惑う戦士   作:gawain

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第15話

 買いこまれた夕食は無駄にはせず、翌日へ回されることになった。

 レイフォンが案内されたのは、帰ったばかりのアパートメントからほど近い、古いレンガ造りが重厚な雰囲気を出すレストランだった。案内役の女生徒はレイフォンと挨拶を交わすとすぐに立ち上がり、顔をしかめつつも恨み言一つ口に出すことなく、すぐにカリアンと連絡をつけここに導いた。

 レイフォンの前には鈍い艶を放つ木製のドアがあるのみ。すでに案内役の姿はない。

 

 彼女はツェルニに着いた当初、顔を合わせた秘書のような人ではなかった。

 アパートの前、遅れた理由を問われニーナが倒れた話をすると、その女生徒は納得などせず、無遠慮に寄越された批判がましい視線に耐えられず、レイフォンは道すがら訳を尋ねることにした。

 彼女曰く、「倒れる前に止めてほしかった」という。学園都市の性格として学生の健康状態が著しく損なわれたり、危険な状況に追い込まれるのを良しとしない。さらに生徒会としてみれば、小隊のトップがいなくなることで組織が機能不全を起こすことが看過できないとの事だったが、レイフォンにはない考え方だった。

 持たざる者が辿る力への過程として危険はつきものだ。武芸、金、権力。欲したのなら時として安全策ばかりでは決して越えられない壁がある。

 ハードル競技でトップクラスにいたニーナの目の前には今、レイフォンという棒高跳びのバーが突如現れたのだ。彼女は棒も持たず、がむしゃらに飛び跳ねてはマットに突っ込み続け、今は力みすぎて踏切で捻挫したようなものだ。膝の半月板が砕けたわけではない。

 それは武芸者にとって一つの通過儀礼のようなものであって、学園都市がどうとか、組織にあまり価値を見いだせないレイフォンにとっては、彼女の言う意見はピンとこないものである。

 一通り説教を聞き流したレイフォンは、ここでも上辺ばかりの納得の顔をして見せるも女生徒の顔は渋く、今度は目線さえ合わせてくれない彼女に冷たい汗をかくばかり。

 

 そんなレイフォンにとって、目的地が思いの外近かったのは幸いだった。話が終わった後は、“コツコツ”とやけに響く暗い夜の街並みに緊張が募る一方であったからだ。

 慣れない雰囲気の店にレイフォンが呆けている間に、彼女は「会長は中でお待ちです」とだけ言い残すと一人夜の住宅街に姿を消した。

 基本的に学生ばかりのツェルニは、それほど治安状態は悪くない。酒精解禁された上級生がたむろする歓楽街ではいざこざも絶えないが、念威繰者の存在によって常習犯はすぐに判明し、その都度悪質な者は都市外に追放される。常人には目に見えない監視の目が、犯罪抑止に役に立っていた。

 

 だからレイフォンがその後ろ姿を目で追うのは、彼女の身を案じての事ではなく、もちろん一目惚れした訳でもなく、独り初めての店の中に入るのを、ただ心細いと思ってしまったからだった。

 その姿が見えなくなるまで風景を眺め、ようやくレイフォンはドアノブに手をかけた。そしてゆっくりと引き開ける。

 店内は不必要な灯りは排され、暗がりに慣れた目が眩むことも無い。

 

「お連れ様がお待ちです」

 

 静々と近寄った店員に促されるまま、レイフォンは奥へと導かれていく。

 足裏に感じる軟らかく歩きにくい絨毯の感触。それがこの店をレイフォンに王宮を思い起こさせる。詮無い事だが、レイフォンにはそれ以外に比べるべき対象がなかった。

 今日は汚染獣戦とは違う、様々な精神的緊張を強いられ続け、カリアンの待つ個室へ着いた頃には、ぐったりとその場に座り込みたいと考える程だ。

 

「待ちくたびれたよ」

「すみません、遅れました」

「お前も大変だったようだな。今回は流してやれ」

 

 そこにいたのはカリアンだけではなく、武芸長のヴァンゼ。そしてその隣、四人掛けのテーブル壁側の席。なぜか目線をメニューに落とすフェリの姿があった。

 レイフォンの程よくやつれた顔を見たカリアンは肩を竦めると、その場に居合わせた店員に、予め注文したものを持ってくるように伝えた。そして自らの隣に座るように促した。

 

「ニーナの様子はどうだ」

「剄脈疲労ですね。軽いので一週間も回復にかからないそうです。次の小隊戦には間に合いますよ」

「重畳だな」

「ええ」

 

 口を開いたのはヴァンゼだった。その声にいつもの張りはないが落ち着いた物腰にレイフォンは強張った肩をなでおろした。

 逆にカリアンは不服そうな顔を隠そうとはしなかった。常とあらば人前でポーカーフェイスを外すことのない彼だが、ヴァンゼやフェリはそれを外す数少ない人間だった。彼は今薄暗い照明と、寝不足なのだろうその顔色と相まって、幽鬼を思わせる形相で佇んでいる。

 

「会長もまた倒れたりしないですよね」

「そう思うのならもう少し他愛のない問題で済まして欲しいものだね。勝手にやってくるものは仕方ないが……」

 

 疲れたカリアンとレイフォンが並ぶ姿を、フェリとヴァンゼは面白いものを見る目で見ていたが、当の二人は気が付かない様子だ。

 そうこうしている間に前菜が運ばれてきた。

 昨年、養殖科によって食用により柔らかく、香り高く品種改良された鳥肉。香草で蒸し焼きにされたそれを、水耕栽培で作られた葉野菜で一輪の花のように包んだものだ。

 

「ここはね、養殖科の人間と商業化の人間が共同経営していてね。新作が次々と出てくる。防音性の高い材質を使った個室ということもあって、よく使わせてもらってるよ」

 

 給仕していた店員はそれを聞くと小皿に取り分ける手は止めず、自然と笑みをこぼした。

 レイフォンはゼリー状に固められたドレッシングと一緒に口に放り込む。最初は味気なかった口内に、ジワリと広がる酸味と甘み。食欲を増す刺激に吹き出す唾液とともに全体に行き渡る。

 新鮮な驚きにレイフォンは瞳を見開いた。

 更に鼻を抜ける香草と、良質な鳥から染み出た脂の蕩けるような香りを一息に飲みこむ。

 

 昔のレイフォンであれば、食事は何の為にするのか訊かれたならば、迷わず「必要だから」と焦点のずれた答えをしたに違いない。しかしツェルニに来てからの経験に彼の考えは変えられた。

 別にグレンダン―――レイフォンの故郷の料理が不味いわけではない。

 学園都市には様々な都市から学生が集まる。彼らは自分たちの都市からそれぞれの文化を持ち込む。それらはお互いに刺激し合い、混ざり合って新しいものが出来上がる。

 対してグレンダンはその交流から孤立していたのだ。その味は保守的で、変わり映えのしないものになっている。

 いつの間にやら先ほどまでの気疲れはどこへやら。レイフォンはただ食事に集中していた。

 それはレイフォンだけではない。表情の変わらないフェリは例外だが、カリアンもヴァンゼも、目に見えて、このひと時の幸福に酔っていると分かった。

 楽しそうに弾むのは会話ではなく、食器をつつくフォークの音だ。次々と運ばれてくる皿を綺麗にしていく。

 

「気に入って貰えたようで何よりだよ」

「この値段じゃなかったら通いたいですね」

「今の君なら月に一度来る程度なら分けないと思うのだが」

 

 つつがなく食事は進み、残りはデザートのみとなった段、カリアンがナプキンで口を拭口を拭うと、いつもの調子を取り戻した様子でレイフォンに語りかけてきた。

 

「お金はとっておきたいんですよ。これからどう生きるかも分からないですから」

「そうかね?私には言い訳に聞こえるよ。君は今まで自由に使えるお金というものを持たなかっただろうからね」

 

 思いがけない言葉にレイフォンの持つスプーンは止まった。添えられたクッキーを溶けたアイスが濡らしていく。

 

「レイフォン君。君がこれからも武芸者であり続けるなら、否応なしにお金は君の懐に入っていく。それだけの力を持っているんだ。君の未来はそう暗くないよ」

「レイフォン。こいつの話は適当に流していい」

「結構的を射た助言だったつもりなんだが」

「ツェルニを出た後の事なんざ好きにさせればいいだろう。無理をきいてもらっている立場なのだからな」

「きいてもらっている、なんてそんな……」

「彼からの要望もあったが、それに関しては私も異論はないよ―――」

 

 まだ「だからこそ」と言い募るカリアンを余所に、ヴァンゼは人払いを頼もうと店員を呼びつける。

 レイフォンはしばし、思考の海原に漂う。

 グレンダンを出た当初、彼の心を閉めていた武芸への忌避感は未だに残っている。しかし危険な戦いへ身を投じながらも、矛盾した生への貪欲なまでの執着が、彼に剣を握らせ続けている。

 そう、生きるだけならレイフォンにとってそう難しくはない。だが拭いきれない武芸へに対する罪の意識は、それ以外の道を求めさせる。

 それだけではない。学園都市はレイフォンには眩しすぎる場所だった。多くの学生は将来の夢を語り、それに向けて突き進もうとしている。レイフォンは焦っている。

 

(夢が欲しい)

 

 明日に向かって歩いている周囲に比べた時、レイフォンは過去に戻っているように感じられる時があった。

 その手に持つ物がいくら高価であっても、一度ゴミ箱に入れたレイフォンにとっては、新しく作り上げていく友人たちが羨ましかった。

 

「さて、いい加減本題に入ろうか」

「どの顔で言うのか、お前は」

 

 何とも締まらない会話が流れるのを、レイフォンは不思議な顔で眺めていた。レイフォンにとってカリアンは学生にあって異質な存在だった。

 六万人の学生を束ねる生徒会のトップとして、その辣腕を発揮する彼をレイフォンはかつて後ろから眺めていたた女王と同列で見ていた。

 女王は部下に仕事を押し付けるような問題のある人物だっただけに、カリアンに尊敬の念を抱いていたが、ヴァンゼとのやり取りを見る限り彼にも年相応の面があるのだと、少しほっとした気分だった。

 しかし、緩んでいたカリアンの口元にわかに引き締められ、彼は強張った手でブリーフケースから数枚の紙を取り出した。

 

「まずはこれを見てもらいたい」

 

 レイフォンの目の前に置かれたのは、都市外を映した画像と、それを無理やり拡大した目の粗いものだった。ひいき目にも見やすいとは言えないそれは、偏に汚染物質の影響によるものだった。

 ふとレイフォンの目は一カ所―――歪な形をした際だって大きい岩に止まった。

 

「どうだろう」

「会長の懸念するところかと」

 

 ヴァンゼの舌打ちは大きかった。

 

「それで何なんですか?彼だけでなく私まで連れてきて」

 

 出来ることならフェリはこの場から去りたかった。デザートを食べ終えたらすぐにでもだ。

 彼女は薄々気が付いてた。間違いなく荒事となるであろう面々にフェリが呼ばれる理由を。

 

「汚染獣です」

「そんな」

 

 わかっていても失望の声がフェリから漏れる。白く華奢なその指がスカートの裾に皺を作るのも気にせず、固く握りしめた。

 

「この映りこんでいる山と比べた大きさから一期や二期ではないでしょう」

「しかしツェルニは進路を変える様子はないが」

「距離は」

「五百といったところだな」

「結構ありますね。だとするとまだ何とも。死体と認識しているとかでしょうか」

「あり得るね」

 

 本来であれば、自律型移動都市は汚染獣を感知して避けながら荒野の大地を動き回っている。だが、現状汚染獣の生態も自律型移動都市の機能も完全に解明されたわけではない。今回のことが例外なのか、それとも“成るべくしてそう成った”のかはだれも判断できなかった。

 かつて遠い昔の賢人たちによって作られたというそれは、今生きるものにとって無くてはならない存在だったが、それと同時にその実不安定で曖昧な仮初の大地だった。

 

「それで、迎撃は出来そうかい?」

「見た目通りなら」

「都市外であっても?」

 

 目上ばかりの中にあって褒められた仕草ではないが、レイフォンはここで腕を組んだ。

 グレンダンとツェルニとでは何もかもが違う。レイフォンは天剣を持っていないし、周りは未熟者である学生ばかり。幼生体との戦闘を見る限り、まともに戦力となる人材はいなかった。そして何より―――

 

「念威繰者はどうするんですか。連れて行って守りながら戦えるほど甘くないですよ」

「フェリがいる」

「え」

 

 フェリが力を抑えていることは、レイフォンも何となく分かっていた。それでも都市から百キルメル以上離れた作戦位置の探査など、普通ならまずできない。グレンダンでも確実にできるのは天剣の中にあって、特別視されている老婆だけだろう。

 レイフォンは冗談でも聞くようにカリアンに視線を投げた。

 カリアンは然もありなんといった風体で受け流す。

 

「フェリ」

「外縁部で迎え撃てば確実なのでは?」

「俺も同意見だ。武芸科全体で当たるべきじゃないのか」

 

 レイフォンがいない。そんなツェルニであればそうするしかなかっただろう。

 むしろそうしない方が不自然なのだ。どんなに優れた武芸者であろうと、都市のエアフィルターのない都市外での戦闘は傷一つで致命傷となる。

 

「それでむざむざ力の弱いものを死地へ向かわせるかい?公にすれば末端の学生とて武芸者として戦って貰わねばならなくなる」

「それが存在意義だろう」

 

 武芸者の価値は都市と住民を守ることにある。それが出来るからこそ彼らはあらゆる面で優遇され、そして有力な氏族は権力さえ持っている。

 学生といえど、彼らを束ねるヴァンゼにとり、守られるというのはお門違いも良いところだった。

 剄こそ乗っていないが、低い声が唸るように轟く。

 

「だとしてもだ。ツェルニの学生には皆生きて卒業してもらいたい」

「そもそもだ。フェリの力量さえ俺は見たことがない」

「フェリの力は本物さ。並程度なら私が武芸科に入れる訳も無いだろう」

「俺にはお前の独り善がりにしか見えんぞ」

 

 ヴァンゼの眉間の皺はより深く刻まれ、その褐色の肌の上からも血流の良さが窺えるほど耳が赤くなっている。

 

「レイフォン君、ツェルニの学生が対応した場合どうなる」

「……え?」

 

 二人が言い合っている間、レイフォンはずっとフェリを見ていた。顔はいつもと変わらず、能面を張り付けたようにピクリとも動かなかった。

 しかし何かを必死に耐えるように閉じられた口元は、年相応の少女にしか見えず、大それたことが出来るようには見えなかった。

 

「えっと、幼生体の殻が固いという話を隊長から聞きました。雄性体は倍は固いですよ。小隊員だけで対応しても死人が出るかと」

「だから外縁部でレイフォンさんが全て対応すれば良いのでは?」

「それでは武芸科の意味がなくなる」

「そんなもの……いえ、何でもないです」

 

 続きは言えなかった。それがフェリの我儘でしかなく、そしてそれを聞き入れるほどツェルニは余裕がないとフェリには分かっていた。

 

「フェリ、まだ準備に一週間近くかかる。考えをまとめておきなさい」

 

 返事はなかった。

 

 

 

 

 

 レイフォンは明日からの錬金鋼の実験日程と資料を手渡されると、これで帰るよう言われた。

 フェリと明日からどう接するか。そもそも小隊の訓練をどうするのか。

 歩きながら考えはまとまらず、結局レイフォンは思考を放棄して“なるようになる”と問題を棚上げすることにした。




月一……だと!?
お待たせいたしました
でもいつもより長いです
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