『―――が勝利しています。今日の第3試合ですが、第14小隊と第17小隊が14時からの予定です』
試合時間まで一時間を切っていた。レイフォンにとって初めての対抗戦である。
場内の客席にはまだ空きがあったが、時間を追うごとに一つ、また一つと埋まっていった。その隣ではゆっくりと練り歩く売り子たちが、良い場所をとろうと場所取りに来た食いっぱぐれの為に、商魂たくましく軽食を提供している。
徐々に熱気を増す場内とは裏腹に、穏やかな風がそよいでいる。のっぺりとした雲がいくらか空を低くしているが、雨が降る様子もなく、高く上った日はその姿を隠そうとはしていなかった。
「いいか、14小隊は派手で綺麗に勝つ作戦をたてる。が、それは搖動である可能性を十分に注意してくれ」
まるで機械のように、何度となく繰り返されるニーナの言葉を聞き流しながら、レイフォンは物思いに耽っていた。
思い返せばレイフォンにとって集団戦闘の経験はほとんどなかった。例外を除いていつも一人で戦ってきた。ただ目の前にある障害を取り除く、それのみであった。自分がどう勝つかではなく、小隊をどう勝たせるか考えろと急に言われてもどだい無理な話であった。
本来その役目は隊長が務める。しかし、今回その頭脳を担うはずのニーナの様子を見る限り、レイフォンをはじめ小隊の面々の不安は募るばかりであった。
「ニーナ、今更だよ。ちゃんと準備してきたじゃないか」
「ハーレ……イ」
つなぎを着た少年―――ハーレイがあやすように言葉をかけた。
ニーナの驚きの声はたちどころに呆れに変わる。
なぜなら彼の顔は他とは違ってだらしなく口元が緩んでいた。昨日までレイフォンの錬金鋼を調整し、その仕事をやり終えた。そしてその仕上がりに浮かれ、密かに早くも一人祝勝会を開いていた。
今もまた、レイフォンの剣帯かかった自慢の錬金鋼を眺めているのだ。ハーレイの心は今、限りなく広かった。
「そうだニーナ。人数揃えたうえに剄弾切り落とすようなレイフォンが入ったんだ。お前が倒れても負けはねぇ」
「そんな他者に頼るような―――」
白けた空気が漂うが咳払いを一つ。シャーニッドが改めて励ましの言葉をかける。
滞っていたものが割れたヒビから流れ出した。
「いや、僕だって狙撃手の剄弾は落とせませんよ」
「出来てくれると非常に楽なんだけどな」
冗談にレイフォンの背筋に汗が伝った。ひょんな所から力を抑えているのがばれないか、時々レイフォンの肝を冷やす。今回もこわばった笑顔を何とか見れるようにする。
「それじゃ先輩の見せ場ないですよ?」
「おっと、そりゃまずいわ。わかってるなぁリッキー。なら窮地に陥ってるふりして気を引いてくれ」
「リッキーはやめてください、普段はリカルドで。それに器用に戦えるほど余裕ないです。この前は無様でしたし……」
そんなレイフォンを余所に会話は流れる。
前回、つまり初陣となった対抗戦で、リカルドは敵の旋頸による高速戦闘に翻弄された。どうにか脱出を図ろうとするも、追撃を振り払うことができず倒れ伏した。
彼のファンであろう黄色い悲鳴が場内に響く様子とともに、映像で何度もリプレイされた事は彼を相当堪えさせた。
「そんときゃ守ってやるさ、ニーナが」
「先輩らしいですね。でもさっきと言ってることが違うような」
「なんだかんだ見せ場はあるさ、御嬢さん方相手限定でな。それに窮地に陥った仲間を助けに入る隊長ってなほうが絵になるじゃねぇか。だろ?ニーナ」
「ああ、助けてみせるさ」
今日の試合に懸けるニーナの意気込みは並々ならぬものだった。幼馴染のハーレイによると14小隊はニーナにとって古巣であるらしい。また、今の隊長であるシン・カイハーンにはよく訓練に付き合ってもらっていた。だからだろう、一番ニーナの出奔を嘆いたのはシンだった。17小隊が成立した後も、彼は顔を見せては戻るように説得に現れている。
今日はシンを見返す絶好の機会であると、時間をかけて作った作戦資料はノートを1冊埋めていた。だから今ニーナが同じ言葉を繰り返しているのは、気持ちを落ち着かせるための癖なのだった。その効果のほどは未知数であるが。
レイフォンは特に気負うでもなく落ち着いていた。慣れない集団戦闘であるが、それも作戦上考慮され、フラッグの前の最終ラインに配置された。
17小隊は今回守勢に回る。敵の第一目標である陣営後方に位置するフラッグの防衛が小隊の、そしてレイフォンの勝利条件であり役割だった。
そして防衛側はフィールドに罠を仕掛けることができ、ルール的には防衛側が有利であった。それでも下馬評では17小隊を推す声はやはり大きくなかった。
伸びをする。くぐもった声がレイフォンの喉から鳴る。
レイフォンにとっての戦いは自分の中にあった。いかに実力を隠すか。
武芸長のヴァンゼは技量については見せて構わないと伝えていた。もちろん騒ぎにはなるだろうが逆にそれを望んでいるとも。洗練された技を学生たちが目にする機会はない。カリアンやヴァンゼは劇薬ともなり得るそれを許容範囲とした。
それでもレイフォンがやることは変わらない。ただ目の前の敵を倒す。その過程が少し違うだけだ。
試合前とは思えない眠たげな瞳が空を泳ぐ。
「戻りました」
ミィフィとメイシェンと会うと言っていたナルキが帰ってきた。手には少し大きめなバスケットが握られている。焦げ茶のツタを編み込んだそれに、淡い緑のハンカチが上から覆っている。
ナルキは「試合前なのでどうかと思ったんですが」と前置きするとハンカチをめくった。
「おお」
「これはなかなか」
現れたのはサンドイッチだったが、食べやすいように小さく一口に切られ、串を刺してあった。
色とりどりの具材が華やかに彩り、彼らの目を楽しませる。
「いや、私も動けなくなるのは困ると思って食事を抜いているんだが。これなら良いと思うぞ」
「ナルキが持ってきたってことはあの小さい娘が作ったんだな」
「メイシェンさんには助けられますね」
ナルキの幼馴染の差し入れは日常的に行われていて、好評を博していた。
いつものその反応に、ナルキは自分のことのように恥ずかしくも誇らしかった。引っ込み思案でいつもナルキの陰に隠れるメイシェンだが、今ではその料理の腕で17小隊にとって大きな後援者だった。
「おいしい。この香辛料のアクセントが……」
その後を追う言葉は紡がれない。レイフォンは特に食事を抜くようなことはしていなかったが、勢いよく大きく開けた口の中に放り込んでいく。
「おいニーナ。その紅茶どこから出した」
「これは自前だ」
「スポーツ飲料じゃないんですか」
「水筒は2種類持ってきている」
優雅にお茶を啜るニーナを傍目に、レイフォンも食事を終えていた。
また一つ大きく伸びをした。
すっかり顔色を取り戻していたカリアンもまた、この試合を観戦しようと会場につめていた。隣には審判長も務めるヴァンゼが。そして後ろには生徒会役員の面々が控えている。
ここには直接会場の歓声は聞こえてこない。放送用のバックアップとして用意された部屋に彼らはいた。
「シンは気の毒だが予定調和だな」
「君にしては珍しい物言いだな」
「馬鹿言え。あれを初見でどうしろと」
カリアンは眉をひそめるヴァンゼにさも驚いたような顔を向ける。
それによりヴァンゼは一層皺を深くさせ、鼻から深く息をした。
「それでも一定以上力を見せるように言ったのは君だろう」
返事はない。
ヴァンゼはレイフォンに剄技は使うように言うとともに、剄量に関しても小隊長程度まで発揮してよいとしていた。
つまり小隊員二人程度では足止めにしかならない位の力量である。真実を知る者にとっては今更であるが、どんぐりの背比べであるツェルニの武芸者にとって、それでも大きな衝撃が走ることになるはずだ。
「さすがにアントーク君に全体指揮を任せる気にはなれんよ。大丈夫かい?」
「……絶対はないが目算はある。何とかしよう」
「為政者というのはそこに絶対を求めてしまうものだよ」
「自分に出来るのはその確率を上げることだけだ」
ヴァンゼの目算の一つはレイフォンの力量に関してだった。
変に振り幅のある戦い方をされては作戦が立てにくい。脅威は見える形にしておいたほうが良い。
「よろしい。期待してるよ」
それだけ言うとカリアンはキャスター付きの椅子を後ろに向ける。
「探査機についてはどうなっているかな」
「先ほど飛び立ちました。明日の夜には結果をお持ちできるかと」
「何事も無いことに越したことないからね。空振りに終わることを祈ろう」
ここは放送室ということもあって防音性に優れたこともあり、内緒話にはもってこいだった。暗がりにモニターの光が映るカリアンの眼鏡は怪しさを増している。
「迷惑な来客の方々はどうなっているかな」
「はい、現在窃盗団とみられる集団に都市警で警戒態勢を敷いています。彼らの出発予定は4日後。放浪バスはメンテナンスを長引かせて足止めしますが、あと2週間が限界かと」
警察署長は迂遠な言い回しには乗らなかった。
カリアンは報告の内容に対してだけだろうか、目を細めて自らが任じた警察署長をにらむ。
「お前はそこにいるだけで疑われるような存在なんだ。これ以上演出するとクドイぞ」
ヴァンゼのその言葉にカリアンは目を丸くした。
それすらも演技ではないかとそれをヴァンゼは横目で流し見るのだった。
クリスマスプレゼントにはなりませんが年内中に対抗戦を描きたいところ
本編ではカットされた話ですからね
しかしニーナの主人公力を嘗めていました
もっとかわいいところを見せたい