シャーニッドをまず潰す。それが14小隊の基本戦略だった。
実績のあるスナイパーであるシャーニッドは、ツェルニの中では実力者として名がとおっていた。特に体の剄脈の活動を抑え、その気配を消す技術―――殺剄の完成度は誰もが認めるところであった。
今回は危険を冒してでもそうする必要がある。14小隊隊長のシンが考える程度には17小隊は力をつけていた。というのも数的には互角であったのだ。
ただし、シャーニッドがいると変わってくる。自由にしておけば確実に一人は麻痺弾の餌食となる。そうなると5人で6人に対して攻めなければならなくなる。念威繰者を除けば4対5だ。
ただリカルドやナルキに関しては、現状で力量が劣るとは考えていた。ナルキに関してはまだ衝剄も扱えないらしいことはすでに掴んでいた。並の小隊員が1対1で負けることはない相手である。
しかし数がいるということは、それだけで戦略、戦術の幅が広がっていくのだ。今まで不安であった念威繰者の護衛にあたらせることもできるし、遊撃に出しても良い。
初陣に敗れはしたが、シンには確実に力をつけてきていると考えられた。
そして力量を計りかねる存在。レイフォンの戦闘情報を持ち得るはずの念威繰者は、当然緘口令の為に終盤に参加した戦績のみ答えた。念威繰者から“撃退数8”を聞いたシンは勘違いした。レイフォン・アルセイフは初期から戦いに参加していたのだと。ならば小隊員にとってこの数字はおかしくはなく、救世主というのは所詮尾ひれの付いた話なのだ。ただ新入生にしてその域というのだから、周囲からしてみれば英雄視されるのも頷けた。
しかし仲間である念威繰者の眠たげな表情が、このときは固かったことにシンは気づくことは出来なかった。
旗の突き立てられた塔の前、レイフォンは空に浮かぶ雲を見つめ一人佇んでいた。
14小隊の配置がまだ済んでいないようで、目つきの鋭い男が確実に指示を出していくのが見えた。
レイフォンはそれを注視するでもなく、復元された青い輝きを手に下げるのみ。何かをするには少し短い暇を持て余していた。
[どうしてあなたは戦っているのですか]
唐突だった。念威端子越しに聞こえたフェリの質問は、自分に対してではないとレイフォンは思った。だから聞こえていないふりをしてやり過ごす。それが大人の対応なのだ、とそう誰かに言われた記憶がある。
[聞いていますか]
硬い声がなおもレイフォンの耳に届いた。きっと相手は気のない返事でもしているのだろう。そう考えたレイフォンは誰が通信相手なのか疑問に思った。
(こういう話をする相手は……隊長?でも性格的にちゃんと話するだろうし)
[レイフォンさん、聞こえていますよね]
えっ、とレイフォンから声が漏れた。
「すみません、僕ですか」
[そうです。どうして自分ではないと思ったのかわかりませんが、あなたに言いました。レイフォン・ヴォルフシュティン・アルセイフ]
「そうでしたね、会長の妹さんでしたね」
フェリ・ロス。彼女は17小隊の念威繰者にして生徒会長であるカリアンの妹であった。流れるような銀髪と端正な顔立ち、そして小柄な体格はまるで作り物のようですらある。
もともと口数が多いとは言えないフェリとの接点は小隊での訓練しかなく、レイフォンは未だにまともな会話をしたことはなかった。
[あんなものが兄だとは思いたくありませんが。とりあえず答えてもらえませんか]
「えっと……」
あんまりな言葉に面食らうも、レイフォンはしばし考える。もちろん改めて捨てたはずの剣を拾った時―――あのバスの中で、レイフォンの中に様々な思いがよぎったのは確かだ。しかし、
「なんででしょうね」
口をついて出てくるのは疑問の言葉だった。そしてあいまいな表情をしたレイフォンの顔もまた、フェリによって観測されてしまう。
[ふざけているのですか]
「そ、そんなつもりはないんですけど」
[なら答えてください]
「生きるためでしょうか」
フェリからの声はレイフォンに聞こえてこない。
「僕にはツェルニが追い込まれているなんてあまり危機感はないですけど。あとは……頼まれごとがあるからですね。生徒会長とは別件で少し」
叫ぶ実況の声に観客席から歓声が上がる。いよいよ始まるようだった。
「たぶん、先輩が求めている答えを僕は持ってません。ただ求められるままに動いているだけですから。でも―――」
サイレンの音が響いた。
14小隊の一人が突出して前進してくるのが見える。迎撃の為にニーナとナルキが動く。作戦ではこのままじりじりと後退しながら、地雷原に誘導する手筈である。
ただそれをレイフォンは眺めている。
「いつか自分でやりたいと思えることを見つけたい。そう思ってここに来ました」
振りかぶった剣戟をニーナに受け止められ、動きを止めた敵を狙ったシャーニッドの射撃。それはまるで予知したかのように避けられた。
後ろから追っていた14小隊の2人は素早く射線をたどって動いた。
[嵌められた!逃げる]
シャーニッドの気配は一瞬で辺りに溶けるが、すでに視認されていてはほとんど意味をなさなかった。不利を悟るとすぐに殺剄を解き、シャーニッドは活剄による身体能力を強化して逃亡を開始した。
[時間を稼げ!]
指示が飛んでいく。
活剄の能力もまた、シャーニッドは他の小隊員に劣るものではなかった。しばらく追いつかれることも無く、距離は一定に保たれていた。
だがシャーニッドの狙撃を避けた剣士もまた時間稼ぎが役割だった。防御側はフラッグ、そしてレイフォンとの距離を大きくすべきではない。敵はそれとわかっていて距離をとって対峙し続けた。
ナルキが背後に回り込もうとするが、常に2人が視界に入るよう敵も位置を変えた。
決定的な隙をお互いが見せぬままジリジリと時間が過ぎていく。
そして、このまま制限時間まで保てば17小隊の勝利である。
しかし均衡は崩れようとしていた。
シャーニッドを追う敵は二手に分かれ、先回りして頭を抑え込もうとしていた。それをスコープも覗かずに牽制しながらシャーニッドは逃げ続けるも、徐々に追い込まれていっている。
[女に情熱的に迫られるのは嬉しい限りなんだが、場所を考えてほしいなぁ]
[ふざける余裕があるなら気合い入れて踏ん張れ!]
[んや、そろそろ限界近い。狙撃手は近づかれちゃ終わりだ]
[仕方ない、私が援護に向かう。こちらに引っ張ってこい。悪いがナルキ、レイフォンの所まで何とか後退してくれ]
[分かりました]
難しいな注文だった。2対1で力関係の差から動かなかった戦いは、一転ナルキの不利に陥る。
ニーナが戦線から完全に離れた。
そして遂に目つきの鋭い男―――14小隊隊長シンが動き出した。争う2人との距離を一気につめてくる。
[ナルキ!]
ニーナの声が念威端子越しに響いた。
シャーニッドへの救援が間に合うかどうかわからない。戦場を二分するよりレイフォンとの共闘を選ぶ。
そしてシャーニッドを切り捨てることにしたニーナは、自陣へ踵を返した。
ナルキは片手用の打棒を両の手に必死に握りしめながらも、何度か力の差から衝撃に飛ばされ、地を転がりながら攻撃を耐えている有様だった。
だがシンが追いつく前にレイフォンとの距離は近づいた。
「ナルキ伏せて!」
1人の剣士の呆けた顔が固まった。
完全に虚を突かれた彼は、レイフォンの衝剄によって何が起こったのかも分からぬまま昏倒した。
レイフォンは前方から剄が練られているのを感じた。
シンは仲間が倒れたにもかかわらず―――しかし、だからこそ次の判断を冷徹に実行した。シンの後ろからはニーナが迫っていた。猶予はなかった。
光弾が宙を一直線に駆けた。
ナルキの頭上を素通りし、それはギリシャ数字のプリントされた旗に狙い違わず撃ち抜くかに思われた。
会場から音が死んだ。
シンの放った衝頸はしかし、けたたましい音の衝撃が旗を揺らすだけ。一陣の閃光にかき消された。
レイフォンは走った。
旋頸。ただ単に活剄で脚力を強化しただけの、武芸者にとって基本的な剄技。それだけでまるでコマ送りのように、強化されている武芸者の視界を動いた。
「な……」
誰の声だろうか。だがこの会場の誰もが言葉を失っていた。
シンはどうにかレイフォンの一撃に対応して見せ、見事受けきった。
しかしその手に握られた刺突剣はヒビが入り、丈夫な戦闘衣はほつれが目立った。
ゆらりと立ち上がり何事か呟くと、シンは使い物になるとは思えないその得物を構え、旋頸でレイフォンにひた走った。
先ほどよりも距離はない。
時は切り取られ、その一瞬はどこまでも続くかの様だ。
[それだけの力で何をしようというのですか。レイフォン・アルセイフ]
「僕は生きるだけです。その先は……何をしたらいいんでしょうね」
切り取られたものは縫い止められた。
レイフォンになで斬りにされ、シンは膝をつき前へ倒れた。
轟いたサイレンの音はレイフォンにはどこか間抜けに聞こえた。
◆ ◆
おそい!私は結構怒ってるよ。レイフォンが強いのは分かってはいるけど、遅くても一月と聞いていたから心配してしまったよ。ボーっとしているから、置き引きにあって無一文になってたりしていないかと。
無事の知らせだけでも嬉しいものなんだよ?直接叱れないからやりにくいったらないよ。長くしても読み飛ばされそうだから書かないでおくけど。
健康とは書かれていたけど大丈夫?レイフォンはあまり考えなしに料理作るから、それで体調崩したりしないでね。
途中からだから勉強が大変だと思う。けど、せっかく頑張って試験受かったんだからしっかりついていってよ。授業が分からなくてもノートはちゃんととる事。
私は上級学校に行って忙しくしてるけど、園の方にも顔を出してるし、今では前みたいに料理を手伝ったりしてます。皆賑やかで相変わらずいたずらしてばかりです。心配してくれるのは嬉しいけど、あまり気に病むことはないよ。
学校ではおかしな先輩がいたり授業があったりします。面白くはあるのだけど、少し面倒です。
お父さんは道場を開くことになりました。まだあまりお弟子さんは多くないけど、近所の人が通ってきています。以前のような軽い気持ちの人はいないから、経営は苦しいけど何とかなりそうです。
手紙の最後に書かれてたことだけど、また剣をとるのは良いことだと思っていたよ。小さい頃、頑張って剣を振ってたレイフォンは楽しそうに見えたから。レイフォンは必要だったからって言うけど。それなら今回も必要なときに力を使ったのだから、誰にはばかることも無いと思う。
でも天剣を握っていた頃には戻って欲しくないよ。陛下の後ろに並ぶレイフォンは園のみんなの憧れだったけど、もう今は何も背負わなくちゃいけないものなんて無いから。
武芸のこと、まだお父さんには話してないけど、レイフォンの中で伝えて良いと思ったら教えて。あの事でお父さんも随分と考えるところがあったみたいだし。
レイフォンの剣が見つかりますように。
手紙待ってます。
親愛なるレイフォン・アルセイフへ
リーリン・マーフェス
◆ ◆
見てしまった。
封筒はなく、三つ折りにされた便箋だけが控室のベンチの下に落ちていた。誰の物かは中身を確認しない事にはわからなかった。最初と最後だけ目を通せば分かるはずだ。
しかしなぜか文字を追うのをニーナは止められなかった。
(弱いな、私は)
好奇心に負け、そして手紙の相手がレイフォンの親しい女性だと知り、心落ち着かないのも、きっと自らの弱さのせいだとニーナは思った。
そして“天剣”の文字に特別な何かを感じていた。
初勝利。
それはニーナにとってただ甘いものではなかった。
迎撃に出たのは正しかったのか。シャーニッドへの救援はフェリの護衛をしていたリカルドを行かせても良かったのではないか。ニーナは自分の判断に自信が今はなかった。
そして何よりニーナ自身の力が及ばない。
武芸者にとって力への渇望は大抵の者は持つものだ。ニーナもそれにもれず、並以上に持っていた。
だから魅せられてしまった。レイフォンの一挙手一投足に。
レイフォンは決して本来の剄量は使わなかった。ほぼシンと同じであったようにニーナには感じられた。レイフォンの技量については手合せをして分かっているつもりでいた。
(強くなりたい。いや、なれるんだ)
自分たちの延長線上にレイフォンはいる。そう強く思わせた。
心に一抹の違和感を感じながらも、ニーナは手紙をバッグに入れファスナーを閉じる。
一応主役が遅れるわけにはいかない。今夜は17小隊にとって初の祝勝会が開かれる。苦い顔をして周囲を困らせるものではない。
気を取り直すと、戦闘衣で膨れたバッグを背負いひとまず家路についた。
そしてニーナが上手く取り繕おうと、頬がひきつった笑顔はシャーニッドに盛大にいじられて笑いを誘った。
年が明けてしまいました
多少いつもより長くなりましたが楽しんでもらえれば幸いです
14小隊の構成的に男ばかりなのはおかしいのでシャーニッドが追われる箇所を変更