を吐いて出るのを抑えた。
「いったい何のことですか」
「ただ私は自分の力でツェルニを守りたい。出来もしないのにそう考えてしまったんだ。そして身勝手な私の行動でフェリは……」
確かに身勝手だとフェリは思った。考えが足りずに起こしてしまった自身の行動の結果に、今ニーナは右往左往している。
雑音にあふれているはずの店内の奥。それにもかかわらず、今この小さな空間から喧騒はひどく遠かった。
「確かに、私にとって小隊に入っているこの現状は不本意です。でも勝手に入れておいて嘆かれるとは思いませんでした」
「私は今まで―――」
「だからといってあなたは諦めるのですか。兄にも言えることですが、私にはあなたがそうするとは思えません。そして結局あの人は、私を一般教養科に戻すことはあり得ません」
「フェリ」
「だから。いえ、ですから。あなたがどうこう言うまでもなく、念威繰者として使われることは既定事項です。あとは……私の中での問題です」
終わりは萎むようにフェリの声は力を失った。言い終えるとフェリはカツカツと早足でニーナの脇をすり抜けようとする。が、ニーナの右腕が伸びてそれを軽く抱くように止めた。
すぐさまフェリは抗議の視線を上げる。
ニーナはたじろがなかった。
「私は待てばいいんだな」
数瞬睨み合う。だが正しくは違った。ニーナの目は何やら諭すように穏やかだ。
フェリの表情が変わったようには見えなかった。
顔をニーナの目から逸らすと、阻んでいた腕に軽く手をかける。それだけでフェリの前に道ができた。
躊躇なくフェリは歩みを進めた。今度はその足取りはゆったりとしている。
「期待していいんだよな」
ニーナの呟きは、夢から覚めたように音量を上げた仲間たちの声に溶けた。
待って頂いた方すみませんでした
そしてその間にもお気に入りが増えていてありがたい限りです
短いですが投稿を生存報告とさせていただきます